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36 葛藤(遥斗視点)
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逃げるように外に出た俺は、そのままドアに背を預けて空を仰いだ。
──どうして、あんなことをしてしまったんだろう。
そんな後悔ばかりが募る。
だが……あの時の自分は、確かに夏陽に欲情していた。ほんのり桜色に染まった頬(熱の所為だろうが)と潤んだような瞳、そして、白い首筋を見て──理性を失う程に彼女を『欲しい』と思った。
……いや、そう感じるようになったのは、何も今日が初めてではない。
いつからなのかは定かではないが……もっと前から、その欲求はあったように思う。
それは、日毎に──彼女と一緒にいればいる程、自分の中で大きくなっていって……今日、ついに抑えられなくなったのだろう。
最初は、彼女に対して芽生え始めたこの気持ちの正体が何なのかわからなかった。
だから……相方として大事に思うあまり、その関係に執着しているのだろうと考えていた。
でも、彼女と一緒に日々を過ごすうちに、やがてそれも違う気がしてきた。
やはり、それを超えた『何か』であることは明確だった。
その違和感に気付いてからも、『相方』や『友人』として夏陽と接することで、騙し騙し心の平穏を保ってきたが…………先程のことで、もう自分の気持ちを騙せなくなった。
俺は、恐らく……いや、確実に、夏陽を異性として意識している。
今まで、二次元にしか興味がなかったのに……信じられない気分だ。
自分で言うのもなんだが、この16年間、一度たりとも三次元の異性に興味を持ったことはなかった。
周りと違う──そんなことはわかっていたし、それを言うと「おかしい」と返ってくることもわかっていたので、ごく一部の信頼できる人間にしか言わないようにしていた。
自分が『二次元しか愛せない』ということ──これはもう、仕方がないものだと受け入れて生きていくつもりだった。
……夏陽に出会うまでは。
だからと言って、今、夏陽以外の異性に興味が湧くのかといえば、そんなことはない。
リアルでもゲーム内でも、何故か言い寄られることは少なくないが、申し訳ないと思いつつもその度に断ってきた。
極力、二次元コンプレックスがばれないように『普通』を装っているからだろうか。
だが、そんな彼女たちの多くは、俺の本性を知ったら離れていくだろう。
本性を隠してロールプレイを始めたのも、「変わり者であることを知られたくない」と思ったことが発端だった。
きっと、俺にとって夏陽だけが特別なんだと思う。
彼女は、俺があれだけ無茶を言ったにも拘らず相方関係を続けてくれた。まだ初心者のうちから、「ルディアスに追いつきたい」と言って頑張ってくれた。そして、何より──俺が本性を曝け出して、二次元しか愛せないことを告白しても、受け入れてくれた。
……他にも挙げればきりがないが。今思えば、彼女のことを特別に思う要素は揃いすぎている。
やはり、俺はどうしようもないくらいに、夏陽のことを…………。
──とりあえず、いつまでもこうして立っているわけにもいかないか。
考えるとしても、用事を済ませてからだな。
◇ ◇ ◇
夏陽に頼まれた物を買った俺は、ぼんやりと物思いに耽りながら帰路についていた。
もう用事は済んだし、熱がある彼女を長時間一人にするわけにもいかない。
だから、早く戻らなければいけないのに……合わせる顔がない。一体、どの面下げて戻ればいいんだ……?
そう思った俺は、夏陽の家の近くにある人気のない公園に寄り、ベンチに座った。
あの時──正気を取り戻さなければどうなっていただろう。……想像するだけでも恐ろしい。
どちらにせよ、夏陽が拒めばやめていたとは思うが……。
あれだけ「三次元には興味がない」と豪語しておきながら、この体たらくだ。彼女は気にしていないような素振りを見せていたが、内心では俺を嫌悪しているだろう。
第一、病人に手を出すなんて……まるで節操がない奴みたいじゃないか。
相当、傷付けてしまったんだろうな……。
いや……よく考えたら、本性を曝け出した時点でもう傷付けているのか……。「彼女とは本音で語り合える仲になりたい」と思ったこと自体が間違いだったんだろうか。
シオンとの会話を見られずに、あのままロールプレイを続けていたら、傷付けずに済んだのか?
そもそも、昔の自分は、ここまで悩むような性格ではなかったはずだ。
夏陽と出会ってから、何かがおかしい。自分でも、かなり変わったと感じる。
だけど……俺の中で夏陽の存在が大きくなればなる程、どう思われているか気になるようになった。
その所為か、時々、嫌われていないかどうか遠回しに確認したりもした。
彼女はそんな俺を見て、「散々、無茶を言って振り回してるくせに、何を言ってるんだこいつは。変なところで女々しいな」と思ったに違いない。
夏陽のアバターが好みだったのは間違いない……それは否定できない。
だが……それにしては、異常に彼女のことが気になっていた。
もしかすると────俺は、最初からユリアの『中の人』に惹かれていたんじゃないか?
だから、あの時……アバター好きにかこつけて、ゲーム内で強引に関係を迫ってしまったんじゃないか?
いくら、ゲーム内で擬似性行為ができるとは言え、それまでの嫁に対しては、そんなことまでしたいとは思わなかった。
アバター同士で軽くイチャイチャできれば、それで十分だった。なのに、ユリアに対しては、何故か仮想現実で『繋がりたい』とまで思ってしまった。
そして、リアルで『会ってみたい』とまで…………。
つまり……俺は、ずっと前からユリアの『中の人』にほのかな好意を寄せていたというわけか。
それを、今まで二次元しか好きになったことがない俺は、『アバターが理想的だから』だと思い込んでいたのだろう。
そして、その想いが日に日に強くなっていったことを自覚できずに、今日まで来てしまった。
……今更、そんなことに気付くなんてな。もっと早くに気付いていたら、彼女を大事に出来たかも知れない。
「あぁ……もう駄目だ……あれは、絶対に嫌われただろ……もう終わりだ…………」
「……あー、そこの少年。取り込み中のところ悪いけど、ちょっといいかな」
後悔と罪悪感に耐えられなくなり、近くの街灯の柱に両手を添え、項垂れながら自分の頭をゴツゴツ打ち付けていると──突然、通りすがりの男が話し掛けてきた。
俺より少し年上の……恐らく、二十代前半くらいだろうか。切れ長の目が印象的な大学生風の青年だ。
誰もいないと思ったのに、人がいたのか。変なところを見られたな……。
まあ、今はそんなことどうでもいいか……。
「……なんでしょうか?」
「あ、いや……ちょっと尋ねたいことがあったんだが。というか……なんかすごい勢いで頭ガンガン打ち付けてたけど、大丈夫か? ……何があった?」
「ああ……大丈夫です。こう見えて僕、結構頑丈なんですよ。なので、お気になさらず。……こうすると、何だかインスピレーションが浮かんでくる気がするんですよね」
「いやいやいや!! 一体、どんなインスピレーションだ!? そんな痛い方法で浮かぶわけないから、やめたほうがいい! それに、とても大丈夫には見えないんだが!? 打ち付けてた部分、赤くなってるし!」
青年はそう叫びながら、俺の前髪を手で持ち上げ、額を指差した。そして、心配そうに顔を覗き込んでくる。
……まあ、加減はしたから大丈夫だと思うが、たんこぶにはなるだろうな。
「いえ、これくらい、大したことないですよ。彼女の痛みに比べたら……」
「彼女……?」
「ああ、こっちの話です」
「……とりあえず、見てて痛々しいから、これを貼ってくれ」
青年はそう言うと、俺に絆創膏を何枚か渡してきた。
「……どうも。それで、要件は?」
「ああ、そうだった。君、さっきあの家から出てきたよね?」
そう言いながら、青年は夏陽の家を指差す。
「そうですけど……それが何か?」
「実は、あの家の子……夏陽って子に用があって出向いたんだが……」
「……夏陽に何の用ですか?」
「実は、うちの父と彼女のお父さんが昔馴染みでね。説明すると長くなるから今は省くが……ちょっと彼女に用事があって。君、あの家から出てきたってことは……咲本さんの知り合いなのかな?」
「一応、夏陽の友人です。学校は別ですが」
……この男、一応、夏陽の親の知り合いらしいが、一体何の用事だ? 怪しさ満点なんだが。
「それなら、良かった。さっき、家に訪問したんだが、返事がなくてね。困っていたところなんだ。まあ、電話も入れずに出向いたこっちも悪いんだが……」
「たぶん……僕が出ていった後に、すぐ寝てしまったんだと思います。今、体調を崩しているみたいなので。それに、彼女の両親は今、旅行で不在らしいですよ」
「あぁ、なるほど……それなら、後日、出直した方が良さそうだな」
「名前を教えて貰えれば、後で伝えておきますよ」
「ありがとう、助かる。成神透夜だよ」
成神……? 夏陽に絡んでいた奴も、確か成神だったな……まあ、偶然かも知れないが。
「どうかしたのか?」
「あ、いえ……夏陽の同級生に同じ名字の人がいたなぁと……。珍しい名字なので、印象に残ってて」
「ああ、もしかしたら、弟のことかも知れないな。彼女と同じ学校に通っているから」
「そうだったんですか……」
弟ってことは……この男は、あいつの兄か?
……どういうことだ? 家族ぐるみの付き合いなのか?
それなら、何故、夏陽は俺に黙っていたんだ……?
「あの……こんなこと聞いたら失礼かも知れませんが、夏陽とはどういう関係で……?」
「うーん。まあ、許嫁ってところだな」
「!?」
それを聞いた瞬間、頭が真っ白になった。
「まあ、許嫁って言っても──」
何も考えられない。
「親同士の口約束みたいなもので──」
続けて何か喋っているようだが、全く内容が頭に入ってこない。
「実際は、彼女とは小さい頃に数回会った程度だし──」
……やめてくれ。
「向こうも全く覚えていないだろうが、親が一度挨拶に行けってうるさくて──」
もう、これ以上は…………。
「親同士で勝手に盛り上がってるだけで、僕も最近知らされたばかりだからな。当然、夏陽ちゃんは知らないかと──」
ああ……そうか。夏陽の『好きな相手』は、この男のことだったのか。
透夜の弟が、なんで兄の許嫁にあんなに横恋慕していたのかは謎だが……。
とにかく……この透夜という男が夏陽の許嫁な上に、好意を抱いている相手だというのなら──最初から、俺の入り込む余地なんてなかったんだな。
「大体、本当に結婚するかどうかもわからないのに、挨拶なんて大げさだと思うんだが。君も、そう思わないか?」
そうだよな……住んでいる家からして、豪邸とまではいかなくとも、それなりに良い家だからな。
俺が知らなかっただけで、実はお嬢様だったんだろうか。許嫁がいるくらいだからな……。
「……って、君。聞いてるか? なんか、上の空みたいだが……」
透夜に肩を叩かれた俺は、ようやく我に返る。
「…………あ、すみません。わかりました……伝えておきます」
「よろしく頼むよ。それじゃあ、僕はこの辺で」
透夜はこちらに向かって軽く手を振ると、早足で去っていった。
酷い喪失感に襲われた俺は、その場から動くことが出来ず、ただ呆然と立ち尽くしていた。
……一体、どうしたらいいんだ? やっと気付いたこの気持ちを、彼女に伝えることすら許されないというのか……?
──でも、嫌だ。
俺は、夏陽を…………誰にも渡したくない。
ゲーム内だけじゃなく、現実世界でも俺の『嫁』になってほしい。
──どうして、あんなことをしてしまったんだろう。
そんな後悔ばかりが募る。
だが……あの時の自分は、確かに夏陽に欲情していた。ほんのり桜色に染まった頬(熱の所為だろうが)と潤んだような瞳、そして、白い首筋を見て──理性を失う程に彼女を『欲しい』と思った。
……いや、そう感じるようになったのは、何も今日が初めてではない。
いつからなのかは定かではないが……もっと前から、その欲求はあったように思う。
それは、日毎に──彼女と一緒にいればいる程、自分の中で大きくなっていって……今日、ついに抑えられなくなったのだろう。
最初は、彼女に対して芽生え始めたこの気持ちの正体が何なのかわからなかった。
だから……相方として大事に思うあまり、その関係に執着しているのだろうと考えていた。
でも、彼女と一緒に日々を過ごすうちに、やがてそれも違う気がしてきた。
やはり、それを超えた『何か』であることは明確だった。
その違和感に気付いてからも、『相方』や『友人』として夏陽と接することで、騙し騙し心の平穏を保ってきたが…………先程のことで、もう自分の気持ちを騙せなくなった。
俺は、恐らく……いや、確実に、夏陽を異性として意識している。
今まで、二次元にしか興味がなかったのに……信じられない気分だ。
自分で言うのもなんだが、この16年間、一度たりとも三次元の異性に興味を持ったことはなかった。
周りと違う──そんなことはわかっていたし、それを言うと「おかしい」と返ってくることもわかっていたので、ごく一部の信頼できる人間にしか言わないようにしていた。
自分が『二次元しか愛せない』ということ──これはもう、仕方がないものだと受け入れて生きていくつもりだった。
……夏陽に出会うまでは。
だからと言って、今、夏陽以外の異性に興味が湧くのかといえば、そんなことはない。
リアルでもゲーム内でも、何故か言い寄られることは少なくないが、申し訳ないと思いつつもその度に断ってきた。
極力、二次元コンプレックスがばれないように『普通』を装っているからだろうか。
だが、そんな彼女たちの多くは、俺の本性を知ったら離れていくだろう。
本性を隠してロールプレイを始めたのも、「変わり者であることを知られたくない」と思ったことが発端だった。
きっと、俺にとって夏陽だけが特別なんだと思う。
彼女は、俺があれだけ無茶を言ったにも拘らず相方関係を続けてくれた。まだ初心者のうちから、「ルディアスに追いつきたい」と言って頑張ってくれた。そして、何より──俺が本性を曝け出して、二次元しか愛せないことを告白しても、受け入れてくれた。
……他にも挙げればきりがないが。今思えば、彼女のことを特別に思う要素は揃いすぎている。
やはり、俺はどうしようもないくらいに、夏陽のことを…………。
──とりあえず、いつまでもこうして立っているわけにもいかないか。
考えるとしても、用事を済ませてからだな。
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もう用事は済んだし、熱がある彼女を長時間一人にするわけにもいかない。
だから、早く戻らなければいけないのに……合わせる顔がない。一体、どの面下げて戻ればいいんだ……?
そう思った俺は、夏陽の家の近くにある人気のない公園に寄り、ベンチに座った。
あの時──正気を取り戻さなければどうなっていただろう。……想像するだけでも恐ろしい。
どちらにせよ、夏陽が拒めばやめていたとは思うが……。
あれだけ「三次元には興味がない」と豪語しておきながら、この体たらくだ。彼女は気にしていないような素振りを見せていたが、内心では俺を嫌悪しているだろう。
第一、病人に手を出すなんて……まるで節操がない奴みたいじゃないか。
相当、傷付けてしまったんだろうな……。
いや……よく考えたら、本性を曝け出した時点でもう傷付けているのか……。「彼女とは本音で語り合える仲になりたい」と思ったこと自体が間違いだったんだろうか。
シオンとの会話を見られずに、あのままロールプレイを続けていたら、傷付けずに済んだのか?
そもそも、昔の自分は、ここまで悩むような性格ではなかったはずだ。
夏陽と出会ってから、何かがおかしい。自分でも、かなり変わったと感じる。
だけど……俺の中で夏陽の存在が大きくなればなる程、どう思われているか気になるようになった。
その所為か、時々、嫌われていないかどうか遠回しに確認したりもした。
彼女はそんな俺を見て、「散々、無茶を言って振り回してるくせに、何を言ってるんだこいつは。変なところで女々しいな」と思ったに違いない。
夏陽のアバターが好みだったのは間違いない……それは否定できない。
だが……それにしては、異常に彼女のことが気になっていた。
もしかすると────俺は、最初からユリアの『中の人』に惹かれていたんじゃないか?
だから、あの時……アバター好きにかこつけて、ゲーム内で強引に関係を迫ってしまったんじゃないか?
いくら、ゲーム内で擬似性行為ができるとは言え、それまでの嫁に対しては、そんなことまでしたいとは思わなかった。
アバター同士で軽くイチャイチャできれば、それで十分だった。なのに、ユリアに対しては、何故か仮想現実で『繋がりたい』とまで思ってしまった。
そして、リアルで『会ってみたい』とまで…………。
つまり……俺は、ずっと前からユリアの『中の人』にほのかな好意を寄せていたというわけか。
それを、今まで二次元しか好きになったことがない俺は、『アバターが理想的だから』だと思い込んでいたのだろう。
そして、その想いが日に日に強くなっていったことを自覚できずに、今日まで来てしまった。
……今更、そんなことに気付くなんてな。もっと早くに気付いていたら、彼女を大事に出来たかも知れない。
「あぁ……もう駄目だ……あれは、絶対に嫌われただろ……もう終わりだ…………」
「……あー、そこの少年。取り込み中のところ悪いけど、ちょっといいかな」
後悔と罪悪感に耐えられなくなり、近くの街灯の柱に両手を添え、項垂れながら自分の頭をゴツゴツ打ち付けていると──突然、通りすがりの男が話し掛けてきた。
俺より少し年上の……恐らく、二十代前半くらいだろうか。切れ長の目が印象的な大学生風の青年だ。
誰もいないと思ったのに、人がいたのか。変なところを見られたな……。
まあ、今はそんなことどうでもいいか……。
「……なんでしょうか?」
「あ、いや……ちょっと尋ねたいことがあったんだが。というか……なんかすごい勢いで頭ガンガン打ち付けてたけど、大丈夫か? ……何があった?」
「ああ……大丈夫です。こう見えて僕、結構頑丈なんですよ。なので、お気になさらず。……こうすると、何だかインスピレーションが浮かんでくる気がするんですよね」
「いやいやいや!! 一体、どんなインスピレーションだ!? そんな痛い方法で浮かぶわけないから、やめたほうがいい! それに、とても大丈夫には見えないんだが!? 打ち付けてた部分、赤くなってるし!」
青年はそう叫びながら、俺の前髪を手で持ち上げ、額を指差した。そして、心配そうに顔を覗き込んでくる。
……まあ、加減はしたから大丈夫だと思うが、たんこぶにはなるだろうな。
「いえ、これくらい、大したことないですよ。彼女の痛みに比べたら……」
「彼女……?」
「ああ、こっちの話です」
「……とりあえず、見てて痛々しいから、これを貼ってくれ」
青年はそう言うと、俺に絆創膏を何枚か渡してきた。
「……どうも。それで、要件は?」
「ああ、そうだった。君、さっきあの家から出てきたよね?」
そう言いながら、青年は夏陽の家を指差す。
「そうですけど……それが何か?」
「実は、あの家の子……夏陽って子に用があって出向いたんだが……」
「……夏陽に何の用ですか?」
「実は、うちの父と彼女のお父さんが昔馴染みでね。説明すると長くなるから今は省くが……ちょっと彼女に用事があって。君、あの家から出てきたってことは……咲本さんの知り合いなのかな?」
「一応、夏陽の友人です。学校は別ですが」
……この男、一応、夏陽の親の知り合いらしいが、一体何の用事だ? 怪しさ満点なんだが。
「それなら、良かった。さっき、家に訪問したんだが、返事がなくてね。困っていたところなんだ。まあ、電話も入れずに出向いたこっちも悪いんだが……」
「たぶん……僕が出ていった後に、すぐ寝てしまったんだと思います。今、体調を崩しているみたいなので。それに、彼女の両親は今、旅行で不在らしいですよ」
「あぁ、なるほど……それなら、後日、出直した方が良さそうだな」
「名前を教えて貰えれば、後で伝えておきますよ」
「ありがとう、助かる。成神透夜だよ」
成神……? 夏陽に絡んでいた奴も、確か成神だったな……まあ、偶然かも知れないが。
「どうかしたのか?」
「あ、いえ……夏陽の同級生に同じ名字の人がいたなぁと……。珍しい名字なので、印象に残ってて」
「ああ、もしかしたら、弟のことかも知れないな。彼女と同じ学校に通っているから」
「そうだったんですか……」
弟ってことは……この男は、あいつの兄か?
……どういうことだ? 家族ぐるみの付き合いなのか?
それなら、何故、夏陽は俺に黙っていたんだ……?
「あの……こんなこと聞いたら失礼かも知れませんが、夏陽とはどういう関係で……?」
「うーん。まあ、許嫁ってところだな」
「!?」
それを聞いた瞬間、頭が真っ白になった。
「まあ、許嫁って言っても──」
何も考えられない。
「親同士の口約束みたいなもので──」
続けて何か喋っているようだが、全く内容が頭に入ってこない。
「実際は、彼女とは小さい頃に数回会った程度だし──」
……やめてくれ。
「向こうも全く覚えていないだろうが、親が一度挨拶に行けってうるさくて──」
もう、これ以上は…………。
「親同士で勝手に盛り上がってるだけで、僕も最近知らされたばかりだからな。当然、夏陽ちゃんは知らないかと──」
ああ……そうか。夏陽の『好きな相手』は、この男のことだったのか。
透夜の弟が、なんで兄の許嫁にあんなに横恋慕していたのかは謎だが……。
とにかく……この透夜という男が夏陽の許嫁な上に、好意を抱いている相手だというのなら──最初から、俺の入り込む余地なんてなかったんだな。
「大体、本当に結婚するかどうかもわからないのに、挨拶なんて大げさだと思うんだが。君も、そう思わないか?」
そうだよな……住んでいる家からして、豪邸とまではいかなくとも、それなりに良い家だからな。
俺が知らなかっただけで、実はお嬢様だったんだろうか。許嫁がいるくらいだからな……。
「……って、君。聞いてるか? なんか、上の空みたいだが……」
透夜に肩を叩かれた俺は、ようやく我に返る。
「…………あ、すみません。わかりました……伝えておきます」
「よろしく頼むよ。それじゃあ、僕はこの辺で」
透夜はこちらに向かって軽く手を振ると、早足で去っていった。
酷い喪失感に襲われた俺は、その場から動くことが出来ず、ただ呆然と立ち尽くしていた。
……一体、どうしたらいいんだ? やっと気付いたこの気持ちを、彼女に伝えることすら許されないというのか……?
──でも、嫌だ。
俺は、夏陽を…………誰にも渡したくない。
ゲーム内だけじゃなく、現実世界でも俺の『嫁』になってほしい。
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