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第三十八話 三人の心
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【ノア視点】
意識が朦朧としている。
血だまりが、俺にまとわりついている。
左肩から流れ落ちる血が止まらない。
痛みで視界が明滅を繰り返していた。
「……ほう。まだ、意識があるとはな」
目の前に立つリーダー格の男が無感情に短剣を構えている。
番人だった二人の男は、明らかにこいつとは格が違う。
「面白い術を使う。従来の魔法のどれにも属さん異端の力だ。お前、何者だ?」
「……答える、義理はない」
「そうか。ならば、その全てを剥がして調べさせてもらうまでだ」
男は一瞬で俺との距離を詰めてきた。速い。
俺は咄嗟に地面を転がってそれを避ける。
だが傷口に激痛が走り、動きが鈍る。
男の追撃は止まらない。
短剣の切っ先が、俺の腕を足を次々と掠めていく。
俺は、ただ防戦一方でなすすべもなかった。
パーティーにいた頃、俺は常に後衛だった。
アルドレットという絶対的な壁が、いつも俺の前に立っていた。
だが今は違う。独りだ。
この男の無駄のない、殺意だけが研ぎ澄まされた動き。
これが、本物のプロの暗殺者の動きか。
俺は最後の力を振り絞り、懐から銀の粉が入った革袋を投げつけた。
「――【閃光】」
眩い光が地下水路を白く染め上げる。
だが、男は怯まなかった。
目を閉じたまま音と気配だけを頼りに、正確に俺の位置へと短剣を突き出してきたのだ。
終わった。と思った。
────ガキン。
だが、俺は生きていた。
鈍い音がしたと思い、塞いでいた目を開く。
そこには男の刃を防ぐ、赤い閃光のような槍先があった。
「……え?」
俺は、目を疑った。
「……間に合ったわね」
そこに立っていたのは、槍を構えたクローナだった。
だがその脇腹からは、先ほどの番人たちとの戦いで負ったであろう血が滲んでいる。
「クローナさん……!? その怪我……それに、アリアも!」
「ノアさん!」
通路の奥からアリアが『概念辞書』を抱えて駆け寄ってくる。
「なんで……ここに……」
「……ばかですね。あなたが私たちに分かるように、ちゃんと手がかりを残したんでしょう? しかし、ひどい傷です」
アリアはそう言うと、肩の傷を見て顔を青くする。
しかし今はそんな状況でないことを主出したように、男から身を引いた。
「……仲間がいたか」
リーダー格の男は少しだけ面倒そうに、しかしその口元には歪んだ笑みを浮かべていた。
「まあいい。手間が省けた。三人まとめて、ここで始末する」
まずい。
俺は激しいめまいに襲われていた。
やはり血を流しすぎたか。
クローナも深手ではないにしろ万全の状態ではない。
俺のせいで、二人まで危険な目に……。
「ノアさん!」
アリアが俺の耳元で叫んだ。
「敵の狙いはあなたです! そして儀式の時間はもうすぐ……! ここは私たちが、時間を稼ぎます! あなたは、あなたのやるべきことを!」
「クローナさん、怪我は……」
「うるさいわね!」
俺の言葉を、クローナの怒声が遮った。
「あんたのその肩の穴に比べたら、こんなのかすり傷よ! それより自分の心配しなさい!」
俺のやるべきこと。
そうだ。敵を倒すことじゃない。
この街を、彼女たちの日常を守ることだ。
俺は朦朧とする意識の中、水槽から溢れ、儀式の中心地へと向かうあの水の流れに視線を向けた。
「クローナ!」
「分かってる! あいつは、私に任せなさい!」
クローナは雄叫びを上げて、リーダー格の男へと突進していく。
俺はアリアに肩を支えられながら、水路の縁へと這っていった。
もう概念を付与する力はほとんど残っていない。
だが、やるしかないんだ。
俺はアリアの助けを借りて、自らの血が滴る左手を水路の流れに浸した。
そして俺が持つ、最も個人的で、最も強力な概念を、その水に付与する。
――伝えろ。俺が見たもの、聞いたもの、感じたもの、その全てを。俺の『記憶』を、この水の流れに乗せて、儀式の中心へ。
「――【奔流】」
概念を付与した瞬間、俺の意識は完全に暗闇に沈んでいくのが分かった。
だが俺が遺した血染めの水は、微かな光を放ちながら儀式の中心地へと凄まじい勢いで流れ始める。
それは、ただの水ではない。
俺の全てを乗せた、反撃の狼煙だった。
意識が朦朧としている。
血だまりが、俺にまとわりついている。
左肩から流れ落ちる血が止まらない。
痛みで視界が明滅を繰り返していた。
「……ほう。まだ、意識があるとはな」
目の前に立つリーダー格の男が無感情に短剣を構えている。
番人だった二人の男は、明らかにこいつとは格が違う。
「面白い術を使う。従来の魔法のどれにも属さん異端の力だ。お前、何者だ?」
「……答える、義理はない」
「そうか。ならば、その全てを剥がして調べさせてもらうまでだ」
男は一瞬で俺との距離を詰めてきた。速い。
俺は咄嗟に地面を転がってそれを避ける。
だが傷口に激痛が走り、動きが鈍る。
男の追撃は止まらない。
短剣の切っ先が、俺の腕を足を次々と掠めていく。
俺は、ただ防戦一方でなすすべもなかった。
パーティーにいた頃、俺は常に後衛だった。
アルドレットという絶対的な壁が、いつも俺の前に立っていた。
だが今は違う。独りだ。
この男の無駄のない、殺意だけが研ぎ澄まされた動き。
これが、本物のプロの暗殺者の動きか。
俺は最後の力を振り絞り、懐から銀の粉が入った革袋を投げつけた。
「――【閃光】」
眩い光が地下水路を白く染め上げる。
だが、男は怯まなかった。
目を閉じたまま音と気配だけを頼りに、正確に俺の位置へと短剣を突き出してきたのだ。
終わった。と思った。
────ガキン。
だが、俺は生きていた。
鈍い音がしたと思い、塞いでいた目を開く。
そこには男の刃を防ぐ、赤い閃光のような槍先があった。
「……え?」
俺は、目を疑った。
「……間に合ったわね」
そこに立っていたのは、槍を構えたクローナだった。
だがその脇腹からは、先ほどの番人たちとの戦いで負ったであろう血が滲んでいる。
「クローナさん……!? その怪我……それに、アリアも!」
「ノアさん!」
通路の奥からアリアが『概念辞書』を抱えて駆け寄ってくる。
「なんで……ここに……」
「……ばかですね。あなたが私たちに分かるように、ちゃんと手がかりを残したんでしょう? しかし、ひどい傷です」
アリアはそう言うと、肩の傷を見て顔を青くする。
しかし今はそんな状況でないことを主出したように、男から身を引いた。
「……仲間がいたか」
リーダー格の男は少しだけ面倒そうに、しかしその口元には歪んだ笑みを浮かべていた。
「まあいい。手間が省けた。三人まとめて、ここで始末する」
まずい。
俺は激しいめまいに襲われていた。
やはり血を流しすぎたか。
クローナも深手ではないにしろ万全の状態ではない。
俺のせいで、二人まで危険な目に……。
「ノアさん!」
アリアが俺の耳元で叫んだ。
「敵の狙いはあなたです! そして儀式の時間はもうすぐ……! ここは私たちが、時間を稼ぎます! あなたは、あなたのやるべきことを!」
「クローナさん、怪我は……」
「うるさいわね!」
俺の言葉を、クローナの怒声が遮った。
「あんたのその肩の穴に比べたら、こんなのかすり傷よ! それより自分の心配しなさい!」
俺のやるべきこと。
そうだ。敵を倒すことじゃない。
この街を、彼女たちの日常を守ることだ。
俺は朦朧とする意識の中、水槽から溢れ、儀式の中心地へと向かうあの水の流れに視線を向けた。
「クローナ!」
「分かってる! あいつは、私に任せなさい!」
クローナは雄叫びを上げて、リーダー格の男へと突進していく。
俺はアリアに肩を支えられながら、水路の縁へと這っていった。
もう概念を付与する力はほとんど残っていない。
だが、やるしかないんだ。
俺はアリアの助けを借りて、自らの血が滴る左手を水路の流れに浸した。
そして俺が持つ、最も個人的で、最も強力な概念を、その水に付与する。
――伝えろ。俺が見たもの、聞いたもの、感じたもの、その全てを。俺の『記憶』を、この水の流れに乗せて、儀式の中心へ。
「――【奔流】」
概念を付与した瞬間、俺の意識は完全に暗闇に沈んでいくのが分かった。
だが俺が遺した血染めの水は、微かな光を放ちながら儀式の中心地へと凄まじい勢いで流れ始める。
それは、ただの水ではない。
俺の全てを乗せた、反撃の狼煙だった。
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