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本編
24 戻らない時間(ネイトside)
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ロゼッタと会えなくなってから、もう随分月日が経ったように感じる。
あの屋敷の主人はいい人そうだったし、きっと手厚い看護を受けていると思う。けれども、音沙汰がないのが気がかりで仕方がない。
相手が病人で療養中だとわかっているのに、わざわざ訪ねるのも迷惑だろうと思いあれ以来屋敷には行っていない。だから、どうしても彼女の容態が気になってしまう。
そんなことを延々と考えていたら、いつの間にか屋敷の近くまで来ていた。
今日はせっかくの休日で天気もいいから散歩でもしようと思い外に出たのだが、ロゼッタのことが気になるあまり無意識にここまで歩いてきてしまったようだ。
僕はロゼッタの安否を気遣いながら、丘の上にひっそりと佇む屋敷を一望した。
それにしても……あの屋敷の主人は、やはり望とは別人なのだろうか。
でも、一見したところあのマスターは僕と同年代みたいだし、僕と千鶴のケースを考えれば彼も同じようにこの世界に転生していたとしても不思議ではない。
もし、そうだとしたら、二人は現世で主従関係になっているのか。すると、彼らはお互いの正体に気付いているのか……?
そこまで推測して、僕は慌てて頭を振る。
……いや、きっと考え過ぎだ。僕が勝手にあの屋敷の主人に望の面影を見出しただけだし、本人も「初対面だ」と言ってそれを否定していた。
でも、ロゼッタは僕との会話の中であのマスターのことをよく話題に出していたし、やけに親しげな様子だったのが引っかかる。
そう言えば、前世の彼女も僕と二人でいる時によく弟のことを話題にしていたな。
彼らの仲の良さはこれまでの付き合いから嫌というほど知っていたし、僕自身もそれを承知で千鶴に交際を申し込んだ。それなのに、前世の僕はたびたび嫉妬心に駆られていたっけ……。
そう思った途端、突然前世のある記憶が甦った。
◆
高校一年生の秋。
僕と千鶴が交際を始めて一ヶ月ほど経った頃。
せっかく千鶴と付き合い始めたというのに、当時の僕は生徒会の仕事やらバイトやらで忙しく、なかなか自由な時間を作れずにいた。
幸い学校は同じだったので登下校は一緒にするようにしていたし、休憩時間も積極的に千鶴に会いに行っていた。
望はそんな僕らに気を遣い始めたのか、やがて一人で登下校をするようになった。
僕は「これまでずっと三人で行動していたんだし、そこまで気を遣う必要はない」と伝えたのだが、望は「邪魔をしたら悪いから」と言って僕達と距離を置き始めたのだ。
あの時、望は僕の肩を軽く叩きながら「頑張れよ」と小声で言い一人で先を歩いていった。その寂しそうな背中は今でも忘れられない。
望の好意を無駄にしないためにも、「もっと千鶴と一緒に居れる時間を増やさないと駄目だ」と思った僕は週末のバイトを休むことにした。そして、「休日に映画でも観に行こうか」と千鶴を誘うと、彼女は快く頷いてくれた。
──そして、デート当日。
「映画、結構面白かったね」
千鶴の手を引いて映画館から出た僕は、後ろを振り返ってそう話し掛けた。けれども、なぜか千鶴は浮かない顔をしている。
「……え? う、うん……」
うーん……。今話題の映画とはいえ内容はパニックホラーのゾンビものだし、結構グロテスクだったし、やっぱり女の子と一緒に観るような映画ではなかったかな?
千鶴は心霊番組が好きでよく見ているらしいし、喜ぶと思ったのだが……もしかしたら、選択を誤ったかもしれない。そんな不安を抱えつつ千鶴に尋ねてみる。
「もしかして、ホラー系は嫌だった……?」
「えっ! そ、そんなことないよ! 凄く面白かったよ! ただ、ちょっと気になることがあって……」
「気になること?」
「うん……。あのね、今日、望がアルバイトの面接がある日なんだって。ほら、この間『社会勉強も兼ねてバイトを始めようかな』なんて言っていたでしょう? 望って寝起きが悪いから、私が起こさないといつまでも寝ている時があって……。うちは、叔父さんも叔母さんも共働きで日中は家に居ないから、ちゃんと起きているか心配で……」
ああ、なるほど。それで、さっきから心配そうな顔で携帯の画面を見つめていたのか。
望はあらゆる面でパーフェクトで、同性から見ても憧れる程だけれど、そこだけが欠点なんだよな。
そういや、彼らを引き取った叔母夫婦は会社経営をしていると聞いたな。話を聞いている限り、彼らの義父母は仕事人間で家に居ないことが多いらしいし、あまり子供に感心がなさそうだ。
「さっきから何度かメールを送っているんだけど、返信がなくて……」
「きっと、もう起きて移動している最中なんだよ。心配しなくても大丈夫だと思うよ」
そう言って何とか千鶴を落ち着かせようとしたが、彼女はそれでも安心できなかったようで、やがてメールだけではなく電話をかけて呼び出し始めた。だが、望は一向に応答しない。
その時、なぜか僕の中で異常な嫉妬心が芽生えた。そして、自分でも信じられない行動に出てしまった。
「千鶴」
「え……?」
僕は千鶴の耳元に手を伸ばすと、彼女が持っている携帯を取り上げた。
「これだけ電話をかけているのに出ないんだから、それくらいにしておきなよ」
きょとんとした表情の千鶴を見据え、少し強い口調でそう言い放った。そんな僕を見て、彼女は瞬きを数回繰り返した。今までこんな強引な真似をしたことがなかったのだから、驚くのは至極当然だろう。
「望のことが心配なのはわかるけど……彼だってもう高校生なんだし、大事な予定がある日くらい一人で起きていると思うよ。仮に寝過ごしてしまったとしても、それは自己責任だ」
「……」
「それに……本音を言えば、今日は僕のことだけを見ていてほしいんだ。千鶴が弟思いのいい子だってことはわかっているし、そんなところに惹かれたのも事実だ。でも、せっかくのデートなんだし……」
「そ、そうだよね……。ごめんね。私、心配性なところがあるから……」
千鶴は少し顔を曇らせたが、やがて笑顔に戻り謝ってくれた。
結局、望はちゃんと起きていたようで、千鶴の心配は取り越し苦労に終わった。
けれども──その後も、千鶴は二人でいる時にたびたび望の話をしていた。そして、僕はその度に嫉妬心を感じていた。
最初は、恋人の弟相手にここまで嫉妬する自分がおかしいのだと思っていた。でも、今思えば……その頃から無意識に望のことを『恋敵』として見なしていたからなのかもしれない。
あの時、望が電話に応答しなかったのは恐らく意図的だったのだろう。応答してしまえば、用件が何であれ僕と千鶴が一緒にいることを意識してしまう。きっと、意識しないようにしなければ嫉妬や憎悪でどうにかなってしまいそうだったのだろう。
前世の僕は終わりの見えない三角関係に悩み、疲弊していた。
でも……こんな風に不安な毎日を過ごすくらいなら、あの頃に戻りたいとすら思う。あのまま地球で生きていたら、いつか望と和解することができたのだろうか……?
◆
──ふと気付いたら、丘を登っていた。どうやら、物思いに耽っているうちに屋敷の近くまで歩いてきてしまったようだ。
遠くから少し様子を伺うだけのつもりだったのにな……。でも……きっと、それ程ロゼッタへの想いが強いということなのだろう。
さて、どうしよう。もう一度訪問してみようか? いや、やはり迷惑だろうか……。
そんな風にあれこれ思いを巡らしながら前方を見ると、少し先を歩いている華やかな女性の後ろ姿が目に入った。
長い銀髪をハーフアップにしており、後頭部に大きな青いリボンをつけている。風貌からして、どこかの貴族の令嬢だろうか。あの女性も、屋敷に用があるのか……?
でも……いくら用事があるとはいえ、良家の子女が従者も連れずに一人で出向くなんて変だ。そう思った僕は、彼女の後をつけてみることにした。
すると、彼女は扉を叩かず何故か屋敷の側面に回り、一階の窓からこっそり中の様子を窺い始めた。
用事があるのは間違いなさそうだが、堂々と訪ねていかないあたり、何か訳ありのようだ。僕は彼女にばれないように木陰に隠れながら、そっと室内を覗いてみた。
中に居るのは、この屋敷の主人と白衣を着た男女数人──雰囲気から察するに、魔術研究所の研究員達だろうか。会話の内容は不明だが、そこにいる全員が真剣な表情をして話し合っている。
だが、彼女の視線の先にいるのはこの屋敷の主人だけだった。他の人間には一切目もくれず、彼だけをじっと凝視している。
二人はどういう関係なんだろう……? というか、この女性は一体何者なんだ……?
そんな疑問を抱きつつ、僕はその凛とした横顔を見つめた。
あの屋敷の主人はいい人そうだったし、きっと手厚い看護を受けていると思う。けれども、音沙汰がないのが気がかりで仕方がない。
相手が病人で療養中だとわかっているのに、わざわざ訪ねるのも迷惑だろうと思いあれ以来屋敷には行っていない。だから、どうしても彼女の容態が気になってしまう。
そんなことを延々と考えていたら、いつの間にか屋敷の近くまで来ていた。
今日はせっかくの休日で天気もいいから散歩でもしようと思い外に出たのだが、ロゼッタのことが気になるあまり無意識にここまで歩いてきてしまったようだ。
僕はロゼッタの安否を気遣いながら、丘の上にひっそりと佇む屋敷を一望した。
それにしても……あの屋敷の主人は、やはり望とは別人なのだろうか。
でも、一見したところあのマスターは僕と同年代みたいだし、僕と千鶴のケースを考えれば彼も同じようにこの世界に転生していたとしても不思議ではない。
もし、そうだとしたら、二人は現世で主従関係になっているのか。すると、彼らはお互いの正体に気付いているのか……?
そこまで推測して、僕は慌てて頭を振る。
……いや、きっと考え過ぎだ。僕が勝手にあの屋敷の主人に望の面影を見出しただけだし、本人も「初対面だ」と言ってそれを否定していた。
でも、ロゼッタは僕との会話の中であのマスターのことをよく話題に出していたし、やけに親しげな様子だったのが引っかかる。
そう言えば、前世の彼女も僕と二人でいる時によく弟のことを話題にしていたな。
彼らの仲の良さはこれまでの付き合いから嫌というほど知っていたし、僕自身もそれを承知で千鶴に交際を申し込んだ。それなのに、前世の僕はたびたび嫉妬心に駆られていたっけ……。
そう思った途端、突然前世のある記憶が甦った。
◆
高校一年生の秋。
僕と千鶴が交際を始めて一ヶ月ほど経った頃。
せっかく千鶴と付き合い始めたというのに、当時の僕は生徒会の仕事やらバイトやらで忙しく、なかなか自由な時間を作れずにいた。
幸い学校は同じだったので登下校は一緒にするようにしていたし、休憩時間も積極的に千鶴に会いに行っていた。
望はそんな僕らに気を遣い始めたのか、やがて一人で登下校をするようになった。
僕は「これまでずっと三人で行動していたんだし、そこまで気を遣う必要はない」と伝えたのだが、望は「邪魔をしたら悪いから」と言って僕達と距離を置き始めたのだ。
あの時、望は僕の肩を軽く叩きながら「頑張れよ」と小声で言い一人で先を歩いていった。その寂しそうな背中は今でも忘れられない。
望の好意を無駄にしないためにも、「もっと千鶴と一緒に居れる時間を増やさないと駄目だ」と思った僕は週末のバイトを休むことにした。そして、「休日に映画でも観に行こうか」と千鶴を誘うと、彼女は快く頷いてくれた。
──そして、デート当日。
「映画、結構面白かったね」
千鶴の手を引いて映画館から出た僕は、後ろを振り返ってそう話し掛けた。けれども、なぜか千鶴は浮かない顔をしている。
「……え? う、うん……」
うーん……。今話題の映画とはいえ内容はパニックホラーのゾンビものだし、結構グロテスクだったし、やっぱり女の子と一緒に観るような映画ではなかったかな?
千鶴は心霊番組が好きでよく見ているらしいし、喜ぶと思ったのだが……もしかしたら、選択を誤ったかもしれない。そんな不安を抱えつつ千鶴に尋ねてみる。
「もしかして、ホラー系は嫌だった……?」
「えっ! そ、そんなことないよ! 凄く面白かったよ! ただ、ちょっと気になることがあって……」
「気になること?」
「うん……。あのね、今日、望がアルバイトの面接がある日なんだって。ほら、この間『社会勉強も兼ねてバイトを始めようかな』なんて言っていたでしょう? 望って寝起きが悪いから、私が起こさないといつまでも寝ている時があって……。うちは、叔父さんも叔母さんも共働きで日中は家に居ないから、ちゃんと起きているか心配で……」
ああ、なるほど。それで、さっきから心配そうな顔で携帯の画面を見つめていたのか。
望はあらゆる面でパーフェクトで、同性から見ても憧れる程だけれど、そこだけが欠点なんだよな。
そういや、彼らを引き取った叔母夫婦は会社経営をしていると聞いたな。話を聞いている限り、彼らの義父母は仕事人間で家に居ないことが多いらしいし、あまり子供に感心がなさそうだ。
「さっきから何度かメールを送っているんだけど、返信がなくて……」
「きっと、もう起きて移動している最中なんだよ。心配しなくても大丈夫だと思うよ」
そう言って何とか千鶴を落ち着かせようとしたが、彼女はそれでも安心できなかったようで、やがてメールだけではなく電話をかけて呼び出し始めた。だが、望は一向に応答しない。
その時、なぜか僕の中で異常な嫉妬心が芽生えた。そして、自分でも信じられない行動に出てしまった。
「千鶴」
「え……?」
僕は千鶴の耳元に手を伸ばすと、彼女が持っている携帯を取り上げた。
「これだけ電話をかけているのに出ないんだから、それくらいにしておきなよ」
きょとんとした表情の千鶴を見据え、少し強い口調でそう言い放った。そんな僕を見て、彼女は瞬きを数回繰り返した。今までこんな強引な真似をしたことがなかったのだから、驚くのは至極当然だろう。
「望のことが心配なのはわかるけど……彼だってもう高校生なんだし、大事な予定がある日くらい一人で起きていると思うよ。仮に寝過ごしてしまったとしても、それは自己責任だ」
「……」
「それに……本音を言えば、今日は僕のことだけを見ていてほしいんだ。千鶴が弟思いのいい子だってことはわかっているし、そんなところに惹かれたのも事実だ。でも、せっかくのデートなんだし……」
「そ、そうだよね……。ごめんね。私、心配性なところがあるから……」
千鶴は少し顔を曇らせたが、やがて笑顔に戻り謝ってくれた。
結局、望はちゃんと起きていたようで、千鶴の心配は取り越し苦労に終わった。
けれども──その後も、千鶴は二人でいる時にたびたび望の話をしていた。そして、僕はその度に嫉妬心を感じていた。
最初は、恋人の弟相手にここまで嫉妬する自分がおかしいのだと思っていた。でも、今思えば……その頃から無意識に望のことを『恋敵』として見なしていたからなのかもしれない。
あの時、望が電話に応答しなかったのは恐らく意図的だったのだろう。応答してしまえば、用件が何であれ僕と千鶴が一緒にいることを意識してしまう。きっと、意識しないようにしなければ嫉妬や憎悪でどうにかなってしまいそうだったのだろう。
前世の僕は終わりの見えない三角関係に悩み、疲弊していた。
でも……こんな風に不安な毎日を過ごすくらいなら、あの頃に戻りたいとすら思う。あのまま地球で生きていたら、いつか望と和解することができたのだろうか……?
◆
──ふと気付いたら、丘を登っていた。どうやら、物思いに耽っているうちに屋敷の近くまで歩いてきてしまったようだ。
遠くから少し様子を伺うだけのつもりだったのにな……。でも……きっと、それ程ロゼッタへの想いが強いということなのだろう。
さて、どうしよう。もう一度訪問してみようか? いや、やはり迷惑だろうか……。
そんな風にあれこれ思いを巡らしながら前方を見ると、少し先を歩いている華やかな女性の後ろ姿が目に入った。
長い銀髪をハーフアップにしており、後頭部に大きな青いリボンをつけている。風貌からして、どこかの貴族の令嬢だろうか。あの女性も、屋敷に用があるのか……?
でも……いくら用事があるとはいえ、良家の子女が従者も連れずに一人で出向くなんて変だ。そう思った僕は、彼女の後をつけてみることにした。
すると、彼女は扉を叩かず何故か屋敷の側面に回り、一階の窓からこっそり中の様子を窺い始めた。
用事があるのは間違いなさそうだが、堂々と訪ねていかないあたり、何か訳ありのようだ。僕は彼女にばれないように木陰に隠れながら、そっと室内を覗いてみた。
中に居るのは、この屋敷の主人と白衣を着た男女数人──雰囲気から察するに、魔術研究所の研究員達だろうか。会話の内容は不明だが、そこにいる全員が真剣な表情をして話し合っている。
だが、彼女の視線の先にいるのはこの屋敷の主人だけだった。他の人間には一切目もくれず、彼だけをじっと凝視している。
二人はどういう関係なんだろう……? というか、この女性は一体何者なんだ……?
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