義姉妹百合恋愛

沢谷 暖日

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義姉妹の夏休み

花火へと

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「……抽選、当たらなかった」
「私もー」
「残念だね」
「そうだねー」

「てんちゃん? ちょっと反応薄い?」

 正直、先までの私は心ここに在らずだった。
 抽選していた時、読んでいた番号も聞いていない。聞こえてない。
 もしかしたら当たっていたかもしれない。

 なにかを考えようとして、結局なにも思いつかなくて、私の頭はオーバーヒートを起こしたようだ。
 ぼーっとしていて、そしたらアナウンスがもう花火の時間であることを告げていた。

 時間を無駄にした感が半端ない。
 実際無駄にはしてる。
 けど、花火が始まる時間までに頭を冷やせて良かったとも思う。

「ちょっと考え事してただけ。花火みよー」

 両手を後ろについて、足を伸ばして空を見上げる。
 ブルーシートの少しクシャっとした感覚が手に伝わる。
 足が、ちょっとピリってしている。
 さっきまで正座だったから痺れたらしい。

 けど、花火はまだ始まらない。
 あと五分後って、アナウンスで言ってたきがする。

「ねね。てんちゃん。前、言ったこと覚えてる?」

 と、ぼーっと空を見上げていたら唐突にそう問われる。
 その言葉にはて、と私はその体勢のまま疑問符を浮かべた。

「忘れたの?」

 私の顔を覗いてくるお姉ちゃん。
 わ。キスしそうな距離。

 ……そんな恋愛脳な思考は置いといて。
 前と言っても、範囲が広すぎる。
 昨日のこと。それとも一週間とか?

「えっと。いつの話?」

 そう問うと、お姉ちゃんは少しムスッとなって続けた。

「もういい。説明する。……あの橋から花火見たら綺麗そうって言ったの覚えていない?」

 私の前に立ったお姉ちゃんは、ビシッと私の背後を指す。
 のっそりと、体を回転させる。
 うん。橋がある。

 言われてみれば、と。
 覚えてるかもしれない。
 ショッピングモールに行った時だ。
 確かに、そう言っていた。

「あー、思い出した。……じゃあ、そこいく?」
「あと三分だよ。ほら。立って立って!」

 私の質問をスルーし、完全にその場に行く気だったらしいお姉ちゃんは、私を急かす。

 橋で見るのは、ここで見るよりサイズは小さく見えるけど。
 でも、ここよりかは美しく見えそう。
 いつの間にか、周りは人だらけだし。

 だけど。三分であんな場所まで行けるのかと。
 いや、行けないだろう。
 まぁ。多少は時間オーバーしても、盛り上がりは最後なんだし。いいかな。

 そんなちょっと余裕ぶった態度を心の中でとって、私はゆっくりと立ち上がる。

「きゃっ──」

 その瞬間。
 私の手が、勢いよく引っ張られる。
 もちろん、お姉ちゃんにだ。

「てんちゃん! 急ぐよ!」
「わ。わわ、わかったから! 草履だけ履かせて!」
「ん」

 てててっと、慌ててブルーシートのがわにある草履に、足を滑り込ませる。

 いつの間にか私と同じく草履を履いていたお姉ちゃんに、再び引っ張られる。
 ちょっとだけ走りにくそうに。それでもなぜか全力で走る。

 お姉ちゃんは、そんなに花火を見たいのかな。

「ねぇ。お姉ちゃん」

 呼びかけてみるけど、その声は届かない。
 あたりの人混みにかき消されてるかもしれない。

 花火を見ようと、多くの人がこっち側に流れてきているようだった。
 お姉ちゃんが前を走って、人混みをかき分ける。
 何人かの人にぶつかって、若干の申し訳なさを感じてしまうけど。
 今は、そのお姉ちゃんの背中を追っていた。

 一分ほど走ってところで現れた階段を駆け上がる。
 ちょっと足が痛い。

 上がりきって、そこから横目で先までいた場所を見下ろす。
 人が密集していた。
 あそこから見てたら、他の人たちが障害になっていただろう。
 お姉ちゃんの考えは良かったのかもしれない。

 いつの日か見た電柱の横を通り過ぎて、自分の息が上がっているということに気づいた。

「はぁはぁ。ちょっとタンマ」

 今度は声が届いたらしい。
 お姉ちゃんはピタと足を止めて振り返った。
 お姉ちゃんも若干はぁはぁと息を切らしていた。
 頬が若干赤くなっていた。
 多分、私はもっと赤いだろう。
 その理由は、おそらく二つあって──

「でも、すぐそこだよ。歩こっか。てんちゃん」

 ……と、
 私の思考が、お姉ちゃんによって阻まれた。
 お姉ちゃんは、若干の笑みを顔に浮かべている。
 私の疲れ切った顔を見るのがそんなに楽しいのだろうか。
 しかし、実際疲れているので、ついつい本音を漏らす。

「うん。……はぁ。疲れた」

 今度は肩を並べた。
 手も、いつものに、握り直した。

 何回か歩いた道なのに。
 何もかもが違うように感じる。
 実際結構違う。

 時間帯は夜だし。
 人のガヤガヤが耳に届くし。
 浴衣を着ているし。
 草履を履いてるし。
 そして、私の思考も違う。

 考えていることと言えば、それは勿論想いを伝えることについてだった。

「てんちゃん。ここから見よ」

 橋の真ん中辺りまで歩いた。
 ここから花火を見ている人は、どうやらいないらしい。
 後ろをたまに通り過ぎる車の音が、若干の耳障り感があるが。

 橋の手すり部分まで体を運んだ。
 そこからは、お祭りの会場が見下ろせる。
 いつもは寂しいこの会場が、こんなにも輝いているのは、なんとなくすごいことかも。

 手をぎゅっと握り直した。
 手汗がびっしょりだけど、私は不快じゃない。
 お姉ちゃんは……どうだろ。
 まぁいいや。

 と。そう思った時。

 目線の奥の方から、一つの長い線が現れ、それは夏の夜空に咲いた。
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