怪獣特殊処理班ミナモト

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前章

中途半端

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『総理、先日発生した怪獣処理中の事故についてお尋ねします。総理は先ほど、現場作業員の安全管理が十分になされていなかった、とおっしゃっていましたが、その決まりを定めた怪獣基本法を提案したのは総理自身ですよね?総理から遺族の方に対する謝罪は無いんですか?』

 若手議員の質問に、野党側からはそれを支持するヤジが飛んだ。世界大戦を経ても、国会の仕組みは変わらなかった。

『遺族の方々に置かれましては無論、私から誠心誠意謝罪するつもりであります。ですがそれに伴う獣基法の改正は行わない方針を固めています。』

 神原総理の発言に野党側からは攻撃的なヤジが起こる。

『獣基法はその制定以来、数々の怪獣駆除で法的な側面で活躍しました。これを改正、もしくは廃止することは、怪獣を駆除する手立てを失うことを意味します。更に、怪獣駆除は日々過激さを増し、対怪獣兵器はもはや過剰戦力となっています。獣基法にはそれを制限する条文も盛り込まれている。我々は軍事国家では決してないのです。加速する兵器開発は結果としてこの国を脅かしかねません。』

 神原総理は語気を強めてそう語りかけた。若手議員はしつこく食い下がる。

『総理、つまり貴方は獣基法を改正、もしくは廃止することは日本の軍国化に繋がるということでよろしいでしょうか?』

『概ねその通りです。特に近年の防衛組織の政治への台頭は看過できません。自衛隊、そして本土守備隊はあくまで内閣をトップとした文官の統括する組織であり、決して政治に口出しをしてよいものではないということを政治家だけでなく、国民の皆様にも理解していただきたい。これは100年前の教訓です』

『ですが総理、あなたが政権発足してから真っ先に行ったことといえばなんです?そう、核保有の合法化だ。貴方には説得力が無いのです。いくらそのような文言を並べ立てても貴方の根本は軍人だ。その証拠に、先日の事故現場には白の軍服を着た所属不明の部隊がいたそうではないですか。それについてはどうお考えで?』

『全く根も葉もないデマであり、そのような悪質で根拠のない情報には、早急に対処していきたい所存です』

 そこで野党側の代表者が変わった。旧日本軍の制服を彷彿とさせる姿に身を包んだ、本土守備隊幕僚長である。

『本土守備隊幕僚長、狩谷です。まずは先日の事故において殉職された隊員のご遺族の方々に心より冥福をお祈りいたします。今回の事故の原因は怪獣の肋骨の欠落であると伺っています。そして、本土守備隊には独自に事後処理部隊が存在し、衛生環境庁と連携してその処理に尽力しています。ところが、今回の怪獣駆除では本土守備隊は出動要請もなく、ただ傍観することしかできなかった。我が本土守備隊には最新鋭の設備がそろえられており、その性能は衛生環境庁の旧式設備とは一線を画します。それを何故動員しなかったのか。私にはそれが疑問で……』

 赤本はため息をつくと国会中継を流していたテレビを消した。赤本と源、緑屋はともに浜松にある総合病院に東雲たちの見舞いに来ていた。

「全く、旧式設備だと?だから守備隊は嫌いなんだ」

 赤本は不快そうに言った。

「赤本さん、テレビで僕たちの話が出てませんでしたか?」

「そうだな。まあ一般にはこの班の存在は公にされてない。それを現場の誰かがリークしたんだろう」

「誰かって、それで大丈夫なんですか?」

「勿論大丈夫ではないが、そのバックには守備隊と一部の政治家が付いてる。警察や公安も無闇に捜査できないんだよ。」

 源は納得できないという感じで黙り込んだ。

(本土守備隊は旧日本軍に似ている。今は総理が抑えているけど、そのうち抑えきれなくなるんじゃないか?)

「源、面会時間だ。俺は先に東雲さんの部屋に行くからお前は白石を見舞ってやれ。緑屋は、そうだな、諏訪部を頼む」

 赤本は椅子から立ち上がると、襟を正した。

「諏訪部のやつ、私が来たらどんな反応するだろうなあ」

 緑屋はジーパンにTシャツ、それにサンダルとラフな恰好をしている。源と赤本はポロシャツ姿で、緑屋と比べると随分堅苦しい。

「緑屋、暑いのは分かるがそろそろ服装を改めろ。しかもなんだそのTシャツ、プリントされてるのは怪獣のコアか?」

「ん?知らないのか、赤本。これはデーモンコア君だ。米国ではコアのことをこう呼ぶことがあるらしい。もちろん市販には売ってないから自作だ。」

「それにしてもなぜ目と口を付ける…。極力普段着としてだけ使えよ」

 赤本はどうも緑屋や白石には甘いらしい。

「分かってるよ、固い奴だなあ」

 緑屋はめんどくさそうにそう言うと、すぐ横の病室に入っていった。

「源、俺たちも行くぞ」

「はい」

 そして赤本は向かい側の、源はその隣の病室の前に行くと、一応ノックをしてから入った。

「失礼します」

 源はそう言って引き戸を開けた。十分なスペースのある病室には、ベッドと文机があり、机の上には花瓶が置かれている。そしてベッドには頭に痛々しい包帯を巻いた白石がいた。来客と知り上半身を起こしている。

「白石さん、まだ完治していないんですから無理は禁物ですよ」

「分かっています。でも大丈夫です、お医者さんからはこれくらいなら問題ないと言われているので。問題は足の方ですね」

「完治までどのくらいかかるんですか?」

「大体3か月だと。少なくとも1か月は絶対安静だと言われました」

「そうなんですか。現場での容態が芳しくなかったようで、心配してたんですよ。でも、命にかかわらなくて良かった。」

 源はそう言って笑った。白石はそれを見て思わず目を逸らした。

「……実はあの時、私が東雲さんに時間の経過を待たずに浄化作業をするよう提案したんです。だから私が…。あ!いえ、やっぱりなんでもありません。」

(何でこんな話を源さんにしているんだろう。ただの仕事の同僚なのに)

 白石は耳を赤くした。すると不意に源が言った。

「…白石さんのせいじゃないですよ」

「え?」

「白石さんは自分のすべきことをしただけです。結果はどうであれ、その行い自体はむしろ正しい。東雲さんたちもきっとそう思っているはずです。亡くなった自衛官の方も決して貴方を恨んではいないと思います。ああ、すみません、上から目線な物言いになってしまいました。つまりはですね、」

「ふふ」

 白石は思わず笑った。

「優しいんですね、源さん」

「そんなことは無いですよ。でも…ありがとうございます。あまりそういう風に褒められることが無いので。しかも白石さんみたいな美人な人に言われると何だか落ち着きませんね」

 源はそう言って顔を赤くした。

「あの、美人というのは、その、思わず口にしてしまったというか、決して口説いたりしているわけでは無いので」

「……分かってますよ。それくらい」

 白石は源に顔を見せず、窓の外を眺めた。

「…そのように言っていただけるのは嬉しいのですが、私のような人間にはとても似合いませんよ。」

「そんなことは…」

「私は中途半端な人間です。本当は不真面目で、普段は真面目ぶっているだけ。」

 そう言いだすと止まらなかった。白石の中に蓄積していた長年の陰鬱な感情が、源によって鮮明に呼び起こされた。

「大戦でお母さんが死んで、私は物心つく時から父に育てられてきました。そんな父から小学生のころ褒めてもらったんです。取るに足らない些細なことで、もうほとんどその内容は覚えていないのですが…。その時から私は何事も手を抜かず、全力で取り組むようになりました。一切妥協をせず、とことん自分に厳しくしました。周囲からの評価も日増しに高まりました。でもそれは半分虚構だった。実際のところ私は、自分にできるだけの仕事を、無理なくこなせる範囲で処理して、がんばったふりをしているだけでした。妥協もしましたし、途中で仕事を中断することもありました。私は小学生の頃のくだらない思い出に囚われて、人生の中で最も貴重な期間を中途半端に消費してしまった。今だって、貴方に慰めてもらおうとしている」

「なら僕は全力で貴方を慰めますよ。」

「でもそんな権利、私にはないの」

「そんなことはない。白石さんは確かに真面目じゃないかもしれない、でも誠実で努力家だ。まだ一か月の短い期間しか白石さんのことを知りませんが、それが十分に分かった。班の皆もきっと同じことを思ったはずだ。白石さん、貴方は貴方の思うよりも大事な存在だ。」

「源さん…」

「どっちつかずでもいいじゃないですか。白石さんにはそれだけの力がある。他にはない才能が。僕は貴方のそういう所が羨ましいし、好きだ」

 それを聞いた白石は、自分の中で何かがほんの少し、満たされるのを感じた。それは初めての経験だった。

「だから白石さん、そんな風に泣かないでください。」

 白石はふと自分の頬を手で触った。手の先に濡れた感覚が伝わってくる。白石は泣いていた。

「これ、良かったら」

 源はポケットからハンカチを渡すと白石に手渡した。

「辛いことは一人で抱え込まないでください。そういう時は、そうですね。緑屋さんは、うーん…」

「でしたら……源さんにお願いしたいです」

「え、僕ですか?」

 白石は今度は源の目を見て答えた。

「源さんになら、いいです」

 源は返答に詰まった。

「それは…分かりました。僕が相談に乗りますよ」

「良かった」

 白石はそう言ってにっこり笑った。源は初めて白石が笑うのを見た。そして、それには既視感があった。源は急に頭痛がし始めた。頭が割れそうだ。

「じ、じゃあ僕はこれで。お大事に」

 源は座っていた椅子から立ち上がり、病室から出ようとした。源が扉の取っ手に手を掛けた時、それを白石が呼び止めた。

「待ってください!」

「何でしょうか…」

「その、源さんがそれでよければなんですけど……源君と呼んでもいいでしょうか?」

 源は一瞬その言葉の意味が分からなかった。

「ええと、それは別に構いませんが」

「本当ですか?では、み、源君も、私には敬語は使わないでください」

「分かり…分かった。それじゃあ、また明日来るよ」

「はい、また明日」

 源の去った病室で、白石は心臓の鼓動を抑えられずにいた。
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