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本編
23 静かな憤怒
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あの出来事から一ヶ月ほど経ったある日のこと。
再び、リヒト宛に手紙が届いた。けれども、今度の差出人は父上ではないようだ。
「誰からの手紙だったの……?」
そう尋ねてみたものの、リヒトは前回と同じように黙り込み、眉間に皺を寄せている。
「……少し前、俺に縁談の話が来ただろ?」
「うん」
「その時、俺は一度断ったんだ。ところが、相手のご令嬢──名前はジゼル・キャンベルというらしいんだが、彼女がどうしても俺に会いたいと言って譲らないんだそうだ。まあ……そういう訳で、キャンベル侯爵から直々に『一度、娘と会ってほしい』という趣旨の手紙が届いたんだ」
「そ、そっか……」
以前、余計なことを言ったせいでリヒトに首を絞められたことを思い出した私は、彼を怒らせないように相槌だけを打つ。
「俺が愛しているのはセレスだけだ。俺はお前以外の女を嫁にする気は微塵もない」
「……」
真顔でそう言われ、言葉に詰まる。
リヒトは相変わらず、本気で私を妻──というか伴侶に迎えたいと考えているみたいだけれど、そんなことはどう足掻いても不可能だ。
仮に私が彼の気持ちを受け入れたとしても、ローズブレイド家の人間が許さないだろう。
それに、リヒトがこのまま縁談を断り続けていても、いずれは無理にでも結婚させられるだろうし……。
まさか、私を連れて駆け落ち(表面上は)でもする気なのかな……?
現世の両親は温厚な性格で理解もある常識人だけれど、流石に自分達の息子と娘がそういう関係だと知ったら悲しむと思う。
いや、両親どころかきっと親戚中に迷惑がかかってしまうだろう。下手したら、叔父上は卒倒して寝込んでしまうかもしれない。
そんなことを考えながらリヒトの顔を見つめていると、彼は真剣な面持ちのまま再び口を開いた。
「これは、前世でも言ったことだが……俺は、お前のためなら全てを捨てる覚悟がある。たとえ多くの人を悲しませることになっても、裏切ることになっても、必ずお前を選ぶ。お前がそばに居てくれるなら、俺は周りからどう非難されようと構わないし、罪や罰は全部俺が引き受ける。だから──」
リヒトはそこまで言いかけると、私の頬に手を伸ばし、そのまま触れようとした。
けれども、あの日の出来事が忘れられず未だに尾を引いている私は反射的にびくっと体を強張らせてしまう。私の反応を見たリヒトは悲しそうな顔をして静止したものの、すぐに手を引っ込めた。
彼は彼で、あの日私が全力で拒絶したことを引き摺っているみたいだ。
「あっ……ご、ごめん……なさい……」
狼狽えながらも謝ると、リヒトは寂しそうに目を伏せ「出掛けてくる」と言い残し部屋を出ていった。今日は休日だから一日中私の部屋にいると思ったのに、何か用事でもあるのかな。
それにしても……さっきの言葉の続きは、やはり「実家と絶縁して駆け落ちしよう」とかそういうことなのだろうか。
結局、リヒトは深夜まで帰って来なかった。
就寝中、リヒトは部屋にそっと入ってきて、私の頭を軽く撫でて出ていった。それに気付いて時計を確認すると、すでに日を跨いでいたのだ。つまり、彼は昼頃からずっとどこかに出掛けていたということになる。一体、どこに出掛けていたんだろう?
その後、数日間はなぜかリヒトの帰宅時間が遅かった。いつもは「早くセレスの顔が見たかったから」と言って真っ直ぐ帰って来るのに、どうも様子が変だ。以前も私が知らない間にネイトに会いに行っていたことがあったし、何だか胸騒ぎがする……。
◆
それから一週間ほど経って、またリヒト宛に手紙が届いた。
今回もキャンベル侯爵直々の手紙かなと思いきや──なんと、ジゼル嬢ご本人からの手紙だった。どうやら、彼女は相当リヒトにご執心のようだ。
手紙の差出人を確認したリヒトは前回よりもさらに不機嫌になり、苦虫を噛み潰したような顔をしている。
「今度は何て書いてあったの……?」
「『納得ができない。どうしても会って話をしたい』とせがまれた。仕方がないから、今度先方の家まで出向いて直接断ってくる。但し──」
「……?」
「行くのは俺だけじゃない。セレス、お前もだ」
「え……? どうして私まで……?」
「いいから、ついてきてくれ」
戸惑う私に、リヒトは理由も説明せず「ついてきてほしい」とだけ言った。
再び、リヒト宛に手紙が届いた。けれども、今度の差出人は父上ではないようだ。
「誰からの手紙だったの……?」
そう尋ねてみたものの、リヒトは前回と同じように黙り込み、眉間に皺を寄せている。
「……少し前、俺に縁談の話が来ただろ?」
「うん」
「その時、俺は一度断ったんだ。ところが、相手のご令嬢──名前はジゼル・キャンベルというらしいんだが、彼女がどうしても俺に会いたいと言って譲らないんだそうだ。まあ……そういう訳で、キャンベル侯爵から直々に『一度、娘と会ってほしい』という趣旨の手紙が届いたんだ」
「そ、そっか……」
以前、余計なことを言ったせいでリヒトに首を絞められたことを思い出した私は、彼を怒らせないように相槌だけを打つ。
「俺が愛しているのはセレスだけだ。俺はお前以外の女を嫁にする気は微塵もない」
「……」
真顔でそう言われ、言葉に詰まる。
リヒトは相変わらず、本気で私を妻──というか伴侶に迎えたいと考えているみたいだけれど、そんなことはどう足掻いても不可能だ。
仮に私が彼の気持ちを受け入れたとしても、ローズブレイド家の人間が許さないだろう。
それに、リヒトがこのまま縁談を断り続けていても、いずれは無理にでも結婚させられるだろうし……。
まさか、私を連れて駆け落ち(表面上は)でもする気なのかな……?
現世の両親は温厚な性格で理解もある常識人だけれど、流石に自分達の息子と娘がそういう関係だと知ったら悲しむと思う。
いや、両親どころかきっと親戚中に迷惑がかかってしまうだろう。下手したら、叔父上は卒倒して寝込んでしまうかもしれない。
そんなことを考えながらリヒトの顔を見つめていると、彼は真剣な面持ちのまま再び口を開いた。
「これは、前世でも言ったことだが……俺は、お前のためなら全てを捨てる覚悟がある。たとえ多くの人を悲しませることになっても、裏切ることになっても、必ずお前を選ぶ。お前がそばに居てくれるなら、俺は周りからどう非難されようと構わないし、罪や罰は全部俺が引き受ける。だから──」
リヒトはそこまで言いかけると、私の頬に手を伸ばし、そのまま触れようとした。
けれども、あの日の出来事が忘れられず未だに尾を引いている私は反射的にびくっと体を強張らせてしまう。私の反応を見たリヒトは悲しそうな顔をして静止したものの、すぐに手を引っ込めた。
彼は彼で、あの日私が全力で拒絶したことを引き摺っているみたいだ。
「あっ……ご、ごめん……なさい……」
狼狽えながらも謝ると、リヒトは寂しそうに目を伏せ「出掛けてくる」と言い残し部屋を出ていった。今日は休日だから一日中私の部屋にいると思ったのに、何か用事でもあるのかな。
それにしても……さっきの言葉の続きは、やはり「実家と絶縁して駆け落ちしよう」とかそういうことなのだろうか。
結局、リヒトは深夜まで帰って来なかった。
就寝中、リヒトは部屋にそっと入ってきて、私の頭を軽く撫でて出ていった。それに気付いて時計を確認すると、すでに日を跨いでいたのだ。つまり、彼は昼頃からずっとどこかに出掛けていたということになる。一体、どこに出掛けていたんだろう?
その後、数日間はなぜかリヒトの帰宅時間が遅かった。いつもは「早くセレスの顔が見たかったから」と言って真っ直ぐ帰って来るのに、どうも様子が変だ。以前も私が知らない間にネイトに会いに行っていたことがあったし、何だか胸騒ぎがする……。
◆
それから一週間ほど経って、またリヒト宛に手紙が届いた。
今回もキャンベル侯爵直々の手紙かなと思いきや──なんと、ジゼル嬢ご本人からの手紙だった。どうやら、彼女は相当リヒトにご執心のようだ。
手紙の差出人を確認したリヒトは前回よりもさらに不機嫌になり、苦虫を噛み潰したような顔をしている。
「今度は何て書いてあったの……?」
「『納得ができない。どうしても会って話をしたい』とせがまれた。仕方がないから、今度先方の家まで出向いて直接断ってくる。但し──」
「……?」
「行くのは俺だけじゃない。セレス、お前もだ」
「え……? どうして私まで……?」
「いいから、ついてきてくれ」
戸惑う私に、リヒトは理由も説明せず「ついてきてほしい」とだけ言った。
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