青天の霹靂は、村娘の一言から

tosa

文字の大きさ
33 / 52

悪口はもう少し小声で言ってね。

しおりを挟む
 メイドの仕事はとにかく忙しかった。基本的にメイド達は司令室で待機していなくてはならない。貴族達が鳴らす鐘に対応する為だ。

 仕事は御用聞きだけでは無い。貴族達の部屋の掃除。ベットのシーツ交換。城内の清掃。備品管理にお茶菓子作りもやるらしい。

 それぞれの貴族に担当のメイドがいるらしい。司令室に担当が不在の時は、ほかのメイドが対応するといった臨機応変の相互援助が必要不可欠だった。

「違う! 掃除は高い位置から低い位置の順にするものよ! 埃は上から落ちるでしょう!」

「シーツの四隅はしっかり伸ばして! シワが残ったら貴族の方達が不快になるわ!」

「焼き菓子を作った事が無いですって!? リリーカ様。あなた女性の嗜みも知らないの?」

 次々と私に浴びせられる叱責。いや、殆ど罵声に近いカラミィの指導は厳しさを増す一方だった。

 うう。厳しいよカラミィ。最も、私に殺意があるのにネフィト執事長に止められているから、不満はかなり溜まっているのだろう。

 司令室の一室にある調理室で私は焼き菓子を作っていた。カーゼルさんの元で料理に対して少しは持てた自信が粉々に砕け散った。

 や、焼き菓子ってなんて難しいの。砂糖をいれ過ぎると甘ったるいし、少ないと味気ない。焼き加減も見た目と味にすごく影響する。

「お菓子は厳密に分量が決まっているの。そこを覚えないと安定した味が出せないわ」

 カラミィが手際よく器に小麦粉をふり、砂糖、バター、卵を混ぜていく。貴族によって味の好みがあるので一人一人レシピが違うらしい。

 な、なんて面倒臭いの。そして私の担当貴族は、よりによって国王タイラントになった。

「チッ。なんで人間如きがタイラント様のお世話を」

 私の隣で、カラミィが陰口を隠そうともせず呟く。お、お願い。悪口はもう少し小声で言ってね。

 今までタイラントには決まったメイドが居なかったらしい。

 国王のお世話はメイド達全員で対応する。これが基本姿勢だったらしいが、ネフィト執事長の命令で私が初の固定担当に任命された。

「ね、ねえカラミィ。ネフィトさんって昔からこの城で働いているの?」

「······ネフィト執事長は昔冒険者だったらしいわ」

 カラミィの話によるとネフィトさんは現在六十歳。三十歳までは冒険者として数々の武勇伝を残した人らしい。

 噂によると、当時の魔王や勇者とも剣を交えた事があるとか。それがある時重症を負い、生死を彷徨っている時にある夫婦に命を救われた。

 その夫婦が、なんとタイラントの両親だったらしい。それ以後、ネフィトさんはタイラントの両親に仕え、この城で三十年間働いているらしい。

 そ、そんな凄い人なんだ。道理であのザンカルが礼を尽くす訳だ。カラミィは混ぜ合わせた材料をオーブンに入れる。

 そして私に十人分のレシピ表を押し付ける。

「この方達のレシピを覚えて。ちなみにタイラント様のレシピは無いから自分で考える事」

 カラミィはそう言って別の仕事に向かう為に退室して行った。一人取り残された私は、ひたすら焼き菓子の練習をする事となった。

「おうリリーカ。初日の仕事はどうだった?」

 気付いた時、隣にザンカルが立っていた。お菓子作りに没頭していた私は、いつの間にか夜になっていた事に驚いた。

「······メイドの格好も悪く無いぞリリーカ。つい押し倒したくなるぜ」

 や、やめて下さいそれだけは。その現場をハクランに見られたら、私は確実にナイフで細切れにされるから。

「なんだリリーカ。偉い数のクッキーを作ったな」

 ザンカルが調理台に並んだ私の失敗作を物珍しそうに眺める。ほ、本当だ。私いつの間にこんなに作ったんだ。

「レシピがある人達はいいんだけど。タイラントは好みが分からないから、つい色んな味を作り過ぎちゃって」

 私は頭を掻きながらザンカルに答える。立ちっぱなしのせいか両足に痛みが走った。

「······タイラントの為に、こんなに時間を費やしたのか?」

 ザンカルの声が突然低くなった。え? い、いやいや。お仕事で仕方なくよ!?

「······そうか。仕事ならしょうがないな」

 ザンカルは沈んだ表情のまま調理室から出て行った。それと入れ替わるように今度はタイラントが現れた。

「なんだこの焼き菓子の山は? 娘。お前が作ったのか?」

 ええそうよ。業務命令で仕方なくね。金髪魔族は私の失敗作を勝手につまんでいく。

「甘すぎる。焼きが足りん。形が悪い」

 く、今回は何も言い返せない。焼き菓子作りって本当に甘くないわ。その時、タイラントの手が突然止まった。

 無作為に掴んだクッキーを口に入れた後、タイラントは固まったように動かなくなったのだ。ど、どうしたつまみ食い国王?

「······娘。このクッキーをもう一度作れるか?」

 え? ど、どれ? タイラントがクッキーの山から一部分を掴んで私に差し出す。

「この味のクッキーをもう一度。いや。何時でも作れるようになっておけ。これは、国王命令だ」

 は、はい? いやこの数々の失敗作、レシピなんて記録していないんだけど? 私を見つめるタイラントの紅い目は、今まで見た事がないくらい真剣に見えた。


しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

短編【シークレットベビー】契約結婚の初夜の後でいきなり離縁されたのでお腹の子はひとりで立派に育てます 〜銀の仮面の侯爵と秘密の愛し子〜

美咲アリス
恋愛
レティシアは義母と妹からのいじめから逃げるために契約結婚をする。結婚相手は醜い傷跡を銀の仮面で隠した侯爵のクラウスだ。「どんなに恐ろしいお方かしら⋯⋯」震えながら初夜をむかえるがクラウスは想像以上に甘い初体験を与えてくれた。「私たち、うまくやっていけるかもしれないわ」小さな希望を持つレティシア。だけどなぜかいきなり離縁をされてしまって⋯⋯?

見捨ててくれてありがとうございます。あとはご勝手に。

有賀冬馬
恋愛
「君のような女は俺の格を下げる」――そう言って、侯爵家嫡男の婚約者は、わたしを社交界で公然と捨てた。 選んだのは、華やかで高慢な伯爵令嬢。 涙に暮れるわたしを慰めてくれたのは、王国最強の騎士団副団長だった。 彼に守られ、真実の愛を知ったとき、地味で陰気だったわたしは、もういなかった。 やがて、彼は新妻の悪行によって失脚。復縁を求めて縋りつく元婚約者に、わたしは冷たく告げる。

「がっかりです」——その一言で終わる夫婦が、王宮にはある

柴田はつみ
恋愛
妃の席を踏みにじったのは令嬢——けれど妃の心を折ったのは、夫のたった一言だった 王太子妃リディアの唯一の安らぎは、王太子アーヴィンと交わす午後の茶会。だが新しく王宮に出入りする伯爵令嬢ミレーユは、妃の席に先に座り、殿下を私的に呼び、距離感のない振る舞いを重ねる。 リディアは王宮の礼節としてその場で正す——正しいはずだった。けれど夫は「リディア、そこまで言わなくても……」と、妃を止めた。 「わかりました。あなたには、がっかりです」 微笑んで去ったその日から、夫婦の茶会は終わる。沈黙の王宮で、言葉を失った王太子は、初めて“追う”ことを選ぶが——遅すぎた。

婚姻契約には愛情は含まれていません。 旦那様には愛人がいるのですから十分でしょう?

すもも
恋愛
伯爵令嬢エーファの最も嫌いなものは善人……そう思っていた。 人を救う事に生き甲斐を感じていた両親が、陥った罠によって借金まみれとなった我が家。 これでは領民が冬を越せない!! 善良で善人で、人に尽くすのが好きな両親は何の迷いもなくこう言った。 『エーファ、君の結婚が決まったんだよ!! 君が嫁ぐなら、お金をくれるそうだ!! 領民のために尽くすのは領主として当然の事。 多くの命が救えるなんて最高の幸福だろう。 それに公爵家に嫁げばお前も幸福になるに違いない。 これは全員が幸福になれる機会なんだ、当然嫁いでくれるよな?』 と……。 そして、夫となる男の屋敷にいたのは……三人の愛人だった。

三十年後に届いた白い手紙

RyuChoukan
ファンタジー
三十年前、帝国は一人の少年を裏切り者として処刑した。 彼は最後まで、何も語らなかった。 その罪の真相を知る者は、ただ一人の女性だけだった。 戴冠舞踏会の夜。 公爵令嬢は、一通の白い手紙を手に、皇帝の前に立つ。 それは復讐でも、告発でもない。 三十年間、辺境の郵便局で待ち続けられていた、 「渡されなかった約束」のための手紙だった。 沈黙のまま命を捨てた男と、 三十年、ただ待ち続けた女。 そして、すべてを知った上で扉を開く、次の世代。 これは、 遅れて届いた手紙が、 人生と運命を静かに書き換えていく物語。

つまらない妃と呼ばれた日

柴田はつみ
恋愛
公爵令嬢リーシャは政略結婚で王妃に迎えられる。だが国王レオニスの隣には、幼馴染のセレスが“当然”のように立っていた。祝宴の夜、リーシャは国王が「つまらない妃だ」と語る声を聞いてしまい、心を閉ざす。 舞踏会で差し出された手を取らず、王弟アドリアンの助けで踊ったことで、噂は一気に燃え上がる――「王妃は王弟と」「国王の本命は幼馴染」と。 さらに宰相は儀礼と世論を操り、王妃を孤立させる策略を進める。監視の影、届かない贈り物、すり替えられた言葉、そして“白薔薇の香”が事件現場に残る冤罪の罠。 リーシャは微笑を鎧に「今日から、王の隣に立たない」と決めるが、距離を取るほど誤解は確定し、王宮は二人を引き裂いていく。 ――つまらない妃とは、いったい誰が作ったのか。真実が露わになった時、失われた“隣”は戻るのか。

幽閉王女と指輪の精霊~嫁いだら幽閉された!餓死する前に脱出したい!~

二階堂吉乃
恋愛
 同盟国へ嫁いだヴァイオレット姫。夫である王太子は初夜に現れなかった。たった1人幽閉される姫。やがて貧しい食事すら届かなくなる。長い幽閉の末、死にかけた彼女を救ったのは、家宝の指輪だった。  1年後。同盟国を訪れたヴァイオレットの従兄が彼女を発見する。忘れられた牢獄には姫のミイラがあった。激怒した従兄は同盟を破棄してしまう。  一方、下町に代書業で身を立てる美少女がいた。ヴィーと名を偽ったヴァイオレットは指輪の精霊と助けあいながら暮らしていた。そこへ元夫?である王太子が視察に来る。彼は下町を案内してくれたヴィーに恋をしてしまう…。

処理中です...