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第2章~ジロー、人里へ出る~
フィユ・ウィルタージュ。
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ウィルタージュ卿について廊下を歩く。外からはよく分かんなかったけどこの屋敷も相当広いみたいだ。もう何個か部屋を通り過ぎたけど、目的の部屋に中々たどり着かない。
しばらくしてウィルタージュ卿がある部屋の前で立ち止まった。アリスも同じく立ち止まるが、周りをキョロキョロしていたおれはそれに気付かずアリスにぶつかってしまった。
「わぷっ。」
「何をしておるのじゃ。歩く時はしっかり前を見て歩くのじゃ。」
ウィルタージュ卿はそんなやり取りを見た後で、
「この部屋だ。もう一度言っておくが少年よ、おかしな行動だけはしないように。我々もエクシル女史の知己である君に手を出すのは本心ではない。」
「この子に限ってはそのようなことはありませんのでご安心を。」
アリスがそうフォローを入れてくれた。ウィルタージュ卿はその言葉を聞き流すようにドアノブに手を掛けると、ドアを押し開いた。
ウィルタージュ卿が中に入った後、執事に促されておれ達も中に入る。
その部屋は誰かの私室のようだった。おそらく流れ的にウィルタージュ卿の娘さんの部屋だろう。部屋の中は、廊下よりも若干薄暗かった。
左側には、テーブルセットなどもありそこでお茶でも嗜むのだろうか。
右を見ればベッドがあり、娘さんと思われる人物が横になっているようでそばにはメイドさんが甲斐甲斐しくお世話をしているようだった。
「悪いが少しの間外してくれ。」
ウィルタージュ卿がメイドさんにそう声を掛けると、メイドさんはベッドの周りを整えこちらに一礼をして部屋から出ていった。
それを確認してからウィルタージュ卿は、娘さんのそばに行き、ベッドの横で膝を付いた。娘さんの様子を心配そうに見ているのがわかる。
「あれがウィルタージュ卿の娘さんのフィユ嬢じゃ。」
アリスがそう小声で教えてくれる。やはりあのベッドで横になっているのが娘さんのようだ。
部屋の入り口近くでその光景を見ていると一緒に入ってきていた執事にベッドの近くへと促される。
ウィルタージュ卿はおれ達が近付いてくる気配を感じたのか、こちらに目を向けず、まるで娘に話し掛けるように話し始めた。
「この子が私の娘のフィユだ。高熱に魘されるようになってもう10日になる。最初こそ意識があったものの、今では意識を取り戻すことの方が少ない。
治癒魔法で何とか持ってはいるが、食事もとれぬ状態だ。体力は落ちる一方だろう。未だ熱が下がる気配は感じられぬと医者は言ったよ。」
そう言って立ち上がると、ウィルタージュ卿は少しだけベッドから離れた。
それを合図にか、アリスがおれに声を掛ける。
「さぁジローや、フィユ嬢を見てやっておくれ。」
そう促されベッドへと近付く。ウィルタージュ卿がおれの一挙一動を見ているのを感じる。
ベッドの中の少女はまるで人形のようだった。淡い金色の髪はさらさらで、睫毛は長く、とても整った顔立ちをしていた。
けれど、その息は荒く、顔もほのかに熱気を帯びていた。ただ、その表情からは熱気は感じられるものの、生気を感じることが出来なかった。
素人目にもとても危ない状況に見えた。
早速おれは、自分でやれることを行動に移すことにした。
アリスに言われたことは彼女の体内にある残留魔素を取り除くこと。
アリスの背に乗って、この街を目指してくる途中、思ったことがあった。それは森を離れるにつれて感じる魔素の濃さが薄くなっていたことだった。
あの森は特別魔素が濃いとアリスは言っていたけど、あまり深く考えていなかった。けれど、実際に森から離れてみて気付いた。実際に、この街の魔素は森と比べて半分、もしかしたら3分の1もないかもしれない。
だけど、この部屋に入った時には魔素、魔力を強く感じた。正しくは、この子の周りからと言うべきだろう。
これならおれでもどうにかできるかもしれない。
いつもと同じだ。
世界に干渉する。
魔素の流れを感じる。
彼女に右の掌を向ける。その方が集中出来ると思ったからだ。ウィルタージュ卿と執事の人がピリッとしたのを感じたけど気にしない。
掌から空間を介してに彼女に干渉する。いつもと同じように魔素を取り込み彼女の周りの魔素に流れを作れば、その流れに乗って彼女の内にある魔素が流れ出さないかと思ったのだ。
しかし、しばらく続けてみたけれども彼女から魔素が流れた様子はなく、容態も変化したようには見えなかった。
「ふぅ。」
おれは世界への干渉をやめ、手を下ろす。それを見てアリスが声を掛けてきた。
「どうじゃ?」
「一応、流れは作ってみたけど、うまく流れ出さなかったみたい。効果がある感じはしなかったな。」
ウィルタージュ卿もおれ達の会話を聞いていたけど内容はよくわかっていないみたい。
「やっぱり間接的に干渉するんじゃなくて、彼女に直接干渉するしかないかも。」
その言葉に眉がピクッと動き、ウィルタージュ卿が反応する。
「直接干渉するだと?」
「あ、いえ、変な意味ではなくてですね、彼女の体の一部分に触れられればいいんですが。例えば手なんかで大丈夫だと思うんですけど。」
ウィルタージュ卿は、難しい顔のまま考え込む。危険性などについて考えているのだろうか。
「本当に手だけなのだな?」
「はい。そこ以外は絶対に触れません。」
「ウィルタージュ卿、彼が本当に悪人なのでしたら先程の時点で行動に移せるはずです。どうか彼を少しでも信じてあげて下さい。」
ウィルタージュ卿は、おれとアリスを見てから娘へと目をやる。
そして小さくため息をつくとベッドの横に膝をつき、ベッドの中から娘の左手を取り出しおれの方を見つめた。
おれは、それを渋々了承してくれたのだと認識し、隣に膝をつくと両手で彼女の手を包む。そうするとウィルタージュ卿は立ち上がり、後ろに一歩下がった。
目をつぶる。
一つ息をついて集中する。
今度は手を介して彼女に直接干渉する。彼女の中に魔素を感じる。その魔素を取り込みにかかる。
彼女も世界の一部、彼女の中にある魔素も世界の一部、そう認識する。あとは世界、彼女に干渉するだけ。
少しずつ彼女の中の魔素が動き出した。
「んっ…。」
その動きに彼女自身も反応したみたいだけど、まだ残留魔素は残っているみたいだ。
魔素が急激に動かないように集中して、出来るだけゆっくりと彼女の体に負担がかからないように魔素を取り込んでいく。時間はかかるけど彼女の体にあまり負担をかけたくない。
残留魔素を全て取り込んだと感じたおれは閉じていた目を開けた。彼女の顔は先程までの熱に魘されていた時とはうって代わり、呼吸もすぅすぅと、楽なものに変わっていた。
様子を見ていると彼女の目がうっすら開いたように見えたので思わず声を掛けた。
「もう大丈夫だよ。」
その言葉で安心したのかはわからないが、彼女はまた目を閉じると眠ってしまったようだ。おそらく体力も大分消費してしまっていたのだろう。
おれは彼女の手を布団の中に戻すと、立ち上がりウィルタージュ卿と向き合う。
「目を覚ました訳ではないので確かなことは言えませんがもう大丈夫だと思います。熱の原因となるものも取り除きましたので近いうちに目を覚ますと思いますよ。」
「本当か!?フィユはもう大丈夫なのか!?」
ウィルタージュ卿は自分の目で確かめようと娘のそばに駆け寄った。
「確かに…呼吸も正常に戻っているし、何より表情がいつものフィユだ…。フィユ、フィユ………よかった…。」
そんな光景を見ていたおれにアリスが、
「お疲れじゃったの。ジロー自身に異常はないかの。」
「おれは大丈夫だよ。ちょっと神経使ったから精神的に疲れたけどね。」
「では、いつまでもここにおるのも野暮と言うものじゃ。のう。どこか休めるところはないかのう。」
そうアリスが執事に声を掛ける。執事も目にハンカチを当てていたが、アリスに声を掛けられると即座に反応し、別室へと案内をしてくれた。
おれ達はウィルタージュ親子を残し、その部屋を後にした。
しばらくしてウィルタージュ卿がある部屋の前で立ち止まった。アリスも同じく立ち止まるが、周りをキョロキョロしていたおれはそれに気付かずアリスにぶつかってしまった。
「わぷっ。」
「何をしておるのじゃ。歩く時はしっかり前を見て歩くのじゃ。」
ウィルタージュ卿はそんなやり取りを見た後で、
「この部屋だ。もう一度言っておくが少年よ、おかしな行動だけはしないように。我々もエクシル女史の知己である君に手を出すのは本心ではない。」
「この子に限ってはそのようなことはありませんのでご安心を。」
アリスがそうフォローを入れてくれた。ウィルタージュ卿はその言葉を聞き流すようにドアノブに手を掛けると、ドアを押し開いた。
ウィルタージュ卿が中に入った後、執事に促されておれ達も中に入る。
その部屋は誰かの私室のようだった。おそらく流れ的にウィルタージュ卿の娘さんの部屋だろう。部屋の中は、廊下よりも若干薄暗かった。
左側には、テーブルセットなどもありそこでお茶でも嗜むのだろうか。
右を見ればベッドがあり、娘さんと思われる人物が横になっているようでそばにはメイドさんが甲斐甲斐しくお世話をしているようだった。
「悪いが少しの間外してくれ。」
ウィルタージュ卿がメイドさんにそう声を掛けると、メイドさんはベッドの周りを整えこちらに一礼をして部屋から出ていった。
それを確認してからウィルタージュ卿は、娘さんのそばに行き、ベッドの横で膝を付いた。娘さんの様子を心配そうに見ているのがわかる。
「あれがウィルタージュ卿の娘さんのフィユ嬢じゃ。」
アリスがそう小声で教えてくれる。やはりあのベッドで横になっているのが娘さんのようだ。
部屋の入り口近くでその光景を見ていると一緒に入ってきていた執事にベッドの近くへと促される。
ウィルタージュ卿はおれ達が近付いてくる気配を感じたのか、こちらに目を向けず、まるで娘に話し掛けるように話し始めた。
「この子が私の娘のフィユだ。高熱に魘されるようになってもう10日になる。最初こそ意識があったものの、今では意識を取り戻すことの方が少ない。
治癒魔法で何とか持ってはいるが、食事もとれぬ状態だ。体力は落ちる一方だろう。未だ熱が下がる気配は感じられぬと医者は言ったよ。」
そう言って立ち上がると、ウィルタージュ卿は少しだけベッドから離れた。
それを合図にか、アリスがおれに声を掛ける。
「さぁジローや、フィユ嬢を見てやっておくれ。」
そう促されベッドへと近付く。ウィルタージュ卿がおれの一挙一動を見ているのを感じる。
ベッドの中の少女はまるで人形のようだった。淡い金色の髪はさらさらで、睫毛は長く、とても整った顔立ちをしていた。
けれど、その息は荒く、顔もほのかに熱気を帯びていた。ただ、その表情からは熱気は感じられるものの、生気を感じることが出来なかった。
素人目にもとても危ない状況に見えた。
早速おれは、自分でやれることを行動に移すことにした。
アリスに言われたことは彼女の体内にある残留魔素を取り除くこと。
アリスの背に乗って、この街を目指してくる途中、思ったことがあった。それは森を離れるにつれて感じる魔素の濃さが薄くなっていたことだった。
あの森は特別魔素が濃いとアリスは言っていたけど、あまり深く考えていなかった。けれど、実際に森から離れてみて気付いた。実際に、この街の魔素は森と比べて半分、もしかしたら3分の1もないかもしれない。
だけど、この部屋に入った時には魔素、魔力を強く感じた。正しくは、この子の周りからと言うべきだろう。
これならおれでもどうにかできるかもしれない。
いつもと同じだ。
世界に干渉する。
魔素の流れを感じる。
彼女に右の掌を向ける。その方が集中出来ると思ったからだ。ウィルタージュ卿と執事の人がピリッとしたのを感じたけど気にしない。
掌から空間を介してに彼女に干渉する。いつもと同じように魔素を取り込み彼女の周りの魔素に流れを作れば、その流れに乗って彼女の内にある魔素が流れ出さないかと思ったのだ。
しかし、しばらく続けてみたけれども彼女から魔素が流れた様子はなく、容態も変化したようには見えなかった。
「ふぅ。」
おれは世界への干渉をやめ、手を下ろす。それを見てアリスが声を掛けてきた。
「どうじゃ?」
「一応、流れは作ってみたけど、うまく流れ出さなかったみたい。効果がある感じはしなかったな。」
ウィルタージュ卿もおれ達の会話を聞いていたけど内容はよくわかっていないみたい。
「やっぱり間接的に干渉するんじゃなくて、彼女に直接干渉するしかないかも。」
その言葉に眉がピクッと動き、ウィルタージュ卿が反応する。
「直接干渉するだと?」
「あ、いえ、変な意味ではなくてですね、彼女の体の一部分に触れられればいいんですが。例えば手なんかで大丈夫だと思うんですけど。」
ウィルタージュ卿は、難しい顔のまま考え込む。危険性などについて考えているのだろうか。
「本当に手だけなのだな?」
「はい。そこ以外は絶対に触れません。」
「ウィルタージュ卿、彼が本当に悪人なのでしたら先程の時点で行動に移せるはずです。どうか彼を少しでも信じてあげて下さい。」
ウィルタージュ卿は、おれとアリスを見てから娘へと目をやる。
そして小さくため息をつくとベッドの横に膝をつき、ベッドの中から娘の左手を取り出しおれの方を見つめた。
おれは、それを渋々了承してくれたのだと認識し、隣に膝をつくと両手で彼女の手を包む。そうするとウィルタージュ卿は立ち上がり、後ろに一歩下がった。
目をつぶる。
一つ息をついて集中する。
今度は手を介して彼女に直接干渉する。彼女の中に魔素を感じる。その魔素を取り込みにかかる。
彼女も世界の一部、彼女の中にある魔素も世界の一部、そう認識する。あとは世界、彼女に干渉するだけ。
少しずつ彼女の中の魔素が動き出した。
「んっ…。」
その動きに彼女自身も反応したみたいだけど、まだ残留魔素は残っているみたいだ。
魔素が急激に動かないように集中して、出来るだけゆっくりと彼女の体に負担がかからないように魔素を取り込んでいく。時間はかかるけど彼女の体にあまり負担をかけたくない。
残留魔素を全て取り込んだと感じたおれは閉じていた目を開けた。彼女の顔は先程までの熱に魘されていた時とはうって代わり、呼吸もすぅすぅと、楽なものに変わっていた。
様子を見ていると彼女の目がうっすら開いたように見えたので思わず声を掛けた。
「もう大丈夫だよ。」
その言葉で安心したのかはわからないが、彼女はまた目を閉じると眠ってしまったようだ。おそらく体力も大分消費してしまっていたのだろう。
おれは彼女の手を布団の中に戻すと、立ち上がりウィルタージュ卿と向き合う。
「目を覚ました訳ではないので確かなことは言えませんがもう大丈夫だと思います。熱の原因となるものも取り除きましたので近いうちに目を覚ますと思いますよ。」
「本当か!?フィユはもう大丈夫なのか!?」
ウィルタージュ卿は自分の目で確かめようと娘のそばに駆け寄った。
「確かに…呼吸も正常に戻っているし、何より表情がいつものフィユだ…。フィユ、フィユ………よかった…。」
そんな光景を見ていたおれにアリスが、
「お疲れじゃったの。ジロー自身に異常はないかの。」
「おれは大丈夫だよ。ちょっと神経使ったから精神的に疲れたけどね。」
「では、いつまでもここにおるのも野暮と言うものじゃ。のう。どこか休めるところはないかのう。」
そうアリスが執事に声を掛ける。執事も目にハンカチを当てていたが、アリスに声を掛けられると即座に反応し、別室へと案内をしてくれた。
おれ達はウィルタージュ親子を残し、その部屋を後にした。
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