青天の霹靂は、村娘の一言から

tosa

文字の大きさ
18 / 52

······どう? 美味しい?

しおりを挟む
 料理長は長身だった。大柄なザンカルよりも背が高い。肩までの黒髪を後ろで結び、白い前掛けをつけていた。

 そして顔だ! 切れ長のまつ毛。高い鼻に形のいい唇。細い輪郭は正に貴公子に見えた。年齢は二十代後半位だろうか? な、なんて格好いい人なの!?

 私の頭の中で鐘が鳴り始めた。誰かが天使にラッパを吹かせベルを鳴らせている! ま、まずいわ。このままだと落ちてしまう!

 一目惚れと言う名の恋の沼に!! 私の視線が料理長の首から下に移った時、私は再び凍りついた。

 料理長の肩から、ある筈が無い三本目と四本目の腕が生えていた。私の心の中の天使達は、手にしていたラッパやベルを地獄の口に放り投げ、どこかに遁走して行った。

「······この前の娘か。それが終ったら皿洗いだ! 早くしろ!」

「は、はい! 今すぐやります!」

 私は個室調理場を飛び出し、洗い場で無我夢中で皿洗いをした。か、考えるな! 今見た事は忘れるのよリリーカ!

 私の記憶力なら大丈夫! 大抵の事は忘れられるわ! 自信があるもん! 私は自分を説得しながらも思い出してしまう。

 ······あ、あの人。腕が四本あったわよね。洗い場が片付いた頃、昼食の仕込みは終わり料理人達は休憩に入り厨房は無人になった。

 料理長ただ一人を除いて。私は厨房から脱出しようとした時、個室調理場から声がした。

「昼食が終ったら夕食の準備だ。遅れるなよ」

 わ、私はいつの間に厨房の雑用係になったの? 料理長のあの姿に怯え、私は返事を出来ずにいた。

「······俺の姿が気味悪いか。ならここには近づくな」

 料理長の声はどこか沈んだように聞こえた。私は恐る恐る個室調理場に近づいて行った。

「あ、あの。料理長は、昔から腕が四本あるんですか?」 

 私は個室調理場の窓越しに聞いてみた。かなり間を置いてから料理長の返答があった。

「馬鹿かお前は。ある日突然、腕が生える奴などいるか。四手一族。魔族の中でも希少な部類の一族だ」

 ま、魔族って色々な一族があるのね。そしてその姿形は様々なんだわ。私は今迄、人間と魔族の違いは耳が尖っているかどうか。それだけだった。

「あ、あの。私は普通の人間なので、料理長の姿は怖かったです。でも、料理長の作るお料理は本当に美味しいと思っています。だがら、また手伝いに来ますね」

 私は個室調理場に一礼をして、厨房からお暇しようとした。

「······俺の名はカーゼルだ。人間の娘。お前の名は?」

「リ、リリーカです。カーゼルさん」

 カーゼルと名乗った料理長は、少し躊躇いがちな声色で私に頼み事を言う。

「笑いキノコで三人欠員が出ちまった。連中が復帰する迄、手伝いを頼めるか?」

「は、はい! 私で良ければ喜んで」

 こうして私は、調理場臨時雑用係に任命された。多少戸惑ったけど、何か仕事があるのは毎日に張りがあって良い事だわ。

 私は昼も夜も調理場で雑用係をこなした。最後の洗い物を片付けた頃、カーゼルさんも居なくなり、厨房は私一人になっていた。

「娘。講義を放棄してこんな所にいたのか」

 厨房に突然、寝癖国王タイラントが現れた。私は前掛けで濡れた手を拭きながら思った。講義なんてすっかり忘れていたわ。

「ま、まだタイラントだって体調が万全じゃないでしょ? 具合はどうなの?」

 するとタイラントは厨房内を見回す。

「溜まった政務が忙しく食事は摂っていない。何か食せる物はあるか?」

 た、食べる物? 私も周囲を見たがもう食堂は閉鎖の時間で食べる物などある筈が無かった。

「無いか。ならば良い」

 あっさりと諦めるタイラントを見て、私にある考えが浮かんだ。

「豪華な物じゃなくてもいい? タイラント」

 金髪の魔族は黙って頷く。幸い釜戸にはまだ火が残っでいた。私は薪を足し、鉄鍋に水と豆を入れた。

「娘。何だそれは?」

「豆スープよ。私料理は苦手なんだけど、この豆スープは不思議と美味しく作れるの」

「とにかく火を通して味をつけろ。口に出来る物なら何でも良い」

 偉そうに注文をつけるタイラントに私は憤慨する。じゃあ自分で作りなさいよ! この王様気取りの金髪魔族! あ。気取りじゃなく本当の王様だった。こいつ。

 釜戸の強い火力で豆は煮立って来た。香辛料を入れ、後はひたすら煮込んで行く。人気のない調理場でスープが煮立つ音だけが聞こえていた。

 ······昨日、なぜ私の手を握り離さなかったのか。その理由を問いたかったが、この静寂の中で口を開く事が何故だか躊躇われた。

 そうしている内に、豆はいい具合に柔らかくなった。

「はいどうぞ。リリーカ特製の豆スープよ」

 私はスープを器によそい、タイラントに渡した。タイラントは黙ってスープを口に運んだ。

「······どう? 美味しい?」

「······悪くは無い」

 タイラントは豆スープをあっという間に飲み干した。空の器を私に差し出した。お、お替りって事?

 結局タイラントは三杯の豆スープを完食した。そんなにお腹を空かしていたのかな? タイラントは手にした空の器をじっと見つめている。

「どうしたのタイラント?」

「······初めてだ。料理を美味いと感じたのは」

 言い終えるとタイラントは突然立ち上がった。な、何?

「······お前だ娘。お前が私の前に現れてから、何かがおかしくなった」

 私を見るタイラントの表情は、いつもの無感情のそれでは無かった。それは、まるで何かに怯えているかのようだった。

 
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

短編【シークレットベビー】契約結婚の初夜の後でいきなり離縁されたのでお腹の子はひとりで立派に育てます 〜銀の仮面の侯爵と秘密の愛し子〜

美咲アリス
恋愛
レティシアは義母と妹からのいじめから逃げるために契約結婚をする。結婚相手は醜い傷跡を銀の仮面で隠した侯爵のクラウスだ。「どんなに恐ろしいお方かしら⋯⋯」震えながら初夜をむかえるがクラウスは想像以上に甘い初体験を与えてくれた。「私たち、うまくやっていけるかもしれないわ」小さな希望を持つレティシア。だけどなぜかいきなり離縁をされてしまって⋯⋯?

婚姻契約には愛情は含まれていません。 旦那様には愛人がいるのですから十分でしょう?

すもも
恋愛
伯爵令嬢エーファの最も嫌いなものは善人……そう思っていた。 人を救う事に生き甲斐を感じていた両親が、陥った罠によって借金まみれとなった我が家。 これでは領民が冬を越せない!! 善良で善人で、人に尽くすのが好きな両親は何の迷いもなくこう言った。 『エーファ、君の結婚が決まったんだよ!! 君が嫁ぐなら、お金をくれるそうだ!! 領民のために尽くすのは領主として当然の事。 多くの命が救えるなんて最高の幸福だろう。 それに公爵家に嫁げばお前も幸福になるに違いない。 これは全員が幸福になれる機会なんだ、当然嫁いでくれるよな?』 と……。 そして、夫となる男の屋敷にいたのは……三人の愛人だった。

見捨ててくれてありがとうございます。あとはご勝手に。

有賀冬馬
恋愛
「君のような女は俺の格を下げる」――そう言って、侯爵家嫡男の婚約者は、わたしを社交界で公然と捨てた。 選んだのは、華やかで高慢な伯爵令嬢。 涙に暮れるわたしを慰めてくれたのは、王国最強の騎士団副団長だった。 彼に守られ、真実の愛を知ったとき、地味で陰気だったわたしは、もういなかった。 やがて、彼は新妻の悪行によって失脚。復縁を求めて縋りつく元婚約者に、わたしは冷たく告げる。

「がっかりです」——その一言で終わる夫婦が、王宮にはある

柴田はつみ
恋愛
妃の席を踏みにじったのは令嬢——けれど妃の心を折ったのは、夫のたった一言だった 王太子妃リディアの唯一の安らぎは、王太子アーヴィンと交わす午後の茶会。だが新しく王宮に出入りする伯爵令嬢ミレーユは、妃の席に先に座り、殿下を私的に呼び、距離感のない振る舞いを重ねる。 リディアは王宮の礼節としてその場で正す——正しいはずだった。けれど夫は「リディア、そこまで言わなくても……」と、妃を止めた。 「わかりました。あなたには、がっかりです」 微笑んで去ったその日から、夫婦の茶会は終わる。沈黙の王宮で、言葉を失った王太子は、初めて“追う”ことを選ぶが——遅すぎた。

三十年後に届いた白い手紙

RyuChoukan
ファンタジー
三十年前、帝国は一人の少年を裏切り者として処刑した。 彼は最後まで、何も語らなかった。 その罪の真相を知る者は、ただ一人の女性だけだった。 戴冠舞踏会の夜。 公爵令嬢は、一通の白い手紙を手に、皇帝の前に立つ。 それは復讐でも、告発でもない。 三十年間、辺境の郵便局で待ち続けられていた、 「渡されなかった約束」のための手紙だった。 沈黙のまま命を捨てた男と、 三十年、ただ待ち続けた女。 そして、すべてを知った上で扉を開く、次の世代。 これは、 遅れて届いた手紙が、 人生と運命を静かに書き換えていく物語。

つまらない妃と呼ばれた日

柴田はつみ
恋愛
公爵令嬢リーシャは政略結婚で王妃に迎えられる。だが国王レオニスの隣には、幼馴染のセレスが“当然”のように立っていた。祝宴の夜、リーシャは国王が「つまらない妃だ」と語る声を聞いてしまい、心を閉ざす。 舞踏会で差し出された手を取らず、王弟アドリアンの助けで踊ったことで、噂は一気に燃え上がる――「王妃は王弟と」「国王の本命は幼馴染」と。 さらに宰相は儀礼と世論を操り、王妃を孤立させる策略を進める。監視の影、届かない贈り物、すり替えられた言葉、そして“白薔薇の香”が事件現場に残る冤罪の罠。 リーシャは微笑を鎧に「今日から、王の隣に立たない」と決めるが、距離を取るほど誤解は確定し、王宮は二人を引き裂いていく。 ――つまらない妃とは、いったい誰が作ったのか。真実が露わになった時、失われた“隣”は戻るのか。

幽閉王女と指輪の精霊~嫁いだら幽閉された!餓死する前に脱出したい!~

二階堂吉乃
恋愛
 同盟国へ嫁いだヴァイオレット姫。夫である王太子は初夜に現れなかった。たった1人幽閉される姫。やがて貧しい食事すら届かなくなる。長い幽閉の末、死にかけた彼女を救ったのは、家宝の指輪だった。  1年後。同盟国を訪れたヴァイオレットの従兄が彼女を発見する。忘れられた牢獄には姫のミイラがあった。激怒した従兄は同盟を破棄してしまう。  一方、下町に代書業で身を立てる美少女がいた。ヴィーと名を偽ったヴァイオレットは指輪の精霊と助けあいながら暮らしていた。そこへ元夫?である王太子が視察に来る。彼は下町を案内してくれたヴィーに恋をしてしまう…。

処理中です...