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レーバンと皇太子の出会い(番外編)
レーバンとエミリア
しおりを挟む「ケールマン侯爵令嬢……久しぶりだね」
「……レー……バン?」
「……帰国したんだ」
「もう……名前では……言ってくれないのね」
「……その権利は消失しているから」
ケールマン侯爵のエミリアの部屋。
ベッドで寝ていたエミリアが見つめる先にレーバンがいた。
レーバンは帰国して2週間後にケールマン侯爵家に訪れていた。
「そっか……でも、最後に会えて良かった。きちんと謝りたかったから」
素直に謝るエミリアの姿は、今は自分のした事の重大さを理解し、後悔しているようだった。
本来のエミリアは……本当はこっちだったのかもしれない。
「……どうして、私を裏切った」
エミリアの肩がビクン!と大きく反応する。
やはり、今は自覚があるんだなと感じて、今なら最大の疑問を聞ける気がした。
「それ……は」
「何もなければ、私は君と結婚するつもりだったのに」
その気持ちに嘘はない。
裏切りを知るまでは、誰よりも大切にしようと……そう持っていた。
「ごめんなさい。今なら何て愚かなことをしたんだろうって思ってる。今更遅いのは分かっているけれど、それでも謝らせて欲しかった。だから、その機会をくれて、本当に感謝しているの」
エミリアは全ての罪を受け入れているようだった。
言い訳をするつもりもないようだ。
だが、レーバンはどうしても理由が知りたかった。
「……切っ掛けはなんだったのか、聞いてもよいだろうか」
エミリアは話すべきかどうか戸惑っているようだったが、最期は諦めたように話してくれた。
「……第一王子に誘われたの。もちろん最初は断ったわ。でも、他の人達もしていることだと、婚約者のいる人でも結婚前の火遊びをしていると言われて……実際に他の人達の火遊びをしているのをこの目で見て信じてしまったの」
世間知らずだとは思っていた。
貴族令嬢として結婚前でも火遊びは不貞を疑われ悪いことだという認識はあったようだけれど、一般的な犯罪行為よりはだいぶ認識が甘く、誘導されてしまったのかと理解したが、それでもやはりレーバンにはわからなかった。
「今なら騙されて愚かな選択をしたという自覚はあるわ。でも、当時の私は平和なぬるま湯に飽きてしまって、新しい刺激を求めてしまったの。それが、誰もが羨むような幸せであり当たり前の平穏ではなく、優しい家族に恵まれたという幸運と恋愛ではなくとも大切にしようとしてくれた婚約者の努力の上に成り立っていたものなんだって……気づくこともなく。本当にバカよね」
けれど、少なくとも今のエミリアはレーバンと近い認識を持っているようだ。
前のような傲慢さも消え、素直に自分の過ちを認めている。
「お父様に言われたの。自分と同じことをあなたがしたら、お前は許せるのかって。婚約者がいるのに他の女性と関係を持ち、そのまま平然と結婚して後から婚外子の存在を知らさせる。それでも平気で結婚できるのかってね。頭をガツンと殴られた気分だったわ。そんなの無理よ。信頼関係なんか気づけないし全てを疑ってしまうと思う。そう考えたとき、初めて貴女の立場で理解出来た気がしたの。もう遅いのだけど、あなたを深く傷つけたと思う。ごめんなさい」
そう、エミリアは最後にベッドの上から上半身を起こして深く頭を下げ、謝罪した。
レーバンはもう良いかと思った。
最初は会うのも渋ったし、会ったとしても話し合いが出来るか不安だったが、今のエミリアになら許しても良いかと。
彼女は既に世間体に罰を受けているし、これからも貴族としては生きてはいけない。
修道院から出られたとしても、前のように平穏には暮らせない。
それを、彼女自身が良くわかっているから。
「辛い事を話してくれてありがとうエミリア。君からの謝罪を受け入れるよ」
「え……名前を呼んでくれるの?」
「婚約者ではなくなったけど、今の君となら友人になれると思ったから。迷惑だったか?」
そうレーバンの言葉を聞くと、エミリアは顔をくしゃりと歪ませ、感極まったようにボロボロと泣いてしまった。
ずっと気を張りつめていたのかもしれない。
全てが発覚してから今までレーバンとは連絡もさせてもらえず会えないままどう思われているか不安でたまらなかったのだろう。
自分の愚かさを認めたからこそ、余計に怖かったのかもしれない。
「君が修道院に行くことは止められない。けれど、ケールマン侯爵には親子の縁を切らずに見守ってほしいと頼んでみよう。ケールマン侯爵との業務提携も今まで通りのつもりだし、慰謝料も最低限にするつもりだから。君との縁もこれで切れるわけじゃない」
「う……ひっく。あ、ありが……とう。ゆ、許してもらえると……ひっく……思っていなかったし、友人と……うっ……まで言ってくれるなんて……私は本当に……ひっく……恵まれていたのね。感謝しても……うう……しきれないわ」
「もういいさ、終わったことだ。それより身体は大丈夫なのか?」
「ええ!無事に産まれたわ!女の子なの。産むときは凄く大変で辛くて2度としたくないって思っていたのに、いざ自分の子供を見ると不思議なの!もうめちゃくちゃ可愛くて、私のところに産まれてきてくれてありがとうって、無事に姿を見せてくれてありがとうって、神様に感謝したわ。お母様の気持ちがわかった気がするの!」
エミリアは大粒の涙を流しながらも、必死にレーバンにお礼を言った。
まるで全ての緊張が解けたように、顔をくしゃくしゃにして真っ赤になりながらも笑顔を向ける。
そして、子供の話になると我が事のように嬉しそうに話し出す。
ああそうか。
エミリアは母親になったのだなと、レーバンは思った。
そして、自分の両親や彼女の両親のように愛情深さを垣間見て、少しだけ安心する。
彼女が育てることは出来ないだろうけど、彼女の家族がきっと立派に育ててくれるだろう。
彼女の部屋に訪れる前に、彼女の両親や兄夫婦に可愛がられている彼女の娘の姿を見たのだから。
「きっと、君の家族が君の分まで愛してくれる」
「ええ、そこは疑っていないわ。自分で育てられないのは残念だけど、私の家族なら信じられるもの。お母様にね、いつか時がきたら子供の気持ちしだいだけど、会わせてあげられるかもしれないって、言って下さったの。だから、娘に恥じないように、修道院で頑張るわ!」
「ああ、今の君なら大丈夫だろう。私も君の娘の様子を見るつもりだ」
「そっか。じぁあ、私の娘は世界一の幸せ者ね。でも、どうか私のように間違う前に止めてね。それだけが心配なの」
「わかってる。君の両親もそこは分かってると思うよ」
「……うん、そうだね」
最後にエミリア少しだけ寂しそうに、けれど慈愛を込めた眼差しで返事をした。
その姿を見て、レーバンはもう大丈夫だと思った。
取り返しがつかないことに気づいてからは、きっとその重みと重責に怯え疲弊し、レーバンと向き合うことが不安で追い詰められていたのだろう。
部屋に入った時、痩せ細って青白く怯えたように見えていた。
けれど、レーバンと和解し子供の話をする姿は力が抜けたように、自然と笑えるようになっていた。
不幸になってほしいわけじゃない。
裏切られたけれど、ずっと婚約者で幼なじみだったのだ。
心から反省し謝罪をしてくれたのだから、親愛の情はある。
もう人生で交じり合うことはないけれど、これからの人生が平穏無事であることをレーバンは願っていた。
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