深夜のコンビニバイト始めたけど魔王とか河童とか変な人来すぎて正直続けていける自信がない

ガイア

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深夜のコンビニバイト九十四日目 俺がコンビニ店員になったわけ 前編

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深夜のコンビニバイト九十四日目。

仕事が俺も店長も休みの日だったので、店長がラーメンをおごるよと誘ってくれた。俺は、勿論喜んでついていく。

「村松君、春から君が働き始めてからも
う随分経ったよね。来年の春には一年目だね。どうだぃ?長かったかぃ?短かったかぃ?」

ラーメンを待つ間、店長は、優しく微笑んで俺に問う。長かったか、短かったか。俺は、頰をかきながら俯いて笑う。

「いやーあっという間でしたよ。コンビニで働かせてもらってから、恋人もできたし知り合いもめちゃくちゃ増えましたからね。変な人ばかりですけど」

水を一口飲んで自嘲気味に笑った。

俺は、大学生というわけじゃなくただのコンビニのバイトだ。
22歳という年でコンビニバイトのフリーターの俺を「ハルはハル」と、綾女さんはあっさりと両手を広げて受け入れてくれた。
家族もお仕事よく頑張ってくれているね。と褒めてくれる。
店長だって、「いつもお仕事頑張ってくれてありがとう」と言ってくれる。

俺は、このままじゃ周りの人たちに甘えているままじゃいけないんだろうと思ってはいるけれど、でも。俺は──。

***

高校を卒業して俺はすぐ就職した。
元々近くのドラッグストアでバイトをしていて、接客が好きだった俺は、都会の方に上京して大きなテーマパークのスタッフに就職した。
色んな人の笑顔が見れる最高の仕事だと思ったからだ。
友人からは、「お前あの遊園地に就職するの!?絶対行くわ!」と言われたり、両親も喜んでいた。鼻が高いって。
俺は、会社見学に行った時、沢山の人を笑顔にしている遊園地のスタッフさんをみてこんな風になりたいと希望を抱いた。



ただ、憧れだけで遊園地スタッフになれる程甘くはなかった。
遊園地とは、いわば夢の国。なかなか行けない幸せの場所なのだ。
スタッフは、常に笑顔で明るい声で姿勢良く優しく元気に働かなくてはならない。

「今の貴方はいらない。その遊園地の住人を演じて自分を一切消してお客様に接するように!その笑顔はまだ自分が残っている!もっと住人らしく笑いなさい!」

そうだ。何が起きても笑顔で明るくそのテーマパークにいる幸せの住人のように。
そのテーマパークのテーマは、「妖精の国」だった。俺達は妖精の格好をしてお客様をお迎えする。妖精なんだ。
半ば俺達は洗脳のような研修を一ヶ月間衣食住は、そのテーマパーク内の一部を貸し切って行った。研修期間内は、一切テーマパークから出る事は許されず、出たものは問答無用で妖精の国から追い出される。

俺は、その研修を必死にクリアして遊園地スタッフとして働き始めた。
俺の担当はジェットコースターだ。
研修で優秀だったから、とメインであるジェットコースターを俺は任された。
両親に話したら大変喜んでくれた。
初出勤、俺は頑張るぞと声を上げて意気込むと妖精の衣装に身を包み仕事へと向かった。





その日は地獄みたいに忙しかった。

俺が働き始めた日がちょうどゴールデンウィークと重なっていた為だ。
覚悟はしていたが、研修を終えたとはいえわからない事も多い。先輩が教えてくれるから安心してとは言っても、先輩はお客様の対応をしているし、何かあって質問しようにもできない。
ずらりと並んだお客様を前に俺は息を飲んだ。でもだめだ、妖精を演じないと。俺は、無理やり笑顔を作って長蛇の列のお客様を乗り物へと案内していた。

「ねーよーせーさーん」

小さい男の子が、俺のズボンの裾をくいくい引っ張った。

「んー?どうしたんだいボウヤ?」

「乗せて!」

「え?」

乗せて?どういう事だ?あ、待てよそうか。このジェットコースターには、身長制限がある。
この男の子身長制限の条件をもうちょっとのところで満たしていなかった。

「ごめんね。このジェットコースターには身長制限があってね」

「乗せて!」

「ごめんね...何かあるといけないからね」

「ボクここまで並んだんだよ?すっごく長かったのに、なんで?だめなの?」

「並ぶ前に入り口に身長制限のパネルがあっただろう?」

「そんなの人がいっぱいでみてないよ!ねぇ、ボクどうして乗れないの?家族全員乗れるのに、ボクだけ乗れないの?」

「ごめんね...」

先輩だったらいい対応をしてくれるのだろうか、上手くいってこの子が納得してくれるようにできるのだろうか。だが、先輩は他のお客様を対応していて俺の質問に答える事が出来そうにない。
この子のお母さんを探そうと辺りを見回しても人が多すぎるしどんな人かわからない。

「そういやボウヤ、お母さんは?」

「乗せてよ!乗せてよ!意地悪しないで乗せてよ!妖精なのに!」

困った。どうしたらいい。わからない。マニュアルに書いてないぞ。身長制限の事はちゃんと説明したし、それでも納得してくれない場合、こんな時どうしたらいいんだ?

その時お母さんらしき人が走ってきた。

「ゆうと!こら!どこ行ってたの!」

「妖精さんがボクをジェットコースターに乗せてくれないんだ!」

非難するように指をさされ俺は表情が固まる。

「この子、すっごく遊園地を楽しみにしていたんです。身長制限まであとちょっとですよね?乗せてあげることはできないでしょうか?」

まさかのお母さんまで、乗せたいと。どうしよう、ちゃんと落ち着いて説明しないと。俺は深呼吸して、できるだけ笑顔を作る。

「お母さん、ごめんなさい。もしお子さんに何かあったら大変なので身長制限はしっかり守ってもらわないと」

「でもこの子は楽しみにしていたんですよ?そんな仕打ちはないじゃないですか。こんなに並んで高いお金払ったのに。内緒で乗せてもらったりできないですか?どうしてもお願いします」

何を言っているんだ本当にこの人は。

「ごめんなさい、どうしても、できません」

「どうしてそんなに融通がきかないんですか?他のアトラクションだと乗せてくれましたよ?」

え?他のアトラクションだと乗せてくれた?おいおいおかしいぞ。身長制限はジェットコースターだけじゃないはずだ。
他のアトラクションの先輩は融通をきかせて乗せているっていうのか?そうなの?じゃあ乗せないと──。

「そうなんですか?誠に申し訳ございません...それではお子様共々ご案な」

俺の肩をぐいっと後ろに引いて、

「どうかなさいましたか?お客様」

先輩がにっこりと対応すると、お母さんは悔しそうに、

「いこう、ゆうと!」

と手を引いて行ってしまった。どういうことだ?

「お前、今あのお客様のお子さん乗せようとしてなかったか?」

「え、あ、はい。他のアトラクションでは乗せてくれたって」

「ちょっと裏こい」

俺は、アトラクションの裏でめちゃくちゃ怒られた。身長制限で危険な目にあった場合その責任は俺達スタッフや遊園地側にある。お客様は、まず先輩に交渉しにいったあと上手く断られた為に新人スタッフと名札のついた俺の所にきて上手くいって子供と一緒に乗ろうとしたらしい。
結局子供についていないといけない為お母さんは乗らなかったみたいだ。

「凄い顔だぞお前。ちょっと顔洗ってこい」

顔を洗って俺は自分の顔を見た。
妖精とはかけ離れた疲れ切った人の顔をしていた。俺は、ちゃんとここでやっていけるのだろうか。言い知れない不安が俺を襲った。

遊園地スタッフの仕事は夢のように楽しい人を笑顔にさせる仕事だとばかり思っていたが、楽しい事ばかりじゃなかった。
理不尽な事を言うお客様や、待ち時間が長いと文句を言うお客様、ゴールデンウィーク中はお客様が多すぎて案内がなかなか上手くいかなかった。
研修で優秀だったらしい俺だが、実技で初日の失敗からなかなか立ち直れず急な坂道を転がって行った。

「研修ではよかったのに、どうした?全然笑えてないぞ」

疲れからかあまり笑えなくなってしまった。明日は頑張るぞ、明日こそは明日こそは俺は無理に口元を釣り上げて笑おう笑おうとしてみたけれど、「ありがとう」と感謝される事はなく「めちゃくちゃ並んだけど楽しかったね」とお客様は帰って行った。俺は見返りを求めるために仕事をしているわけじゃないのに。なんでこんなにやりがいを感じないのだろう。人々の笑顔が見たかったんじゃないのか?

「列が長すぎるのよ!なんとかしてよ!」
「こんなに怖いと思ってなかった!どうしてくれるのよ!」
「気持ち悪くなった!責任とってよ!」

意味わかんない事ばっかり言うし、じゃあ来んなよと思った。俺の心はどんどん黒く染まって行った。人を見るのもうんざりしてきて、俺は全く笑えなくなった。結構頑張った方だと思う。
一年半でクビになった。
19歳の秋だった。
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