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番外編
あの日の約束を君に(ifストーリー)
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今日は私、月城千鶴と婚約者である桜庭要の結婚式だ。
私達は中学一年生の時に同じクラスになったのがきっかけで仲良くなり、やがて恋人同士になった。
当時から彼は一途なタイプで、私をとても大事にしてくれている。そんな恋人と晴れて夫婦になるというのに……私はなぜか気分が晴れず、複雑な心境でいた。
どうして、こんなにも心がもやもやとするんだろう……?
やっぱり、あのことが原因なのかな。
私には望という名前の双子の弟がいる。
私の心が晴れないのは、きっと弟のせいだ。と言っても、別に望が私に何かしたとか喧嘩をしたとかいうことではない。
勿論、彼にも結婚の報告はしたし、今日も結婚式に参加してくれることになっているのだけれど……。
結婚式の日が近づくにつれ、どんどん望の様子がおかしくなっていったのだ。うわ言のように私の名前を呼んで飛び起きたり、虚ろな目で遠くを見つめていることが多くなったり……。
私が話しかけると我に返ったようにはっとしていつも通りの弟に戻るのだが、何だか気がかりだ。
私達双子は、幼い頃に両親を亡くした。それから叔母夫婦に引き取られ、高校生まではそこでお世話になっていたのだけれど──やはり肩身が狭いということもあって、大学に進学してからはアパートを借りて二人で暮らしていた。
何から何まで叔母夫婦のお世話になるのは気が引けるので、家賃や生活費は二人でアルバイトをしつつなんとかやり繰りしていた。
とはいえ、学生がアルバイトで稼げる金額なんてたかが知れているので、学費だけは出してもらったのだけれど……。
その学費は就職と同時に返済するつもりでいたのだが、叔母達は「気にしなくていい」と言って私達の申し出を断った。
それだけ見れば甥と姪に優しい叔母さん、叔父さんなのだが……私達姉弟は、養父母に対してあまりいい思い出がない。
というのも……叔母夫婦は会社経営をしており基本的に多忙だったが、それを差し引いても子供に関心を示さない人達だったからだ。
私と望の就職が決まった時、口には出さないものの「やっと肩の荷が下りた」と言いたげな表情をして安堵していたから、きっと私達のことを迷惑に思っていたのだと思う。
望は私との二人暮らしが決まった時、とても嬉しそうにしていた。私と彼が二人で生活し始めてから、もう六年ほど経つ。
弟は昔からかなりのシスコンだし、過保護だし、二十五歳になっても姉離れできない現状を思うと寂しくなる気持ちも理解できる。
私だって、これから先望が結婚したらきっと弟を取られたような気持ちになると思う。けれども……いくら仲のいい姉が結婚するからって、あの落ち込みようは異常だ。
結婚式を終えて、入籍を済ませたら、すぐにでも今住んでいるアパートを出て新居に引っ越す予定だ。
望はアパートを出る気はないと言っていた。大企業に務めているのだし、お金がないわけではないのだが……それでも、望は「思い出が詰まったこの家を離れるつもりはない」と言って引っ越しを拒否した。
「それにしても、緊張するなぁ……」
思わず、独り言が漏れてしまう。
もう少ししたら、いよいよ式が始まる。元々、私はかなりのあがり症だ。だから、人前で花嫁として上手く振る舞えるか不安なのだ。
新郎とは控室が別なため今、部屋には私一人きり。静かな室内にいると余計に緊張感が増してしまう。
そんなことを考えていると、突然コンコンとドアをノックする音が聞こえた。
「どうぞ」
そう返事をした後、すぐ部屋に入ってきたのは望だった。
なんだか、酷くやつれているように見える。今朝、顔を合わせた時よりもさらに憔悴しているようだ。
不思議に思い、こちらに向かって歩いてくる望を見つめていると、彼はウェディングドレス姿の私を見てふっと微笑んだ。
「結婚おめでとう、千鶴。そのドレス、よく似合っているぞ。凄く綺麗だ」
「望……ありがとう! でも、どうしたの? 入場する時の打ち合わせか何か?」
入場時のバージンロードは、望にエスコートしてもらうことになっている。
最初から新郎と一緒に入場しても良かったのだが、せっかくの晴れ舞台だからやっぱり大好きな弟にエスコートしてもらいたい。
そんな思いもあって、私は望を指名したのだが……指名を受けた時、案の定彼は浮かない顔をしていた。
「いや、違うんだ……」
「じゃあ、どうしたの?」
私がそう尋ねながら顔を覗き込むと、望は酷く寂しそうな表情で私を見据えた。
「いよいよ、お前が俺の元から巣立ってしまうんだと思ったら、居ても立っても居られなくなって……。まあ、見納めというやつだな」
「えぇ!? もう、大げさだなぁ……。結婚するからって、会えなくなるわけじゃないのに。要くんとだって仲がいいんだし、いつでもうちに来てくれて構わないよ?」
「ああ、そうだな……」
今生の別れってわけじゃないんだから……と諭してみたものの、望の表情は一向に変わらない。要は私達姉弟の共通の友人でもある。中学時代から社会人になるまでの間は、毎日のように三人で一緒に行動していた。だから、今さら遠慮なんてする必要ないのに……。
「千鶴……本当に綺麗だ。このまま奪い去りたいくらいに、綺麗だ」
望はそう言って、どこか虚ろな目をしながら私の頬に手を当てた。
「えへへ……ありがとう。でも、本当に連れ去らないでね? こんな時までシスコンを発揮されても困る──」
「どうして、俺じゃ駄目なんだろうな」
「え……?」
「どうして、俺とお前は結婚できないんだろう」
「望……? 何言ってるの……? 結婚って……どうしちゃったの!?」
望の様子がおかしいことに気づいた私は、思わず彼の両肩を掴み揺さぶった。
「どうして、俺達は姉弟なんだろう」
「ねえ、望! 聞いてる!?」
「──どうして、俺だけがこんな目に遭わないといけないんだろう」
望は静かにそう呟いたかと思うと、突然私の両腕を掴み壁際まで追い詰めた。
望はそのまま私の体を壁に押し付けると、強い力で手を拘束した。その途端、壁に打ち付けられた背中と掴まれた手首がずきりと痛み、私は思わず顔を歪める。
一体、彼はどうしてしまったんだろう?
今まで、私に暴力を振るったことなんて一度もなかったのに……。
「!?」
「やっぱり、駄目だ。お前が他の男のものになるなんて耐えられない」
「望……? さっきから何を言って──」
そう言いかけた途端、突然望は私に顔を寄せ、強引に唇を塞いだ。その柔らかい唇の感触にひたすら驚いていると、漸く私から離れた望がゆっくりと口を開いた。
「行こう、千鶴。俺とお前は離れ離れになったら駄目なんだ。いつも一緒じゃないと駄目なんだ。今までも、これから先もずっと……」
「待って、望! 行くってどこに……?」
望は問いかけに答えることなく、私に自分が着ていたロングコートを着せ裏口のようなところから外に連れ出した。恐らく、人目につかないように式場を抜け出すためだろう。
私はずんずんと歩いていく望に手を引かれ、わけがわからないまま街中を歩いた。幸いなことに、ロングコートを羽織っているので一見目立たないが、足元を見れば私がウェディングドレスを着て歩いていることがばればれだった。
そのお陰で、すれ違う人からは時々ぎょっとした表情で二度見される有様だ。羞恥心のあまり俯きながら歩いていると、いつの間にか望が乗ってきた車の前まで来ていた。
そして、そのまま助手席に座らされ気づけば見覚えのないマンションの入り口に立っていた。
「ねえ、望。ここはどこなの……?」
そう訪ねてみるが、望は相変わらず無言だ。彼はそのまま私の手を引き、マンションの中に入っていった。
「こんなところに連れてきて、どうするつもりなの? 私、早く式場に戻らないと……」
見知らぬ部屋に連れて来られて大分困惑したが、今の私はそれよりも焦りが勝っていた。開始時間までには、なんとか戻らないと……。さもなければ、式場で「花嫁が消えた」と大騒ぎになってしまう。
「ねえ、お願い」
「駄目だ」
「な、なんで……?」
望は私の質問を無視してリビングの中央まで歩いていくと、酷く寂しそうな顔でこちらを振り返った。
「結構、いい部屋だろ? お前の喜ぶ顔が見たくて、時間をかけて探したんだ。本当は、あの日『いい部屋を見つけたから、近いうちに新しい家に引っ越そう』と言うつもりだった」
「え……?」
「それなのに……あの日、お前は嬉しそうな顔で俺に要と婚約したことを報告してきた。だから、せっかく探した部屋も無駄になってしまったんだ」
「……ごめん、望。私、そんなこと全然知らなくて……」
「馬鹿だよな、俺……。お前と二人で暮らすことが決まった時、本当に嬉しくて……ずっと一緒にいれると思ってた。家にいる間は俺だけを見てくれるから、それだけで十分だった。毎日が幸せすぎて、お前が家を出るなんて考えてもいなかった」
「望……その気持ちは嬉しいよ。でもね……いくら仲が良い姉弟でも、ずっと一緒にいるなんて無理だよ。今は辛いかもしれないけど、いつか望にも大切な人ができたら、きっとわかる日が来るから」
「まだわからないのか」
「どういうこと……?」
「俺は、お前以外の女を愛せないんだ」
部屋の中央に立った望はまっすぐと私を見据えた。窓からさす柔らかい陽の光が彼を照らし、端正な顔立ちによく似合う色素の薄い茶色の髪がきらきらと輝いている。
望が発した「お前以外の女を愛せない」という言葉──その言葉を、私はどこか他人事のように聞いていた。きっと、自分に向けて言った言葉だと信じたくなかったからだと思う。
「子供の頃、約束したろ? 『大人になったら結婚しよう』って。あの時から、俺はずっとお前だけを見てきた。いや……お前しか見えなかったんだ」
「何を言っているの……?」
「幼稚園の頃、お前が友達に『姉弟は結婚できない』と言われて、泣きながら帰ってきたことがあっただろう? その時、俺はこう返したんだ。『大丈夫。僕は絶対に千鶴ちゃんをお嫁さんにするよ』と」
「望……?」
「だから、俺はその『約束』を守らなければいけないんだ。……ここで一緒に暮らそう、千鶴。ここなら、もう誰にも邪魔されない。生活に必要なものは全部俺が用意する。お前はただ、この部屋で毎日俺の帰りを待ってくれているだけでいい」
その言葉を聞いて、私は漸く望がやろうとしていることの意味を理解した。
望は、子供の頃から私を異性として好きだったんだ。そして、その気持ちを私の結婚式当日まで抑えた結果、望の心は壊れてしまったんだ……。きっと、彼は私を一生ここに閉じ込めておくつもりなのだろう。突然のことで思考が追いつかないが、恐らくこういうことなんだと思う。
私と住むつもりだったマンションの契約を済ませているあたり、前々から計画を練っていたのかもしれない。ただ……結婚式当日までそれを実行しなかったのは、良心の呵責にさいなまれていたせいだろうか。
「い、嫌……」
望は後退る私を壁際まで追い詰めた。ああ、どうしよう……先程と同じ構図になってしまった。
◆
気がついたら、朝になっていた。慌てて上体を起こした途端、下腹部に鈍い痛みが走った。
痛みの原因はわかっている。昨夜、望は『初夜』と称して抵抗する私をベッドに押さえつけ、何度も陵辱した。きっと、そのせいだろう。
「おはよう、千鶴」
「ひっ……」
顔を上げると、いつの間にかスーツ姿の望がベッドのそばに立っていた。
昨夜、彼にされた行為の数々を思い出した私は、思わず小さい悲鳴を上げてしまう。
「これから仕事に行ってくるけど、一人で大丈夫か?」
「……」
「いい子で待っていろよ」
望はそう言いながら、まるで赤子をあやすように私の頭を撫でた。
何も考えられず、そのまま呆然と支度をする望の後ろ姿を見つめていると、ふとリビングから聞こえてくるテレビの音が気になった。
先程から、何やらアナウンサーが頻りに私の名前を連呼している。もしやと思った私はベッドから飛び起き、慌ててリビングに向かった。
「──二十代くらいのマスク姿の男が、月城さんらしき女性を連れて歩いている現場を見たという目撃情報があり、警察では月城さんが何らかの事件に巻き込まれた可能性もあるとみて、捜索しています」
ニュースの内容は、間違いなく私のことだった。ああ、そうか……私は誰かに誘拐されたことになっているのか。
「大丈夫だ。見つかりそうになったら、また逃げればいい。もう、誰にも俺達の邪魔はさせない」
望はまったく動じることなく、落ち着いた様子でそう言った。
「……!?」
「これからは、心置きなく一緒にいれるな。ああ、それと……俺達はもう姉弟じゃない。『夫婦』だ。そうだろ? 千鶴」
同意を求められたが、恐怖のあまり、首を縦に振ることも横に振ることもできない。望はそんな私の肩を抱き寄せると、そっと唇に触れるだけの軽いキスを落とした。
私達は中学一年生の時に同じクラスになったのがきっかけで仲良くなり、やがて恋人同士になった。
当時から彼は一途なタイプで、私をとても大事にしてくれている。そんな恋人と晴れて夫婦になるというのに……私はなぜか気分が晴れず、複雑な心境でいた。
どうして、こんなにも心がもやもやとするんだろう……?
やっぱり、あのことが原因なのかな。
私には望という名前の双子の弟がいる。
私の心が晴れないのは、きっと弟のせいだ。と言っても、別に望が私に何かしたとか喧嘩をしたとかいうことではない。
勿論、彼にも結婚の報告はしたし、今日も結婚式に参加してくれることになっているのだけれど……。
結婚式の日が近づくにつれ、どんどん望の様子がおかしくなっていったのだ。うわ言のように私の名前を呼んで飛び起きたり、虚ろな目で遠くを見つめていることが多くなったり……。
私が話しかけると我に返ったようにはっとしていつも通りの弟に戻るのだが、何だか気がかりだ。
私達双子は、幼い頃に両親を亡くした。それから叔母夫婦に引き取られ、高校生まではそこでお世話になっていたのだけれど──やはり肩身が狭いということもあって、大学に進学してからはアパートを借りて二人で暮らしていた。
何から何まで叔母夫婦のお世話になるのは気が引けるので、家賃や生活費は二人でアルバイトをしつつなんとかやり繰りしていた。
とはいえ、学生がアルバイトで稼げる金額なんてたかが知れているので、学費だけは出してもらったのだけれど……。
その学費は就職と同時に返済するつもりでいたのだが、叔母達は「気にしなくていい」と言って私達の申し出を断った。
それだけ見れば甥と姪に優しい叔母さん、叔父さんなのだが……私達姉弟は、養父母に対してあまりいい思い出がない。
というのも……叔母夫婦は会社経営をしており基本的に多忙だったが、それを差し引いても子供に関心を示さない人達だったからだ。
私と望の就職が決まった時、口には出さないものの「やっと肩の荷が下りた」と言いたげな表情をして安堵していたから、きっと私達のことを迷惑に思っていたのだと思う。
望は私との二人暮らしが決まった時、とても嬉しそうにしていた。私と彼が二人で生活し始めてから、もう六年ほど経つ。
弟は昔からかなりのシスコンだし、過保護だし、二十五歳になっても姉離れできない現状を思うと寂しくなる気持ちも理解できる。
私だって、これから先望が結婚したらきっと弟を取られたような気持ちになると思う。けれども……いくら仲のいい姉が結婚するからって、あの落ち込みようは異常だ。
結婚式を終えて、入籍を済ませたら、すぐにでも今住んでいるアパートを出て新居に引っ越す予定だ。
望はアパートを出る気はないと言っていた。大企業に務めているのだし、お金がないわけではないのだが……それでも、望は「思い出が詰まったこの家を離れるつもりはない」と言って引っ越しを拒否した。
「それにしても、緊張するなぁ……」
思わず、独り言が漏れてしまう。
もう少ししたら、いよいよ式が始まる。元々、私はかなりのあがり症だ。だから、人前で花嫁として上手く振る舞えるか不安なのだ。
新郎とは控室が別なため今、部屋には私一人きり。静かな室内にいると余計に緊張感が増してしまう。
そんなことを考えていると、突然コンコンとドアをノックする音が聞こえた。
「どうぞ」
そう返事をした後、すぐ部屋に入ってきたのは望だった。
なんだか、酷くやつれているように見える。今朝、顔を合わせた時よりもさらに憔悴しているようだ。
不思議に思い、こちらに向かって歩いてくる望を見つめていると、彼はウェディングドレス姿の私を見てふっと微笑んだ。
「結婚おめでとう、千鶴。そのドレス、よく似合っているぞ。凄く綺麗だ」
「望……ありがとう! でも、どうしたの? 入場する時の打ち合わせか何か?」
入場時のバージンロードは、望にエスコートしてもらうことになっている。
最初から新郎と一緒に入場しても良かったのだが、せっかくの晴れ舞台だからやっぱり大好きな弟にエスコートしてもらいたい。
そんな思いもあって、私は望を指名したのだが……指名を受けた時、案の定彼は浮かない顔をしていた。
「いや、違うんだ……」
「じゃあ、どうしたの?」
私がそう尋ねながら顔を覗き込むと、望は酷く寂しそうな表情で私を見据えた。
「いよいよ、お前が俺の元から巣立ってしまうんだと思ったら、居ても立っても居られなくなって……。まあ、見納めというやつだな」
「えぇ!? もう、大げさだなぁ……。結婚するからって、会えなくなるわけじゃないのに。要くんとだって仲がいいんだし、いつでもうちに来てくれて構わないよ?」
「ああ、そうだな……」
今生の別れってわけじゃないんだから……と諭してみたものの、望の表情は一向に変わらない。要は私達姉弟の共通の友人でもある。中学時代から社会人になるまでの間は、毎日のように三人で一緒に行動していた。だから、今さら遠慮なんてする必要ないのに……。
「千鶴……本当に綺麗だ。このまま奪い去りたいくらいに、綺麗だ」
望はそう言って、どこか虚ろな目をしながら私の頬に手を当てた。
「えへへ……ありがとう。でも、本当に連れ去らないでね? こんな時までシスコンを発揮されても困る──」
「どうして、俺じゃ駄目なんだろうな」
「え……?」
「どうして、俺とお前は結婚できないんだろう」
「望……? 何言ってるの……? 結婚って……どうしちゃったの!?」
望の様子がおかしいことに気づいた私は、思わず彼の両肩を掴み揺さぶった。
「どうして、俺達は姉弟なんだろう」
「ねえ、望! 聞いてる!?」
「──どうして、俺だけがこんな目に遭わないといけないんだろう」
望は静かにそう呟いたかと思うと、突然私の両腕を掴み壁際まで追い詰めた。
望はそのまま私の体を壁に押し付けると、強い力で手を拘束した。その途端、壁に打ち付けられた背中と掴まれた手首がずきりと痛み、私は思わず顔を歪める。
一体、彼はどうしてしまったんだろう?
今まで、私に暴力を振るったことなんて一度もなかったのに……。
「!?」
「やっぱり、駄目だ。お前が他の男のものになるなんて耐えられない」
「望……? さっきから何を言って──」
そう言いかけた途端、突然望は私に顔を寄せ、強引に唇を塞いだ。その柔らかい唇の感触にひたすら驚いていると、漸く私から離れた望がゆっくりと口を開いた。
「行こう、千鶴。俺とお前は離れ離れになったら駄目なんだ。いつも一緒じゃないと駄目なんだ。今までも、これから先もずっと……」
「待って、望! 行くってどこに……?」
望は問いかけに答えることなく、私に自分が着ていたロングコートを着せ裏口のようなところから外に連れ出した。恐らく、人目につかないように式場を抜け出すためだろう。
私はずんずんと歩いていく望に手を引かれ、わけがわからないまま街中を歩いた。幸いなことに、ロングコートを羽織っているので一見目立たないが、足元を見れば私がウェディングドレスを着て歩いていることがばればれだった。
そのお陰で、すれ違う人からは時々ぎょっとした表情で二度見される有様だ。羞恥心のあまり俯きながら歩いていると、いつの間にか望が乗ってきた車の前まで来ていた。
そして、そのまま助手席に座らされ気づけば見覚えのないマンションの入り口に立っていた。
「ねえ、望。ここはどこなの……?」
そう訪ねてみるが、望は相変わらず無言だ。彼はそのまま私の手を引き、マンションの中に入っていった。
「こんなところに連れてきて、どうするつもりなの? 私、早く式場に戻らないと……」
見知らぬ部屋に連れて来られて大分困惑したが、今の私はそれよりも焦りが勝っていた。開始時間までには、なんとか戻らないと……。さもなければ、式場で「花嫁が消えた」と大騒ぎになってしまう。
「ねえ、お願い」
「駄目だ」
「な、なんで……?」
望は私の質問を無視してリビングの中央まで歩いていくと、酷く寂しそうな顔でこちらを振り返った。
「結構、いい部屋だろ? お前の喜ぶ顔が見たくて、時間をかけて探したんだ。本当は、あの日『いい部屋を見つけたから、近いうちに新しい家に引っ越そう』と言うつもりだった」
「え……?」
「それなのに……あの日、お前は嬉しそうな顔で俺に要と婚約したことを報告してきた。だから、せっかく探した部屋も無駄になってしまったんだ」
「……ごめん、望。私、そんなこと全然知らなくて……」
「馬鹿だよな、俺……。お前と二人で暮らすことが決まった時、本当に嬉しくて……ずっと一緒にいれると思ってた。家にいる間は俺だけを見てくれるから、それだけで十分だった。毎日が幸せすぎて、お前が家を出るなんて考えてもいなかった」
「望……その気持ちは嬉しいよ。でもね……いくら仲が良い姉弟でも、ずっと一緒にいるなんて無理だよ。今は辛いかもしれないけど、いつか望にも大切な人ができたら、きっとわかる日が来るから」
「まだわからないのか」
「どういうこと……?」
「俺は、お前以外の女を愛せないんだ」
部屋の中央に立った望はまっすぐと私を見据えた。窓からさす柔らかい陽の光が彼を照らし、端正な顔立ちによく似合う色素の薄い茶色の髪がきらきらと輝いている。
望が発した「お前以外の女を愛せない」という言葉──その言葉を、私はどこか他人事のように聞いていた。きっと、自分に向けて言った言葉だと信じたくなかったからだと思う。
「子供の頃、約束したろ? 『大人になったら結婚しよう』って。あの時から、俺はずっとお前だけを見てきた。いや……お前しか見えなかったんだ」
「何を言っているの……?」
「幼稚園の頃、お前が友達に『姉弟は結婚できない』と言われて、泣きながら帰ってきたことがあっただろう? その時、俺はこう返したんだ。『大丈夫。僕は絶対に千鶴ちゃんをお嫁さんにするよ』と」
「望……?」
「だから、俺はその『約束』を守らなければいけないんだ。……ここで一緒に暮らそう、千鶴。ここなら、もう誰にも邪魔されない。生活に必要なものは全部俺が用意する。お前はただ、この部屋で毎日俺の帰りを待ってくれているだけでいい」
その言葉を聞いて、私は漸く望がやろうとしていることの意味を理解した。
望は、子供の頃から私を異性として好きだったんだ。そして、その気持ちを私の結婚式当日まで抑えた結果、望の心は壊れてしまったんだ……。きっと、彼は私を一生ここに閉じ込めておくつもりなのだろう。突然のことで思考が追いつかないが、恐らくこういうことなんだと思う。
私と住むつもりだったマンションの契約を済ませているあたり、前々から計画を練っていたのかもしれない。ただ……結婚式当日までそれを実行しなかったのは、良心の呵責にさいなまれていたせいだろうか。
「い、嫌……」
望は後退る私を壁際まで追い詰めた。ああ、どうしよう……先程と同じ構図になってしまった。
◆
気がついたら、朝になっていた。慌てて上体を起こした途端、下腹部に鈍い痛みが走った。
痛みの原因はわかっている。昨夜、望は『初夜』と称して抵抗する私をベッドに押さえつけ、何度も陵辱した。きっと、そのせいだろう。
「おはよう、千鶴」
「ひっ……」
顔を上げると、いつの間にかスーツ姿の望がベッドのそばに立っていた。
昨夜、彼にされた行為の数々を思い出した私は、思わず小さい悲鳴を上げてしまう。
「これから仕事に行ってくるけど、一人で大丈夫か?」
「……」
「いい子で待っていろよ」
望はそう言いながら、まるで赤子をあやすように私の頭を撫でた。
何も考えられず、そのまま呆然と支度をする望の後ろ姿を見つめていると、ふとリビングから聞こえてくるテレビの音が気になった。
先程から、何やらアナウンサーが頻りに私の名前を連呼している。もしやと思った私はベッドから飛び起き、慌ててリビングに向かった。
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ニュースの内容は、間違いなく私のことだった。ああ、そうか……私は誰かに誘拐されたことになっているのか。
「大丈夫だ。見つかりそうになったら、また逃げればいい。もう、誰にも俺達の邪魔はさせない」
望はまったく動じることなく、落ち着いた様子でそう言った。
「……!?」
「これからは、心置きなく一緒にいれるな。ああ、それと……俺達はもう姉弟じゃない。『夫婦』だ。そうだろ? 千鶴」
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