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19 三次元女子は難しい

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 それから一週間後、何故か学校帰りにルディアスから連絡があって、リアルで呼び出された。どうやらシオンも一緒らしい。
 ──そして今、学校の近くのファミレスで、私はリアルの二人と向かい合って座っている。
 うーん……滅茶苦茶、気まずい。
 何でこんなことになったのかというと……この一週間、私とルディアスは何だかギクシャクしてしまっていつも通り話せなかったのだが、見兼ねたシオンが間を取り持ってくれたのだ。
 あと、シオンは自分のせいでそうなってしまったと思っているらしく、負い目を感じているようだった。

 彼はお詫びをしたいと言って、とりあえずパフェ的なものを注文して奢ってくれた。
 でも、それは建前上で、本当はルディアス……いや、遥斗と会わせてくれようとしたらしい。
 久々にリアルで会えたのは嬉しいけど……このタイミングで顔を合わせるのは、やっぱり気まずすぎるよね。
 まあ、遥斗の制服姿が見れたし良しとしよう。はぁ……それにしても、いつ見てもこの人は格好いい。ブレザーの制服、似合ってるなぁ。

「あの時はリチャードに殺られたおかげで、結局、経験値ロストしちまったよ。どこまでついてないんだろうな、俺は……」

 目の前でそうぼやきながら項垂れるシオン。
 本名は月岡つきおか楓馬ふうまというらしい。
 ゲーム内ではやたらと厨二風の衣装を好む傾向があったけど、リアルの彼は明るい茶色のツンツンヘアーに程良く制服を着崩した一般的な男子高校生だった。

「というか……別に、話し合うだけならリアルじゃなくても良かっただろ」

 遥斗はそう言って不機嫌な態度を見せた。
 ……やっぱり、私とリアルで会うのが嫌だったのかな。

「いやいや、こういうのはちゃんと顔を見ながら話したほうがいいだろ? せっかく住んでる所が近いんだしさ」
「本当は、お前がただ夏陽に会いたかっただけだろ……」
「まーたまた、嫉妬すんなって!」
「それは、断じて違う」

 からかいながら背中をバンバンと叩く楓馬に対して、遥斗は慌てる様子もなく冷静に否定した。
 そんな風に真顔で言われると、悲しくなってくるんですけど……。

「そうか……それなら──」

 そう言いながら、私の席の方に移動してくる楓馬。
 一体何をする気なのかと不思議に思っていると、彼は突然隣に座り、私の肩を抱いた。

「例えば……俺たちがリアルで付き合ったとしても、何の問題もないわけだな?」
「え、ちょ……シオンさん、何言ってるんです……!?」
「シオン、じゃなくて本名で呼んで欲しいんだけどな?」

 慌てる私に、楓馬は何か考えがありそうな顔をして「いいから、合わせて」と小声で言った。

「あ、えっと……楓馬……くん、でいいですか?」
「ありがとう、夏陽ちゃん!」

 嬉しそうに私の手を握る楓馬を、遥斗は呆れ顔で眺めていた。
 私は、少しでも焼きもちを焼いて欲しくて、訴えかけるように遥斗の顔をじっと見る。
 そして、彼と目が合った。しかし、すぐに視線を逸らされてしまう。

「……別に、夏陽がそれでいいって言うなら、問題ないだろ。俺が口出しできるようなことじゃない」

 まあ、予想通りというか……返ってきたのは非情な言葉だった。
 私が溜め息をつくと、隣にいる楓馬も「駄目だこいつ」と言いたげに首を横に振りながら溜め息をついていた。

「だが……夏陽が好きなのは、お前じゃないんだろ?」
「あぁ、やっぱりそれを気にしていたのか」

 楓馬はそう言うと、合点がいった様子で遥斗の隣の席に戻った。

「ここ最近、遥斗が夏陽ちゃんに素っ気なかったのはさ……こいつなりに気を使ってたんだよ」
「え……」

 楓馬にそう言われて、私はもう一度遥斗の顔を見る。
 彼はそれに気付くと、今度は俯いてしまった。
 思えばこの一週間、彼は全然くっついてこなかったし、私が話し掛けても曖昧に返事をするだけだった。
 だからと言って、私の好きな相手について聞いてくることもなかった。
 アバター補正も無意味な程に嫌われてしまったのかなぁ……と落ち込んでいたのだけど、そういうことだったんだ。

「こいつってば、不器用だし素直じゃないから、そういうやり方しかできないんだよ」
「……うるさい」
「っ痛! おい!? 足踏むなよ!!」

 遥斗は「余計なことを言うな」と言わんばかりに、楓馬の足を踏んだようだった。
 彼に対する扱いは、リアルでも容赦ないらしい。

「って言ってますけど……そうなんですか?」

 私がそう尋ねると、遥斗は答え難そうにしつつも頷く。

「……それもそうだが。せっかく頑張っているのに、邪魔をしたら悪いと思ってな」
「あ……」

 なるほど。確かにあの日、彼の助けを借りずに頑張りますって宣言しちゃったようなものだからね。

「だからって、極端すぎますよ! 嫌われたのかと思って、焦っちゃいました。これでも、結構寂しかったんですから……」

 そう言って、私は膨れてみせる。うーん……今のはちょっと、好意を全面に出しすぎたかな。

「……悪かった」

 そんな私を見て遥斗は謝り、また俯く。

「あーやだやだ! 見せつけてくれちゃって。これで、付き合ってないんだから驚きだよな」
「ちょ! シオ……楓馬くん! 違いますって!」
「ああ、そうだな。俺たちがリアルでそういう関係になることは、絶対にあり得ない」

 うわぁ……「絶対にあり得ない」と来ましたか。断言されると辛いなぁ……。

「照れなくたっていいだろ?」

 そう言って、また背中を強く叩く楓馬を、遥斗はじろっと睨む。

「──さてと……お邪魔みたいなんで、俺は先に帰るわ」

 暫く雑談が続いていたが、突然、楓馬が帰ると言い出した。

「え!? 帰るんですか!?」

 私は何となく、今は遥斗と二人きりになりたくなくて、思わず楓馬を呼び止める。
 すると、彼は立ち上がり、再びこちら側の席に移動してきた。
 そして、座っている私に「あとは頑張れよ」と、そっと耳打ちをする。
 楓馬はそのままお金をテーブルの上に置くと、「じゃあ、またな」と言って帰っていった。
 彼がいなくなったことで、ますます気まずさに拍車が掛かり、私たちは沈黙する。

「それにしても……」

 私は何か喋らなきゃ、と思い自分から口を開いた。

「よく一週間も、ユリアに触れずに我慢出来てますよね。あんなに好きだって言ってたのに」
「……」

 あ……無言だ。やばい、地雷踏んだかも。

「侮るなよ? 俺だって、それくらいは我慢できる」

 少し間を置いて、遥斗は不機嫌そうにそう言った。

「そうですか。でも、こんなに我慢していると、禁断症状でも起きてるんじゃないかって心配になりますよ!」

 自信満々に答えた遥斗に私は苦笑し、冗談っぽくそう返す。
 良かった。さっきまで凄く気まずかったけど、何とかいつも通り話せそう。

「確かに、リアルでユリアの幻影が見えたり、夢の中でユリアとイチャラブしてて起きた瞬間、それができないことに気付いて絶望感に襲われ鬱になったりもした。だが……大丈夫だ。何も心配することはない」
「……え!? いやいやいや! それ、禁断症状ですよ! 本当に大丈夫なんですか!? 気の所為か、顔色も悪く見えますし……」
「あぁ……既に、一週間目で『ユリア成分』が不足するあまり、少しまずい領域に達してきた感じはするが問題ない。これくらいのことは耐えないとな……」

 遥斗はそう言うと、青白い顔で微笑んだ。

「明らかに、問題大ありでしょう!? もう、仕方ないですね……帰ったらすぐにログインするので、今日は思う存分ユリア成分を補給して下さい!!」

 私は「ユリア成分って何だよ」と思いつつも、そう返事をした。
 正直、そこまで深刻な状態になっていたなんて思わなかったよ。

「いや、いいんだ。それよりも、今はお前が成長する方が大事だと思うからな」
「……そんなに、私のためを思ってくれていたなんて。ちょっと意外です」
「俺があれだけ無理を言っていたにも拘らず、お前は『早く追いつけるように』と頑張ってくれていた。その気持ちに応えるためにも、今は我慢しようと思ったんだ」
「遥斗くん……」

 こんなに私のことを考えてくれる日が来るなんて、思わなかったな……。
 いや、一見強引なタイプに見えるけど、根は優しい人だったんだ。今までだって、それは垣間見えていたじゃないか。

「それに……俺のために時間を多く費やしていたら、お前が好きな相手と話せなくなるだろ?」
「あ、あの……それは……」

 ……貴方のことなので、とは流石に言えないか。

「ああ、何処の誰なのかなんてことまで、根掘り葉掘り聞かないから安心しろ。そういうことは、プライベートな問題だからな」

 やっぱり、その『好きな相手』が自分だってことには気付いてくれないんだね。

「──もし、私がその相手と付き合ったとしたらどう思います?」
「ん? それは、どういう意味で聞いてるんだ?」

 あれ……何聞いてるんだろう、私。
 さっきだって、私と楓馬がくっついたとしても気にしないって言ってたのに。

「あ! 別に……全然、深い意味はなくて! 一緒に遊べる時間が減っちゃうし、相方的にはそういうのどう思うのかなぁって」
「楓馬に言われた通り、俺には束縛する権利も、止める権利もない。もし、そうなって遊べる時間が減ったとしても、そのことを怒って咎めたりはしないぞ。だから、心置きなくその相手と付き合え。まあ、俺には三次元の恋愛事情はよくわからないから、アドバイスはできないと思うが……」
「そうですか……。でも、本当にいいんですか? その人中心の生活になったら、あまり構えなくなりますよ? 大好きなユリアにだって、会うことすらままならなくなりますよ?」
「それは仕方ないだろ。それとも……お前は俺に駄々をこねて、無茶振りでもして欲しいのか?」

 ええ、そうして欲しかったんです。こんなにあっさり、物分り良く納得されると悲しいんです。

「ああ、それと──もし、それが同じゲームで知り合った相手なら、離婚も視野に入れないといけないと思っていたところだ」
「え……」
「やっぱり、その相手と結婚したいだろ?」

 それを聞いた瞬間、私の中で何かが崩れていく音がした。

「何故、そんな悲しそうな顔をするんだ……」
「遥斗くんが、全然わかってくれてないからです。今の私は、望んで貴方の嫁をやっているって言ったじゃないですか」
「いや……実際、俺の嫁でいるよりも、その相手の嫁になった方がいいだろ? リアルで恋人なのに、ゲーム内では他人のように過ごすつもりなのか?」
「……もう、いいです」

 一度近くなった距離が、また遠くなった気がした。「同じゲームで知り合った相手ではないので、心配しないで下さい」と言って誤魔化せば丸く収まったのかも知れないけど……何となく、そこだけは嘘をつきたくなかった。
 ここで私が不機嫌になるのは筋違いだ。彼は私の気持ちを知らないのだし、ただ気を使ってくれただけで何も悪くない。
 それなのに……伝わらないもどかしさに苛立って、こんな態度を取ってしまう。

「わからない」
「……?」
「悲しそうにしていたと思ったら、急に怒り出すのか……まったく、三次元の女は難しいな。どう接したらいいかわからない」

 そう呟いて肩を落とす遥斗。私は、不機嫌になっていた自分を恥ずかしく思った。
 彼は接し方がわからず悩みながらも、歩み寄ろうとしてくれていたのにね。
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