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周囲を巻き込んだ災難と災厄は、流血を呼ぶ
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空から炎が降り注ぎ焼き殺される。この小さい街にそんな噂が広がり、住民達は大混乱に陥った。
特に炎の天井が間近に見える中央広場周辺の人々は着の身着のまま家を飛び出し逃げた。
母親に手を引かれ避難途中の少年は、空を見上げて母親に気づいた事を報告した。
先程より炎の天井の位置が低くなっている気がすると。母親は子供の戯言など聴く余裕も無く、子供を叱りつけ避難を急がせた。
黄色い長衣を纏った死神は、長剣を振り上げ青い瞳の美女に斬りかかる。ターラは灰色の長髪を揺らしながら死神の斬撃を受け流す。
サウザンドの剣は目にも止まらぬ速さでターラを襲う。だか灰色の髪の美女の剣は死神のそれを上回る速さだった。サウザンドが一度攻撃すると、必ず三度の攻撃が返って来た。
タクボはある疑問を頭の中で考えていた。ターラは茶店で姿を消した。そして先程アルバの背中を切った際、アルバの後背に突然姿を現したように見えた。
もしや彼女は姿を消し移動する事が可能なのだろうかと。
それにしてもターラの冷たい表情が先刻までとはまるで別人のようにタクボには見えた。ターラ達とアルバは何が原因で争っているのか。
タクボには理由は容易に察しがつくが、自分の弟子がこの戦いに参戦した以上、一応アルバに聞いておかなければならないとタクボは旧友を見る。
「アルバ。彼等は何者で何故君達と争っている?」
アルバは息も乱れてきた様子だった。背中の傷は本人が言うように軽くは無いのだろうと思われた。
「彼等はかつて勇者と魔王だった二人の間の子供達だ。その両親は我が組織が粛清した」
青と魔の賢人の存在を知ってから大抵の事には動じないと思っていたが、タクボは口を開けたまま暫くぼう然としてしまった。
「······相変わらず君達の組織は寝る間も惜しんで人の恨みを買っているようだな。しかしその怨恨がいつか自身を滅ぼすとは考えないのか?」
タクボの苦言にアルバは苦痛に顔を歪めながら苦笑する。
「そうだなタクボ。君には何か妙案があるかな? 人から恨まれない生き方の方法が」
アルバの問いかけにタクボは迷いなく答える。
「あるさ。私はもうすぐ冒険者を引退する。その後は静かな場所で小麦の種を植え、畑を作り穏やかに暮らす予定だ」
アルバが目を見開きタクボを見た。旧友は水を得た魚のような表情で未来図を語り続ける。
「冒険者のように命の危険を感じる必要は無い。一日野良仕事を終え、夕陽を眺めながら安酒を飲む。それが私の目標だ」
真紅の髪の色をした賢人は開いた目を細めた。
「なる程な。タクボ。君がこの街に二十年以上留まり銅貨級魔物を相手にして来たのはその為か」
アルバは思う。自分にはタクボのような生き方は不可能だろうと。自分一人の余生など考えた事も無かった。
頭にあるのはこの狂った世の中を正す事だけだった。アルバが目を閉じ顔を歪ませた。背中の傷は深刻と思われた。
「アルバ。治癒の呪文を使ったらどうだ?」
「そうしたい所だが。まあいい。説明するより一見して貰おう」
アルバが右手を傷ついた背中に当てようとした時、炎の天井から火の玉がタクボとアルバに落ちてきた。
タクボは即座に魔法障壁を張った。火の玉が障壁にぶつかり、炎が鈍い音と共に四散して行く。
「分かったかタクボ。あの炎の天井を張っている術者がどこからか私達を見張っている」
タクボは周囲を見回したが、それらしい人影は確認出来なかった。気のせいか空を覆う炎か大きくなっているような気がした。
『······いや違う。面積が広がったのでは無い。炎の天井が地上に近づいて来たのだ』
タクボは空を眺めながらそう確信した。
······隙だらけの死神の背中にモグルフが迫っていた。サウザンドはターラに向かい合ったまま左手だけを後ろに向け、光の矢の呪文を放った。
高速の光の矢は不意をつかれたモグルフに直撃した。後方で爆発が起こってもサウザンドとターラは顔色一つ変えず斬撃の応酬を続ける。
モグルフは魔王軍から奪った剣を盾にして光の矢を防いだ。しかし無傷では居られず、したたかなダメージを全身に負った。
タクボは魔法障壁を張っている間に、治癒の呪文を使えと提案したがこれもアルバに却下された。
魔法障壁を解いた瞬間、狙い撃ちにされ焼き殺されると。あの炎の天井に狙われ無い為にはサウザンドのように敵と接近戦に持ち込むしか手は無かった。
「聞いていたな? ウェンデル。エルド。接近戦だ!」
建物の影に潜んでいた紅茶色の髪の青年と全身黒衣の少年は、タクボの声と同時に地を蹴り駆け出した。
元騎士団少佐と元暗殺者が向かう先は、苦痛に表情を曇らせる隻腕の男の元だった。
ウェンデルは走りながら自分に問いかける。この剣を振るう先に自分が信じる正義があるのか。
相手は黒いローブを纏った三人。その内の一人はつい先程迄、優しげな笑顔を見せていた女性だ。
だが事情を一から十まで丁寧に聞き、熟考する暇など無かった。付き合いは短いが信頼に足る魔法使いとその弟子が戦場に居る。
その二人に加勢する。ウェンデルが剣を振るう理由はそれだけで十分だった。
エルドはウェンデルの大きい背中を見ながらこのふた月の出来事を思い返していた。
冒険者になったはいいが、降って湧いた自由を黒髪の少年は持て余していた。すぐ隣に正義の二文字を両目に刻んでいる紅茶色の髪の青年が居たので、とりあえず彼について行った。
ウェンデルの受ける仕事は危険な割に報酬が安かった。依頼人は貧しい村や極貧の寒村だった。
その村々は魔物や盗賊に畑やささやかな財産を狙われていた。ウェンデルは命の危険の代償には安すぎる報酬を半分だけ貰い、もう半分は依頼人に返した。
ウェンデルとエルドは魔物や盗賊を追い払った。村々で二人は感謝され、ある村の村長はウェンデルを是非娘婿になって欲しいと懇願してきた。
闇の人生を生きてきたエルドは、他人から感謝される事など初めてだった。
盗賊の首領を討ち取り、ある村で慎ましい宴が開かれた。決して上等では無い酒を飲んで笑うウェンデルは底抜けに明るく嬉しそうだった。
エルドは確信する。ウェンデルのお人好しは筋金入りだと。エルドは依頼の内容や報酬は二の次になった。ウェンデルの行動から目が離せなくなったからだ。
このお人好しは以前エルドに言った。死ぬまで自分の正義を貫きたいと。その言葉通り、紅茶色の髪の青年は自分の正義の為に剣を振るっている。ウェンデルの背中は闇に居たエルドにとって眩し過ぎた。
この男の行き着く先を見てみたい。エルドはその思いが日に日に強くなった。正義を体現するこのお人好しについて行けば、自分の今迄の人生では見えなかった何かが見える気がした。
それはエルドにとって、暗闇の出口を照らす一筋の光だった。
······快足を飛ばし、ウェンデルとエルドがモグルフの間近に迫った時だった。
「エルド! この男は私が相手をする。君はチロルの方を頼む」
エルドはウェンデルの正気を疑った。青と魔の賢人と互角に戦っていた相手と一人で戦うと。相手は勇者、魔王クラスに匹敵する力を持っている可能性があるにも関わらず。
エルドは思考する。正々堂々の一騎打ち。それがウェンデルの正義だと言うのだろうか。否。そんな些末な事では無い。相手と対等な条件で戦う。それは紅茶色の髪の青年にとって、ごく当たり前の事なのだ。
「······全く。ウェンデル。君は相手が魔王でも同じ台詞を言いそうだね」
呆れた口調でエルドが言うと、紅茶色の髪の青年は白い歯を見せ破顔した。
「貴様等何者だ! 関係無い奴らは引っ込んでいろ!」
死神ことサウザンドの光の矢で黒いローブが破れたモグルフはその巨体をあらわにし、鍛え抜かれた鋼のような身体で相手を威圧する。
ウェンデルも逞しく長身だが、モグルフは更にその上をいった。
「なんだ。大男の割に子供のような声を出す奴だな。君の年齢は幾つだ?」
モグルフの威圧もどこ吹く風で、ウェンデルが妙な質問を投げかける。
「俺の声を笑うな! 俺はこう見えても二十三だ!」
モグルフはウェンデルの問いに、素直に答えてしまった。
モグルフは両親が亡くなった時から何故か声が変わらずにいた。成長と共に身体は大きくなったが、声は子供の時のままだった。
モグルフは歌う事が好きだった。母が教えてくれた歌を口ずさむと必ず父が褒めてくれた。
末っ子のターラも兄に歌ってと何度もせがんで来た。モグルフ少年の歌は、過酷な逃亡生活を送る家族に明るい火を灯してくれた。
「二十三か。私より五つ年下でエルドより五つ年上か。覚えやすいな。声については謝罪しよう。笑った訳では無い。遠くまで響く良い声だ」
突然の謝罪と賞賛にモグルフは戸惑った。この騎士風の男は何者かと。
「私はウェンデル。黒いローブの剣士よ。君の名は?」
相手の目を見据え、ウェンデルは堂々としている。相手が化物かも知れないのに。エルドは正義を全身に纏った紅茶色の髪の青年の装備している剣に気づいた。
『まさか? あの剣をまだ使っているのか!?』
エルドは心の中で叫んだ。そして、隻腕の大男が静かに口を。
「······モグルフだ」
モグルフはまたも素直に答えてしまった。ウェンデルに完全に面食らっていた。この妙な男は何者かと。
「モグルフか。強そうないい名だ。君に一騎打ちを申し込む! 受けて貰えるかな?」
ウェンデルが抜き放った剣を見て、エルドは両目を手で覆った。ウェンデルの剣は所々刃こぼれし、錆すらあった。
装飾こそ豪華だが、肝心の刀身はボロボロだ。それは、ウェンデルがある村の長老から受け取った剣だった。
二週間前、ウェンデルとエルドはある村の依頼で魔物を討伐した。そこの長老がウェンデルに惚れ込み、この村に代々伝わると言う秘剣をウェンデルに受けとって欲しいと頼み込んで来た。
ウェンデルは二つ返事で快諾し、長老は涙を流して喜んだ。その喜びようは、まるで世界がこれで救われると確信したような様子だった。
エルドはウェンデルが後でこのガラクタのような剣を捨てると思っていた。だがウェンデルは、捨てる所か実戦でその剣を使用した。
ろくに切れない剣は、相手に叩きつけるしか用途が無かった。
エルドはウェンデルに何度もその役に立たない剣を捨てろと忠告したが、紅茶色の髪の青年はまるで聞かなかった。長老に義理立てでもしているのか。
長老がこの剣の名を口にした時、エルドは失笑を堪えるのに必死だった。こんなボロボロの剣が大層な名を持っていると。
だが、ウェンデルはその時も笑わず真剣に長老の話に耳を傾けていた。
突然の一騎打ちの申し込みに、モグルフは静かに剣を構える。それが返答だと言うように。
「参る!」
ウェンデルがガラクタのような剣を構え、叫びながらモグルフに斬りかかった。
······教会の屋根の上から戦局を注視していた隻眼のザンドラは、意外な伏兵達に眉をひそめた。自分達と賢人達との戦いに参戦してきたあの連中は何者かと。
賢人達がこの街に潜ませていた傭兵なのか。それにしては少女も混じっていた。
とにかく戦力比は四対七で逆転された。しかし賢人の二人はもう戦闘力は奪ったと見て良かった。
ラフトに手を出すと後でうるさく抗議してくる性格だった。モグルフとターラは、時期に相手を倒すと見られた。
ザンドラは段取りを思案する。先程炎の天井からの攻撃を魔法障壁で防いだ革の鎧を着た男。
アルバと共にこの二人の動きを止めればいい。最後の仕上げのその時まで。
ザンドラは炎の天井を地上に降ろし、賢人達を焼き殺すつもりだった。
······ウェンデルは右手に持ったボロボロの剣をモグルフの甲冑の隙間に叩きつける。しかしモグルフは左手に握った剣でそれを払う。
モグルフの豪腕が唸りを上げて振り下ろされる。ウェンデルは髪の毛を数本切られるも何とか回避する。モグルフの剣は勢い余って石畳を粉砕した。
「ウェンデルとやら。何故俺の死角に回らない。剣も何故片手で持つのだ?」
モグルフは右腕が無い。戦いであれば、当然そこを攻めるべきだった。しかもウェンデルは剣を片手で持ち、もう片方を無駄に遊ばせていた。
「不快に思ったのなら謝る。だがこれは同情でも憐れみでも無い。君と対等に戦いたい。ただそれだけなんだ」
勇者や魔王クラスの化物相手に爽やかに語るウェンデルを見て、エルドは呆れて物も言えなかった。
「不快ではない。しかし実力差を考えろ。全力を尽くさないと死んだ時後悔するぞ」
モグルフの物言いが乱暴なそれから変わって来た。明らかにウェンデルを認めているようにエルドには見えた。
「後悔するのは私の信じる物が壊れた時さ!」
ウェンデルはそう叫ぶと、またもモグルフの左側に斬撃を加える。モグルフは器用に手首を翻し、その攻撃を払う。
その衝撃でウェンデルの手が痺れる。確かに一振りの重さ一つ見ても力量の差は歴然だった。
「そのなまくらの剣はなんだ!? 本気で戦う気があるのか!」
間を置かずモグルフは鋭く、過重な突きを繰り出す。
「そう言うな! こう見えてもこの剣は由緒正しき伝説の名剣だ」
頬にかすり傷を作りながら、ウェンデルは必死に避ける。モグルフが左腕を天に掲げるように振り上げる。
「ならばその剣ごと斬り伏せる!」
稲妻のような一撃が、ウェンデルの頭上から落ちてくる。恐れの顔一つ見せず、紅茶色の髪の青年はガラクタのような剣を振るう。
両者の剣が火花を散らし激突した。
······ある小さい村では、村人達が小麦の収穫を控えその準備に追われていた。今年は豊作が見込めそうだった。
これも魔物に畑を荒らされ無かったお陰だった。村人達は魔物を蹴散らしてくれた冒険者。紅茶色の髪の青年と全身黒衣の少年に感謝した。
子供達は青空教室で長老に読み書きを習っていた。ある子供が長老にいつもの話をしてと大声で言う。長老は穏やかに頷いた。
遥か千年も昔の話。ある偉大な王が歴史上初めて人間と魔族の国々を全て統一して治めた。人々は偉大な王の事をこう呼んだ。
王の中の王と。
偉大な王が戦場に臨む時、右手にはいつも黄金の剣が握られていた。臣下達はその剣を密かにこう呼んでいた。
「その剣がなんという名か覚えておるかな?」
長老が子供達に問いかける。すると一人の子供が手を挙げ答える。
「僕覚えてるよ。王の中の王の剣。その名前は。ええと」
······エルドはウェンデルに逃げろと言う時間も無かった。それ程モグルフの一刀は速かった。全身黒衣の少年は口を開いたまま動けなかった。
目の前には蹴散らされると思われたウェンデルが平然と立っていた。逆にモグルフが地に倒れている。紅茶色の髪の青年の背中がエルドの目に入った。
エルドは当惑していた。何かがおかしい。それはウェンデルの右手に握られた剣だった。刃こぼれや錆だらけだった刀身が黄金色に変わっている。
その時、エルドに脳裏に小さな村の長老の言葉が蘇る。長老がウェンデルに告げた剣の名を。
······その名は。
「皇帝の剣だよ!」
······記憶の引き出しを見つけた小さな村の子供は嬉しそうにそう叫んだ。長老はシワだらけの顔をほころばせ子供の答えを褒めた。
······遥か千年の時を経て、伝説の皇帝の剣はウェンデルの手によってその煌きを再びこの地上に現した。
特に炎の天井が間近に見える中央広場周辺の人々は着の身着のまま家を飛び出し逃げた。
母親に手を引かれ避難途中の少年は、空を見上げて母親に気づいた事を報告した。
先程より炎の天井の位置が低くなっている気がすると。母親は子供の戯言など聴く余裕も無く、子供を叱りつけ避難を急がせた。
黄色い長衣を纏った死神は、長剣を振り上げ青い瞳の美女に斬りかかる。ターラは灰色の長髪を揺らしながら死神の斬撃を受け流す。
サウザンドの剣は目にも止まらぬ速さでターラを襲う。だか灰色の髪の美女の剣は死神のそれを上回る速さだった。サウザンドが一度攻撃すると、必ず三度の攻撃が返って来た。
タクボはある疑問を頭の中で考えていた。ターラは茶店で姿を消した。そして先程アルバの背中を切った際、アルバの後背に突然姿を現したように見えた。
もしや彼女は姿を消し移動する事が可能なのだろうかと。
それにしてもターラの冷たい表情が先刻までとはまるで別人のようにタクボには見えた。ターラ達とアルバは何が原因で争っているのか。
タクボには理由は容易に察しがつくが、自分の弟子がこの戦いに参戦した以上、一応アルバに聞いておかなければならないとタクボは旧友を見る。
「アルバ。彼等は何者で何故君達と争っている?」
アルバは息も乱れてきた様子だった。背中の傷は本人が言うように軽くは無いのだろうと思われた。
「彼等はかつて勇者と魔王だった二人の間の子供達だ。その両親は我が組織が粛清した」
青と魔の賢人の存在を知ってから大抵の事には動じないと思っていたが、タクボは口を開けたまま暫くぼう然としてしまった。
「······相変わらず君達の組織は寝る間も惜しんで人の恨みを買っているようだな。しかしその怨恨がいつか自身を滅ぼすとは考えないのか?」
タクボの苦言にアルバは苦痛に顔を歪めながら苦笑する。
「そうだなタクボ。君には何か妙案があるかな? 人から恨まれない生き方の方法が」
アルバの問いかけにタクボは迷いなく答える。
「あるさ。私はもうすぐ冒険者を引退する。その後は静かな場所で小麦の種を植え、畑を作り穏やかに暮らす予定だ」
アルバが目を見開きタクボを見た。旧友は水を得た魚のような表情で未来図を語り続ける。
「冒険者のように命の危険を感じる必要は無い。一日野良仕事を終え、夕陽を眺めながら安酒を飲む。それが私の目標だ」
真紅の髪の色をした賢人は開いた目を細めた。
「なる程な。タクボ。君がこの街に二十年以上留まり銅貨級魔物を相手にして来たのはその為か」
アルバは思う。自分にはタクボのような生き方は不可能だろうと。自分一人の余生など考えた事も無かった。
頭にあるのはこの狂った世の中を正す事だけだった。アルバが目を閉じ顔を歪ませた。背中の傷は深刻と思われた。
「アルバ。治癒の呪文を使ったらどうだ?」
「そうしたい所だが。まあいい。説明するより一見して貰おう」
アルバが右手を傷ついた背中に当てようとした時、炎の天井から火の玉がタクボとアルバに落ちてきた。
タクボは即座に魔法障壁を張った。火の玉が障壁にぶつかり、炎が鈍い音と共に四散して行く。
「分かったかタクボ。あの炎の天井を張っている術者がどこからか私達を見張っている」
タクボは周囲を見回したが、それらしい人影は確認出来なかった。気のせいか空を覆う炎か大きくなっているような気がした。
『······いや違う。面積が広がったのでは無い。炎の天井が地上に近づいて来たのだ』
タクボは空を眺めながらそう確信した。
······隙だらけの死神の背中にモグルフが迫っていた。サウザンドはターラに向かい合ったまま左手だけを後ろに向け、光の矢の呪文を放った。
高速の光の矢は不意をつかれたモグルフに直撃した。後方で爆発が起こってもサウザンドとターラは顔色一つ変えず斬撃の応酬を続ける。
モグルフは魔王軍から奪った剣を盾にして光の矢を防いだ。しかし無傷では居られず、したたかなダメージを全身に負った。
タクボは魔法障壁を張っている間に、治癒の呪文を使えと提案したがこれもアルバに却下された。
魔法障壁を解いた瞬間、狙い撃ちにされ焼き殺されると。あの炎の天井に狙われ無い為にはサウザンドのように敵と接近戦に持ち込むしか手は無かった。
「聞いていたな? ウェンデル。エルド。接近戦だ!」
建物の影に潜んでいた紅茶色の髪の青年と全身黒衣の少年は、タクボの声と同時に地を蹴り駆け出した。
元騎士団少佐と元暗殺者が向かう先は、苦痛に表情を曇らせる隻腕の男の元だった。
ウェンデルは走りながら自分に問いかける。この剣を振るう先に自分が信じる正義があるのか。
相手は黒いローブを纏った三人。その内の一人はつい先程迄、優しげな笑顔を見せていた女性だ。
だが事情を一から十まで丁寧に聞き、熟考する暇など無かった。付き合いは短いが信頼に足る魔法使いとその弟子が戦場に居る。
その二人に加勢する。ウェンデルが剣を振るう理由はそれだけで十分だった。
エルドはウェンデルの大きい背中を見ながらこのふた月の出来事を思い返していた。
冒険者になったはいいが、降って湧いた自由を黒髪の少年は持て余していた。すぐ隣に正義の二文字を両目に刻んでいる紅茶色の髪の青年が居たので、とりあえず彼について行った。
ウェンデルの受ける仕事は危険な割に報酬が安かった。依頼人は貧しい村や極貧の寒村だった。
その村々は魔物や盗賊に畑やささやかな財産を狙われていた。ウェンデルは命の危険の代償には安すぎる報酬を半分だけ貰い、もう半分は依頼人に返した。
ウェンデルとエルドは魔物や盗賊を追い払った。村々で二人は感謝され、ある村の村長はウェンデルを是非娘婿になって欲しいと懇願してきた。
闇の人生を生きてきたエルドは、他人から感謝される事など初めてだった。
盗賊の首領を討ち取り、ある村で慎ましい宴が開かれた。決して上等では無い酒を飲んで笑うウェンデルは底抜けに明るく嬉しそうだった。
エルドは確信する。ウェンデルのお人好しは筋金入りだと。エルドは依頼の内容や報酬は二の次になった。ウェンデルの行動から目が離せなくなったからだ。
このお人好しは以前エルドに言った。死ぬまで自分の正義を貫きたいと。その言葉通り、紅茶色の髪の青年は自分の正義の為に剣を振るっている。ウェンデルの背中は闇に居たエルドにとって眩し過ぎた。
この男の行き着く先を見てみたい。エルドはその思いが日に日に強くなった。正義を体現するこのお人好しについて行けば、自分の今迄の人生では見えなかった何かが見える気がした。
それはエルドにとって、暗闇の出口を照らす一筋の光だった。
······快足を飛ばし、ウェンデルとエルドがモグルフの間近に迫った時だった。
「エルド! この男は私が相手をする。君はチロルの方を頼む」
エルドはウェンデルの正気を疑った。青と魔の賢人と互角に戦っていた相手と一人で戦うと。相手は勇者、魔王クラスに匹敵する力を持っている可能性があるにも関わらず。
エルドは思考する。正々堂々の一騎打ち。それがウェンデルの正義だと言うのだろうか。否。そんな些末な事では無い。相手と対等な条件で戦う。それは紅茶色の髪の青年にとって、ごく当たり前の事なのだ。
「······全く。ウェンデル。君は相手が魔王でも同じ台詞を言いそうだね」
呆れた口調でエルドが言うと、紅茶色の髪の青年は白い歯を見せ破顔した。
「貴様等何者だ! 関係無い奴らは引っ込んでいろ!」
死神ことサウザンドの光の矢で黒いローブが破れたモグルフはその巨体をあらわにし、鍛え抜かれた鋼のような身体で相手を威圧する。
ウェンデルも逞しく長身だが、モグルフは更にその上をいった。
「なんだ。大男の割に子供のような声を出す奴だな。君の年齢は幾つだ?」
モグルフの威圧もどこ吹く風で、ウェンデルが妙な質問を投げかける。
「俺の声を笑うな! 俺はこう見えても二十三だ!」
モグルフはウェンデルの問いに、素直に答えてしまった。
モグルフは両親が亡くなった時から何故か声が変わらずにいた。成長と共に身体は大きくなったが、声は子供の時のままだった。
モグルフは歌う事が好きだった。母が教えてくれた歌を口ずさむと必ず父が褒めてくれた。
末っ子のターラも兄に歌ってと何度もせがんで来た。モグルフ少年の歌は、過酷な逃亡生活を送る家族に明るい火を灯してくれた。
「二十三か。私より五つ年下でエルドより五つ年上か。覚えやすいな。声については謝罪しよう。笑った訳では無い。遠くまで響く良い声だ」
突然の謝罪と賞賛にモグルフは戸惑った。この騎士風の男は何者かと。
「私はウェンデル。黒いローブの剣士よ。君の名は?」
相手の目を見据え、ウェンデルは堂々としている。相手が化物かも知れないのに。エルドは正義を全身に纏った紅茶色の髪の青年の装備している剣に気づいた。
『まさか? あの剣をまだ使っているのか!?』
エルドは心の中で叫んだ。そして、隻腕の大男が静かに口を。
「······モグルフだ」
モグルフはまたも素直に答えてしまった。ウェンデルに完全に面食らっていた。この妙な男は何者かと。
「モグルフか。強そうないい名だ。君に一騎打ちを申し込む! 受けて貰えるかな?」
ウェンデルが抜き放った剣を見て、エルドは両目を手で覆った。ウェンデルの剣は所々刃こぼれし、錆すらあった。
装飾こそ豪華だが、肝心の刀身はボロボロだ。それは、ウェンデルがある村の長老から受け取った剣だった。
二週間前、ウェンデルとエルドはある村の依頼で魔物を討伐した。そこの長老がウェンデルに惚れ込み、この村に代々伝わると言う秘剣をウェンデルに受けとって欲しいと頼み込んで来た。
ウェンデルは二つ返事で快諾し、長老は涙を流して喜んだ。その喜びようは、まるで世界がこれで救われると確信したような様子だった。
エルドはウェンデルが後でこのガラクタのような剣を捨てると思っていた。だがウェンデルは、捨てる所か実戦でその剣を使用した。
ろくに切れない剣は、相手に叩きつけるしか用途が無かった。
エルドはウェンデルに何度もその役に立たない剣を捨てろと忠告したが、紅茶色の髪の青年はまるで聞かなかった。長老に義理立てでもしているのか。
長老がこの剣の名を口にした時、エルドは失笑を堪えるのに必死だった。こんなボロボロの剣が大層な名を持っていると。
だが、ウェンデルはその時も笑わず真剣に長老の話に耳を傾けていた。
突然の一騎打ちの申し込みに、モグルフは静かに剣を構える。それが返答だと言うように。
「参る!」
ウェンデルがガラクタのような剣を構え、叫びながらモグルフに斬りかかった。
······教会の屋根の上から戦局を注視していた隻眼のザンドラは、意外な伏兵達に眉をひそめた。自分達と賢人達との戦いに参戦してきたあの連中は何者かと。
賢人達がこの街に潜ませていた傭兵なのか。それにしては少女も混じっていた。
とにかく戦力比は四対七で逆転された。しかし賢人の二人はもう戦闘力は奪ったと見て良かった。
ラフトに手を出すと後でうるさく抗議してくる性格だった。モグルフとターラは、時期に相手を倒すと見られた。
ザンドラは段取りを思案する。先程炎の天井からの攻撃を魔法障壁で防いだ革の鎧を着た男。
アルバと共にこの二人の動きを止めればいい。最後の仕上げのその時まで。
ザンドラは炎の天井を地上に降ろし、賢人達を焼き殺すつもりだった。
······ウェンデルは右手に持ったボロボロの剣をモグルフの甲冑の隙間に叩きつける。しかしモグルフは左手に握った剣でそれを払う。
モグルフの豪腕が唸りを上げて振り下ろされる。ウェンデルは髪の毛を数本切られるも何とか回避する。モグルフの剣は勢い余って石畳を粉砕した。
「ウェンデルとやら。何故俺の死角に回らない。剣も何故片手で持つのだ?」
モグルフは右腕が無い。戦いであれば、当然そこを攻めるべきだった。しかもウェンデルは剣を片手で持ち、もう片方を無駄に遊ばせていた。
「不快に思ったのなら謝る。だがこれは同情でも憐れみでも無い。君と対等に戦いたい。ただそれだけなんだ」
勇者や魔王クラスの化物相手に爽やかに語るウェンデルを見て、エルドは呆れて物も言えなかった。
「不快ではない。しかし実力差を考えろ。全力を尽くさないと死んだ時後悔するぞ」
モグルフの物言いが乱暴なそれから変わって来た。明らかにウェンデルを認めているようにエルドには見えた。
「後悔するのは私の信じる物が壊れた時さ!」
ウェンデルはそう叫ぶと、またもモグルフの左側に斬撃を加える。モグルフは器用に手首を翻し、その攻撃を払う。
その衝撃でウェンデルの手が痺れる。確かに一振りの重さ一つ見ても力量の差は歴然だった。
「そのなまくらの剣はなんだ!? 本気で戦う気があるのか!」
間を置かずモグルフは鋭く、過重な突きを繰り出す。
「そう言うな! こう見えてもこの剣は由緒正しき伝説の名剣だ」
頬にかすり傷を作りながら、ウェンデルは必死に避ける。モグルフが左腕を天に掲げるように振り上げる。
「ならばその剣ごと斬り伏せる!」
稲妻のような一撃が、ウェンデルの頭上から落ちてくる。恐れの顔一つ見せず、紅茶色の髪の青年はガラクタのような剣を振るう。
両者の剣が火花を散らし激突した。
······ある小さい村では、村人達が小麦の収穫を控えその準備に追われていた。今年は豊作が見込めそうだった。
これも魔物に畑を荒らされ無かったお陰だった。村人達は魔物を蹴散らしてくれた冒険者。紅茶色の髪の青年と全身黒衣の少年に感謝した。
子供達は青空教室で長老に読み書きを習っていた。ある子供が長老にいつもの話をしてと大声で言う。長老は穏やかに頷いた。
遥か千年も昔の話。ある偉大な王が歴史上初めて人間と魔族の国々を全て統一して治めた。人々は偉大な王の事をこう呼んだ。
王の中の王と。
偉大な王が戦場に臨む時、右手にはいつも黄金の剣が握られていた。臣下達はその剣を密かにこう呼んでいた。
「その剣がなんという名か覚えておるかな?」
長老が子供達に問いかける。すると一人の子供が手を挙げ答える。
「僕覚えてるよ。王の中の王の剣。その名前は。ええと」
······エルドはウェンデルに逃げろと言う時間も無かった。それ程モグルフの一刀は速かった。全身黒衣の少年は口を開いたまま動けなかった。
目の前には蹴散らされると思われたウェンデルが平然と立っていた。逆にモグルフが地に倒れている。紅茶色の髪の青年の背中がエルドの目に入った。
エルドは当惑していた。何かがおかしい。それはウェンデルの右手に握られた剣だった。刃こぼれや錆だらけだった刀身が黄金色に変わっている。
その時、エルドに脳裏に小さな村の長老の言葉が蘇る。長老がウェンデルに告げた剣の名を。
······その名は。
「皇帝の剣だよ!」
······記憶の引き出しを見つけた小さな村の子供は嬉しそうにそう叫んだ。長老はシワだらけの顔をほころばせ子供の答えを褒めた。
······遥か千年の時を経て、伝説の皇帝の剣はウェンデルの手によってその煌きを再びこの地上に現した。
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