43 / 52
いつか聞こるといいね。
しおりを挟む
魔族の城中では、ある噂がまことしやかに囁かれていた。国王タイラントの鼻を折り。ネフィト執事長を震え上がらせ。戦士長ザンカルと秘書官リケイ手玉に取り惑わせた。
これら全てが同一人物の仕業だと言う噂だ。メイド司令室で私は複数の視線を感じていた。
メイド達が私を見ながら小声で噂話をしている。いや、これ私だって絶対断定されてるよね?
とほほ。自業自得とは言え、私はとんでもない人間の娘だと周囲から思われるようになってしまった。
司令室から逃げるように私は調理室でクッキー制作に取りかかった。今は無心になれる作業に没頭しよう。うん。
どれ位の時間が経過しただろうか。何気なく味見した時、私はクッキーを口に入れながら言葉にならない大声を上げた。
······出来た! タイラントが指定したあのクッキーの味と同じ物が!! 私は素早くレシピを記録し、そのメモ用紙を胸に抱きしめた。
良かった。これでタイラントはお母さんの作ったクッキーと同じ味が食べられる。私は嬉しさの余り涙ぐんでしまった。
私が感激している所に、司令室にいたメイドが怯えた声で私を呼びに来た。
「リ、リリーカ様。タイラント様がお呼びのようです」
私は完成したクッキーを袋に詰め、タイラントの部屋の前に立った。時刻はもう遅い。一体何の用だろう?
ノックをすると、タイラントの声がしたので入室した。タイラントはソファーに腰掛けており、鼻は包帯で固定されていた。
い、痛々しいなあ。顔面に拳を叩き込むなんて、やっぱりちょっとやり過ぎたかしら。で、でもタイラントが悪いのよ!
あの台詞は女の子に対して酷すぎるわ! 私は沸々と怒りが甦り金髪魔族を睨んだ。睨まれた寝癖魔族は小さくため息をつく。
「まだ怒りが収まらないのか娘」
タイラントは椅子から立ち上がり私に近づく。そして右手に持った小瓶を差し出す。
「な、何よこれ?」
「打ち身の薬だ。お前が責任を持って私の鼻に塗れ」
「じ、自分で塗ればいいでしょう?」
「この怪我はお前が原因だ。お前が責任を取れ」
え、偉そうに! でも、確かに私の責任だよね。タイラントはベットに座った。私は渋々タイラントの包帯を取り鼻に塗り薬を塗った。
私の指が鼻に触れると、タイラントは微かに身体を揺らした。
「あ、ごめん。痛かった?」
「······痛くは無い。誰かに薬を塗られる事など、これまで無かったのでな」
そ、そんな事言われると意識しちゃうじゃない。
「······タイラントの御両親は、我が子がこの薬を女の子に塗って貰うなんて想像出来たかしら?」
「そんな事は知らぬな。質問しようにも、する相手が生きてない」
「······まだ、御両親の声が聞こえない? タイラント」
「······薬棚を何度か覗いたが、そんな声は聞こえないな」
「······そう。いつか聞こえるといいね」
私は薬を塗り終え、包帯をタイラントの鼻に巻いた。気づくとタイラントが私を見上げている。
「······娘。お前はせっかちだ。私の言葉を最後まで聞かず私に狼藉を働いた」
タイラントが私の手首を掴んだ。紅い両目で見つめられ、私の心臓の鼓動は急に早くなる。
「さ、最後までって何よ?」
「うむ。どこまで私は話したかな。確か、お前のあり得ないくせ毛と、貧相な顔と身体の辺りまで話した······」
学習能力を全く持たない愚かな金髪魔族が言い終える前に、私は奴の腹部に右拳をめり込ませ、部屋を出ようとした。
馬鹿魔族が悶絶しながら私を呼び止める。
「待て娘! 就寝前の口づけはしないのか!!」
「す、するわけ無いでしょ! この馬鹿!!」
私は駆け足で廊下を進んだ。無神経! 本当に無神経よアイツ! 私はふと気づき、スカートのポッケに手を入れた。
そこに入っていたのは、出番が無いまま沈黙していたクッキーの袋だ。せっかく完成したのに、渡せなかったな······
「······リリーカ様」
突然のその声に私は伏せた顔を上げた。目の前にカラミィが立っていた。その表情は暗く沈んでいる。
いや。憔悴しきっていると言っていい。そう言えばこの前の大号泣の時からカラミィの様子は変だ。
集中力に欠け、メイドの仕事も失敗ばかりしていると聞く。
「······リリーカ様。以前、タイラント様の部屋から貴方の声が聞こえました。タイラント様を愛していると言った貴方の声が」
私の顔は真っ赤になった。ま、またその話!? カラミィの話では、その後気を失った私を抱えたタイラントが部屋を出た所を目撃したらしい。
「タイラント様は貴方を抱え、救護室に向われたわ。国王自らが。タイラント様のその時の心配そうなお顔······あんなお顔、私は今まで見た事が無かった」
そう言い終えたカラミィは、両目に涙を浮かべた。そうなんだ。タイラントが私を心配して······
「リリーカ様。今すぐこの城を出なさい」
カラミィの声で、私の頭の中から金髪魔族が消えた。し、城を出るって?
「この城には、タイラント様の花嫁を決める人物がいるの。貴方はその御方に狙われているわ」
カラミィの言葉の意味を、私はすぐに理解出来なかった。私が原因でとんでもない大騒動が起こるなんて、この時の私は知る由もなかった。
これら全てが同一人物の仕業だと言う噂だ。メイド司令室で私は複数の視線を感じていた。
メイド達が私を見ながら小声で噂話をしている。いや、これ私だって絶対断定されてるよね?
とほほ。自業自得とは言え、私はとんでもない人間の娘だと周囲から思われるようになってしまった。
司令室から逃げるように私は調理室でクッキー制作に取りかかった。今は無心になれる作業に没頭しよう。うん。
どれ位の時間が経過しただろうか。何気なく味見した時、私はクッキーを口に入れながら言葉にならない大声を上げた。
······出来た! タイラントが指定したあのクッキーの味と同じ物が!! 私は素早くレシピを記録し、そのメモ用紙を胸に抱きしめた。
良かった。これでタイラントはお母さんの作ったクッキーと同じ味が食べられる。私は嬉しさの余り涙ぐんでしまった。
私が感激している所に、司令室にいたメイドが怯えた声で私を呼びに来た。
「リ、リリーカ様。タイラント様がお呼びのようです」
私は完成したクッキーを袋に詰め、タイラントの部屋の前に立った。時刻はもう遅い。一体何の用だろう?
ノックをすると、タイラントの声がしたので入室した。タイラントはソファーに腰掛けており、鼻は包帯で固定されていた。
い、痛々しいなあ。顔面に拳を叩き込むなんて、やっぱりちょっとやり過ぎたかしら。で、でもタイラントが悪いのよ!
あの台詞は女の子に対して酷すぎるわ! 私は沸々と怒りが甦り金髪魔族を睨んだ。睨まれた寝癖魔族は小さくため息をつく。
「まだ怒りが収まらないのか娘」
タイラントは椅子から立ち上がり私に近づく。そして右手に持った小瓶を差し出す。
「な、何よこれ?」
「打ち身の薬だ。お前が責任を持って私の鼻に塗れ」
「じ、自分で塗ればいいでしょう?」
「この怪我はお前が原因だ。お前が責任を取れ」
え、偉そうに! でも、確かに私の責任だよね。タイラントはベットに座った。私は渋々タイラントの包帯を取り鼻に塗り薬を塗った。
私の指が鼻に触れると、タイラントは微かに身体を揺らした。
「あ、ごめん。痛かった?」
「······痛くは無い。誰かに薬を塗られる事など、これまで無かったのでな」
そ、そんな事言われると意識しちゃうじゃない。
「······タイラントの御両親は、我が子がこの薬を女の子に塗って貰うなんて想像出来たかしら?」
「そんな事は知らぬな。質問しようにも、する相手が生きてない」
「······まだ、御両親の声が聞こえない? タイラント」
「······薬棚を何度か覗いたが、そんな声は聞こえないな」
「······そう。いつか聞こえるといいね」
私は薬を塗り終え、包帯をタイラントの鼻に巻いた。気づくとタイラントが私を見上げている。
「······娘。お前はせっかちだ。私の言葉を最後まで聞かず私に狼藉を働いた」
タイラントが私の手首を掴んだ。紅い両目で見つめられ、私の心臓の鼓動は急に早くなる。
「さ、最後までって何よ?」
「うむ。どこまで私は話したかな。確か、お前のあり得ないくせ毛と、貧相な顔と身体の辺りまで話した······」
学習能力を全く持たない愚かな金髪魔族が言い終える前に、私は奴の腹部に右拳をめり込ませ、部屋を出ようとした。
馬鹿魔族が悶絶しながら私を呼び止める。
「待て娘! 就寝前の口づけはしないのか!!」
「す、するわけ無いでしょ! この馬鹿!!」
私は駆け足で廊下を進んだ。無神経! 本当に無神経よアイツ! 私はふと気づき、スカートのポッケに手を入れた。
そこに入っていたのは、出番が無いまま沈黙していたクッキーの袋だ。せっかく完成したのに、渡せなかったな······
「······リリーカ様」
突然のその声に私は伏せた顔を上げた。目の前にカラミィが立っていた。その表情は暗く沈んでいる。
いや。憔悴しきっていると言っていい。そう言えばこの前の大号泣の時からカラミィの様子は変だ。
集中力に欠け、メイドの仕事も失敗ばかりしていると聞く。
「······リリーカ様。以前、タイラント様の部屋から貴方の声が聞こえました。タイラント様を愛していると言った貴方の声が」
私の顔は真っ赤になった。ま、またその話!? カラミィの話では、その後気を失った私を抱えたタイラントが部屋を出た所を目撃したらしい。
「タイラント様は貴方を抱え、救護室に向われたわ。国王自らが。タイラント様のその時の心配そうなお顔······あんなお顔、私は今まで見た事が無かった」
そう言い終えたカラミィは、両目に涙を浮かべた。そうなんだ。タイラントが私を心配して······
「リリーカ様。今すぐこの城を出なさい」
カラミィの声で、私の頭の中から金髪魔族が消えた。し、城を出るって?
「この城には、タイラント様の花嫁を決める人物がいるの。貴方はその御方に狙われているわ」
カラミィの言葉の意味を、私はすぐに理解出来なかった。私が原因でとんでもない大騒動が起こるなんて、この時の私は知る由もなかった。
0
あなたにおすすめの小説
黒騎士団の娼婦
イシュタル
恋愛
夫を亡くし、義弟に家から追い出された元男爵夫人・ヨシノ。
異邦から迷い込んだ彼女に残されたのは、幼い息子への想いと、泥にまみれた誇りだけだった。
頼るあてもなく辿り着いたのは──「気味が悪い」と忌まれる黒騎士団の屯所。
煤けた鎧、無骨な団長、そして人との距離を忘れた男たち。
誰も寄りつかぬ彼らに、ヨシノは微笑み、こう言った。
「部屋が汚すぎて眠れませんでした。私を雇ってください」
※本作はAIとの共同制作作品です。
※史実・実在団体・宗教などとは一切関係ありません。戦闘シーンがあります。
一級魔法使いになれなかったので特級厨師になりました
しおしお
恋愛
魔法学院次席卒業のシャーリー・ドットは、
「一級魔法使いになれなかった」という理由だけで婚約破棄された。
――だが本当の理由は、ただの“うっかり”。
試験会場を間違え、隣の建物で行われていた
特級厨師試験に合格してしまったのだ。
気づけばシャーリーは、王宮からスカウトされるほどの
“超一流料理人”となり、国王の胃袋をがっちり掴む存在に。
一方、学院首席で一級魔法使いとなった
ナターシャ・キンスキーは、大活躍しているはずなのに――
「なんで料理で一番になってるのよ!?
あの女、魔法より料理の方が強くない!?」
すれ違い、逃げ回り、勘違いし続けるナターシャと、
天然すぎて誤解が絶えないシャーリー。
そんな二人が、魔王軍の襲撃、国家危機、王宮騒動を通じて、
少しずつ距離を縮めていく。
魔法で国を守る最強魔術師。
料理で国を救う特級厨師。
――これは、“敵でもライバルでもない二人”が、
ようやく互いを認め、本当の友情を築いていく物語。
すれ違いコメディ×料理魔法×ダブルヒロイン友情譚!
笑って、癒されて、最後は心が温かくなる王宮ラノベ、開幕です。
靴屋の娘と三人のお兄様
こじまき
恋愛
靴屋の看板娘だったデイジーは、母親の再婚によってホークボロー伯爵令嬢になった。ホークボロー伯爵家の三兄弟、長男でいかにも堅物な軍人のアレン、次男でほとんど喋らない魔法使いのイーライ、三男でチャラい画家のカラバスはいずれ劣らぬキラッキラのイケメン揃い。平民出身のにわか伯爵令嬢とお兄様たちとのひとつ屋根の下生活。何も起こらないはずがない!?
※小説家になろうにも投稿しています。
15年目のホンネ ~今も愛していると言えますか?~
深冬 芽以
恋愛
交際2年、結婚15年の柚葉《ゆずは》と和輝《かずき》。
2人の子供に恵まれて、どこにでもある普通の家族の普通の毎日を過ごしていた。
愚痴は言い切れないほどあるけれど、それなりに幸せ……のはずだった。
「その時計、気に入ってるのね」
「ああ、初ボーナスで買ったから思い出深くて」
『お揃いで』ね?
夫は知らない。
私が知っていることを。
結婚指輪はしないのに、その時計はつけるのね?
私の名前は呼ばないのに、あの女の名前は呼ぶのね?
今も私を好きですか?
後悔していませんか?
私は今もあなたが好きです。
だから、ずっと、後悔しているの……。
妻になり、強くなった。
母になり、逞しくなった。
だけど、傷つかないわけじゃない。
バッドエンド予定の悪役令嬢が溺愛ルートを選んでみたら、お兄様に愛されすぎて脇役から主役になりました
美咲アリス
恋愛
目が覚めたら公爵令嬢だった!?貴族に生まれ変わったのはいいけれど、美形兄に殺されるバッドエンドの悪役令嬢なんて絶対困る!!死にたくないなら冷酷非道な兄のヴィクトルと仲良くしなきゃいけないのにヴィクトルは氷のように冷たい男で⋯⋯。「どうしたらいいの?」果たして私の運命は?
復讐のための五つの方法
炭田おと
恋愛
皇后として皇帝カエキリウスのもとに嫁いだイネスは、カエキリウスに愛人ルジェナがいることを知った。皇宮ではルジェナが権威を誇示していて、イネスは肩身が狭い思いをすることになる。
それでも耐えていたイネスだったが、父親に反逆の罪を着せられ、家族も、彼女自身も、処断されることが決まった。
グレゴリウス卿の手を借りて、一人生き残ったイネスは復讐を誓う。
72話で完結です。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
次期国王様の寵愛を受けるいじめられっこの私と没落していくいじめっこの貴族令嬢
さくら
恋愛
名門公爵家の娘・レティシアは、幼い頃から“地味で鈍くさい”と同級生たちに嘲られ、社交界では笑い者にされてきた。中でも、侯爵令嬢セリーヌによる陰湿ないじめは日常茶飯事。誰も彼女を助けず、婚約の話も破談となり、レティシアは「無能な令嬢」として居場所を失っていく。
しかし、そんな彼女に運命の転機が訪れた。
王立学園での舞踏会の夜、次期国王アレクシス殿下が突然、レティシアの手を取り――「君が、私の隣にふさわしい」と告げたのだ。
戸惑う彼女をよそに、殿下は一途な想いを示し続け、やがてレティシアは“王妃教育”を受けながら、自らの力で未来を切り開いていく。いじめられっこだった少女は、人々の声に耳を傾け、改革を導く“知恵ある王妃”へと成長していくのだった。
一方、他人を見下し続けてきたセリーヌは、過去の行いが明るみに出て家の地位を失い、婚約者にも見放されて没落していく――。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる