男吉原のJK用心棒

犬神まつり

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胡蝶の舞う部屋へ

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  着物の着方がわからず困りきっていた私は、胡蝶に促され彼の自室を訪れていた。


 「失礼します……」


  兄と父さん以外の男の人の部屋になんて入ったことが無い私はそりゃもうガッチガチに緊張していた。
 案内された彼の自室は綺麗に整理されていて、チリの一つも落ちていない。流石は花魁と言ったところだろうか。
 

 二度寝するつもりだったのだろう、部屋の中央には布団が広げられていて、それが余計に私を動揺させた。
 何もないとわかっていても、無性に落ち着かない。
 どうにかして気持ちを落ち着かせないと……


 「よし、じゃあ脱げ」

 
 「ぶぅぅぅ!!」


 盛大に吹いた。
 おまけに唾が気管に入って噎せる。


「おわっ!?汚ねぇなぁ!」


 誰のせいだ、誰の。


「ごほっごほっごほっ」

 
 「仕方ねぇな……。ほら、大丈夫か」


 呆れ顔の胡蝶だったが、私の隣に移動すると背中を撫でてくれた。こういう気遣いをしてくれるあたり、やっぱり彼も男娼なんだな。と実感する。


 「ごほっごほっ……あ、ありがとう……っじゃなくて!ぬ、脱げって」
 

 「いや、だって脱がなきゃ教えられねぇだろ」

 
 「い、いや。そうだろうけどさ……」


 至極当然のことのように言う胡蝶に、若干気圧されながら返答する。いや、確かに彼は花魁だし、女の人の裸なんて見たってなんとも思わないのかもしれないけど、私は違う。これでも一応、乙女に分類されるのだ。男の人の前で裸(というか下着姿)になれと言われて、抵抗を持たない訳がない。
 ここでなんの抵抗もなく脱げたら、私はとっくに女をやめていると思う。

 
 「安心しろ。こちとら花魁だぜ?お前みたいなちんちくりんの裸見たくらいで欲情したりしねぇつーの」
 

 「ぐはっ……!」


 彼の言葉がダイレクトに胸に突き刺さった。
 ち、ちんちくりんって……。
 確かに、今まで彼が見てきた女の人の身体には及ばないのかもしれないけど、けどせめてもうちょっと言葉を選んで欲しかった。

  
 なんだか虚しくなってきて、半ばやけくそになりながらブラウスのボタンを外していく。
 全てのボタンを外し終え、ブラウスから腕を抜くと出てきたのは下着……ではなく、学校指定の体操着だった。



 「……あ、そういえば中に体操着着てたんだっけ?」


 確か、あの日の体育の授業があって、授業終了後わざわざ脱ぐのが面倒だった為、上からブラウスを羽織った事を思い出した。

……あ、この体育着の上から教えて貰えばいいんじゃね?


そう考えた私はおずおずと右手を挙げた。


 「なんだ?」

 「この上から教えてもらう事は出来ますでしょうか……」

 「は?……まぁ、いいけどよ」

 「よっしゃ!!」


 授業が自習に変わった時バリのガッツポーズをした私は続けてスカートのホックを外して脱いだ。
下に関しては、黒タイツを履いている上に、黒ブルマを履くという完璧な覗き対策を取っているので下着が見える事はない。

 ということで、体操着(上)に黒タイツ&黒ブルマという現代ではまずお巡りさんに声をかけられるであろう若干狂気しみている格好が完成した。


「脱げたか?……その黒いのは……まぁ、いいか」

 「よろしくお願いします」

 
 胡蝶が私の格好を見て何か言いたげな表情をしたけど、気にしない事にする。


「そんじゃ、まずはこの肌襦袢をだな……」


 胡蝶は畳まれた着物の中から白色の綿生地の着物を広げて、私に着せながら説明してくれるんだけど。
 

 距離!!距離近っ!?
 心臓がバクバクいってる……!お、落ち着け……。

 
 「んで、この両紐を後ろで交差させて前側で結んで留める」


「っ!?」


  紐を体の後ろで交差させる際に一瞬、彼に抱きしめられるような形になり息が止まる。
  こんなイケメンに着物を着せてもらえるなんて世の中の多くの女性からしたらご褒美なんだろうけども、最早それを通り越して一種の拷問としか思えない。

は、早く終わって……っ!!


「……よし、こんなもんだな」


 しばらくの間、息を殺して着付けが終わるのを待っていると、ようやく全ての工程が終了したらしく胡蝶が離れていくのを見て安堵のため息が漏れた。


「あ、ありがとうござました……」


「……なぁ、今更だけど、それ本当にお前用の着物か?」


「え?うん、その筈だけど……」


 なんでそんな事を言うんだろうと思って小首を傾げていると、胡蝶は少しだけ視線を逸らしながら言った。


 「あー……その着物、男物だぞ……」

「えっ」


 言われてみれば確かに浅葱色の着物に紺の袴って女の人が着る物じゃないか。
 もしかしたら、この着物も前にここに居たっていう用心棒さんの物なのかもしれない。
 その事を胡蝶に伝えたら、なるほどな。と頷いて懐かしそうに目を細めた。


 「そう言われれば、確かにあいつが着てたような気がするな」


 「その用心棒さんってなんで辞めちゃったの?」


 興味本位で聞いてみると、胡蝶は少し顔を歪める。


 「あいつか?あいつはな、ここの男娼に恋しちまったんだよ。恋の病っうやつか」


「ええっ!?恋って……その用心棒さんも男の人だったんでしょ!?」

 

 確かに、ここにいる男娼達はみんな女の人顔負けの美貌を持ち合わせているけども……。
 


「男吉原にはな、男色家の奴も多いんだよ。まぁ、あいつの場合は元々男色家って訳じゃなくて、ここに居るうちに段々とって感じだろうがな。
……本当に、なんだって恋なんかしちまったんだよ」


 胡蝶の言い方は、まるでその人を責めるというよりは恋をする事自体を否定するようなもので。気になった私はつい要らんことだとわかっていても聞かずにいられなかった。


 「……恋する事は悪いことなの?」


 「女の吉原も男の吉原も関係なく、恋すりゃ間違いなく地獄だ。好いた奴を想いながら別の奴を抱くなんて、それこそ毎日考えられないくらい苦痛だろうよ。だから、俺達は恋はしねぇ」


「この鳥籠から、出られる。その日までは」




 彼の憂いを帯びた横顔に、私は何も言えなかった。

  










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