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本編
19 彼を受け入れるということ
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今朝は朝食が全く喉を通らない。この部屋に監禁されてから食欲は衰える一方だったけれど、今日は一段と酷い。
それもそのはずだ。昨日、あんなことがあったのだから。
リヒトはネイトに会いに行き、あの髪飾りのことを確認したと言っていた。道理で、下手な嘘をついてもばれるわけだ。
でも、不幸中の幸いかもしれない。結果的にリヒトは私からネイトを遠ざけただけで、彼に直接的な危害は加えていない。
……ネイトが無事でいてくれるだけでも、幸運だと思わなければ。
そんなことを考えていたら、ますます食欲がなくなってしまった。
仕方がないので、朝食に手を付けずそのままベッドに横になることにする。すると、アルメルが食器を片付けるために部屋に入ってきた。
「セレス様……今日の朝食はお口に合いませんでしたか?」
「あ、あの、違うんです。ごめんなさい。そういうわけではないんです」
「もしかして、お加減が悪いのですか……?」
「ああ、ええと……そうみたいです。折角用意して貰ったのに、食べられなくてごめんなさい。今日は特に食欲が湧かなくて……」
アルメルに尋ねられたので、私はベッドから上体を起こし、曖昧に返事をした。
食欲がないと言っても、普段は運んできてくれた彼女に申し訳ないので、少しくらいは食べるようにしている。
でも、今朝は運ばれてきた料理に一口も手を付けていない。流石にアルメルもおかしいと思ったのだろう。
「そうですか……。では、今日はゆっくりお休みになっていた方が良さそうですね」
「あの……アルメル」
アルメルは手早く皿を片付けて部屋を出ていこうとしたが、私は彼女を呼び止める。
「何でしょうか?」
「アルメルは、アドレーと喧嘩をすることってあるんですか? あ、その……大した用事じゃないのに呼び止めてごめんなさい。少し、気になって……」
「ええ、勿論ありますよ」
「そうなんですね。二人共、凄く仲が良さそうだから、喧嘩なんてしないと思っていました」
「私達だって、喧嘩くらいしますよ。仲がいいとはいえ、20年も兄妹として一緒に過ごしてきたわけですから。……寧ろ、そうやってたまに喧嘩をしてきたからこそ、絆が深まったのかもしれませんね」
アルメルはそう言うと、感慨深そうな様子で目を閉じた。昔のことを思い出しているのだろうか。
過去を振り返ってみると、私とリヒトは前世からずっと喧嘩らしい喧嘩をしたことがなかった気がする。
リヒトは昔から私を溺愛して甘やかしてくれたし、どんな我儘だって聞いてくれた。私に対して本気で怒ったことなんてなかったと思う。
友人から「兄弟と喧嘩した」なんて聞くと、「どうやったら喧嘩になるんだろう?」と不思議に思っていたくらいだ。
だから、豹変して本気で怒っているリヒトを見て余計に恐怖を感じたんだと思う。
事情が事情だけに、姉弟喧嘩と表現するのは少し違う気もする。でも、今の私達が険悪な状態にあることは確かだ。
皮肉だと思うけれど、こうなったことで初めてお互いに本気でぶつかり合ったのかもしない。
「でも……そういう時って、どうやって仲直りするんですか?」
「仲直りの仕方ですか? 今まで、あまり意識したことはなかったのですが……」
「何かきっかけが必要ですよね」
「そうですね。強いて言うなら……ほんの少しでもいいから、相手の言い分を受け入れることが必要なんだと思います」
「受け入れる……?」
「相手のことを理解出来ないからと言って、拒絶したままでは駄目なんです」
「拒絶したままでは駄目……ですか」
「ええ。こちらが拒絶すればする程、相手は逆上してしまいますからね。それは、きょうだい喧嘩に限ったことではありませんけども……」
アルメルの言うことも一理ある。実際、私は断固としてリヒトを拒絶している。
彼が自分の実弟である以上、絶対にその好意や考えを受け入れては駄目だという信念を貫いてきた。
けれども……そういう態度を取れば取る程、彼は私を自分だけのものにしようとした。
全部を受け入れることはできないけれど……少しでも理解を示したら、リヒトの心境は変化するのだろうか?
「ありがとう、アルメル。引き留めてしまってごめんなさい。参考になりました」
「参考……ですか?」
「あっ……ええと、その……」
誤魔化そうとして狼狽えていると、アルメルは怪訝な表情を浮かべ私の顔を覗き込んできた。
「もしかして、リヒト様と喧嘩を……?」
「……はい」
「そうだったんですね。でも、大丈夫ですよ。リヒト様は、本当にセレス様を愛していらっしゃいますから」
うーん……「その愛が重すぎるゆえにここまで大きな問題に発展してしまったんです」とは流石に言えないな。そう思いながら、自分を励ましてくれるアルメルににこっと微笑み返した。
会話が終わると、アルメルは一礼してドアのほうに歩いて行った。
私は彼女の後ろ姿を見送りながら、気分転換に窓を開けて部屋の空気を入れ替えようと思いベッドから降りた。だが、立ち上がって足を踏み出した途端、突然視界が真っ白になる。その直後に襲ってきた激しい眩暈に、私はいよいよ立っていることができなくなり、思わず床に倒れ込んだ。
──意識が遠のいていく中、アルメルが私の名前を呼びながら悲鳴を上げているのが聞こえた。
それもそのはずだ。昨日、あんなことがあったのだから。
リヒトはネイトに会いに行き、あの髪飾りのことを確認したと言っていた。道理で、下手な嘘をついてもばれるわけだ。
でも、不幸中の幸いかもしれない。結果的にリヒトは私からネイトを遠ざけただけで、彼に直接的な危害は加えていない。
……ネイトが無事でいてくれるだけでも、幸運だと思わなければ。
そんなことを考えていたら、ますます食欲がなくなってしまった。
仕方がないので、朝食に手を付けずそのままベッドに横になることにする。すると、アルメルが食器を片付けるために部屋に入ってきた。
「セレス様……今日の朝食はお口に合いませんでしたか?」
「あ、あの、違うんです。ごめんなさい。そういうわけではないんです」
「もしかして、お加減が悪いのですか……?」
「ああ、ええと……そうみたいです。折角用意して貰ったのに、食べられなくてごめんなさい。今日は特に食欲が湧かなくて……」
アルメルに尋ねられたので、私はベッドから上体を起こし、曖昧に返事をした。
食欲がないと言っても、普段は運んできてくれた彼女に申し訳ないので、少しくらいは食べるようにしている。
でも、今朝は運ばれてきた料理に一口も手を付けていない。流石にアルメルもおかしいと思ったのだろう。
「そうですか……。では、今日はゆっくりお休みになっていた方が良さそうですね」
「あの……アルメル」
アルメルは手早く皿を片付けて部屋を出ていこうとしたが、私は彼女を呼び止める。
「何でしょうか?」
「アルメルは、アドレーと喧嘩をすることってあるんですか? あ、その……大した用事じゃないのに呼び止めてごめんなさい。少し、気になって……」
「ええ、勿論ありますよ」
「そうなんですね。二人共、凄く仲が良さそうだから、喧嘩なんてしないと思っていました」
「私達だって、喧嘩くらいしますよ。仲がいいとはいえ、20年も兄妹として一緒に過ごしてきたわけですから。……寧ろ、そうやってたまに喧嘩をしてきたからこそ、絆が深まったのかもしれませんね」
アルメルはそう言うと、感慨深そうな様子で目を閉じた。昔のことを思い出しているのだろうか。
過去を振り返ってみると、私とリヒトは前世からずっと喧嘩らしい喧嘩をしたことがなかった気がする。
リヒトは昔から私を溺愛して甘やかしてくれたし、どんな我儘だって聞いてくれた。私に対して本気で怒ったことなんてなかったと思う。
友人から「兄弟と喧嘩した」なんて聞くと、「どうやったら喧嘩になるんだろう?」と不思議に思っていたくらいだ。
だから、豹変して本気で怒っているリヒトを見て余計に恐怖を感じたんだと思う。
事情が事情だけに、姉弟喧嘩と表現するのは少し違う気もする。でも、今の私達が険悪な状態にあることは確かだ。
皮肉だと思うけれど、こうなったことで初めてお互いに本気でぶつかり合ったのかもしない。
「でも……そういう時って、どうやって仲直りするんですか?」
「仲直りの仕方ですか? 今まで、あまり意識したことはなかったのですが……」
「何かきっかけが必要ですよね」
「そうですね。強いて言うなら……ほんの少しでもいいから、相手の言い分を受け入れることが必要なんだと思います」
「受け入れる……?」
「相手のことを理解出来ないからと言って、拒絶したままでは駄目なんです」
「拒絶したままでは駄目……ですか」
「ええ。こちらが拒絶すればする程、相手は逆上してしまいますからね。それは、きょうだい喧嘩に限ったことではありませんけども……」
アルメルの言うことも一理ある。実際、私は断固としてリヒトを拒絶している。
彼が自分の実弟である以上、絶対にその好意や考えを受け入れては駄目だという信念を貫いてきた。
けれども……そういう態度を取れば取る程、彼は私を自分だけのものにしようとした。
全部を受け入れることはできないけれど……少しでも理解を示したら、リヒトの心境は変化するのだろうか?
「ありがとう、アルメル。引き留めてしまってごめんなさい。参考になりました」
「参考……ですか?」
「あっ……ええと、その……」
誤魔化そうとして狼狽えていると、アルメルは怪訝な表情を浮かべ私の顔を覗き込んできた。
「もしかして、リヒト様と喧嘩を……?」
「……はい」
「そうだったんですね。でも、大丈夫ですよ。リヒト様は、本当にセレス様を愛していらっしゃいますから」
うーん……「その愛が重すぎるゆえにここまで大きな問題に発展してしまったんです」とは流石に言えないな。そう思いながら、自分を励ましてくれるアルメルににこっと微笑み返した。
会話が終わると、アルメルは一礼してドアのほうに歩いて行った。
私は彼女の後ろ姿を見送りながら、気分転換に窓を開けて部屋の空気を入れ替えようと思いベッドから降りた。だが、立ち上がって足を踏み出した途端、突然視界が真っ白になる。その直後に襲ってきた激しい眩暈に、私はいよいよ立っていることができなくなり、思わず床に倒れ込んだ。
──意識が遠のいていく中、アルメルが私の名前を呼びながら悲鳴を上げているのが聞こえた。
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