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神は日本を消した、そして──
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地上の世界を常に見守る神々のための国。天界。
各々見守りを担当する国や地域を王──天界の主から指定され、人々の行動をただただ観察するというのが日常である。
しかし、百歳未満の神は地上でいう『未成年』とされ、担当の国を与えられない。
半年程前に百歳になったトミーは、祝うべきその日にすぐ担当する国が決まった。
それも、特別な任務付きで。
二十年弱前、現在の王の父である『ポエラ=カエラ』が病に侵されたため、息子の『ヤエラ=カエラ』が王に代わった。
彼は歴代の王と比べ、随分若い内に任命されたため、周りからも好印象だった(今までの王をクソジジイと言う訳ではないが)。
彼はある日、日本を見てこうぼやいた。
「なんともまぁ、好ましくない国だ」
彼が何を見てそう思ったのか、それは誰にも分からないし、彼は誰にも語らない。
ともかく、彼はこれがきっかけで日本を嫌うようになった。
──それから事が進むのは、あっという間の事であった。
「エニソンの家の次男が、百歳になっただと!」
ヤエラは歓喜の声をあげた。
エニソン家は、神として定められた『ルール』に忠実に従うという、今どき珍しい家である。
『神』と一括りするにしても、『悪』が存在しない訳ではない。
王族が代々守り抜くと同時に語り継いできた、『ルール』。現在ではそれも、破られる傾向にあるのだ。
だがエニソン家はルールに絶対服従。ルールのためなら、自らの命だって平気で絶てるように教育されているのだ。
「君が、トミー君だね?」
「えぇ、陛下」
「ハハッ。そんなに堅苦しくなくていいよ。それで、今日は君に特別な頼み事をしに来たんだが……」
「なんでしょう?」
ヤエラは顔をトミーの耳元に近づけ、彼に囁いた。
「日本を、住民をなるべく苦しめて、滅ぼしてほしいんだ。できるかい?」
神の『ルール』の一つに、『王の命令は、絶対である』というものがある。
それは、どういう事か?
──トミーは、ヤエラの頼みを断る事が出来ないという事だ。
「もちろんですとも」
「フフッ。頼もしいね。日本の担当は君に移すよ。条件を守れるなら、手段は問わない。よろしくね」
「ハイッ」
初めて神としての仕事を与えられたトミーは、幼子のような輝いた瞳をヤエラに向けた。
トミーのとった手段を、まとめてみよう。
・天気の操作に熟達している妹をしばらくの間日本で生活させた。
・妹の存在が馴染んできた頃、日本の天気を荒らした。
・(故意ではなかったが)妹の同級生を映画館に閉じ込め、全ての経緯を説明した上で指を鳴らして消した。
「成程、天候の面で行ったか。まあ、妹がまさに『天才』だからな。納得だ」
リョーゼは天界では割と有名人であった。
『天候を操ることが出来る』というのは中々のもので、天界の歴史を遡っても片手の指で数え足りる程度しか存在していない。
神は自分自身の姿や概念を変化させるのが主な能力である。
だがほんの数人だけが、天候を操る能力を受け継いでいるのだ。
◆ ◆ ◆
「やあ、待っていたよ。お疲れ様。トミー君に、リョーゼちゃ──」
リョーゼの姿に、ヤエラは驚愕した。
「! リョーゼ!? 何なの、その姿は!」
ヤエラよりも前にそのことを指摘したのは、二人の母親・『カネル=エニソン』だった。
「お母さん。お父さん。お兄さま。それに、王様。──全員に、大切な話があるの」
リョーゼの大人びた、芯のあるその声からは、地上に赴く前、無邪気に笑っていた少女の姿は想像できない。
「私は、……『リョーゼ』を、卒業します」
決意に満ちた、強い声。
だがその中には、不安も蠢いていた。
(言った……ついに、言えたんだ……)
「ふざけないで頂戴! エニソンに代々受け継がれてきた美しき金髪碧眼を、アナタが汚すだなんて、許されない!」
カネルはただ、訴えるように叫んだ。
「お母さんは、伝えられてきた『ルール』に縛られ過ぎなんだよ、そんなもの、何の価値もないのに」
「小娘の分際で『ルール』を語るなぁ!」
リョーゼの思いはカネルの逆鱗に触れたようで、リョーゼは彼女に本気でビンタされた。
「お母さん。私は、『ルール』なんてどうでもいいんだよ。ただ、『一ノ瀬リン』として、生きたいの」
「フフッ……面白い」
トミー、リョーゼの兄である、『ターベル=エニソン』はこの状況を楽しんでいるようだ。
「凄いよ、リョーゼ。じゃ、なくて、リンと呼ぶべきかな?」
「……お兄さまは物分りがいいんだね」
平然と言うも、リョーゼは混乱していた。
「そんなこと無いよ。ボクは面白いと思ったものを、肯定するだけさ」
「お兄さまの考えてる事は、よく分かんないや」
全く、その通りである。
エニソン家はまあ、個性のある子供が生まれやすい一族であるのだが。
「理解しようとするだけ、無駄だよ……フフフ……」
「ターベル! アンタまで余計な事を……分かっているの? これは、罪なのよ?」
「……え」
『罪』という言葉は、リョーゼが思ってもみなかったものだった。
(私のした事は、そんなに悪い事?)
いいや、違う──。
「罪なわけがない! これは、これは、神と人間との、次元を超えた──愛だから!」
「気持ち悪いこと言わないで! アンタみたいな出来損ないに愛なんて必要ないのよ!」
リョーゼが俯く。
「それを決めるのは、お母さんじゃ、ないよね?」
──ゴロゴロゴロ……。
雷鳴が響く。
「……恨むなら自分を恨んでね。私を産んでしまった自分自身を」
「……なに、するつ……も…り?」
「私の愛を『罪』なんて呼んで……軽く謝罪した程度じゃ到底済まされない。明日香ちゃんも、きっと怒ってる」
──ゴロゴロゴロッ!
雷の音が、近付いてくる。
「……さすがだなぁ、リン」
ターベルが、ポツリと呟いた。
「……ウフフッ!」
──ゴロゴロ……ガラララ……ドーーン!
「うぎゃあああああぁぁぁ!」
雷鳴と、悲痛な女の叫びが響く。
愛しの妻の死を前にして、一人の男は一筋の涙を流した。
「そういえば……あれ?」
ターベルが後ろに振り向くと、そこにトミーとヤエラはいなかった。
「やれやれ……相変わらずだな。逃げ足だけは早い」
各々見守りを担当する国や地域を王──天界の主から指定され、人々の行動をただただ観察するというのが日常である。
しかし、百歳未満の神は地上でいう『未成年』とされ、担当の国を与えられない。
半年程前に百歳になったトミーは、祝うべきその日にすぐ担当する国が決まった。
それも、特別な任務付きで。
二十年弱前、現在の王の父である『ポエラ=カエラ』が病に侵されたため、息子の『ヤエラ=カエラ』が王に代わった。
彼は歴代の王と比べ、随分若い内に任命されたため、周りからも好印象だった(今までの王をクソジジイと言う訳ではないが)。
彼はある日、日本を見てこうぼやいた。
「なんともまぁ、好ましくない国だ」
彼が何を見てそう思ったのか、それは誰にも分からないし、彼は誰にも語らない。
ともかく、彼はこれがきっかけで日本を嫌うようになった。
──それから事が進むのは、あっという間の事であった。
「エニソンの家の次男が、百歳になっただと!」
ヤエラは歓喜の声をあげた。
エニソン家は、神として定められた『ルール』に忠実に従うという、今どき珍しい家である。
『神』と一括りするにしても、『悪』が存在しない訳ではない。
王族が代々守り抜くと同時に語り継いできた、『ルール』。現在ではそれも、破られる傾向にあるのだ。
だがエニソン家はルールに絶対服従。ルールのためなら、自らの命だって平気で絶てるように教育されているのだ。
「君が、トミー君だね?」
「えぇ、陛下」
「ハハッ。そんなに堅苦しくなくていいよ。それで、今日は君に特別な頼み事をしに来たんだが……」
「なんでしょう?」
ヤエラは顔をトミーの耳元に近づけ、彼に囁いた。
「日本を、住民をなるべく苦しめて、滅ぼしてほしいんだ。できるかい?」
神の『ルール』の一つに、『王の命令は、絶対である』というものがある。
それは、どういう事か?
──トミーは、ヤエラの頼みを断る事が出来ないという事だ。
「もちろんですとも」
「フフッ。頼もしいね。日本の担当は君に移すよ。条件を守れるなら、手段は問わない。よろしくね」
「ハイッ」
初めて神としての仕事を与えられたトミーは、幼子のような輝いた瞳をヤエラに向けた。
トミーのとった手段を、まとめてみよう。
・天気の操作に熟達している妹をしばらくの間日本で生活させた。
・妹の存在が馴染んできた頃、日本の天気を荒らした。
・(故意ではなかったが)妹の同級生を映画館に閉じ込め、全ての経緯を説明した上で指を鳴らして消した。
「成程、天候の面で行ったか。まあ、妹がまさに『天才』だからな。納得だ」
リョーゼは天界では割と有名人であった。
『天候を操ることが出来る』というのは中々のもので、天界の歴史を遡っても片手の指で数え足りる程度しか存在していない。
神は自分自身の姿や概念を変化させるのが主な能力である。
だがほんの数人だけが、天候を操る能力を受け継いでいるのだ。
◆ ◆ ◆
「やあ、待っていたよ。お疲れ様。トミー君に、リョーゼちゃ──」
リョーゼの姿に、ヤエラは驚愕した。
「! リョーゼ!? 何なの、その姿は!」
ヤエラよりも前にそのことを指摘したのは、二人の母親・『カネル=エニソン』だった。
「お母さん。お父さん。お兄さま。それに、王様。──全員に、大切な話があるの」
リョーゼの大人びた、芯のあるその声からは、地上に赴く前、無邪気に笑っていた少女の姿は想像できない。
「私は、……『リョーゼ』を、卒業します」
決意に満ちた、強い声。
だがその中には、不安も蠢いていた。
(言った……ついに、言えたんだ……)
「ふざけないで頂戴! エニソンに代々受け継がれてきた美しき金髪碧眼を、アナタが汚すだなんて、許されない!」
カネルはただ、訴えるように叫んだ。
「お母さんは、伝えられてきた『ルール』に縛られ過ぎなんだよ、そんなもの、何の価値もないのに」
「小娘の分際で『ルール』を語るなぁ!」
リョーゼの思いはカネルの逆鱗に触れたようで、リョーゼは彼女に本気でビンタされた。
「お母さん。私は、『ルール』なんてどうでもいいんだよ。ただ、『一ノ瀬リン』として、生きたいの」
「フフッ……面白い」
トミー、リョーゼの兄である、『ターベル=エニソン』はこの状況を楽しんでいるようだ。
「凄いよ、リョーゼ。じゃ、なくて、リンと呼ぶべきかな?」
「……お兄さまは物分りがいいんだね」
平然と言うも、リョーゼは混乱していた。
「そんなこと無いよ。ボクは面白いと思ったものを、肯定するだけさ」
「お兄さまの考えてる事は、よく分かんないや」
全く、その通りである。
エニソン家はまあ、個性のある子供が生まれやすい一族であるのだが。
「理解しようとするだけ、無駄だよ……フフフ……」
「ターベル! アンタまで余計な事を……分かっているの? これは、罪なのよ?」
「……え」
『罪』という言葉は、リョーゼが思ってもみなかったものだった。
(私のした事は、そんなに悪い事?)
いいや、違う──。
「罪なわけがない! これは、これは、神と人間との、次元を超えた──愛だから!」
「気持ち悪いこと言わないで! アンタみたいな出来損ないに愛なんて必要ないのよ!」
リョーゼが俯く。
「それを決めるのは、お母さんじゃ、ないよね?」
──ゴロゴロゴロ……。
雷鳴が響く。
「……恨むなら自分を恨んでね。私を産んでしまった自分自身を」
「……なに、するつ……も…り?」
「私の愛を『罪』なんて呼んで……軽く謝罪した程度じゃ到底済まされない。明日香ちゃんも、きっと怒ってる」
──ゴロゴロゴロッ!
雷の音が、近付いてくる。
「……さすがだなぁ、リン」
ターベルが、ポツリと呟いた。
「……ウフフッ!」
──ゴロゴロ……ガラララ……ドーーン!
「うぎゃあああああぁぁぁ!」
雷鳴と、悲痛な女の叫びが響く。
愛しの妻の死を前にして、一人の男は一筋の涙を流した。
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