【R18】禁忌の主従契約 ~転生令嬢は弟の執愛に翻弄される~

彼岸花

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本編

20 魂の行き着く先

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 目を開けると、見慣れた天蓋が目に飛び込んできた。どうやら、自室のベッドで寝ているようだ。
 あれ……? でも、何で私またベッドで寝ているんだろう?
 ええと……確か、窓を開けようとして、立ち上がったら急に眩暈がして──ああ、そうだ。倒れる直前までアルメルと話をしていたんだっけ。
 ということは、アルメルがベッドに寝かせてくれたんのだろうか。そう思って視線を隣に移すと、私の顔を心配そうに見つめるリヒトと目が合った。
 その表情はいつものように冷酷な印象を受けるものではなく、どこか温かみがあり、少しだけ以前の彼を彷彿とさせた。「もしかしたら、元に戻ってくれたのかも知れない」なんていう淡い期待すら感じる。
 期待しては駄目だとわかっているのに……私は今の彼を見て、僅かに安堵感を覚えていた。

「リヒト……? 仕事は?」
「セレスが倒れたという連絡を受けて、慌てて帰ってきた。それに、もう夜だ」
「夜……?」

 窓の外へ目をやると、辺りはすっかり闇に包まれていた。ついさっきまでは朝だったのに。私、そんなに長い間眠っていたのだろうか。

「気分転換に外の空気を吸いたくなって……。窓を開けようと思ってベッドから立ち上がったら、突然目の前が真っ白になって……」
「それで、倒れたのか……」
「うん……」
「医師の話によると、栄養障害からくる貧血だそうだ。ここ最近、あまり食べていなかっただろ」

 リヒトにそう指摘され、用意された料理を残してばかりいたことを思い出す。でも、「食欲がない原因はあなただよ」なんて言えない。きっと、怒るだろうから。

「あの……ごめんね。わざわざ早退してきてくれたんでしょう?」
「ああ」

 リヒトのことだから、私が倒れたことも連絡を受ける前から把握済みだったんだろうなと思いきや、そうでもなかったようだ。
 契約の指輪の盗聴バッギング機能は人の声のみを拾う精巧な機能なので、リアルタイムで鮮明な会話を聴ける仕様になっている。
 でも、よく考えたらリヒトだって日中は王都に行って宮廷魔術師として働いている。だから、四六時中、私と他者の会話を聞いているわけにもいかないのだろう。その機能を活用して常に対象の行動を監視出来るのは、余程の暇人くらいだ。

「だが、そんなことは気にしなくていい。それより……外に出たいのか?」

 意外な質問に面食らい、困惑してしまう。「外の空気を吸いたくなった」なんて言ったからだろうか。どう答えたらいいかわからず俯いていると、リヒトは再び口を開いた。

「俺と一緒の時なら、外に出ても構わない。……但し、屋敷の周辺だけだ」
「えっ……いいの?」
「ああ。具合が良くなったら、散歩にでも行くか?」
「……うん、行きたい」

 戸惑いつつも頷くと、リヒトは「じゃあ、そうしよう」と言い、いつもより柔らかい微笑を浮かべた。ああ、やっぱり……以前の彼を思い出す笑顔だ。一体、どういう風の吹き回しだろう?
 リヒトが同伴じゃないと駄目とはいえ、また外に出られる日が来るなんて思わなかったな。

 リヒトを注意深く観察していると、あることに気付いた。というのも……どうも、リヒトは私が倒れたことに対して動揺しているようなのだ。
 後にアルメルから聞いた話によると、私が倒れたという連絡を受けたリヒトは、酷く取り乱した様子で屋敷に戻ってきたらしい。
 そして、中々目を覚まさない私の顔を心配そうに見つめながら、付きっ切りで看病していたのだとか。そう言えば、昔は私が熱を出す度にそうやって看病してくれていたっけ……。

 でも、どうして? どうしてあんな酷い事をした後に、そんな風に優しくするの?
 つい昨日まで、私の心を壊して洗脳しようとしていたくらいなのに……。





 それから数日後の夕方。
 今日は休日なのでリヒトが屋敷にいるし、体調のほうも幾らか良くなってきたので、私は思い切ってリヒトに「外に行きたい」と頼んでみた。
 リヒトは「わかった」と返事をすると、私の手を引いて屋敷を出た。
 契約の指輪をはめている限りリヒトから逃げられないのだから、わざわざ手を繋いで歩く必要はないと思うのだが、わかっていても安心出来ないらしく、彼は屋敷を出た瞬間から私の手を強く握っていた。
 ちなみに、強引に指輪を外そうとすると、逃げようとした時と同様にその場で拘束魔法が発動するらしい。つまり、どう足掻いても契約しているマスターから逃げることは不可能なのだ。

「ねえ、どこに行くの……?」

 目的地も告げずに、私の手を引っ張ってずんずんと歩いていくリヒトにそう尋ねてみる。
 屋敷を出る前に「すぐ近所だから」と言っていたけれど、一体どこに連れて行くつもりなんだろう。

「ほら、見えてきた」

 リヒトが指差す方向を見てみると、少し離れた位置に寂れた墓地が見えた。
 元いた世界でも外国では死者を葬る時に十字架の墓標を立てていたけれど、この世界でもそれは同じようだ。
 ふと空を仰ぐと、夕焼けが紫と赤のグラデーションを作り出していた。その不気味な空を背景に無数の墓標が並んでおり、一層もの寂しさを演出している。

「こんな近くに墓地があったんだ……」
「ここには、俺達の祖父が埋葬されているんだ。知らなかっただろ?」
「そうなの? 全然、知らなかったよ」

 この世界では、基本的に墓参りの習慣がない。だから、私はこの墓の存在すら知らなかったのだ。
 前世では両親に連れられてたびたび法事や墓参りに行っていたから、そういう習慣がないと聞いた時は驚いた覚えがある。

 生前の祖父は、「自分が死んだらここに墓を立てて欲しい」と遺言を残していたそうだ。彼は長閑なこの町をとても気に入っていたようなので、きっと死後も尚この場所に居たいと思ったのだろう。
 リヒトは私の手を引いて最奥まで進んでいくと、ある墓の前で立ち止まった。周りにある墓標より幾らか立派だ。恐らく、これが祖父の墓なのだろう。

「このお墓が、お祖父さんの……?」
「ああ、そうだ。本来、貴族の墓はこんな場所に立てるものではないんだけどな……。周りがいくら反対しても、当の本人は『どうしてもここがいい』と言って譲らなかったそうだ」
「どうして、そこまでして……?」

 そう尋ねると、リヒトは祖父の墓の傍らにある質素な墓標を指差した。

「この墓標、名前が刻まれていないね」
「長年、祖父に仕えていた使用人の女性の墓だ。一般的にリアンは死んでも墓すら作って貰えないことがほとんどだし、墓を立てたとしても名前を刻んだりしてはいけないらしい」
「だから、名前がないんだ……」
「この使用人は生前、よく祖父に尽くしていたと聞く。『墓だけでも作ってやりたい』と思った祖父がせめてもの弔いに立ててやったんだろうな」

 きっと、祖父とその使用人は強い絆で結ばれていたのだろう。でも、そこまでするなんて、二人の関係は本当にただの主従関係だったのかな。

「二人がどういう関係だったか気になるか?」

 余計な邪推をしていると、リヒトは私の心を見透かすようにそう尋ねてきた。

「えっ……? う、うん……」
「二人が良き主人と従順な使用人の関係だったことは確かだ。表面上はな。だが、祖父さんは……妻に先立たれてからは、その使用人を連れて別荘で過ごすことが増えたそうだ。そして、その使用人が亡くなった時、酷く悲しんだ。その悲しみようは、明らかに従者に対する想いを超えたものだと周りから見てもわかる程だったらしい。当時は、『祖父とその女性が恋仲だったんじゃないか』と親戚中で専ら話題になっていたそうだ」
「そうだったんだ……」
「世間ではマスターと隷属者の恋は禁忌とされているから、当然公にはできなかったんだろうな。その女性は、祖父が祖母と結婚する前から仕えていたらしいし、もし噂が真実なら祖母との結婚も不本意だったのかも知れない。……まあ、俺も父上から又聞きしただけだから真相は闇の中だが」

 リヒトはそう言い終えると、祖父と使用人の墓を交互に見た。そして、彼らの墓前に各々一輪の花を供えて手を組むと、「どうか、貴方達の眠りが安らかなものでありますように」と呟き、祈りを捧げていた。
 それを見た私は、慌てて彼の真似をして祈りを捧げる。

「この世界には、墓参りの習慣がないみたいだが……せっかく墓があるんだし、時々こうやって弔ってやるのもいいだろ? 一応、俺達の祖父だしな」
「うん、そうだね」
「それに、俺には祖父さんの気持ちがわかるんだ。本当に好きな相手とは決して結ばれず、世間的に許されない相手を好きになってしまったからその相手に触れることすら叶わない──祖父さんも、その苦しみに何十年と堪えてきたんだろうな。……俺には、その辛さがよくわかる」

 悲しげにそう言ったリヒトを見て、一気に現実に引き戻された。
 ああ、そうだ。リヒトは、私を異性として愛しているんだった。そして、私を自分だけのものにするために監禁しているんだった。
 私が倒れて以来、少し態度が柔らかくなったから、そのことを忘れそうになっていた。
 私達の場合、マスターと隷属者という関係以前に実の姉弟だ。つまり、リヒトが私に抱いている感情は二重の意味で禁忌タブーということになる。
 けれど……今だけはその事実を忘れたくて、私は話を逸らすように他の話題を振った。

「お墓参りの習慣がないのなら、ここで眠っている人達は、さぞかし寂しいだろうね」
「そうだな。せめて、俺達が冥福を祈ってやろうか」

 リヒトはそう言うと私の肩を軽く叩き、この墓地に眠っている死者達の冥福を祈るよう促した。
 私達は先程と同じように目を閉じて手を組んだ。そして、死者達に祈りを捧げた。

「ここに眠っている人達の魂は一体どこに行ったんだろうな……」

 静かに祈っていたリヒトは、突然周りを見渡してそう言った。

「魂……?」
「俺達は一度死んだ。でも、異世界に転生しただろ? だから、他の人も同じように転生するものなのかと気になったんだ」
「そんなこと、考えたこともなかったよ」
「そもそも、全ての魂は輪廻転生を繰り返すもので、たまたま俺達が前世の記憶を引き継いでいるだけなのかも知れない。……でも、それを証明できる者はいない」

 言われてみれば、確かにそうだ。私達三人は幸か不幸か、異世界に再び生を受けた。とはいえ、それを信じてくれる人は稀だろう。実際、「前世の記憶がある」と自称している人は元いた世界でもちょくちょく見かけたけれど、それが真実かどうかもわからないし、どれも胡散臭く感じられた。

「『現世で死んだら、次はどうなるんだろう?』──そう考えて、時々怖くなるんだ」

 リヒトはそう言うと、徐ろに私の手を取り指を絡めてきた。

「現世で死んだら……?」
「ああ。でも、死ぬこと自体は別に怖くないんだ。俺が一番恐れているのは、お前に会えなくなることだ。現世で死んだら、また転生できるとは限らないだろ? そうなったら、永遠にお前に会えなくなる。その手にも、髪にも、頬にも……もう二度と触れられないんだって思ったら、途端に死ぬことが怖くなったんだ」
「リヒト……」

 リヒトの手が小刻みに震えているのが伝わってきた。彼は、自分が死ぬことよりも私を失うことのほうが怖いんだ。
 こんなに震えているのだから、きっと本気でそう思っているのだろう。

「……前世でもそうだった。事故に遭って死ぬ直前、最初は「愛する人と一緒に死ねるなら本望だ」と思った。でも、すぐに『もう二度と千鶴に会えないなんて嫌だ』と思ったんだ。そして、「来世があるならまた千鶴に巡り会いたい」とも思った」
「え……?」

 リヒトの言葉を聞いて、一瞬何かを思い出しそうになった。
 勿論、細かいことまでは思い出せないけれど……何となく、自分も死ぬ直前に「来世でまた望に会いたい」と思ったような気がしたからだ。

「……とはいえ。『また双子の姉弟として転生させてくれ』なんて誰も頼んでいないのにな」

 リヒトは自嘲気味にそう呟くと、繋いだ手にぎゅっと力を込めた。
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