【R18】禁忌の主従契約 ~転生令嬢は弟の執愛に翻弄される~

彼岸花

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本編

10 止まない雨

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 あの出来事から三ヶ月ほど経過したある日のこと。
 今日は朝から、しとしとと雨が降り続いている。私は窓ガラスに両手をつき、止みそうもない雨の向こうに見える町並みを一望した。

 今日、私とリヒトは十六歳の誕生日を迎えた。
 それなのに、私の気分はここ最近ずっと沈んでいて、今日も晴れない。まるで、延々と降り続けるこの雨のようだ。

 リヒトの様子がおかしくなってから、私はネイトが働く店に行っていない。
 と言うよりも……もう行けない。だから、別の店を利用することにした。屋敷からだいぶ離れていて、少し移動に時間がかかるのが難点だけれど、仕方がない。
 弟にあんな怖い顔をされてもなお、ネイトと親しくする気にはなれない。だから、リヒトに「彼とはもう会わないようにする」と約束したのだ。

 けれども、リヒトはあの日から全く笑顔を見せなくなった。
 そして、私の帰りが少しでも遅くなると、決まって何かに怯えたような、不安げな表情で「どこに行っていた? 誰かと一緒だったのか? 心配していたんだ」と何度も尋ねながら、息が出来ないほど強く抱き締めてくる。
 私がどれだけ「苦しい」と訴えても、暫くの間それをやめようとしない。そういう時は、リヒトが安心するまで背中をさする。すると、漸く幾らか落ち着いた様子で私から離れるのだ。

 なので、買い出しに行くにしても他の用事があったとしても、リヒトが帰宅するまでの時間には全て済ませておかなければならない。
 この世界に携帯電話が存在しなくて良かったと思う。もし存在していたら、きっと事あるごとに連絡を取ろうとしてきて、私の行動はさらに制限されてしまうことになるだろう。

 正直、私の軽率な行動で彼をここまで追い込んでしまうことになるなんて思わなかった。最初は「父母や叔父に迷惑がかかる」という責任感から来る懸念なのかなと思っていた。
 でも、それにしては私が自分のそばを離れることを異常に嫌がる。元々、かなりのシスコンで過保護なタイプではあったけれど、最近の彼は常軌を逸している。

 いつからか、私達の気持ちは掛け違えたボタンのようにすれ違ってしまっていた。前世からずっと仲が良くて、お互い誰よりもわかり合っていて、何でも話せる相手だったのに……今は、彼の考えていることがわからない。
 ……いや、もしかしたら、私は彼のことをわかった気になっていただけなのかも知れない。実は、ずっと昔から気持ちがすれ違っていたのだろうか。

 でも、どうしてだろう。やっぱり、リヒトがここまで変わってしまった原因は私が『大事なこと』を忘れているせいなのではないかと思うのだ。
 以前からずっと気になっていた。それさえ思い出せれば、変わっていく彼を止められる気がするのに。

 今の私にはリヒトの本心がわからないけれど……何かを思い詰めた末に心が壊れてしまったことだけはわかる。私がそばに居ても、リヒトが嫌がることをやめても、その心を癒やす事はできなかった。
 リヒトは時々、何かを求めるような目で私を見る。「私にできることがあるなら言って欲しい。力になるから」と言ってみても、リヒトは虚ろな目で首を横に振るばかりで教えてくれない。たぶん、それに応えることが正解なのだと思う。それなのに、わからない。彼が望むことをしてあげたいのに、それが何なのかわからない。一体、どうしたら彼の笑顔を取り戻せるんだろう。





 午後になって、メルヴィン博士が屋敷に訪ねてきた。
 今日はリヒトは仕事がある日なのに、一体どうしたんだろうと不思議に思ったのだが……どうやら、私に用があったらしい。
 彼は仕事の合間に来たらしく、少しだけ話をするとすぐに研究所に戻っていった。

 メルヴィンの話を要約すると……リヒトは今、魔術研究で重要なプロジェクトに関わっているらしく、そのせいでとても疲弊しているとのことだった。普段からリヒトを気にかけているメルヴィンは、「酷くやつれて見えるから、労ってやって欲しい」と私に頼んだ。
 その話を聞いた私は、「様子がおかしいのは、きっと研究の疲れのせいもあるのだろう」と無理やり自分を納得させていた。そう思わないと、彼の変貌ぶりについていけなかったからだ。





 リヒトが帰宅するまで、まだ数時間ある。
 相変わらず外は雨が降っているけれど、家の中にいると鬱屈した気分に押し潰されそうになるので少し散歩に出かけよう。
 でも、リヒトが帰宅するまでには戻らないと。……もう、あんな風に辛そうな表情で取り乱す彼を見たくないから。

 外に出た私は、何となく町の広場へやって来た。
 天候が悪いせいか、中央にある噴水の周りに人が居ない。いつもなら、数人はここで屯して世間話をしているのに。
 まあ、それもそうか。こんな雨の日に傘を差しながら、何をするわけでもなくぼんやり立っているのなんて自分くらいだろう。そう思いながら噴水を眺めていると、突然横から誰かの声がした。聞き覚えのある声だ。

「こんにちは、ロゼッタ。久しぶりだね」

 ああ……やっぱり。案の定、ネイトだ。今、一番会いたくない……というか、会ったらまずい相手に会ってしまった。

「こんにちは……お久しぶりです」
「最近、店に来ないからどうしたのかなと思っていたんだ」
「ええと……それは……」

 一体、どう返答したらいいんだろう。家族のため? いや、それも変だし……。

「答えたくないなら、無理に答えなくていいよ。ただ、嫌われたのかと思って……それだけが気掛かりだった」
「嫌うだなんて、とんでもないです……」
「それなら、良かった。安心したよ。その……こんなことを言うと、変な奴って思われるだろうけど……僕は君に運命的なものを感じていたんだ」
「運命……?」
「ああ。頭がおかしいと思われるのを承知で言うけど……ロゼッタは、前世で僕が好きだった子に似ているんだ」
「!?」

 ちょっと待って。前世……? 好きだった子……?

「顔が似ているってわけじゃないよ。でも、どこか似ていると感じるんだ。前世の僕は日本という国で暮らしていて、その子は同級生だった」

 もしかして、あなたは……。

「でも、ある日彼女は事故に遭って死んでしまったんだ。……双子の弟と一緒にね」

 ああ、なるほど。道理で、初対面なのに親近感が湧くわけだ。だって、彼は……。

「本当に落ち込んだよ。『これからどう生きていけばいいんだろう』って、毎日塞ぎ込んでた。そんな風に落ち込んで下ばかり向いていたせいで、周りが見えてなかったんだろうね。ある日、呆気なく事故で逝ったよ。……皮肉なことに、僕は彼女達と同じ運命を辿ることになってしまった」
「要……くん……?」

 私がその名前を口にすると、彼は目を大きく見開いてこちらを見据えた。

「千鶴……? 千鶴なのか……?」

 前世の名前を呼び合った私達はその事実が信じられず、ひたすら互いを見つめ合っていた。
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