上 下
41 / 61
第2章~ジロー、人里へ出る~

ウィルタージュ伯爵家。

しおりを挟む
 そこはまるで、中世のヨーロッパのようだった。
 町並みは掘っ立て小屋のようなものや屋台、レンガ作りの家などが隙間もなく並んでいる。
  活気があってたくさんの人達で溢れていた。ただファンタジー感を期待していたおれは、普通の人間の姿ばっかりで少しがっかりしてしまった。
 
 文字は読めないけど雰囲気から宿や武器屋、商店などがところ狭しとならんでいるのがわかる。

 「この街は人間の街なの?」
 「ん?ああ、この街は人間が主じゃな。武器屋の中にはドワーフなどがおるし、それ以外の者もおるにはおるよ。
 ただ、そういう者に理解のある人間ばかりがおるわけじゃないからの。問題を起こさぬ意味でもあまり外には出てこぬようじゃ。」
 
 少なからず種族による差別があるわけか。
 人間とはどうしてそういう考え方になるのだろうか。新しい者が出てくれば自分達が淘汰されるかもしれないと思っているのだろうか。それともただ単に自分達以外を認めていないのか。

 「他の街に行けば色んな種族が闊歩しておるところもあるのじゃ。
 南の帝国なぞ良い例じゃな。あそこは実力主義じゃから亜人種でも実力があれば存在が許される。逆に言えば人間でも実力がなければ淘汰され、最悪は奴隷に落とされる。」

 この世界には奴隷が存在するのか。たしかに周りを良く見てみれば身分の差というのは存在するみたいだ。明らかに指示している人と作業している人との格好だったりが違っている。

 「さぁジロー、初めて見る世界に興味を引かれるのはわかるが今日は目的が違うのじゃ。観光は今度また来たときにするとしてまずは目的を果たしに行くのじゃ。」
 「あっごめん。今行くよ。」

 目に入るもの全てが真新しいので、そういうものを見るたびに足が止まってしまっていた。
 そうだ。今日はアリスの教え子を助けに来たのだった。目的を確認し直して歩く速度も早くなる。

 日も大分暮れてきた。
 アリスに付いて道を歩いていると段々と周りの景観が変わってきた。活気があった周囲が落ち着いたものへと変わってきたのだ。

 先程までの町並みが庶民の住む世界だとするならば、ここはまるでセレブの住む世界だ。

 「ねぇアリス、アリスの教え子ってもしかして結構良いところのお嬢様?」
 「ん?そういえばそういう部分は言っておらんかったのう。その子は伯爵家のご令嬢じゃ。所謂貴族じゃな。」
 「貴族!?」
 「そうじゃ。その子自体は貴族という固い感じではないぞ。貴族、平民関係なく関わることができる子じゃ。この世界ではそのような者は少ないからの。おっとここじゃ。」

 話しているうちに目的の場所へと付いていたようだ。
 アリスはその邸宅に近づいていくと、ドアに付いている金属の輪っか、ノッカーと呼ばれる部分をカンカンと叩いた。
 しばらく待っているとドアが開き、中から執事と思わしき人が出て来た。その人はアリスの顔を確認すると、

 「これはエクシル様、本日はどういったご用件でしょうか。」
 「夜分遅くに失礼するのじゃ。ウィルタージュ卿はおられるかの。ご息女の件じゃ。」
 「フィユ様の…。」
 
 執事の人はちらりとおれの方を見たが、「どうぞ中へ」と屋敷の中に案内された。

 「主人を呼んで参りますのでこちらで少々お待ち下さい。」

 そう言って一礼すると、これぞ執事!という動きで奥へと消えていった。
 屋敷の中は特別な豪華さはなかったけれど、所々細かな装飾などが施してありこの屋敷に住んでいる人の格式の高さなんかが見えるようだった。

 「キョロキョロしておるのう。あまり緊張するでないよ。」

 そうアリスに声を掛けられる。

 「いやぁ、これまで森暮らしだったからさ、こんなに人間らしいものって久しぶりだから全てが新鮮に感じるよ。緊張ってよりも興味の方が強いかな。」

 屋敷の中を観察していたら、執事が消えていった方から足音が聞こえてきた。
 目を向けると一人の男性とその後ろに先程の執事が付いて歩いて来ていた。その男性は厳格そうな雰囲気を漂わせていてとても強い目力を持っていた。

 姿を確認すると、アリスは軽く一礼した。おれはそれを見て慌てて、見よう見まねで礼をする。

 「ウィルタージュ卿、夜分遅くに失礼いたします。」

 ウィルタージュと呼ばれた男性はちらりとおれを見てから、

 「いや、よい。内容も内容だからな。こちらも時間を気にして人を選べる立場ではない。
 娘に関してのことだと聞いたが。」
 「その件で、確実な可能性とは言えないのですが、何とか症状を抑えることが出来そうなのです。」
 「本当か!?」
 「こちらの少年なのですが、私の古くからの知り合いの魔法使いの弟子で、おそらくご息女の病気を抑えられるかと思います。」
 「この少年が?」
 
 胡散臭い言葉を聞いた風におれを見てくるウィルタージュ卿。まぁ見てくれはどう見ても信頼出来そうにないよね。格好だけでもここにくる前にどうにかするべきだっただろうか。一応汚れは浄化してきたんだけど。

 「エクシル女史、私は娘を救ってやりたい。そのためならば、金に糸目は付けて来なかったつもりだし、方法もたくさん試してきた。
 だが聡明なあなたならばわかっていると思うがいきなり連れてきた人間を、この者は病気を治せますので娘さんに会わせてくださいと言われて、はいそうですかと娘に会わせるほどおろかではない。
 せめてその少年の身分を証明できないのか。」
 「この者は、今まで師匠と山奥で修行に明け暮れておったのです。それゆえに身分を証明するものは持っておりません。」
 「それでどうやって私に信用しろと。」
 「お話はわかります。娘さんに危険を近付けたくないということは。
 しかし、ご息女を助けたい気持ちは私も一緒です。そして私はこの少年に可能性を見出だしたのです。
 ウィルタージュ卿もわかっておられる通りご息女は今も苦しんでおります。
 この少年の素性を疑うのも当然です。ですが、あなたも探したはずです、ご息女を救う方法を。そしてこうして私の話を聞いているということはまだその方法が見つかっていないということでしょう。
 この少年が信用できないというのならご息女の近くにいる間、私に剣を向け続けていただいても結構です。彼が怪しい行動をしたならば私を殺してしまわれるがよいでしょう。
 ただ、少しでも今までの私を信用いただけるなら彼女を助けることのできる可能性を試させていただきたいのです」

 アリスがそう言うと、ウィルタージュ卿は目を閉じて考え込んでしまった。
 素性の知れぬやつを娘に会わせる危険性を考えているのだろうか。おれ自身は何もしないと誓えるけど、そんな言葉だけじゃどうにもならないもんね。

 ウィルタージュ卿は目を開けるともう一度おれを見た。そして小さく息を吐いた。

 「わかった。娘のところに案内をしよう。その少年を信用したからではない。エクシル女史、あなたの言葉と覚悟、そして娘が助かる可能性を信じてのことだ。
 ただし、その少年がもし少しでも変な行動をすればあなたもただではおかないということを覚悟されたい。」

 そう言うとウィルタージュ卿は2階に向かう階段へと向かった。おれ達も執事に促され2階へと足を向けた。
しおりを挟む

処理中です...