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番外編
もしかして、忘れてる?
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「月城くん? ああ、教室にいるよ。今、呼んでくるから待ってて」
「ごめんなさい。お願いします」
そう返し、教室内に入っていった男子生徒にお礼を言うと、私は紙袋から小さな箱を取り出した。
今日はバレンタインデーだ。
私は毎年欠かさず、望と要に手作りのチョコレートを渡している。
けれども、今朝は何かとバタバタとしていたため、望にチョコレートを渡しそびれてしまったのだ。
なので、休み時間を使って望のクラスを訪れ彼を呼び出しているところなのだが……。
ちなみに、要には先ほどチョコを渡してきたところだ。
先に要にチョコを渡して、望は後回しになるというのは、望が拗ねる原因にもなる。だから、できるだけ早く渡したいんだけどな……。
──と、そんなことを考えているうちに、何やら忙しない様子の望がこちらに向かって歩いてきた。
「ねえ、望。ちょっといいかな?」
「ああ、千鶴か。悪い……中山に呼び出されてさ、今からあいつのクラスに行かないといけないんだ。用事なら後にしてもらえると助かる」
「えっ……でも、すぐに済む──」
すぐに済むから、と言い終える前に望はこちらに背中を向けて走り去っていってしまった。
ああ……行っちゃった。私はただ、このチョコを渡そうと思っただけなのになぁ……。
「忙しいのはわかるけれど、少しくらい話を聞いてくれてもいいのに……」
とはいえ、いくらぼやいたとしても当の本人には伝わらない。ため息をつきながらも、私は仕方なく手に持っている箱を紙袋の中に戻す。
「あーあ、振られちゃったね。千鶴」
突然背後から、からかうような声が聞こえてきた。それに気づいた私は、反射的に後ろを振り向く。
「なんだ、佳菜子か……」
「なんだとは何だ! というか……あんた、まだ望にチョコ渡してなかったんだ?」
中学時代からの友人である佳菜子は、望に片思いしている女子の中の一人だ。彼女は中学二年生の頃から望にアプローチをし続けているが、その度に上手くかわされている。
その努力は、私から見ても涙ぐましいほどなのだが……望の気持ちは一向に変わらないようで、高校生になった今でも佳菜子の片思いは成就していない。
「うん。なんだか忙しいみたいで。本当は今朝渡そうと思ったんだけど、渡しそびれちゃって……」
「最近、忙しそうだよね」
「そうなんだよね。ここ何週間か、帰りも遅いし……」
そこまで言って、再びため息をつく。なぜか、この数週間は望とすれ違ってばかりな気がする。帰る時間が遅い理由も望本人が語ろうとしないから、何となく聞きづらいし……。
「姉弟喧嘩でもしたの?」
「え? 別に、そんなことはないんだけど……」
「まあ、望って結構謎めいた部分があるからね。──ああ、そうそう。今日、中山達がライブをするらしいんだけどさ、もしよかったら一緒に行かない? 実はさ、一緒に行く予定だった子が急用で行けなくなっちゃって……ちょうど、チケットが余っているんだよね」
「へぇ……そうなんだ。私、今まで一度も行ったことがなかったし、見に行ってみようかな」
「うんうん、それがいいよ。気分転換にもなるだろうし、一緒に行こう」
中山くんは私の同級生であると同時に、望の友人でもある。なので、何かと顔を合わせる機会が多い。
高校生になってからはバンドを組み始めたらしく、望もよく彼のライブに行っている。
きっと、佳菜子は望のことで悩んでいる私を気遣ってくれたのだろう。
彼女の提案を受け入れた私は、今日行われるライブに参加をすることにした。
◆
「えーと……ここで合ってるよね……」
ライブハウスに到着した私は独り言を零しつつ、周囲を見渡した。
佳菜子とは、帰り際に「ライブハウスの前で待ち合わせをしよう」と約束したので、もう来ていても良さそうなのだけれども……どうやら、まだ到着していないみたいだ。少し待ってみて、それでも来ないようだったら電話をしてみよう。
結局──望とは帰りも別々だったし、家に帰ってきたと思ったらすぐに出かけてしまったため、まだ彼にチョコを渡せていない。
やっぱり、近頃の私達はすれ違っていると思う。そう思うと何だか悲しくて、ほんの少しだけ泣きそうになった。
自分ではだいぶブラコンが治ってきていたと思っていたけれど……こんな風に、少し話せないだけで悲しくなってしまうあたり、完全には治っていないんだろうなぁ……。
「千鶴ー!」
少し離れた所から、佳菜子の声が聞こえた。
ああ、良かった。もう少し遅刻するかもれしれないと思っていたけれど、ちゃんと来てくれたみたいだ。
「ごめんね。ちょっと遅れちゃった」
「ううん、いいよ。気にしないで」
息を切らし申し訳なさそうに謝る佳菜子に、笑顔を返す。
「それでね、さっき中山から聞いたんだけど……」
「うん……?」
「今日のライブ、望が助っ人でボーカルをやるんだって。千鶴、知ってた?」
「えぇっ!? 何それ! 全然、聞いていないんだけど!?」
驚きのあまり、周りに響き渡るくらいの大声を上げてしまった。私の声に反応した通行人が振り返ってこちらを見ている。ああ、恥ずかしい……。
でも……でもね……。自分の弟が友人のバンドに助っ人で参加するということを知って、驚くなというほうが無理だよ。
「てっきり聞いているものだと思ってたけど、知らなかったんだ? なんか、ボーカルの人が事故っちゃったらしくてね。暫く入院しなきゃいけなくなっちゃって、急遽望が助っ人で入ることになったみたい」
「そ、そうなんだ……だから、さっき慌てて出かけていったのかぁ……。私、そんなこと一言も聞いてないよ……」
「まあまあ。望にも、何か言いたくない事情があったのかもしれないしさ。許してあげたら?」
「う、うん……」
「それにしても……望って、本当に何でもできるよね。歌が上手いのは知っていたけど、まさか助っ人として呼ばれるなんてね」
そう言って、佳菜子は肩をすくめる。それを見て、私も思わず苦笑いをしてしまう。
どうして、望は私に今日のことを教えてくれなかったんだろう……。私、何かしちゃったかな? それとも、ただの姉離れ?
……うーん。考えていても何も始まらないし、後で直接聞こう。
ライブハウスに入ると、予想以上に人が集まっていた。中には知った顔もいて、同じ学校の同級生……だけではなく、上級生や下級生、そして教師までいた。
「最近、結構人気が出てきているらしいよ。路上ライブでファンになった人もいるみたい」
「へえ……すごいなぁ」
なんでも、バンドのメンバーで高校生なのは中山くんだけらしく、他のメンバーは皆大学生や社会人なのだとか。今回は望が助っ人として入るので、高校生は二人ということになる。
望の歌が上手いのは認める。これは身内補正などではなく、先ほど佳菜子が言っていたように事実だ。
でも、大丈夫かなぁ……。ライブで歌うとなると、やっぱりカラオケとは勝手が違うだろうし……。
「みんな~! 今日は来てくれてありがとう!」
その声に気づき、顔を上げると──今回のライブの主役である、バンドのメンバー達がステージに立っていた。
中央には望がいる。そのまま望の顔を見つめていると、彼もこちらに気づいたらしく、少し気まずそうな表情になった。あんな顔をするということは……案の定、今日のことを私に知られたくなかったのだろう。
「やっぱり……望、格好いいなぁ」
隣にいる佳菜子が、惚れ惚れした様子でそう呟いた。
「うん、そうだね……我が弟ながら、本当にそう思うよ。たまに嫉妬しちゃうけどね」
「千鶴が羨ましいよ。いつもそばにいれるんだもん」
「そ、そうかな……? でも、みんなが思っているほど完璧じゃないよ? 本当に寝起きだけは悪くて、私が起こさないといつまでも寝ているし……」
「そうなんだ? ちょっと意外かも……」
「この間なんて、寝ぼけて私に抱きついてきたし……。一体、何の夢を見ていたのやら……」
「えぇ! 何それ! 羨ましすぎる!」
「佳菜子、声が大きいよ……」
よほど興奮したのか、佳菜子の声が突然大きくなった。私は慌てて佳菜子の肩を叩くと、どうにか落ち着かせた。
「あ、でも──やっぱり、羨ましくないかも」
先程まで、ハイテンションで「羨ましい」と繰り返していた佳菜子が声のトーンを下げた。
「え……? どうしたの? 急に」
「だってさ、もし私が望と姉弟だったら……付き合えないし、結婚だってできないでしょ? それなら、たとえ振り向いて貰えなくても今のほうがまだ可能性があるかなぁって……」
そう言われた途端、少し胸の奥がちくりと痛んだ感じがした。
幼少期の私は、本気で望と結婚する気でいたし、望のお嫁さんになれると信じて疑わなかった。そのせいか、あの頃の純粋な自分の気持ちを否定された気分になってしまったのだ。
勿論、佳菜子は悪気があって言ったのではない。それは、わかっているのだけれど……。
「そろそろ、始まるみたいだよ」
佳菜子の言葉に反応した私は、再びステージに視線を移す。それとほぼ同時に、バンドのメンバーが各々の担当楽器を演奏し始め、前奏が流れた。
「あ……」
暫くして、望の伸びやかで艶のある歌声が室内に響き渡った。
曲は切ないバラードといった感じで、老若男女問わず親しめそうな曲調だった。ロックバンドだと聞いていたけれど、こういう曲も歌うんだなぁ……。望の声との相性もいいし、心配する必要はなかったようだ。
君に触れること 君と繋がること 君を愛すること
それはGuilty
こんなにも苦しいのなら
いっそこの恋をやめてしまおうか
そう思ったけれど 君へのこの想いは捨てられそうにない
僕は罪人(つみびと)だ
それならば いっそのこと 君を攫って 誰も知らないところに閉じ込めて
本当の罪人(つみびと)になってしまおうか
Oh, God…… Please punish me……
「望、すごい……」
難しそうな曲を、難なく歌い上げる望を見て、思わず感嘆の声が漏れる。
禁断の恋をテーマにした曲らしく、メロディが素晴らしいのは勿論のこと、男性視点の切ない気持ちを表現した歌詞からは作詞者の力量が窺えた。
禁断の恋と言っても不倫や浮気、教師と生徒、血の繋がった相手との恋等々……形は色々あるけれど、これはどのシチュエーションにも合う繊細な心を歌った曲だ。
「気のせいかもしれないけど……望、こっちを見て歌ってるよね?」
「……? そう言えば……」
実は私も少し気になっていたのだが、なぜか望はこちらをじっと見つめながら歌っているのだ。まるで、私に向けて歌っているかのように……。
さっきは気まずそうな顔をしていたし、私に黙っていたことを気にしているのかな……?
「たぶん、私に黙っていたことを気にしているんだと思う」
「ああ、なんだ。そういうことかぁ……。そうだよね。私に向けて歌ってくれるわけがないよね」
佳菜子はがっくりと肩を落とすと、落胆した表情を浮かべた。
◆
「──それで、今日のことなんだけど……どうして隠していたのかな?」
家路につく途中のこと。
私は気まずそうに離れて歩いている望に向かって、質問を投げかけてみた。
「……何となく、恥ずかしかったからだ。一度、俺が中山に『うちのバンドに入らないか?』と言われて、誘われたことがあっただろ? その時、俺は『興味がないから』と言って断ったのに、結局今回は助っ人として歌ってしまった。そのことが、なんだか決まりが悪い気がして……。あとは……単純に拗ねていたからだな」
「拗ねていた……?」
首を傾げる私を見て、望は再び口を開く。
「毎年、バレンタインデーが近くなると千鶴は俺に『今年はどんなチョコがいい?』と聞いてくれただろ。それなのに、今年は聞いてくれなかった。要には聞いていたのに……」
「ああ、それは──」
「今年は、俺の分はないんだろ……?」
私の言葉を遮った望は、ますますいじけたような表情になった。待って。それは誤解だよ、望……。
「ねえ、望。去年自分で言ったこと、忘れてない?」
「え……?」
「去年、聞いた時に『俺はホワイトチョコが好きだから、毎年これでいい』って言っていたでしょう?」
「あっ……」
私の言葉を聞いた望は、はっと思い出したように口を開けた。
「やっぱり、忘れていたんだ……? 望って、そういうところは抜けてるよね」
「……ごめん」
「ほら、ちゃんと今年も用意してあるよ」
私は紙袋からラッピング済みの小さな箱を取り出し、望に手渡した。
すると、望は嬉しそうにその箱をコートのポケットにしまい満面の笑顔で私の手を握ってきた。
「千鶴……ありがとう。そうだよな……。よく考えたら、千鶴が俺にチョコをくれないわけがないよな」
「当然でしょう?」
そう返した私は、少し得意げに微笑んでみせた。自分の両手を包んでいる、望の手の温もりを感じながら。
「ごめんなさい。お願いします」
そう返し、教室内に入っていった男子生徒にお礼を言うと、私は紙袋から小さな箱を取り出した。
今日はバレンタインデーだ。
私は毎年欠かさず、望と要に手作りのチョコレートを渡している。
けれども、今朝は何かとバタバタとしていたため、望にチョコレートを渡しそびれてしまったのだ。
なので、休み時間を使って望のクラスを訪れ彼を呼び出しているところなのだが……。
ちなみに、要には先ほどチョコを渡してきたところだ。
先に要にチョコを渡して、望は後回しになるというのは、望が拗ねる原因にもなる。だから、できるだけ早く渡したいんだけどな……。
──と、そんなことを考えているうちに、何やら忙しない様子の望がこちらに向かって歩いてきた。
「ねえ、望。ちょっといいかな?」
「ああ、千鶴か。悪い……中山に呼び出されてさ、今からあいつのクラスに行かないといけないんだ。用事なら後にしてもらえると助かる」
「えっ……でも、すぐに済む──」
すぐに済むから、と言い終える前に望はこちらに背中を向けて走り去っていってしまった。
ああ……行っちゃった。私はただ、このチョコを渡そうと思っただけなのになぁ……。
「忙しいのはわかるけれど、少しくらい話を聞いてくれてもいいのに……」
とはいえ、いくらぼやいたとしても当の本人には伝わらない。ため息をつきながらも、私は仕方なく手に持っている箱を紙袋の中に戻す。
「あーあ、振られちゃったね。千鶴」
突然背後から、からかうような声が聞こえてきた。それに気づいた私は、反射的に後ろを振り向く。
「なんだ、佳菜子か……」
「なんだとは何だ! というか……あんた、まだ望にチョコ渡してなかったんだ?」
中学時代からの友人である佳菜子は、望に片思いしている女子の中の一人だ。彼女は中学二年生の頃から望にアプローチをし続けているが、その度に上手くかわされている。
その努力は、私から見ても涙ぐましいほどなのだが……望の気持ちは一向に変わらないようで、高校生になった今でも佳菜子の片思いは成就していない。
「うん。なんだか忙しいみたいで。本当は今朝渡そうと思ったんだけど、渡しそびれちゃって……」
「最近、忙しそうだよね」
「そうなんだよね。ここ何週間か、帰りも遅いし……」
そこまで言って、再びため息をつく。なぜか、この数週間は望とすれ違ってばかりな気がする。帰る時間が遅い理由も望本人が語ろうとしないから、何となく聞きづらいし……。
「姉弟喧嘩でもしたの?」
「え? 別に、そんなことはないんだけど……」
「まあ、望って結構謎めいた部分があるからね。──ああ、そうそう。今日、中山達がライブをするらしいんだけどさ、もしよかったら一緒に行かない? 実はさ、一緒に行く予定だった子が急用で行けなくなっちゃって……ちょうど、チケットが余っているんだよね」
「へぇ……そうなんだ。私、今まで一度も行ったことがなかったし、見に行ってみようかな」
「うんうん、それがいいよ。気分転換にもなるだろうし、一緒に行こう」
中山くんは私の同級生であると同時に、望の友人でもある。なので、何かと顔を合わせる機会が多い。
高校生になってからはバンドを組み始めたらしく、望もよく彼のライブに行っている。
きっと、佳菜子は望のことで悩んでいる私を気遣ってくれたのだろう。
彼女の提案を受け入れた私は、今日行われるライブに参加をすることにした。
◆
「えーと……ここで合ってるよね……」
ライブハウスに到着した私は独り言を零しつつ、周囲を見渡した。
佳菜子とは、帰り際に「ライブハウスの前で待ち合わせをしよう」と約束したので、もう来ていても良さそうなのだけれども……どうやら、まだ到着していないみたいだ。少し待ってみて、それでも来ないようだったら電話をしてみよう。
結局──望とは帰りも別々だったし、家に帰ってきたと思ったらすぐに出かけてしまったため、まだ彼にチョコを渡せていない。
やっぱり、近頃の私達はすれ違っていると思う。そう思うと何だか悲しくて、ほんの少しだけ泣きそうになった。
自分ではだいぶブラコンが治ってきていたと思っていたけれど……こんな風に、少し話せないだけで悲しくなってしまうあたり、完全には治っていないんだろうなぁ……。
「千鶴ー!」
少し離れた所から、佳菜子の声が聞こえた。
ああ、良かった。もう少し遅刻するかもれしれないと思っていたけれど、ちゃんと来てくれたみたいだ。
「ごめんね。ちょっと遅れちゃった」
「ううん、いいよ。気にしないで」
息を切らし申し訳なさそうに謝る佳菜子に、笑顔を返す。
「それでね、さっき中山から聞いたんだけど……」
「うん……?」
「今日のライブ、望が助っ人でボーカルをやるんだって。千鶴、知ってた?」
「えぇっ!? 何それ! 全然、聞いていないんだけど!?」
驚きのあまり、周りに響き渡るくらいの大声を上げてしまった。私の声に反応した通行人が振り返ってこちらを見ている。ああ、恥ずかしい……。
でも……でもね……。自分の弟が友人のバンドに助っ人で参加するということを知って、驚くなというほうが無理だよ。
「てっきり聞いているものだと思ってたけど、知らなかったんだ? なんか、ボーカルの人が事故っちゃったらしくてね。暫く入院しなきゃいけなくなっちゃって、急遽望が助っ人で入ることになったみたい」
「そ、そうなんだ……だから、さっき慌てて出かけていったのかぁ……。私、そんなこと一言も聞いてないよ……」
「まあまあ。望にも、何か言いたくない事情があったのかもしれないしさ。許してあげたら?」
「う、うん……」
「それにしても……望って、本当に何でもできるよね。歌が上手いのは知っていたけど、まさか助っ人として呼ばれるなんてね」
そう言って、佳菜子は肩をすくめる。それを見て、私も思わず苦笑いをしてしまう。
どうして、望は私に今日のことを教えてくれなかったんだろう……。私、何かしちゃったかな? それとも、ただの姉離れ?
……うーん。考えていても何も始まらないし、後で直接聞こう。
ライブハウスに入ると、予想以上に人が集まっていた。中には知った顔もいて、同じ学校の同級生……だけではなく、上級生や下級生、そして教師までいた。
「最近、結構人気が出てきているらしいよ。路上ライブでファンになった人もいるみたい」
「へえ……すごいなぁ」
なんでも、バンドのメンバーで高校生なのは中山くんだけらしく、他のメンバーは皆大学生や社会人なのだとか。今回は望が助っ人として入るので、高校生は二人ということになる。
望の歌が上手いのは認める。これは身内補正などではなく、先ほど佳菜子が言っていたように事実だ。
でも、大丈夫かなぁ……。ライブで歌うとなると、やっぱりカラオケとは勝手が違うだろうし……。
「みんな~! 今日は来てくれてありがとう!」
その声に気づき、顔を上げると──今回のライブの主役である、バンドのメンバー達がステージに立っていた。
中央には望がいる。そのまま望の顔を見つめていると、彼もこちらに気づいたらしく、少し気まずそうな表情になった。あんな顔をするということは……案の定、今日のことを私に知られたくなかったのだろう。
「やっぱり……望、格好いいなぁ」
隣にいる佳菜子が、惚れ惚れした様子でそう呟いた。
「うん、そうだね……我が弟ながら、本当にそう思うよ。たまに嫉妬しちゃうけどね」
「千鶴が羨ましいよ。いつもそばにいれるんだもん」
「そ、そうかな……? でも、みんなが思っているほど完璧じゃないよ? 本当に寝起きだけは悪くて、私が起こさないといつまでも寝ているし……」
「そうなんだ? ちょっと意外かも……」
「この間なんて、寝ぼけて私に抱きついてきたし……。一体、何の夢を見ていたのやら……」
「えぇ! 何それ! 羨ましすぎる!」
「佳菜子、声が大きいよ……」
よほど興奮したのか、佳菜子の声が突然大きくなった。私は慌てて佳菜子の肩を叩くと、どうにか落ち着かせた。
「あ、でも──やっぱり、羨ましくないかも」
先程まで、ハイテンションで「羨ましい」と繰り返していた佳菜子が声のトーンを下げた。
「え……? どうしたの? 急に」
「だってさ、もし私が望と姉弟だったら……付き合えないし、結婚だってできないでしょ? それなら、たとえ振り向いて貰えなくても今のほうがまだ可能性があるかなぁって……」
そう言われた途端、少し胸の奥がちくりと痛んだ感じがした。
幼少期の私は、本気で望と結婚する気でいたし、望のお嫁さんになれると信じて疑わなかった。そのせいか、あの頃の純粋な自分の気持ちを否定された気分になってしまったのだ。
勿論、佳菜子は悪気があって言ったのではない。それは、わかっているのだけれど……。
「そろそろ、始まるみたいだよ」
佳菜子の言葉に反応した私は、再びステージに視線を移す。それとほぼ同時に、バンドのメンバーが各々の担当楽器を演奏し始め、前奏が流れた。
「あ……」
暫くして、望の伸びやかで艶のある歌声が室内に響き渡った。
曲は切ないバラードといった感じで、老若男女問わず親しめそうな曲調だった。ロックバンドだと聞いていたけれど、こういう曲も歌うんだなぁ……。望の声との相性もいいし、心配する必要はなかったようだ。
君に触れること 君と繋がること 君を愛すること
それはGuilty
こんなにも苦しいのなら
いっそこの恋をやめてしまおうか
そう思ったけれど 君へのこの想いは捨てられそうにない
僕は罪人(つみびと)だ
それならば いっそのこと 君を攫って 誰も知らないところに閉じ込めて
本当の罪人(つみびと)になってしまおうか
Oh, God…… Please punish me……
「望、すごい……」
難しそうな曲を、難なく歌い上げる望を見て、思わず感嘆の声が漏れる。
禁断の恋をテーマにした曲らしく、メロディが素晴らしいのは勿論のこと、男性視点の切ない気持ちを表現した歌詞からは作詞者の力量が窺えた。
禁断の恋と言っても不倫や浮気、教師と生徒、血の繋がった相手との恋等々……形は色々あるけれど、これはどのシチュエーションにも合う繊細な心を歌った曲だ。
「気のせいかもしれないけど……望、こっちを見て歌ってるよね?」
「……? そう言えば……」
実は私も少し気になっていたのだが、なぜか望はこちらをじっと見つめながら歌っているのだ。まるで、私に向けて歌っているかのように……。
さっきは気まずそうな顔をしていたし、私に黙っていたことを気にしているのかな……?
「たぶん、私に黙っていたことを気にしているんだと思う」
「ああ、なんだ。そういうことかぁ……。そうだよね。私に向けて歌ってくれるわけがないよね」
佳菜子はがっくりと肩を落とすと、落胆した表情を浮かべた。
◆
「──それで、今日のことなんだけど……どうして隠していたのかな?」
家路につく途中のこと。
私は気まずそうに離れて歩いている望に向かって、質問を投げかけてみた。
「……何となく、恥ずかしかったからだ。一度、俺が中山に『うちのバンドに入らないか?』と言われて、誘われたことがあっただろ? その時、俺は『興味がないから』と言って断ったのに、結局今回は助っ人として歌ってしまった。そのことが、なんだか決まりが悪い気がして……。あとは……単純に拗ねていたからだな」
「拗ねていた……?」
首を傾げる私を見て、望は再び口を開く。
「毎年、バレンタインデーが近くなると千鶴は俺に『今年はどんなチョコがいい?』と聞いてくれただろ。それなのに、今年は聞いてくれなかった。要には聞いていたのに……」
「ああ、それは──」
「今年は、俺の分はないんだろ……?」
私の言葉を遮った望は、ますますいじけたような表情になった。待って。それは誤解だよ、望……。
「ねえ、望。去年自分で言ったこと、忘れてない?」
「え……?」
「去年、聞いた時に『俺はホワイトチョコが好きだから、毎年これでいい』って言っていたでしょう?」
「あっ……」
私の言葉を聞いた望は、はっと思い出したように口を開けた。
「やっぱり、忘れていたんだ……? 望って、そういうところは抜けてるよね」
「……ごめん」
「ほら、ちゃんと今年も用意してあるよ」
私は紙袋からラッピング済みの小さな箱を取り出し、望に手渡した。
すると、望は嬉しそうにその箱をコートのポケットにしまい満面の笑顔で私の手を握ってきた。
「千鶴……ありがとう。そうだよな……。よく考えたら、千鶴が俺にチョコをくれないわけがないよな」
「当然でしょう?」
そう返した私は、少し得意げに微笑んでみせた。自分の両手を包んでいる、望の手の温もりを感じながら。
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