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第十四話 覚悟と辞書
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屋根裏部屋に戻った俺は冒険の準備を始めていた。
と言っても、大したものは何もない。丈夫な麻袋に、干し肉と水筒それにランタン。
後は先日のゴブリン退治で使った、川原で拾った丸い石ころと麻縄をカバンに詰める。
武器らしい武器はこれくらいだろう。
パーティーにいた頃は常に最高級の装備が与えられていた。だが今は違う。
この心許ない装備で、アリアのトラウマの元凶が潜むかもしれない洞窟へたった一人で向かうのだ。
怖いか? と問われればもちろん怖い。だが、それ以上に今はアリアを──。
「……よし」
俺は最後に『概念辞書』を手に取る。
アリアの几帳面な文字で記された、俺たちの研究の成果。
アリア本人を、危険な過去に無理やり向き合わせることはできない。
だが彼女が紡いでくれた、この知識と法則は連れていける。
「……行ってくる」
誰に言うでもなく呟き俺は辞書をカバンにしまい込んだ。
まだ夜の闇が残る図書館を音を立てないように抜け出し、アリアが閉じこもっているであろう館長の居住区画の扉の前を通り過ぎる時、俺は一度だけ足を止め固く閉ざされたその扉をじっと見つめた。
──君の友達は必ず、連れて帰る。
東の空が、ほんの少しだけ白み始めていた。
俺は一人、妖精の洞窟へと向かう。
◆◆◆
ミストラルの西の森の奥深く。
目的の「妖精の洞窟」は、古びた大木の根元にぽっかりと口を開けていた。
だが、その入り口の様子は俺がクローナから聞いていた話とは、少し違っていた。
「……なんだ、これ」
洞窟の入り口が、鋭い棘を持つ黒い茨で完全に覆い隠されているのだ。
まるで、侵入者を拒むかのような禍々しい気配を放っている。
ただの茨じゃない。魔力が込められた呪いの植物だ。
パーティーにいた頃の俺ならここで立ち往生していただろう。
アルドレットに報告しエリアーナの炎の魔法で焼き払ってもらうのを待つしかなかったはずだ。
だが今は違う。俺の手元にはアリアの知識が詰まった『概念辞書』がある。
俺はカバンから辞書を取り出しランタンの光でページをめくった。
『第二法則:親和性の原則』。アリアが書き記したそのページに答えはあった。
――対象の性質と真逆の概念を付与した場合、コストは増大するが効果は絶大である。
この茨は呪いによって異常な生命力で成長している。
「生」の力が強いなら、その逆。
俺は辞書のページを押さえたまま、もう片方の手を黒い茨へと伸ばした。
頭の中で明確な定義を構築する。
――全ての水分を失い、養分を断たれ、朽ちていく枯れ木のように。
「――【枯死】!」
概念を付与した瞬間、茨はまるで悲鳴を上げるかのようにキシキシと音を立てた。
俺の手のひらから、生命力がごっそりと吸い取られていくような強烈な反動が走る。
だがそれと引き換えに、目の前の茨は急速に黒く変色し水分を失っていた。
やがて、砂のようにサラサラと崩れ落ちてゆく。
そして洞窟への道が開かれた。
「……ははっ」
思わず、乾いた笑いが漏れた。
アリアがいなくても、俺は戦える。
いや違う。
アリアがいるから、彼女が遺してくれたこの知識があるから、俺は一人でも戦えるんだ。
俺は『概念辞書』を再びカバンにしまい、ランタンを高く掲げた。
洞窟の奥へと続く、暗闇の中へ。
たった独りの、だが決して孤独ではない冒険が今、始まった。
と言っても、大したものは何もない。丈夫な麻袋に、干し肉と水筒それにランタン。
後は先日のゴブリン退治で使った、川原で拾った丸い石ころと麻縄をカバンに詰める。
武器らしい武器はこれくらいだろう。
パーティーにいた頃は常に最高級の装備が与えられていた。だが今は違う。
この心許ない装備で、アリアのトラウマの元凶が潜むかもしれない洞窟へたった一人で向かうのだ。
怖いか? と問われればもちろん怖い。だが、それ以上に今はアリアを──。
「……よし」
俺は最後に『概念辞書』を手に取る。
アリアの几帳面な文字で記された、俺たちの研究の成果。
アリア本人を、危険な過去に無理やり向き合わせることはできない。
だが彼女が紡いでくれた、この知識と法則は連れていける。
「……行ってくる」
誰に言うでもなく呟き俺は辞書をカバンにしまい込んだ。
まだ夜の闇が残る図書館を音を立てないように抜け出し、アリアが閉じこもっているであろう館長の居住区画の扉の前を通り過ぎる時、俺は一度だけ足を止め固く閉ざされたその扉をじっと見つめた。
──君の友達は必ず、連れて帰る。
東の空が、ほんの少しだけ白み始めていた。
俺は一人、妖精の洞窟へと向かう。
◆◆◆
ミストラルの西の森の奥深く。
目的の「妖精の洞窟」は、古びた大木の根元にぽっかりと口を開けていた。
だが、その入り口の様子は俺がクローナから聞いていた話とは、少し違っていた。
「……なんだ、これ」
洞窟の入り口が、鋭い棘を持つ黒い茨で完全に覆い隠されているのだ。
まるで、侵入者を拒むかのような禍々しい気配を放っている。
ただの茨じゃない。魔力が込められた呪いの植物だ。
パーティーにいた頃の俺ならここで立ち往生していただろう。
アルドレットに報告しエリアーナの炎の魔法で焼き払ってもらうのを待つしかなかったはずだ。
だが今は違う。俺の手元にはアリアの知識が詰まった『概念辞書』がある。
俺はカバンから辞書を取り出しランタンの光でページをめくった。
『第二法則:親和性の原則』。アリアが書き記したそのページに答えはあった。
――対象の性質と真逆の概念を付与した場合、コストは増大するが効果は絶大である。
この茨は呪いによって異常な生命力で成長している。
「生」の力が強いなら、その逆。
俺は辞書のページを押さえたまま、もう片方の手を黒い茨へと伸ばした。
頭の中で明確な定義を構築する。
――全ての水分を失い、養分を断たれ、朽ちていく枯れ木のように。
「――【枯死】!」
概念を付与した瞬間、茨はまるで悲鳴を上げるかのようにキシキシと音を立てた。
俺の手のひらから、生命力がごっそりと吸い取られていくような強烈な反動が走る。
だがそれと引き換えに、目の前の茨は急速に黒く変色し水分を失っていた。
やがて、砂のようにサラサラと崩れ落ちてゆく。
そして洞窟への道が開かれた。
「……ははっ」
思わず、乾いた笑いが漏れた。
アリアがいなくても、俺は戦える。
いや違う。
アリアがいるから、彼女が遺してくれたこの知識があるから、俺は一人でも戦えるんだ。
俺は『概念辞書』を再びカバンにしまい、ランタンを高く掲げた。
洞窟の奥へと続く、暗闇の中へ。
たった独りの、だが決して孤独ではない冒険が今、始まった。
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