ハッピーエンドをつかまえて!

沢谷 暖日

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あと、三日

問いの答え

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 頭が回らない。
 あの時、私が逃げ出した時も、こんな心情だったのかもしれない。
 こんな心持ちなら、逃げ出した方がマシなんじゃないか。
 と、なんか訳わかんない答えに行き着いちゃう。
 だけど、今回は逃げることはできない。第一、捕まえられてるし。
 だからって。ここでなんて答えればいいのかも分からない。

 黙りこくる。
 リリィは、じーっと私のことを見つめてきている。
 待っていても、向こうから話しかけてくる雰囲気では無かった。
 どういう答えが、今の正解なのか。考える。
 回らない頭を、無理やりにでも動かし出す。
 リリィは私に『キスしたかったの?』って聞いてきた。
 その言葉を思い出すだけで、その時の声まではっきり再生される。
 リリィの声は、少し驚いたような声だった。
 ならここで私が『キスをしたかった』って答えれば、更に驚かれるのだろう。
 逆に『別にしたくなかった』って言ったとしたならば──。
 リリィのことだ。
 『じゃあ、なんで口を開いてたの?』とか。
 『あんなに熱い息を漏らしてたよね?』とか。
 『普通だったらあそこで無理にでも抵抗するよね?』とかって。
 そういう感じでいじめてくるに違いない。
 なんかリリィってそういう人だし!
 ……え、まって。じゃあ、もう手詰まりじゃん。

 いや。まぁ、正直に自分の心を話せばいいとは思う。
 ……だけど。その自分の心が、全く私には理解できていない。
 もう少し。私には考える時間が必要なのかもしれない。

 私は一つの考えに辿り着き。
 声を張り上げた。

「あ、あのっ!」
「うん」

 声が裏返る。
 リリィは特に気にした様子も無く頷いた。
 若干の震え声で、私は、

「ちょ、っと! この話の続きは、お家でしませんか⁉︎」

 恥ずかしさを勢いで誤魔化しながら私は告げる。
 うん。家だったら、多少は冷静になれそうだし。
 こんな場所じゃ、人の目を気にしてしまう。
 別に返事を保留する訳じゃないから、リリィも許諾してくれるはずだ。

 ……しかし。
 リリィは「んーん」と、首を左右に振った。
 あれ……? 手応えが……皆無。

「だめ」
「なぜ⁉︎ お家に戻ったらまたこの話を再開するよ⁉︎」

 こうちゃんと説明したのに、リリィはまた首を振る。

「今さっきの質問に答えるだけでいいから。『はい』か『いいえ』で答えられる簡単な質問だよね?」
「うぅ……」

 そう言われると確かにその通りだった。。
 二文字か三文字。たったのそれだけ。
 言えば、きっと解放してくれるのだろうし。
 ……けど、どちらも今の私にとったら正解ではない。
 明日から気まずい残り二日を過ごさねばならぬかもなのだ!
 向こうは、多分そういうの気にしなさそうだけど、私は気にする。超する。
 そのリスクを考えると、どちらか一方を選ぶのは今の私にはできかねなくて。
 だけど答えられなければリリィは解放してくれない。
 もういっそ、このまま明後日まで過ごすか。
 ……いや、無理だけどね。お腹空くし。

「ミリア。答えられない?」

 リリィは優しい口調で問うてきた。
 答えられない、って。うん。
 そう言ってくれるのはありがたい。
 飴と鞭の飴を与えられた心地である。
 ここは普通に、リリィが聞いてくれた通りに。

「……えっと。…………。今は、分からない、といいますか」

 私の心の内を、曖昧にそう伝える。
 リリィは「ん……」と。続けた。

「じゃあ。質問変える。……私がキスをしたら、ミリアはそれを拒む?」

 飴と鞭の鞭を再び与えられた心地である。
 だが、先の『キスしたかったの?』よりかは、何倍も答えやすい質問だった。
 口をモニョらせながらも、私はゆっくりと口を開く。

「……それは。もう、ハグとかされちゃってる訳だから? ……今更、それで拒むとかは、ない…………と、思われます、けど?」

 そうは答えたけど、実際は分からなかった。
 何がって、そう答えている自分が、だ。
 私にとったらリリィは。今日初めて出会った人な訳なので。
 普通、そんな人にキスをされたら嫌だろう。
 だけど嫌じゃない、とは思う。されたいのかと聞かれたら違うのだろうけど。
 ……そう考えると、私の思考は少し変な気がしてしまう。
 私の心情の変化は早いのかな。と。
 人一倍。いや、人五倍。人に惹かれやすい性質の持ち主なのかもしれない。
 ちょろい女とか言うな。

「……ふーん。そ」

 リリィは嬉しそうに呟いた。
 私から顔を逸らし「分かった」と、両頬から手を除けた。
 無意識に上がっていた肩が、ストンとおりる。
 頬に当たった夏の夜風が、とても冷たく感じた。

 リリィは逸らし顔のまま、私に言葉を放ってきた。

「嫌じゃないんだ。三日も経ってないのに、私のことが好きなんだ」
「おいー? いつそんなこと言ったかな。言ってないよね!」

 なぜそのような早とちりをしてしまうのだろう。
 またドキッてしちゃうからやめて欲しい。

「……そういえば、まだ言ってなかったっけ」
「ん? なにを?」

「……私、人の心が読めるんだよ」
「えっ⁉︎」

 え、じゃあ、今までの私の恥ずかしい思考が筒抜けだったってこと⁉︎

「嘘だけど」
「嘘かい」

 リリィは可笑しがるように、口を押さえてちょっと笑った。
 なんだこれ。なんだこの謎やり取り。
 焦った自分が馬鹿みたいだ。事実、馬鹿である。

 考えてみれば。いや、考えなくともそりゃそうだ。
 なぜ、普通に信じようとしたのか。
 リリィは魔法が得意だから、そんなことも出来ると頭が誤解したのかも。
 だけど、たまに私の心を見透かしたような発言もしてくる気もする。
 本当に心読まれてる?
 ……いや、冷静に考えて心読むとか意味不だし。
 そんなこと有り得る訳ないか。
 リリィは「けどね」と逸らしていた顔を私の方に戻し、言葉を続けた。

「ミリアの表情は分かりやすい」

 …………。

「……それは。自覚あるよ……」

 ……どうせ今も顔赤いんだろうし!
 もう常時、顔が赤くなってて最早これが普通みたいになりつつある。

「え、自覚あったの?」
「あるわ!」

「……ふーん」
「興味なさそうっすね……」

 本当に興味なさそうな感じである。
 私を見ているのに、どこか遠くを見ているようだった。
 これ以上、ここにいても特にこれといったことは起こりそうになかった。
 通行人の邪魔にもなりそうだから、さっさとここを立ち去ろう。

 そう思考し。
 私はこの雰囲気を変えようと、パンと手を叩く。
 なるだけ明るい声色で、リリィに言う。

「ま、まぁ! 話にも一段落ついたところで、お家に帰って今日は寝よう!」

 私は家の方角へと体を向けて、「さぁ」と意気込んだ。
 リリィも着いてくるだろうと、私は歩みを進めようと足を前へと──。

「……待って」

 右の腕が、リリィによって後方から捕らえられた。

「どーしたの?」

 出しかけた足を元の位置に引っ込め。
 言いながら顔だけリリィに向ける。
 リリィはどこか恥ずかしげな様子だった。
 顔は下を向いていて、映る耳はちょっと赤い。
 なんか珍しい感じ。

「……ミリア」
「なーに?」

「家に帰る?」
「……あれ? さっき帰るって言ったじゃん」

 首を傾げなら言うと、リリィは下を向いていた顔を前に。
 私の方に向けた。

「ん。着いてきて」

 言うと同時に、リリィは私の右腕を引っ張り、私の前を歩き出す。

「リ、リリィ? どこ行くの?」

 急に引っ張られ、若干驚きながらもリリィに問うた。

「どこって。家だけど?」
「家なの⁉︎ じゃあ、なんでリリィが先導してるの」

「……なんとなく? ただ、先導したいだけ」
「……そ、そうっすか」

 確かに、こっちは間違いなく家の方向だ。
 色々と疑問はあったが、そこに触れるのも面倒なので。
 ただ、リリィのしたいようにさせた。

 特に会話も無く。ただ歩く。

 あと三分くらいかな。家に辿り着くの。
 と、そう考えて、数秒経った後の事だった。

「わっ──!」

 リリィは唐突に進行方向を変えた。
 真横にある、家と家の間の狭い道──。
 路地裏へと私を引っ張った。
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