深夜のコンビニバイト始めたけど魔王とか河童とか変な人来すぎて正直続けていける自信がない

ガイア

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深夜のコンビニバイト六十五日目 クロノア再来店

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深夜のコンビニバイト六十五日目。

ピロリロピロリロ。

「いらっしゃ」

俺の「いらっしゃいませ」は、

「魔王様は...どこ」

おぼつかない足でふらふらと杖をつきながら来店した髪の毛はボサボサで、目は虚ろ、枯れた砂漠のようなメイド服のお客様の掠れた声で遮られた。

「もしかして、クロノアさん!?」

「えぇ...いかにもそうです」

嘘だろ...どうしてあんな鉄壁完璧で美しかったクロノアさんがこんな無人島で数ヶ月過ごしましたみたいになってしまったんだ!?
変わりようが半端じゃないぞ。

「魔王様は...あぁ、魔王様。魔王様は、突然いなくなってしまった。自身の人形を身代わりに、どこかへ行ってしまった...あのダークエルフも知らないと、どこに行ったのですか...魔王様」

魔王様魔王様を繰り返すあのクールな印象とはかけ離れたクロノアさん。
そういやクロノアさんは元々魔王の事になるとクールなキャラが崩壊するのでこれが平常運転なのか?
あれ、でも前にあの織田信長様をお世話していたような。

「信長様はどうしたんです?よくコンビニに課金カード買いに来てたんですけど全然来なくなっちゃったんですよ。ほら、前にクロノアさん、織田信長様を世話してたじゃないですか」

「あぁ...信長様」

ゆらりと俺の瞳に虚ろな瞳を合わせると、

「信長様は、自分の家の地下に課金カード専門店を建設なさいました」

「いやどんだけ金持ち!?だからコンビニ来なくなったの!?てか店にしなくていいでしょうそこは」

「課金は、買う楽しみも含めて課金なのだと仰ってましたよ...」

名言っぽいけど、馬鹿だなあの人。

「その後の信長様はゲームの魅力の沼にズブズブと飲み込まれ、今は過去に苦楽を共にした右腕と左腕が戻って来た為、その方達とゲーム会社「天下統一」を設立し、ゲーム制作に励んでおります。今は天下統一のトップとして立派に業務を全うしている毎日です」

「それっぽいゲーム会社立ち上げてるし!!こっちの世界でも天下統一なし得ようとしてるのかあのお方!」

「わたくしがお世話していた頃はご飯を食べてお風呂に入って寝てゲームしてご飯を食べて課金して、立派に自堕落な生活をおくっていらっしゃったのですが、ゲーム会社の社長になってからは、社長としての顔が立たないと仰って...」

「いいことじゃないですか。クロノアさん離れできて」

いや待てよ立派に自堕落な生活をおくっていたってさらっと聞き流しちゃったけど矛盾と違和感のオンパレードだな。

「わたくしも、しっかりと自立してしまい、お世話する必要のない信長様には余り関心がなくなってしまいましてね。元々わたくしが彼の為に適当に会社を設立して運営して彼の課金代や生活費を稼いでいたのですが、今は彼が一人で全てこなしていますし」

あれだけお金を湯水のように使っていた織田信長を見る限り適当に会社を設立して大成功させるクロノアさん凄まじすぎるだろ。

「お世話する人がいない。路頭に迷っていた時、可愛い可愛い魔王様とこのコンビニで再会したのです。魔王様をまた調きょ...お世話できると思うと胸が熱く焦がれ、顔がほころび幸せの絶頂でした」

今調教っていいかけたんだけどこの人。

「で、す、が!その魔王様がいなくなってしまったのです!!わたくしはこれから誰をお世話して生きていけばいいのでしょう!?必死にここ数日探し回りましたがどこにもいらっしゃいません...わたくしは、わたくしはこれからどうすればいいのでしょうか」

俺にグイグイ詰め寄るクロノアさん。
本当に、何日も探しているのだろう。
目にクマができて、だいぶ疲れている様子だ。俺にもこんなによく話すなんて相当追い詰められているんだろう。

「魔王はきっとどっかで幸せに暮らしてますよ。クロノアさんも魔王ばなれしたらどうですか?」

あえて明るく、悟られないように。
魔王はきっと公園で今ホームレス生活をあのお仲間さん達と楽しんでいる。
その邪魔をしてはいけない。

「.....わたくしは、誰をお世話したらいいのでしょう」

ポツリと、雨が落ちるようにクロノアさんは呟いた。

「わたくしは、あの落ちこぼれのダークエルフと違ってメイドの名家の家系でした。メイドとして生きていく為に、ご主人様をお世話する事を生きがいにする為に、エルフでも人でもなくメイドとして生きていけとそう育てられ生きてきました。わたくしは、名家の最高傑作と言われる程に、超完壁鉄壁知的天才的美少女メイドに育ちました」

いや自分で言うな。

「ですが、それ故にわたくしは主人をお世話していない時は何をしたらいいのかわからないのです。わたくしは、超完壁鉄壁知的天才的美少女メイド故に、昔からメイド症候群、MSGという最悪死に至る程の重度の病を患っていました」

「何ですかそれ」

「完璧すぎる為、わたくしに課せられた人生のハンデと呼べるべきものです。MSGとは、お世話する対象がいなくなったり、誰かをお世話していない期間が長かったりすると、自身の生きている意味を見失い、自傷行為に走ったり、最悪自ら命を絶ってしまうという病気です」

クロノアさんは、長袖のメイドシャツをまくって、俺にリストカットだらけの腕を見せてきた。

「.....何ですかその傷だらけの腕は」

衝撃だった。赤い線がそれこそ白い腕に赤い鉛筆で線を書きなぐったような。
酷すぎて、胸が苦しくなって、俺は思わず目をそらして動けなかった。

「わたくしが長袖ロングスカートのメイド服を着ているのは自傷の傷だらけだからです。MSGの為にわたくしは誰かをお世話していないとどうにかなってしまうのです。魔王様がいなくなった魔界で、こちらに来て信長様に出会うまで、わたくしは不安で不安で仕方なかった。わたくしはお世話する人がいないと自分を必要としてくれる人がいないと、ダメになってしまうんですよ...」

なんだか、クロノアさんが気の毒になって来た。魔王の居場所は教えられないけど、なんとかしてあげられないだろうか。

ピロリロピロリロ。

「クロノア、帰るっすよ。いつまで迷惑かけてるっすか」

腰に手を当ててエプロンにワンピース姿で来店して来たのは、呆れ顔のシェリィさんだった。

「...落ちこぼれのダークエルフじゃないですか」

「よくそんな姿で強がり言えるっすね。ほら、ここ数日何も食べてないって顔してるじゃないっすか。あたしの家で何か作ってあげるっすから」

「あなたなんかの力は必要ないです。わたくしは.....」

がくりとクロノアさんの膝が曲がり前のめりに倒れ、それをシェリィさんが受け止める。

「...店員さんの恋人さんが、クロノアに飛びかかろうとしてたんすけど、とりあえずあたしがなんとかするからって外で待ってもらってるっす...ご迷惑をおかけしたっすね」

「いや、俺は何も」

完全に気を失ってしまった様子のクロノアさん。相当疲れていたのだろう。

「元々、クロノアは幼少期から既にハイスペックで凄かったっす。魔界でも有名でしたし、皆の憧れの的。でもそのかわり、クロノアは感情をあまり見せなかったっすから、魔王様のご両親がクロノアには魔王様の教育係を。少数派でメイドの名家でもなければエルフと違い知性もそんなに高くない魔界では差別の対象でしたが、感情豊かなダークエルフのあたしに魔王様の遊び相手をお任せしてくださったんす」

過去の思い出を思い出すように、クロノアさんをよいしょっとおんぶしながら、話すシェリィさん。

「クロノアは、自分一人で全部できるのに、あたしがそこにいるのが気に入らなかったっす。魔王様が我儘を言うのも、甘えるのも、あたしばっかりだったっすから。だからこんなにあたしに強く当たるけど本当は心が弱くて脆くて、一人じゃ寂しくてどうしようもないような子なんすよ。あたしは、結局魔王様の遊び相手と、この手のかかる面倒な完璧メイドのお世話係を任されたって事っすね」

シェリィさんは、お母さんのような温かな笑顔でしょうがないっすねとそのまま出入り口に向かっていった。

「後で店員さんの恋人さんに事情話しておくっすから安心してくださいっす。行方不明の魔王様がここに来たらシェリィが待ってるって伝えて欲しいっす。それじゃあまた!お元気で」

その時のシェリィさんの、全てを見透かしたような、全部わかっているというようなそんな表情に俺は思わず俯いた。

「はい、また魔王が来たら...伝えておきます」

魔王をホームレス生活させないようにキャバクラで必死に働いていたシェリィさんは、魔王が今また公園でお仲間さんたちとホームレス生活をしていると知ったら、きっと悲しむだろう。
俺はなにも言えなかった。

あの魔王パーティの影の要はきっとシェリィさんなのだろう。彼女がいなかったらあのパーティはきっと成立していないんだ。
俺はシェリィさんの小さくて大きい後ろ姿を見て彼女には本当に幸せになってほしいと心から思った。
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