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46 永遠の愛を誓いますか?

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「でも──嬉しいです! 涙が出るくらいに……!」

 そう返事をした私は、思わずぼろぼろと泣いてしまった。
 だって、ずっと待ち望んでいた言葉だったから。
 他のプレイヤーたちの視線が私たちに集中して、恥ずかしいことこの上ないけど……それ以上に嬉しい。
 涙を指で拭いながら周りの様子を窺っていると、見覚えのある二人の姿が視界に入った。
 少し離れた所にいるその二人は、私たちをちらちらと見ながら、結構大きめの声で会話をしている。

「ねえ、あれって……うちのマスターじゃない?」
「本当だ……。しかも、告白されてるのは……ユリアさん!?」
「ていうか! なんでマスターはキャラ崩壊してるの!?」
「もしかして、あっちが本性とか……?」
「いやぁぁぁ! ……あの王子様のようなマスターが……! そんなぁぁぁ……」
「え? そんなに悪いかな……? 私はあっちの方が好みかも……」
「えぇっ!?」

 あの人たちは……確か、最近ギルドに入った新人さん二人だ。どうやら、ルディアスの本性がばれてしまったようだ。
 あと、「好み」とか言ってるけど駄目だからね! だって、彼はもう私の──

「私も……ずっと好きだったんです! でも、中々伝えられなくて……。だから、その……『好きだ』って言ってくれて、本当に嬉しいです!」

 ギルメン二人の会話を聞いて少し対抗心を燃やした私は、ルディアスに向かってそう叫んだ。
 彼は一瞬意外そうな表情をしたが、やがて強気な笑みを浮かべて口を開いた。

「──だそうだ。……悪いが、お前にユリアは渡せない!」

 ルディアスは、私の隣にいるアレクの方を見てそう言い放った。
 ……ん!? どういうこと!?
 アレクの方に視線を移すと、彼も同じく「は……?」と呆気に取られたような表情をしている。
 そこで私は思った。……ルディアスは何か『大きな勘違い』をしているのではないかと。

「あのー……ルディアスさん? もしかして、何か大きな勘違いをなさっているのでは──」
「俺のユリアに対する『愛の深さ』は誰にも負けない! たとえ、アレクが……現実世界で彼女の許婚だろうと譲る気はない! だから、ユリアは返して貰うぞ!」

 私の言葉を遮って、尚も叫び続けるルディアス。
 ちょっと待って! 『許婚』って何!?
 ひょっとして──彼の中では、私とアレクがリアルの婚約者同士ってことになってたりするの!?
 彼が言った『許婚』という言葉を聞いて、周囲のプレイヤーたちはざわめく。
 なんか、いつの間にかルディアスが『嫌々、政略結婚をさせられそうになっている恋人を奪い返しに来た』みたいな感じになってるんですけど……!?
 たぶん、皆にはそう勘違いされてる……。

 周りを見渡せば、「なんか知らないけど修羅場が始まったから、あいつも呼ぼうぜ!」などとわざわざ遠くにいるフレンドを呼び出すプレイヤーまで現れる始末。
 うわぁ……うわぁ……これは絶対、後でネットに晒されるパターンだ。
 違うんです! 一見、修羅場に見えるけど、本当は修羅場じゃないんですよ!

「ユリア先輩ー! アレクさーん! こっちよりも向こうの方が、花火がよく見えましたよ! あっちに移動しませんか~! ……って、どうしたんですか……?」

 先程、「花火がよく見える場所を探しに行ってくる」と言ってこの場を離れていったハサネが戻ってきた。
 彼女は、全く状況が飲み込めないといった様子で目を丸くしている。
 ……うん。そりゃあ、何事かと思うよね。
 事態は更にややこしくなるばかりである。ああもう……本当に、どうしよう。

 私が一人で狼狽えていると、何となく察した様子のアレクが立ち上がった。
 そうだ! アレクが『誤解だ』ということを証明してくれれば、丸く収まるはず……。
 なんかもう丸投げになってしまうけど、説明よろしくお願いします!

「──『嫌だ』と言ったら、どうする?」

 私の願いとは裏腹に、アレクはそう返事をした。そして、私の肩を抱いて自分の方に引き寄せると、ルディアスに挑発的な笑みを向ける。
 ……って、何やってるんですかーーーー!?
 なんで煽るような真似を!? こんな時に悪ノリしないで下さいよ!
 そう思ってアレクの方を見ると……何か考えがありそうな様子で、目で合図を送ってきた。

「それなら……力尽くで奪い返すまでだ!」

 ルディアスは力強くそう叫ぶと、私の方に駆け寄ってきた。
 次は一体何をするつもりなのかと身構えていると、彼は私の手を引っ張り、強引にアレクから引き離した。
 そして、アレクの方を見てにやりと口角を上げると、勝利宣言をするが如く、

「俺は、ユリアのことを誰よりも愛してる! ユリアも、俺のことを誰よりも愛してる! だから……誰にも俺たちの間を引き裂くことはできない! ……さっき、そう確信した!」

 と、声を張り上げて言い放った。
 次の瞬間、何故か拍手が沸き起こった。え!? ちょっと、プレイヤーの皆さん! そこ、拍手するところなの!?

「あの……ちょ……ルディアス!?」

 ルディアスは、困惑している私に「……行くぞ」と耳打ちすると、そのまま手を引いて走り出した。

「えぇぇぇ!?」

 助けを求めるようにアレクの方を振り返ると、彼は「あとは頑張ってくれ」とでも言いたげに小さく手を振り、にこっと微笑んでいた。
 ああ、なるほど。もしかして、ここから逃してくれるためにわざとルディアスを煽ったのかな?
 でも……私を見送る彼の笑顔が、ほんの少し寂しそうに見えたのは気の所為だろうか……?


◇ ◇ ◇


「ルディアス! 一体、どこに行くつもりなんですか!?」
「……もうすぐ着くから、ついて来てくれ」

 リゲルの街の外にある転送装置を使って、見晴らしのいい岬までやって来た私たち。
 彼は相変わらず私の手を引いたまま、ずんずんと進んでいく。
 ゲーム内の時間は既に朝を迎えている。ふと空を仰ぐと、清々しい青空が広がっていた。

「それと……今は二人きりだから、本名で呼んで欲しい……」

 ルディアスはこちらを振り返ると、恥ずかしそうにそう言った。

「あ……そうですね……。もう恋人同士ですからね、リアルでも…………」
「ああ……。それで──リアルでも、正式に俺と付き合ってくれるということでいいのか? アレクは許婚なんだろ? その……家同士の問題とか……」
「あ、そのことなんですけど──たぶん、遥斗くんが壮大な勘違いをしていた所為で、事態がややこしくなってしまったんだと思いますよ。まあ、私も色々と勘違いをしていたわけですが……。『離婚しよう』って言われた時は、『実は私が自惚れてただけだったのかな』なんて思っちゃいましたし……」
「……どういうことだ?」

 そう言って、不思議そうな顔をするルディアス。
 私は、アレクとの関係と詳しい経緯を説明した。
 その結果──お互いの認識のずれというか……勘違いとすれ違いが重なって、ここまで大きな事態になってしまったということが判明した。

「私がもっと早く告白していれば、こんなことにならなかったかも知れませんね……」
「……いや、場所を考えずに想いを伝えた俺が悪かったんだ。アレクも巻き込んでしまったしな……」
「でも……まさか、公衆の面前で大胆に告白をした上に、花嫁強奪よろしく私を攫うというコンボを決めるなんて思いませんでしたよ!」
「そ、それに関しては、本当にすまなかった……。とにかく、必死だったんだ。わかってくれ……」
「……まあ、結果オーライです。こうして、念願だった遥斗くんの『リアル彼女』になれましたから……」

 私はそう言いながら、繋いでいる彼の手をぎゅっと握る。
 それに気付いた彼は、応えるように私の手を握り返してくれた。

「漸く、見えてきたな」

 岬の先端に到着すると、そこには小さな教会がひっそりと佇んでいた。
 真っ白な外観が爽やかな青空によく映えている。
 中に入ると、内装はシンプルながらも重厚感があり、祭壇の横にはパイプオルガンが備え付けられていた。

「こんな場所に教会があったんですね」
「ここはクレリックのスキル習得クエストくらいしか、プレイヤーが訪れる機会がないからな。しかも、そのスキルも特に優先して取らないといけないものでもないし……。NPCもいないから、普段は殆ど無人状態だ」
「そうなんですね。……ところで、なんでここに来たんですか?」
「それは……もう一度、結婚式を挙げようと思ってな」
「え? でも、ここってNPCがいないから式は挙げられないんじゃ……それに、一度関係が拗れたとは言え、まだ離婚はしてなかったじゃないですか」

 祭壇の前まで歩いて来た私たちは、そのまま向き合った。

「今日は、俺たちが『新しい関係』としてスタートする日だろ? だから、現実世界で恋人同士になった記念に、もう一度結婚式を挙げないか? ……二人だけで」
「そういうことですか。わかりました。やりましょう!」
「半年前に着たウェディングドレス、今持ってるか?」
「当然ですよ! そう簡単に売ったり捨てたり出来るわけないじゃないですか! ……ていうか、遥斗くんから貰ったアイテムは、全部大事に保管してありますし……」
「ああ、それは嬉しいけど……そういうことではなく、倉庫に入れてるんじゃないかと思ってな。それだと今着れないだろ?」
「……と、思いますよね? 実は、普段から持ち歩いているんです! 私にとって、大切な思い出の品ですから……」

 私はそう言いながらインベントリを開き、ウェディングドレスを装備した。
 すると、ルディアスも同じように「良かった。俺も同じだ」と言って半年前に着たタキシードを装備する。

「では、遥斗くん。これから先、仮想世界でも現実世界でも……私を愛し続けてくれることを誓いますか?」
「ああ……もちろん誓う。少し気が早いかも知れないが、その……い、いずれは、リアルで嫁に貰うつもりだしな……」
「本当ですかっ!? 嬉しいです!」

 私はそう叫び、照れくさそうに自分の頬を人差し指で掻いているルディアスの胸に飛び込んだ。
 そして、彼の背中に腕を回してぎゅっと抱き締める。
 すると、ルディアスは私の腰に手を回して耳元に口を寄せた。

「夏陽……愛してる」

 彼は耳元でそう囁くと、右手で私の頭を支え、唇を重ねた。
 二度目の誓いのキスだ。あの時は、ゲーム内の仮想夫婦でしかなかったけど……一度目とは違って、今は『リアルの恋人』としてなんだなぁ……。そう思うと、感慨深い。

「本当は、今すぐリアルで会いに行きたいところだが……もう夜も遅いしな。今はアバター同士のキスで許してくれ」
「はいっ! ……ちゃんと、リアルでしてくれますか? 以前、寸止めされちゃいましたからね。本当は、あの時して欲しかったのに……。もう、肝心なところでヘタレなんだから……」
「なっ……変なことを思い出させるな。今度は、ちゃんとするからな。……明日、会いに行くから覚悟しておけ」
「はい、楽しみにしてますね!」

 私がそう返すと、彼は耳まで赤く染めて俯いた。
 早く、現実世界で貴方に会いたいな。

 ──ああ、明日が待ち遠しい。
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