ハッピーエンドをつかまえて!

沢谷 暖日

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あと、三日

見破らないで

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 とりあえず。
 私たちは、村の人にはバレずに裏門に回れた。
 裏の門番さんには「お疲れ様でーす」みたいな感じで、そそくさとその横を抜けた。

 夜の街は明るかった。
 明後日にあるお祭りの飾り付けのせいで、明るいと錯覚しているのかもしれない。
 もちろん帰路には人の流れがあるわけで。
 すれ違う人物、皆が私たちのことを目で追っていた気がした。
 その中には近所の見知った顔があった。
 リリィの手を引いてるのを見て、どう思ったのかな。
 やっぱり「凄いべっぴんさんだわ!」的なことを思ったに違いない。
 同時に「なんであの家の子が、あんなべっぴんさんを?」とも思われてるだろう。
 リリィの横にいる人間が私なんか本当にいいのだろうか。

「リリィ……」

 私は小走りしながら、彼女を呼ぶ。

「なに?」

 聞き返してくる。

「えっと……」

 口を開く。
 少し思考のために間を空けた。

 本当にこんなことを聞いていいのだろうか。と。
 そう思ったから。

「ごめん、なんでもない」

 私は喉元で待機していた言葉を飲み込んだ。

『リリィの横に、私がいていいの?』

 という、その言葉をごクリと。

 この発言には意味があるなと思ったから。
 どんな意味かっていうのは、もう考えないようにした。
 きっと心のどこかで理解していることだ。
 考えたら、さっきの二の舞になりかねない。
 ──逃げ出したくなるようなことになりかねないってことだ。
 だから、こうしてストップをかけたのだと思う。

「え、気になるから教えて」

 しかしリリィは容赦がない。
 魔物にだけかと思ったが、私に対しても。

「……やめとく! さぁ、家までもう少しだね!」
「一度は言おうとしたことだよね。だから教えて」

「……家までもう少しだなーー」
「教えて」

「あ、リリィが寝る部屋どうしよっか。母さんの部屋でもいいかなって思ったけど、最近掃除してないんだよねー」
「無視するな」

 握っていた手が、ぎゅーっと力強く握られた。

「ひゃっ!」

 びっくりして足を止めて、反射的にリリィを見た。
 リリィも同じく立ち止まり、

「教えて?」

 顔をずいと近付けてきた。
 こんなの詰問じゃないですか。
 流石に、もう話は逸らせられる雰囲気では無かった。

「……そ、そんなに気になりますか?」

 熱い顔を逸らし、横目でリリィを見ながら問う。
 リリィは迷わず首を縦に振った。

「……えっとー。いや、本当にどうでもいいことだから言う必要がないと言いますか、なんと言いますか」
「言って」

 返事は一瞬だ。

「……んー」

 少し考えて、隠すのも失礼かと思って。
 渋々と、私は「わかった」と頷いた。

「えっと、さっきから村の人にチラチラ見られてるじゃない?」
「確かに、視線を感じる」

「多分それは、リリィの容姿の綺麗さに引き付けられていると思うのね」
「ミリアの方じゃない?」

「いやいや、私、街を歩くときいつも見向きもされないから。これはリリィが引き付けた視線だよ」
「私だったらミリアのこと凝視すると思うけど」

 リリィのことは聞いてないけども。
 こう言われただけで顔が熱くなるのは、なんかの病気じゃないのか私。
 左右に首を振り「それは置いといて」と話を続ける。
 私のその言い様に、リリィは納得のいかないような表情をしていた。

「……まぁ、それでね」
「うん」

「…………私みたいなのが、リリィの横にいる人でいいのかなって……。そう思っちゃいまして……」
「横にいる人って……それ。恋人の隠語?」

「違う! もう! こういう流れに持ってかれるかなって、だから言いたくなかったの!」

 ……私の嫌な予感は的中したらしい。
 横にいるって、うん。なんか、そういう感じの意味も含んでるよね。
 恋人。……リリィの恋人。私の恋人?
 考えないようにしてたのに、次々とリリィへの気持ちが私の頭を支配する。

 リリィを意識するな、私の頭!
 とか思うけど。
 実際もう意識ばっかりしている。
 いや、別にそれが嫌とかじゃないんだけど。
 あーもう! 頭からポイしよう。この思考。

 と言う感じで。
 思考をぐるぐると回しながら。
 リリィの発言に耳を傾けた。

「違うって……どう違うの?」
「えっと。……リリィみたいな綺麗な人に、なんでもない私が横に引っ付いているのは。……申し訳ないというか」

 言うと、リリィは呆れたように溜息一つ。

「ミリアはそんなことを気にして、言いたくなかったんだ?」
「……うん。……何か問題でも?」

「無いよ。でもね」
「うん……」

「……私がいたいから、ミリアの隣にいるんだよ」
「……ほら! こんなこと言われちゃう!」

 もう。こんなこと言われるとさ、また……。

「あ。ミリア、顔。超真っ赤。さっきと同じ」
「ほら! ほら!」

 逸らしていた顔を、今度は下に向けた。もっと逸らした。
 この展開に陥ってしまった。
 け、けど。今度は逃げない。
 っていうか逃げられない。
 リリィの黒い眼差しに私の身体が縛られてる。

「ねぇ、こっち向いて、ミリア」
「む、無理でーす……」

「ミリア、こっち向いてよ」

 ふわりとしたその言葉に身体が震える。

「きゃっ──」

 リリィの両手が、私の両頬を押さえた。先と同じだ。
 無理やりに、リリィの方に向かせてきた。
 ……逃げたい。ちょー逃げたい。
 けど、逃げれられない。

「…………」

 私は何も言えずにただ黙る。
 言おうとしても、口が言うことを聞いてくれない。
 変な感情が入り混じりまくり、私の顔は泣いてる時よりもぐちゃぐちゃだ。絶対。
 もう、これ。通行人に見られたらやばいじゃん。
 だって、両頬を押さえつけられて、見合ってるんだよ。
 こんなの、見られたら。どうなることか。

「……ミリア」

 私の名前を呼ぶ声。
 いつもの、抑揚の少ないその声。

「好きだよ」

 凄く平坦な、そう思ってるのかも分からない。そんな声なのに。
 ずっと朝から言われていたその言葉が、その時の百倍くらい私に効いた。
 追い討ちのように、リリィは、自らの顔を私の方に寄せてきた。
 ……いや、寄せるとか、そんなレベルじゃない。
 これは……キス。される。されちゃうの?
 だけど。確実にその顔は、私の唇を狙っていた。
 ゆっくり。ゆっくりと。私の方へ。
 訳も分からず、私は目を瞑る。
 私の震えた唇が、少しだけ開かれた。
 なんで、開いてるのかは分からなかった。
 分かったのは、そこから熱い吐息が漏れていたということだけ。

「ねぇ、ミリア」
「な、なに?」

 リリィの声は、目の前からだ。
 私は目を更に力強く瞑って、答えた。
 だけど、続くリリィの声は。
 私が期待──予想していたものとは、かけ離れたものだった。

「──こんな風にしたから、あの時は逃げちゃったんだよね。ミリアは」
「え………………」

 リリィの気配が私から遠ざかった。
 何も見えていない筈なのに、私の視界に映るものが遠くなった気がした。

 あぁ。やばい。
 これは。やばい。
 今日はずっと。やばい。
 やばい。本当に。やばい。
 やばい。やばいよ。私、やばい。

 完全に見破られている。
 完全に弄ばれている。
 完全に私の心がバレている。

「ねぇ、一つ聞いていい?」

 その問いに、私は目を開くことができなかった。
 だけど。顔は押さえられてるから、逸らすこともできなかった。
 リリィは、ちょっとだけ驚いたような声でこう言った。

「もしかして。……本当に、私のことが好きなの?」

 これだけなら、まだ致命傷ではなかった。
 動悸はやばいけど、まだ大丈夫だと思った。

 続く言葉が、致命傷だった。

「キス、したかったの?」

 その言葉が、私の全てをえぐり取った。
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