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第十二話 太陽のような友達
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ゴブリンの一件から一週間が過ぎた。
俺とアリアの共同作業は、あの後も夜ごと続けられている。
第二法則『親和性の原則』を発見した俺たちの研究は順調に進み、『概念辞書』のページは着実に増えていた。
昼間は、以前と変わらない静かで穏やかな時間が流れる。
俺がようやく手に入れたこのささやかなスローライフ。
この日常が、俺はたまらなく愛おしかった。
その日の午後。俺はいつも通り閲覧室の隅で傷んだ本の補修作業をしていた。
──バンっ。
と。静寂を切り裂くけたたましい音と共に扉を開けて誰かが図書館へ飛び込んできた。
「アリアー! 会いに来たよー!」
太陽をそのまま持ち込んだかのような、明るく大きな声。
そこに立っていたのは一人の少女だった。
燃えるような赤い髪を動きやすそうに短いボブにしている。
透き通った白い肌に、好奇心で輝く翠色の瞳。アリアとは正反対の、生命力に満ち溢れた少女。
彼女は、館長や俺には目もくれず書架の影にいたアリアの元へと一直線に駆け寄った。
「クローナ! ここは図書館ですよ! 静かに!」
アリアが慌てて制止するが、クローナと呼ばれた少女はお構いなしにアリアに抱きついた。
「だって、会いたかったんだもん! ほら、これあげる! 森で一番きれいに咲いてた花!」
「も、もう……。ありがとうございます」
満更でもない様子で、しかし困ったように眉を下げるアリアの顔は、俺が今まで見たことがないほど柔らかく年相応に見えた。
しばらくアリアとじゃれ合っていたクローナは、やがて俺の存在に気づいた。
瞬間、彼女の笑顔が消え、翠色の瞳が敵意を剥き出しにして俺を射抜く。
「……あんたが、新入りのノア?」
彼女はまるで大切な宝物を守る番犬のように、俺とアリアの間に割って入った。
「ふーん……。言っとくけど、私のアリアを泣かせたら、ただじゃおかないからね!」
「こ、こら、クローナ! 失礼でしょう!」
アリアが慌ててクローナの腕を引く。
俺はそのあまりの剣幕に苦笑するしかなかった。
「私のアリア」か。先日アリアが心配していた無鉄砲な友人というのは間違いなくこの子のことだろう。
クローナはまだ何か言いたげに俺を睨んでいたが、やがて何かを思い出したように興奮した様子でアリアに向き直った。
「そうだアリア! 聞いてよ! 私ついに初めての単独依頼を受けたんだ! ソロクエスト!」
「単独依頼……? あなた、まだ冒険者になったばかりでしょう!?」
「大丈夫だって! 簡単な薬草採取の依頼で、明日は『妖精の洞窟』の入り口まで行ってくるだけだから!」
その名前が出た瞬間だった。
アリアの顔からサッと血の気が引いた。
彼女の瞳が大きく見開かれ、そこに俺が今まで見たこともないような深い恐怖の色が浮かぶ。
『妖精の洞窟』。その言葉の響きは、まだ俺の耳の中に残っている。
彼女があの夜に語ってくれたトラウマ。魔力暴走の事故。その舞台となった因縁の場所。
「……だめ」
アリアの声がか細く震える。
「あそこだけは、だめよクローナ……!」
「えー、なんでさ? 大丈夫だって! 私、もう強くなったんだから! それに、もっと強くなって今度こそ私がアリアを守れるようになるんだ!」
クローナはアリアのただならぬ様子に気づくことなく無邪気にそう言って笑った。
そして「じゃあ、また来るね!」と嵐のように告げると再び図書館を飛び出していった。
一人残されたアリアは、クローナが出て行った扉をただ呆然と見つめていた。
その小さな肩が、かすかに震えている。
「アリア……?」
俺が声をかけると彼女はハッと我に返った。
だが、その顔は真っ青で唇は小さく震えている。
「……すみません。私、少し、気分が……」
それだけ言うと、彼女は逃げるように書庫の奥へと姿を消した。
俺とアリアの共同作業は、あの後も夜ごと続けられている。
第二法則『親和性の原則』を発見した俺たちの研究は順調に進み、『概念辞書』のページは着実に増えていた。
昼間は、以前と変わらない静かで穏やかな時間が流れる。
俺がようやく手に入れたこのささやかなスローライフ。
この日常が、俺はたまらなく愛おしかった。
その日の午後。俺はいつも通り閲覧室の隅で傷んだ本の補修作業をしていた。
──バンっ。
と。静寂を切り裂くけたたましい音と共に扉を開けて誰かが図書館へ飛び込んできた。
「アリアー! 会いに来たよー!」
太陽をそのまま持ち込んだかのような、明るく大きな声。
そこに立っていたのは一人の少女だった。
燃えるような赤い髪を動きやすそうに短いボブにしている。
透き通った白い肌に、好奇心で輝く翠色の瞳。アリアとは正反対の、生命力に満ち溢れた少女。
彼女は、館長や俺には目もくれず書架の影にいたアリアの元へと一直線に駆け寄った。
「クローナ! ここは図書館ですよ! 静かに!」
アリアが慌てて制止するが、クローナと呼ばれた少女はお構いなしにアリアに抱きついた。
「だって、会いたかったんだもん! ほら、これあげる! 森で一番きれいに咲いてた花!」
「も、もう……。ありがとうございます」
満更でもない様子で、しかし困ったように眉を下げるアリアの顔は、俺が今まで見たことがないほど柔らかく年相応に見えた。
しばらくアリアとじゃれ合っていたクローナは、やがて俺の存在に気づいた。
瞬間、彼女の笑顔が消え、翠色の瞳が敵意を剥き出しにして俺を射抜く。
「……あんたが、新入りのノア?」
彼女はまるで大切な宝物を守る番犬のように、俺とアリアの間に割って入った。
「ふーん……。言っとくけど、私のアリアを泣かせたら、ただじゃおかないからね!」
「こ、こら、クローナ! 失礼でしょう!」
アリアが慌ててクローナの腕を引く。
俺はそのあまりの剣幕に苦笑するしかなかった。
「私のアリア」か。先日アリアが心配していた無鉄砲な友人というのは間違いなくこの子のことだろう。
クローナはまだ何か言いたげに俺を睨んでいたが、やがて何かを思い出したように興奮した様子でアリアに向き直った。
「そうだアリア! 聞いてよ! 私ついに初めての単独依頼を受けたんだ! ソロクエスト!」
「単独依頼……? あなた、まだ冒険者になったばかりでしょう!?」
「大丈夫だって! 簡単な薬草採取の依頼で、明日は『妖精の洞窟』の入り口まで行ってくるだけだから!」
その名前が出た瞬間だった。
アリアの顔からサッと血の気が引いた。
彼女の瞳が大きく見開かれ、そこに俺が今まで見たこともないような深い恐怖の色が浮かぶ。
『妖精の洞窟』。その言葉の響きは、まだ俺の耳の中に残っている。
彼女があの夜に語ってくれたトラウマ。魔力暴走の事故。その舞台となった因縁の場所。
「……だめ」
アリアの声がか細く震える。
「あそこだけは、だめよクローナ……!」
「えー、なんでさ? 大丈夫だって! 私、もう強くなったんだから! それに、もっと強くなって今度こそ私がアリアを守れるようになるんだ!」
クローナはアリアのただならぬ様子に気づくことなく無邪気にそう言って笑った。
そして「じゃあ、また来るね!」と嵐のように告げると再び図書館を飛び出していった。
一人残されたアリアは、クローナが出て行った扉をただ呆然と見つめていた。
その小さな肩が、かすかに震えている。
「アリア……?」
俺が声をかけると彼女はハッと我に返った。
だが、その顔は真っ青で唇は小さく震えている。
「……すみません。私、少し、気分が……」
それだけ言うと、彼女は逃げるように書庫の奥へと姿を消した。
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