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聖なる力は煙の奥に
Ⅳ
しおりを挟むジェイスは森を出て木こりのファッテに小額の報酬を手渡した。
そしてキャローズ農園に戻り、ヘンリケにこの事件の真相を語ることにした。
「ウンディーネ?」
「あぁ…つまりは水の精霊だ…」
「精霊…様…ですか?」
「森の中に池があるだろ?おそらく今回の事件を起こしたウンディーネはそこに住んでいたんだ…」
「…」
「精霊は自然が作り出した『境界線を越える存在』と言われている…そして唯一『聖感』を無から作りだすことが出来る存在だ…基本的にはどの精霊も肉体を持たないが、中には実際の自然物と同化し特定のコロニーを守る役割を持つ種がいる…」
「自然物と同化し…コロニーをまもる…?」
「あぁ…ウンディーネは水と同化する精霊だ…特定の水場に住み、そこの周囲の自然を豊かにする…考え方としては概念や神に近い」
「か…神……その精霊様が、私たちのタバコ事件とどういった関係があるのです…?」
「順を追って説明させてくれ…」
ジェイスは目の前に置かれたコーヒーで口を湿らせた。
「ウンディーネは特定の水場に住むと言ったな?…しかし正確に言えば、その水場でじっとしているわけではない…水と同じように動くんだ」
「…水と同じように動く?」
「気温の高い日に気化して、空を数日間浮遊し雲になり、雨となって落ちてくる…雨として落ちる過程で複数に分裂し、聖感を使って周囲の自然に恵みをもたらす」
ジェイスは事件の真相を出来る限りわかりやすく伝えるため…
まずはウンディーネがどういう存在なのかを話し始める。
「通常、雨として複数に分裂したウンディーネは、自分の住まいである水場へ地下の水脈を使って戻る…つまり、水場からあまりに離れた場所には落下しないんだ…しかし落ちてくる過程で風に煽られると、本来落下するはずだった場所からずいぶん離れた場所に落下することがある」
「風…」
ここでヘンリケは、ジェイスに自分が語った言葉を思い出す。
…
「実はもう先々月になりますか…領内で大きな嵐がやってきた時があるのです…その数日後…うちで作ったタバコを吸って体調を崩した方が大勢現れたのです…」
…
「…」
「雨として落下した場所が水場からあまりに離れていた場合、ウンディーネは地下水脈を辿って住みかに戻れなくなる…その場合、一旦近くにある植物の水分として吸収され、葉から蒸発・気化して空に戻り、雨としてもう一度本来の水脈の上に戻ろうとするんだ」
「…植物に…吸収…」
「もし近くに植物すら無かった場合、複数に分裂したまま砂のような乾燥した個体となって、今度は風に乗って水脈や植物のいる場所に戻るのをじっと待つ…ある種の冬眠状態に入るわけだ」
ウンディーネがどういった精霊なのかを完結に伝え終わると…
ジェイスは本題に入る。
「おそらくこのウンディーネは、数か月前の大嵐に煽られこの農園の畑に落下した…しかし運が悪かったのは、落下した畑の水路がその畑だけで循環していることだった」
…
「他の畑はぜんぶ同じ水路を共有して循環させているが…あの畑の水路は、あの畑だけで循環させてあるんだ…」
…
「このウンディーネはタバコ畑の水路に落ちてしまい、本来の水脈に戻ることができなくなった…そこで今度はタバコの葉に吸収され、蒸発・気化するのを待とうとした」
「…」
「しかし、葉から蒸発する前に収穫されタバコに加工されてしまった…しかもタバコは乾燥と発酵を同時に行って加工するからな…葉から蒸発することもできずタバコの中に入ったままのウンディーネは、仕方なく個体化して冬眠状態に入った」
「つまり…タバコの中で精霊様が冬眠状態になってしまっている…こういうことなのですか?」
「あぁ…おそらくタバコに加工されたウンディーネは煙として人体に吸い込まれると、胃の中の水分を地底の水脈と勘違いして冬眠から目覚め、本来の姿である液体に戻るんだ…その際に発生させた膨大な量の聖感によって、多くの人が体調を崩した…皆が数日で元気になったのは、おそらく尿としてウンディーネを排泄したからだろう」
あまりに突拍子もない話…
ヘンリケが混乱するのは当然のことだった。
しかし一方で、妙に納得ができる。
最近森の様子がおかしいことは彼も知っていた。
全てのつじつまが合っている。
「ということは…今も倉庫のタバコには…精霊様がとじこめられているということですよね…」
「あぁ…このまま放っておけば、ウンディーネの恩恵を受けていたあの森も死んでしまう…できるだけ早くウンディーネをタバコから救いだして、池の水に戻してやることが重要だ」
「しかし…どうすればよいのでしょうか?」
「過去に事例がないから、確証を持ったことは言えないが…思いつく方法がある…」
「…?」
「そのためにこいつを持ってきた」
「これは…」
そう言ってジェイスは、ポケットから小瓶を取り出した。
中には濁った灰色の水で満たされている。
「ウンディーネが住んでいた池の水だ…」
…
ヘンリケ爺さんとジェイス、そしてキャローズ農園の従業員達は、タバコの在庫が大量に残る倉庫にいた。
「ウンディーネに限らず…精霊は自分の住みかとなる土地と強い結びつきを持つ…」
「…」
「ここからは俺の仮説だが…精霊は住みかとなる土地特有の『何か』を見極める力があり、ウンディーネはそれを手がかりに水脈を辿り帰路につくんだと思うんだ」
「つまり、帰るべき道を指し示す道しるべがあると…」
「あぁ」
ジェイスは池の水の入った小瓶を取り出し…
木のバケツにそれをちょろちょろと移し替える。
「そして、この池の水がその『何か』であるのなら…池の水を近づければ住みかと間違えて冬眠から目覚め、ウンディーネがタバコから出てくるかもしれない…」
「なるほど…」
「本来であればタバコの在庫を全て森の池に持っていくのがいいんだが、これだけの量となると人手が必要だ…精霊がいなくなった森はグールが住みつく…いくら俺でも複数人を同時に守ることはできない」
ジェイスは紙袋からタバコを一本取り出した。
そしてその先端を、バケツの底にある池の水に近づける。
すると…
「!」
「おお…」
タバコが…キラキラと弱い光を帯びて徐々に湿り始めた。
ポチャン…
そしてほんの2滴…
タバコの先端から水がしたたり、バケツの水に落ちる。
すると灰色だったバケツの底の水が、一瞬で浄化されたように透明になった。
この時、聖法魔術の心得があるジェイスは、その水から確かに聖感が溢れているのを感じていた。
たった2滴の水からは想像もできないほどの聖感。
「い…今のは…もしかして…」
「あぁ…分裂したウンディーネの一部だろう…」
「それじゃぁ…」
「まだだ…本当に上手くいったのか確かめないと…」
そう言うと、ジェイスはウンディーネの出ていったタバコを口にくわえた。
「だ、大丈夫なのですか?」
「あぁ…きっと平気なはずだ…ツレにも迷惑をかけたからな…毒味は俺がやる」
ジェイスはマッチに火をつける。
そしてそれをタバコに移し、「すぅ…」と透明な呼吸をして煙を肺にいれた。
「ふぅ…」
そして呼吸と共に…
タバコの副留煙が倉庫を包んだ。
「…」
「…」
「…なんともない」
そう聞くと、その場にいた人全員が大きな喜びの声を上げた。
「袋を全部開けろ!精霊様を出して差し上げよう!」
「あぁ!」
…
その後、次々とタバコの在庫をだして先端をバケツに近づける。
どれも数滴ほどしかウンディーネが出てこなかったが、徐々にバケツの水が一杯になった。
バケツに溜まったその水は、本当に綺麗で…
ただ透明なだけではない、なにか温もりを感じさせる色合いにも見えた。
「これで全部だな…」
「はい…」
「これでここにあるタバコも出荷できる状態になったはずだ…」
「本当に…ありがとうございます…」
「まだだ…」
「…?」
「こいつを森に連れていかなくてはならない…迷子の精霊様をな…」
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