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第2章~ジロー、人里へ出る~

人間の世界にさぁ行くぞ!

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 アリスの竜の姿を初めて見た。

 とても幻想的な姿だった。

 白銀に輝く姿は、まるで宝石のような、だけども暖かさを感じるような不思議な印象だった。
 アリスは、見られることに気恥ずかしさを覚えたのか、

 【あんまりまじまじと見るんではない。恥ずかしいのじゃ。早く背中にのるのじゃ。】

 なんて言っていた。
 竜なのに竜の姿を見られて恥ずかしいなんて今までどうやって生きてきたんだ、とも思ったけど、おれとは基本的に人間の姿で関わっていたしそういうことでもあったんだろう。
 
 普段化粧をしない子が化粧をした姿をからかわれて恥ずかしがる、そんな感じだろうか。

 ちなみに竜の姿の時のアリスは、頭に直接語り来るような感じになる。テレパシーと呼ぶのが近いと思う。



 アシナが帰ってきて、アリスの住んでる街まで向かうことを伝えた。
 アシナはあんまりいい顔はしなかったけどアリスの力になりたいことを伝えると渋々だけど了承、街に行くことを許可してくれた。

 ただ一言、「無事に帰って来ればいい。」って言っていた。

 そしたらアリスが、

 「大丈夫じゃ!ジローに何があってもわしが守るのじゃ!悪いやつなんて近寄らせすらしないのじゃ!」

 と言ってたけど、おれからしたら、

 「え?それなんてフラグ?」

 という感じの気持ちが強く沸き上がってきた。
 まるで何か起こるフラグ立てときましたよと、運命さんが語り掛けてきたような不安がよぎる。
 内心では、盛り上げなくていいからさっと行って、さっと帰って来たいと思っていたけど、今の盛り上がってるアリスにそんなことを言うとさらに盛り上がりそうだったから黙っておいた。


 今は目の前にあるアリスの背中に緊張する。

 乗ったはいいけど、どこ掴めばいいの?

 アリスに聞いたら、

 【掴めるところを掴むのじゃ!】

 なんて簡単に言っていくれるけど、その背中を見てもそれはそれはキレイな背中をしてらっしゃる。
 
 竜の姿をどう褒めたらいいのかわからないけれど、犬的な表現で言うのなら毛並みがいいとでも言うのだろうか。
 同じ大きさの鱗が理路整然と並んでいる姿は、昔見た世界遺産の建物の壮大さを思わせる美しさがある。
 ただ、竜鱗がきれいに並んでいるので、いかんせん乗り物としては不向きではなかろうか。何しろ掴むところすらないのだ。
 アリスがどういう気持ちで「掴むのじゃ!」って言ったのか、聞き直したい気持ちでいっぱいだった。

 【では、準備が良ければ出発するのじゃ!】 

 とか言いながら、おれの返事も待たずに翼をはためかせ始めた。

 おれは返事をすることもできずに鱗と鱗の間に無理矢理に指を捩じ込む。

 アリスが力強く羽ばたくと、体をえもいわれぬ浮遊感が漂う。

 心から、あっこれ死ぬやつやって思った。

 アシナの背中に乗って森の中を疾走した時の気持ちを思い出す。あの時と同じように、アリスも安全装置のない絶叫マシンに早変わりするんだろうなって心の中で呟いた。


 そんなことを思っていたにも関わらず、アリスの背中に乗っての空の旅は快適そのものだった。
 どうやら、アリスが魔法でおれの周りに起きるはずの重量やら風やらを軽減させてくれているみたいだ。高度もそれなりのものがあり、地球の常識で言えば温度も低いだろうし、空気も薄いはずなのに、地上にいるときと同じぐらいの快適さだった。

 こういう気遣いは出来る女なのだ。
 ただそれ以外に残念な部分が多過ぎて失点が多いのだ。

 しばらくすると森の向こうに大きな壁が見えてきた。
 近づいて見るとそれはただの壁ではなく、岩壁のようなものだった。それは左右どちらにも延々続いているようで先が見えない。

 【あの岩壁がこの森と北とを隔てておるグレート・ウォールじゃ。あの壁が南から来る敵の侵入を防いでおるのじゃ。あと森から出てくる魔物なども防いでおって、まぁ言ってみたら自然の要害じゃの。】
 「でもそれだと北に住んでる人達も南にも森にも行けないんじゃないの?」
 【壁の中央に谷みたいな空間が見えぬか?あそこに唯一北に通じておる街道があるのじゃ。そして境となるところにはユリウスと呼ばれる要塞都市があっての、そこで森と街道の出入りを管理しておるのじゃ。
 今回は、あそこには用がないから通り過ぎるがの。】

 通り過ぎるのか。要塞都市っていうのも見てみたかったけど急ぎだもんな。

 でもこのまま行くとあの都市の上を思いっきり横切るコースを飛んでるんだけど。あそこの人達は都市の上空を竜が飛んでいても無視できるほどの鋼の心をお持ちなのだろうか。

 「ねぇアリス。このまま都市の上を通過しても大丈夫なの?
 攻撃とかされない?」
 【距離も取っておるし、一応認識阻害の魔法を使っておるからあちらからはわしらのことは見つけることはできぬよ。あまりに近いと認識されてしまうこともあるが、この距離ならまず問題ないじゃろ。】

 なるほど、認識阻害の魔法か。今度教えてもらおう。

 そうこうしているうちに要塞都市の上空を通り過ぎた。森を出るとちょこちょこ小さな村などがあり、街道によってそれぞれ繋がっているようだった。

 しばらくしてアリスが目的の街を発見したようで、

 【この先に見えるのが目的の街じゃ。名をトーレスと呼ぶのじゃ。さすがにあの近くまでは行けぬから少し離れた場所に降りるからの。】

 そういうとアリスは開けた場所に向けて降下し始めた。地面に着くとおれが降りやすいように地面に背中を近付けてくれる。
 
 おれは降りてトーレスと呼ばれる街を見る。城壁なんかもしっかりしていて、街と言うよりも都市という感じに見える。

 アリスの方を見るといつの間にか人の姿に戻っていた。

 「では行くとするかの。トーレスには冒険者や行商の者達に紛れて入るからの。」
 「あそこには簡単に入れるの?」
 「一応検問所はあるが、今は戦時中でもないからそこまで厳しいものでもないの。身分証などの掲示を求められるがジローについては知り合いの魔法使いの弟子を預かったとでも言うておくわい。」

 街に向かって歩いているとちらほら人や馬車の姿が見える。
 歩いている人は、転生前にゲームやマンガで見た冒険者の姿そのものだった。剣や弓を持っている人や、ローブ姿に杖を持ったまさしく魔法使いといった姿の人もいる。

 検問所の列に並ぶ。近くまで行くと壁の高さに驚く。これは対人間を想定しての高さなんだろうか、それとも別の…。

 そんなことを考えていたら自分達の番が来ていた。

 「あれ?エクシルさんいつ出られていたんですか?」

 検問をしていた兵士がアリスの姿を見て声を掛けてきた。どうやら知り合いみたいだ。

 「午前中にちょっとの。この子を知り合いのとこに引き取りに行っての。」
 「えっとこの子ですか?何か身分を証明するものはお持ちですか?」
 「あっ、いえ…。」
 「この子は山奥に師匠と一緒に暮らしておったのじゃ。じゃから身分を証明するものは持っておらんのじゃよ。」
 「わかりました。ではこちらの用紙に名前だけ記入してください。身分証は作り次第、検問所に提示していただければ大丈夫です。」

 そう言われたので、紙に自分の名前を書いた。もちろん日本語で。

 「……これは何と?どちらの言葉ですか?」
 
 兵士が日本語に目をぱちくりさせていた。

 油断していた。喋っている言葉が自然に通じていたので、何も考えずに名前も日本語で書いていた。

 「すまぬ、すまぬ。この子は山奥に住んでおったから喋れはすれど字が苦手なのじゃ。少々ままならぬゆえわしが代筆しても構わぬかの?新しい用紙をくれぬか?」
 「ええ…それは構いませんが…。」

 アリスはおれが書いた用紙をくしゃくしゃと丸めると自分の服のポケットにしまった。そして新しい用紙に新たに書き込み出した。
 兵士の人、あからさまにおれを見て胡散臭い顔してる。ままならないにしては角張ったしっかりとした字を書いちゃったもんな。

 アリスが字を書き終わると兵士が用紙を確認する。

 「……ジロー・オオガミさん、珍しい名前ですね。それではこちらをお持ち下さい。こちらの札が入門証となりますので、この街から出られる際はその札を、出られるところの検問所に返納してください。」

 そう言って何か文字の入った札を渡される。その文字もおれには読むことはできなかった。話の内容からおそらく入門許可的な言葉が書いてあるのだろう。

 「ありがとうございます。」

 兵士から札を受けとると、アリスが、

 「ではジロー行こうかの。」

 と背中を押してくれた。

 アリスに促されておれは、初めての人間の世界に足を踏み入れた。
 
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