【R18】禁忌の主従契約 ~転生令嬢は弟の執愛に翻弄される~

彼岸花

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本編

9 瞳の奥の闇

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 街を歩くのに夢中になってしまい時間を忘れていたが、気づけば正午を過ぎていた。
 買い出しも兼ねた散策だったけれど、結構いい時間になっちゃったな。流石に、リヒトとメルヴィンの話も終わった頃だろう。
 そう思った私は、最後に食材店に寄ってから帰路につくことにした。

 さて、昼食は何を作ろうか。私自身、前世ではそこそこの料理スキルがあったのだが、現世では貴族の家に生まれたため、料理を作る機会なんて全くなかったんだよね。だから、まさかまた料理をする機会が訪れるなんて思ってもいなかったな。
 リヒトは、「これから毎日お前の手料理が食べられるな」と喜んでいたけれど、やっぱりシェフが作る料理よりは劣ると思う。
 彼は、前世でも私が作る料理が一番美味しいと言ってくれていた。料理の腕が上がったのも、実はその言葉があったからこそなんだよね。

 私はこれから、あの屋敷にリヒトと二人で暮らすことになる。一応、使用人という立場なので家事はしっかりとこなすつもりだ。
 生家より小さい屋敷とはいえ一人で掃除をするのは骨が折れそうだけれど、仕方がない。





 食材店で買い物を終えた私は、澄み切った青空を仰ぎながら献立を考えていた。ふと、誰かが自分を呼び止めていることに気付いた。私は歩みを止め、声のするほうを振り返る。

「お客さん! 忘れ物ですよ!」

 そう叫びながら走り寄ってきたのは、先程買い物をした食材店の店員だった。淡い灰色の髪と、輝くような琥珀色の瞳が印象的な少年だ。

「え……?」
「ほら、お釣り!」
「す、すみません! ぼーっとしていて、つい……」

 店員の手のひらには、くすんだ銀色の硬貨が何枚か乗っている。どうやら、考え事をしていたせいでお釣りを貰い忘れたらしい。私は彼から硬貨を受け取ると、何度も頭を下げた。

「いえいえ、気にしないで下さい。って……──お客さんも、隷属者なんですね」

 彼は、私の右手をまじまじと見つめながらそう言った。

「……?」
「実は、僕もそうなんですよ」

 小首を傾げた私を真っ直ぐ見据えた彼は、自分がはめている金色の指輪を見せてきた。

「そうだったんですね」
「ええ。ここは田舎なせいもあって、隷属者があまりいないんですよ」
「そうなんですか?」

 マスターの元で働いている隷属者の多くは都会にいるため、リーヴェの町のような片田舎で働いている隷属者は珍しいらしい。隷属者があまりいないなら、悪目立ちしないように気を付けないと……。
 彼は「一定以上の魔力を持つ人間が、都会に集中しているからなんですけどね」と苦笑しながら付け加えた。ああ、そう言えば……一定以上の魔力を持っている人でなければ、隷属契約ができないんだっけ。
 話を聞いてみると、彼は私と同い年らしく、運良く食材店の店主と出会ったため施設送りにはならず少し前からあの店で下働きを始めたらしい。

「……っと、すみません。何だか親近感が湧いてしまって。つい、長話をしてしまいました」
「いえいえ! こちらこそ、お釣りを貰い忘れるなんていう恥ずかしいミスをしてしまったばかりに、お時間を取らせてしまって……! あの、お店のほうは大丈夫なんですか?」
「ああ、気にしないで下さい! ちょうど休憩を取ろうと思っていたところで、マスターが店番を代わってくれたので!」

 彼は焦ったようにそう答え、「これから遅めの昼食をとろうと思っていたんです」と笑顔で言った。

「あの……もし良かったら、名前を教えて貰ってもいいですか? 僕は、ネイト・クオドールと言います」
「ええと、私は──」

 名前を聞かれてしまった。どうしよう。……こういう場合、やっぱり偽名を名乗ったほうがいいよね。

「私は、ロゼッタ……ロゼッタ・ベルです」

 昔、仲が良かったメイドの名前を拝借してしまった。彼女は今、別のマスターの元で働いているらしいが、流石に丸ごと借りるのは悪かったかも知れない。でも、同姓同名は沢山居そうだし大丈夫だよね……。

「ロゼッタか……いい名前ですね!」

 ネイトはそう言うと、目を細め、穏やかな笑みを浮かべた。そんな彼を見て、私は胸が高鳴る。なぜだろう? ネイトとは初対面で、まだよく中身を知らないはずなのに……どういうわけか、安心感を覚えた。





 リーヴェの町に来てから数週間が経過した。
 その間に、この町でできた唯一の知り合いのネイトとは、かなり親睦が深まった気がする。
 それもそのはず。彼が働いているのはこの町でも数少ない食材店だから、買い出しに行けば自然と顔を合わせることになるからだ。その上、お互い魔力を持たない者同士という共通点もある。
 私と彼の距離が縮まるのに、そう時間はかからなかった。

 私自身、ネイトに惹かれ始めているし、恐らくネイトも私に好意を抱いてくれていると思う。
 けれども、『嘘をついている』という罪悪感から、それ以上関係を進展させる気にはなれなかった。それに、いくら信用できる相手とはいえ、彼と恋仲になれば全てを打ち明けなければならない。
 本当の名前も、素性も、何もかも……。そんなことをすれば、家族に迷惑をかけてしまうことになる。

 そして、何よりリヒトを裏切ることになってしまう。一生面倒を見ると言ってくれた弟を裏切って、自分の気持ちを優先させることなんて出来ない。
 そんな風に、私は答えの出ない葛藤に苛む日々を送っていた。


 そんなある日。いつものように買い出しを終えて屋敷に戻ると、リヒトが無表情で私を出迎えた。
 今日は休日なので、平日は忙しく宮廷魔術師として働いている彼も出勤する必要がない。そのため、朝から自室で過ごしていたようだ。
 無表情なのは寝起きが悪いせいかもしれない。前世でも、彼は寝起きが悪い方だったし……或いは、体調不良なのかも。
 とはいえ……それにしたって変だ。いつもなら、リヒトはどんなに体調が優れなくても笑顔で「お帰り」と言って出迎えてくれるのに、今日に限って無言だ。……何だか、とても怖く感じる。

「た、ただいま……?」
「……ああ、お帰り」

 気まずさを払拭しようと声を掛けた私に、リヒトは生気がない声でそう返した。やはり様子がおかしい。

「どうしたの……?」
「…………」
「リヒト……?」
「……食材店の店員の──ネイトとかいったな。あの男とは、仲がいいのか?」
「えっ……?」

 私は思わず絶句する。まず、私と彼の仲を知っていることに驚いた。そして、なぜか彼の名前を把握していることについては、驚きを通り越して恐怖を感じてしまった。

「仲がいいのかと聞いているんだが?」
「えっと……」

 ネイトのことは、リヒトに一言も喋っていない。それに、基本は私が買い出しに行くから、リヒトが彼のことを知っているはずがないのだ。

「どうして、彼の名前を知って──」
「そんなことはどうでもいい。……どういう仲なんだ?」

 リヒトは静かにそう言うと、私の手首を掴んだ。そして、そのまま勢い良く私の体を壁に押し付けた。

「痛っ……! 痛い……痛いよ……!」

 両手首を顔の横で押さえつけられ、最早抜け出すことができない。
 どれだけ「痛い」と訴えてもやめてくれない。強い力で押さえつけられていて、抵抗すらできない。こういう時、改めて男女の差を感じてしまう。

「どうして答えないんだ……?」

 リヒトの端正な顔が、互いの息がかかるくらいの距離まで迫る。眉一つ動かさずに私をじっと見つめる彼の瞳の奥に、底知れぬ深い闇が見えた気がした。
 それを見て、漸く気づいた。間違いなく、リヒトは私とネイトが親しくしていることに腹を立てている。寝起きの悪さや体調が原因なんかじゃない。
 ああ、そうか。やっぱり、ネイトと恋仲になれば家族に迷惑がかかるから怒っているんだろうな。せっかく、私のことが知り合いにばれないようにと隠居までしたのに、私が軽率な行動をすれば全てが台無しになってしまう。
 きっと、リヒトは最初からその事を危惧していたのだろう。だから、私の行動を怪しんで調べ回ったのかも知れない。

「……ごめ……ん……なさ……」
「俺が聞きたいのは謝罪じゃない。お前はあいつのことを──」

 そこまで言って、リヒトは口を噤む。やがて、彼はハッと我に返ったように私の手首から手を離した。

「俺はなんて事を……。ごめんな、セレス……痛かっただろ?」

 そう言うと、リヒトは私を優しく抱き締めた。
 その様子は、いつも通りの、私を溺愛する双子の弟だ。けれど……明らかに、何かがおかしい。

「あの……私のほうこそ、軽率だったと思う。本当にごめん。そうだよね。家族に迷惑がかかっちゃうよね……」

 言い知れぬ違和感を覚えながらも、私はリヒトの背中に手を回し強く抱き締め返した。
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