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プロローグ

強くてカワイイが最強なんだと気付いた日

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 これはマズイかもしれない。

「はぁ、はぁっ──」

 息が上がる。足がほつれる。
 夜の暗闇で前方もろくに見えやしない。
 なのに後ろの魔物は尚、私を捉えて追ってくる。

「──っ」

 私の涙が宙に飛ばされた。
 その涙が、私を後悔で苛ませる。
 魔法の腕を試したいからって、なんで家を抜け出したのだろう。
 十歳で森に出向くなんて、無茶だって気付くべきだった。
 私は、どうかしていたんだ。

「ガァアアアアアアア!!」

 鼓膜を破るかのような雄叫び。
 木を薙ぎ倒す音。無造作に爪を振る音。
 背後から聞こえるそんな音が、ただ恐ろしくて仕方ない。
 とっくにもう体力は限界だった。けれど、足は止められない。
 前へ、前へ。そして進行方向を変えた時、私の足に違和感が襲った。
 それに気付いた時にはもう、私の身体が地面に投げ出されていた。

「──!?」

 声にならない悲鳴が飛び出す。
 剥き出しの木の根に引っかかったことを、身体を起こしながら理解した。
 荒い呼吸を整えながら、それでも再び走り出そうと前を見る──が。
 どうやら、手遅れだったらしい。

「あ──」

 そこには、熊とも言い難い造形をした何かが、荒い息を口端から漏らし、私を睨んでいた。
 視界が埋まるほどの図体に、私はぺたんと尻餅を付いてしまう。
 この森に生息する魔物に、こんなヤバいのはいなかったはずだ。
 だけれど実際に今、目の前にそんな魔物が存在している。
 魔物の圧倒的な存在感は、それを現実だと思わせるには十分すぎるものだった。

「ガァアア……」

 恐怖で震えて力が入らない。
 しかし同時に、どうしてか、悔しかった。
 こんな簡単に魔物に殺されそうになっているからだろうか。
 そこでふと、疑問が頭をよぎる。

 ──私はこの森に、何をしにきた?

 そうだ。学園で習った魔法。それを試しに来たのだ。
 この森の魔物は火に寄り付かない。それくらいの知識はある。
 ならば私にはまだ、やれることは残されているはずだ。
 つまり、魔法で火を起こし、魔物を追い払うことができるかもしれない。

 今日の授業内容を瞬間的に思い出す。
 魔法の使用方法は、大方2つ存在する。
 空気中に漂う魔力を体内に引き寄せ放出する方法。
 自身の中に蓄積された魔力を、そのまま放出する方法。
 前者は放出するのに時間を要するが、その分確実だ。
 後者は放出はすぐだが、魔力が枯渇すると不可能となる。
 私に時間は無い、魔物がいつまで牽制を続けるか分からない。
 ならば私に出来るのは、蓄積された魔力をそのまま放出する方法だ。

「────!」

 心臓が荒れ狂う中、私は決意を固める。
 目を瞑り体内の魔力を見つけ、それを理想の形に変化させる。
 魔物に手のひらをかざし、魔力を放出した。

「『ファイヤボール』ッ!」

 『ファイヤボール』。
 火の魔力を塊にし、対象にぶつける火の初級魔法だ。
 飛び出した鮮やかな赤色が、魔物の顔面に直撃する。

「──ガッ!?」

 魔物は怯んだ。
 だけれど喜びも束の間、私は絶望した。
 その炎は、炎と呼ぶにはあまりにも小さすぎたのだ。
 魔物が手で顔を覆っただけで、簡単に炎は消化されてしまう。

「──あ……あぁ……」

 終わった、と思った。
 すんなりと、私は死を覚悟する。
 魔物は苛立った様子で更に息を荒くすると、大きな爪を夜空に掲げた。
 今まさに振り下ろされる瞬間、私は思わず顔を伏せる。
 しかし、その時だった。

「『フレア』!」

 幼い声と共に、あまりにも白い光が夜を包み込んだ。
 それは。突然に昼が訪れたかと思うほどの衝撃だった。
 眼前の魔物は目を潰され、悶え苦しみ、その場に倒れ込む。
 一瞬だった。

「時間稼ぎ、ありがと!」

 背後から聞こえた少女の声は、こんな状況なのに、楽しそうな声だった。
 声の主が背後から私の横を通り抜けると、視界の端で金色の髪が煌めいて、私は思わず目を見開いた。
 なぜなら、そこにいたのは私と同年代くらいの女の子だったからだ。

「……あなたは?」

 疑問が口を衝いて飛び出す。
 こんな子、サニスの町では見たことがない。
 声に振り向いた少女は、私を見ると無邪気な笑顔を浮かべた。

「ふふっ、私はあなたの救世主です! ってとこで、今は納得して欲しいかな!」

 彼女は向き直る。
 魔物は未だ苦しそうにしながら、目を覆っていた。
 そんな魔物に対峙した彼女は、高々に声を上げる。

「さぁ! やっちゃおうか!」

 彼女は私のように、魔物に手を掲げる。
 その刹那、空気が動いた。魔力が肌を撫でた気がした。
 凄まじい魔力が、私たちの間を取り巻く。
 私は息を呑んだ。

「ガアアアア!!!!」

 だが、同時に魔物が咆哮を上げた。
 魔物が巨大な爪を掲げたのが、彼女の奥に映る。

「危ない!」

 私は思わず叫んだ。
 けれど。どうやら無用な心配だったらしい。

「『アイスランス』!」

 彼女の手のひらから、巨大な氷の槍が現れ、放たれた。
 それは魔物の胴体を問答無用で貫き、綺麗な穴を空ける。
 魔物に呻き声を上げる余裕すら与えない。
 魔石を一つ残した魔物は、跡形も無く消え失せる。
 普通の魔物では無いことは明らかだった。
 でも。今の私には、そんなことはどうでも良かった。

 今更ながら、これは本当に現実なのかと自分を疑ってしまう。
 だって──。

「これからは気をつけること!」

 月を背にして笑う彼女は、ただひたすらに可愛かったから。

「はい……」

 耳に届く私の声は、ひどく夢見心地だった。
 まるで、吸い込まれるように、彼女に目を奪われる。
 一目惚れって、こういうことを指すのかもしれない。
 夜の暗闇に、彼女はきらきらと輝いていた。

 ──強いのに、可愛い。

 私も、あの子みたいになれたら。
 そしたら、最強じゃん、って。
 夢の始まりはきっと、その瞬間だった。
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