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本編
47 片割れとの再会(前半セレスside・後半リヒトside)
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正午過ぎ。
ふと天を仰いでみれば、空は今にも雨が降りそうなくらい分厚い雲に覆われていた。
天気予報では今日は一日快晴だと言っていたし、雨が降るなんて一言も言っていなかったけれど……早めに洗濯物を取り込んでおいたほうがいいだろうか。
そもそも、この世界の天気予報は元いた世界よりも正確性が高くないため、当てにすること自体間違っているのだが……。
そう考えながら、やれやれとため息をついて庭に干してある洗濯物を取り込む。
「せっかくいい天気だったのになぁ……」
独り言をぼやきつつ、生乾きのままの洗濯物を取り込んでいると、不意に背後に人の気配を感じた。
「ただいま、セレス」
「お帰りなさい……って、ネイトくん!?」
この間よりもさらに早いネイトの帰宅に驚いた私は、思わず素っ頓狂な声を上げる。
「どうしたの? 今日は随分と早いね」
「うん。急に雲が出てきたから、早めに切り上げることにしたんだ」
「そうだったんだ。確かに、この辺りは雨だと歩くのが大変だもんね」
そう返し、この周辺の足場の悪さを思い出す。
この村から隣町までの移動手段は馬車か徒歩のどちらかになるのだが、道中は山道も通らなければいけないのだ。
雨の日の山道は滑りやすく危険なため、できることなら移動は避けたほうがいい。聡明なネイトのことだから、帰り道でうっかり足を滑らせて崖から落ちたりしたら元も子もないと考えて早めに帰宅したのだろう。
「あ……そうだ。せっかく早く帰れたんだし、今からお茶でも淹れようか? ちょうど、私も休憩しようかなと思っていたところだから」
「ああ、そうさせてもらうよ」
ネイトはそう返事をして頷くと、にっこり微笑んだ。
ラウラは昼食を終えるなり、『用事があるから、ちょっと出かけてくるわね』と言って忙しない様子で出ていったから、今日は私とネイトの二人きりのティータイムだ。
少し悪い気もするけれど、熱々のローズティーと先程焼き上がったばかりのアップルパイで、アフタヌーンティーを楽しむことにしよう。
部屋に戻り、紅茶を淹れていると、その様子を眺めていたネイトが戸惑いがちに口を開いた。
「──今朝、久々に前世のことを思い出したんだ」
「そうなんだ? どんな記憶?」
「それは……」
そこまで言ってネイトは言葉に詰まり、途端に沈痛な面持ちに変わった。
「……ああ、ごめん。やっぱり、話すのはやめておくよ」
そう言って、ネイトは苦笑した。あんな表情をするなんて……余程、言い難いことなのだろうか?
少し怪訝に思いつつも、それ以上追及するのはやめておいた。
◆
「──なるほど。では、どうしてもこちらの要求を受け入れてもらえないというわけですか」
「ええ。どれだけお金を積まれても、私はあの子を手放すつもりはないわ」
小さなカフェの一角で、俺とセレスの現マスターであるラウラは向かい合い、互いに声を潜めて会話をしていた。
クリスフェルの暗殺を無事にやり遂げた俺は、セレスを取り戻すためラウラに直接話をつけることにした。
最悪、どんな手段を使ってでもセレスを奪い返すつもりでいるが、できることなら事を穏便に済ませたい。そのため、ラウラに交渉を持ちかけたのだが、困ったことにこの老婦人は「実の孫のように思っているあの子を今更手放すことなんてできないわ」の一点張りで交渉に応じようとしないのだ。
「もしかして、疑っているんですか? 正真正銘、僕はセレス・ローズブレイドの弟ですよ」
「改めて言われなくても、その顔を見ればあなた達が姉弟であることは一目瞭然よ。だって、本当にそっくりだもの」
「…………」
思わず、言葉に詰まった。他人から「そっくりだ」と指摘されると、自分とセレスが血縁関係であることを再認識してしまう。
「……彼女だって、本当は肉親である僕の隷属者でいたほうが安心できるはずなんですよ。それなのに、意地を張って帰ってこようとしないんです」
「意地を張っている……ね。セレスちゃんが私のところに転がり込んだ理由が、ただの姉弟喧嘩なら納得もできるけれど──その理由が性的虐待や性的暴行なら話は別よ」
「ですから、それは彼女が咄嗟についた嘘だと先程から何度も──」
「そうかしら? 私には、あの子が嘘をついているようには思えないわ」
俺の言葉を遮ったラウラは、睨むようにこちらを見据えた。
まあ、予想通りの反応だ。「実の孫のように思っている」という言葉からもわかるように、彼女はセレスに肩入れしている。
この世界ではリアンは迫害されているため、普通のホルダーであれば逃げ出したリアンの言い分より元マスターの言葉を信じそうなものだが、一見したところラウラは特殊な考え方をする人間のようなので、これ以上話し合いをしても水掛け論になるだけだろう。
「わかりました。信じて頂けるまで、相当な時間がかかりそうですね。……とりあえず、今日のところはこれで引き下がります」
「いくらあなたが身の潔白を証明しようと、私はあの子を信じるわ。セレスちゃんのためを思うなら、もうこの村に来ないでちょうだい」
「……」
俺は尚も刺すような視線でこちらを見つめているラウラに無言で背を向けると、会計を済ませカフェを後にした。
カフェを出て向かった先はラウラの屋敷だった。勿論、セレスの様子を窺うためだ。
木陰に隠れながら息を潜め、庭を覗こうとしていると、不意に話し声が聞こえた。耳をそばだててみると、その声の主がセレスとネイトであることが確認できた。
木陰から少しだけ顔を出してみると、仲睦まじく会話をしている二人の姿が目に入った。どうやら、ちょうど庭に出てきたところらしい。
「雨が降る前に、ここにある分は片付けてしまおう」
「ごめんね。いつもありがとう」
目の前の光景と会話の内容から察するに、ネイトがセレスの薪割りの仕事を手伝っているようだ。
湧き上がる嫉妬心を抑えつつも彼らのやり取りを眺めていると、ふと、ある考えが頭に浮かんだ。
──ここで俺が出ていったら、二人はどんな顔をするのだろうか。
言うまでもなく、ネイトは俺を罵るだろう。あれだけ酷い仕打ちをしておきながらよく顔を出せたものだと罵倒した上、「セレスは絶対にお前には渡さない」と凄み、追い返そうとするのが目に見える。
だが、セレスはどうだろう? もしかしたら、久々に会った弟の顔を見て喜んでくれるかもしれない。
セレスが俺を恨んでいることは百も承知だ。けれど、もしかしたら……。
そう思った瞬間、俺の足は自然と動き出し、いつの間にか二人のそばまで歩み寄っていた。
「……久しぶりだな、セレス。それに、ネイトも」
案の定、二人は呆気にとられた様子でこちらを凝視していた。自分でも、なぜこんな行動をとってしまったのかわからない。
本気でセレスを取り戻したいなら、もっと理知的で周到な根回しをしなければいけないのに……自分らしくもない。
「リヒ……ト……?」
戸惑いながらも俺の名を呼ぶセレスの声は、少し震えていた。
「セレス……会いたかった。本当に会いたかったんだ。さあ、帰ろう。帰って、また契約を結び直そう。ああ、今のマスターには俺から話をつけておくから心配はいらないぞ。本当は、お前だって俺のそばにいたほうが安心できるはずなんだ。そうだろう? ……そうだろうっ!? セレス!」
「……痛っ……! 痛いよ、リヒト……! お願い! やめて! ねえ、やめてよ……!」
同意を求めながら、強引にセレスの腕を掴むと、彼女は痛みを訴え顔を歪めた。
「いい加減にしろ! リヒト!」
突然怒号が響いたかと思うと、ネイトが俺とセレスの間に割って入り、俺達を引き剥がした。
「セレスが帰りたいと思っている!? そんなわけないだろう! 君は、自分のしたことの重大さをわかっているのか!? 少しは、セレスの立場になって考えてみろ!」
「…………黙れ」
セレスと引き剥がされた瞬間、俺の中で完全に理性が崩壊した。
「お前に何がわかる!? いつもそうだ! いつだって、お前は俺から大切なものを奪っていく! 親友のふりをしながら、内心俺のことを『実の姉に恋慕する異常者』だと見下し、優越感を抱いていたくせに……! 偉そうな物言いをするな! お前こそ、愛する人を奪われた上、信じていた親友にも裏切られた俺の気持ちなど考えたこともないだろうっ!?」
息を切らしながら思いの丈をぶつけると、ネイトは大きく目を見開き、一呼吸置いてから口を開いた。
「……わかった。どうやら、口で言ってもわからないようだね」
ネイトは静かにそう呟くと、一緒に村外れの空き地まで移動するように言った。
ふと天を仰いでみれば、空は今にも雨が降りそうなくらい分厚い雲に覆われていた。
天気予報では今日は一日快晴だと言っていたし、雨が降るなんて一言も言っていなかったけれど……早めに洗濯物を取り込んでおいたほうがいいだろうか。
そもそも、この世界の天気予報は元いた世界よりも正確性が高くないため、当てにすること自体間違っているのだが……。
そう考えながら、やれやれとため息をついて庭に干してある洗濯物を取り込む。
「せっかくいい天気だったのになぁ……」
独り言をぼやきつつ、生乾きのままの洗濯物を取り込んでいると、不意に背後に人の気配を感じた。
「ただいま、セレス」
「お帰りなさい……って、ネイトくん!?」
この間よりもさらに早いネイトの帰宅に驚いた私は、思わず素っ頓狂な声を上げる。
「どうしたの? 今日は随分と早いね」
「うん。急に雲が出てきたから、早めに切り上げることにしたんだ」
「そうだったんだ。確かに、この辺りは雨だと歩くのが大変だもんね」
そう返し、この周辺の足場の悪さを思い出す。
この村から隣町までの移動手段は馬車か徒歩のどちらかになるのだが、道中は山道も通らなければいけないのだ。
雨の日の山道は滑りやすく危険なため、できることなら移動は避けたほうがいい。聡明なネイトのことだから、帰り道でうっかり足を滑らせて崖から落ちたりしたら元も子もないと考えて早めに帰宅したのだろう。
「あ……そうだ。せっかく早く帰れたんだし、今からお茶でも淹れようか? ちょうど、私も休憩しようかなと思っていたところだから」
「ああ、そうさせてもらうよ」
ネイトはそう返事をして頷くと、にっこり微笑んだ。
ラウラは昼食を終えるなり、『用事があるから、ちょっと出かけてくるわね』と言って忙しない様子で出ていったから、今日は私とネイトの二人きりのティータイムだ。
少し悪い気もするけれど、熱々のローズティーと先程焼き上がったばかりのアップルパイで、アフタヌーンティーを楽しむことにしよう。
部屋に戻り、紅茶を淹れていると、その様子を眺めていたネイトが戸惑いがちに口を開いた。
「──今朝、久々に前世のことを思い出したんだ」
「そうなんだ? どんな記憶?」
「それは……」
そこまで言ってネイトは言葉に詰まり、途端に沈痛な面持ちに変わった。
「……ああ、ごめん。やっぱり、話すのはやめておくよ」
そう言って、ネイトは苦笑した。あんな表情をするなんて……余程、言い難いことなのだろうか?
少し怪訝に思いつつも、それ以上追及するのはやめておいた。
◆
「──なるほど。では、どうしてもこちらの要求を受け入れてもらえないというわけですか」
「ええ。どれだけお金を積まれても、私はあの子を手放すつもりはないわ」
小さなカフェの一角で、俺とセレスの現マスターであるラウラは向かい合い、互いに声を潜めて会話をしていた。
クリスフェルの暗殺を無事にやり遂げた俺は、セレスを取り戻すためラウラに直接話をつけることにした。
最悪、どんな手段を使ってでもセレスを奪い返すつもりでいるが、できることなら事を穏便に済ませたい。そのため、ラウラに交渉を持ちかけたのだが、困ったことにこの老婦人は「実の孫のように思っているあの子を今更手放すことなんてできないわ」の一点張りで交渉に応じようとしないのだ。
「もしかして、疑っているんですか? 正真正銘、僕はセレス・ローズブレイドの弟ですよ」
「改めて言われなくても、その顔を見ればあなた達が姉弟であることは一目瞭然よ。だって、本当にそっくりだもの」
「…………」
思わず、言葉に詰まった。他人から「そっくりだ」と指摘されると、自分とセレスが血縁関係であることを再認識してしまう。
「……彼女だって、本当は肉親である僕の隷属者でいたほうが安心できるはずなんですよ。それなのに、意地を張って帰ってこようとしないんです」
「意地を張っている……ね。セレスちゃんが私のところに転がり込んだ理由が、ただの姉弟喧嘩なら納得もできるけれど──その理由が性的虐待や性的暴行なら話は別よ」
「ですから、それは彼女が咄嗟についた嘘だと先程から何度も──」
「そうかしら? 私には、あの子が嘘をついているようには思えないわ」
俺の言葉を遮ったラウラは、睨むようにこちらを見据えた。
まあ、予想通りの反応だ。「実の孫のように思っている」という言葉からもわかるように、彼女はセレスに肩入れしている。
この世界ではリアンは迫害されているため、普通のホルダーであれば逃げ出したリアンの言い分より元マスターの言葉を信じそうなものだが、一見したところラウラは特殊な考え方をする人間のようなので、これ以上話し合いをしても水掛け論になるだけだろう。
「わかりました。信じて頂けるまで、相当な時間がかかりそうですね。……とりあえず、今日のところはこれで引き下がります」
「いくらあなたが身の潔白を証明しようと、私はあの子を信じるわ。セレスちゃんのためを思うなら、もうこの村に来ないでちょうだい」
「……」
俺は尚も刺すような視線でこちらを見つめているラウラに無言で背を向けると、会計を済ませカフェを後にした。
カフェを出て向かった先はラウラの屋敷だった。勿論、セレスの様子を窺うためだ。
木陰に隠れながら息を潜め、庭を覗こうとしていると、不意に話し声が聞こえた。耳をそばだててみると、その声の主がセレスとネイトであることが確認できた。
木陰から少しだけ顔を出してみると、仲睦まじく会話をしている二人の姿が目に入った。どうやら、ちょうど庭に出てきたところらしい。
「雨が降る前に、ここにある分は片付けてしまおう」
「ごめんね。いつもありがとう」
目の前の光景と会話の内容から察するに、ネイトがセレスの薪割りの仕事を手伝っているようだ。
湧き上がる嫉妬心を抑えつつも彼らのやり取りを眺めていると、ふと、ある考えが頭に浮かんだ。
──ここで俺が出ていったら、二人はどんな顔をするのだろうか。
言うまでもなく、ネイトは俺を罵るだろう。あれだけ酷い仕打ちをしておきながらよく顔を出せたものだと罵倒した上、「セレスは絶対にお前には渡さない」と凄み、追い返そうとするのが目に見える。
だが、セレスはどうだろう? もしかしたら、久々に会った弟の顔を見て喜んでくれるかもしれない。
セレスが俺を恨んでいることは百も承知だ。けれど、もしかしたら……。
そう思った瞬間、俺の足は自然と動き出し、いつの間にか二人のそばまで歩み寄っていた。
「……久しぶりだな、セレス。それに、ネイトも」
案の定、二人は呆気にとられた様子でこちらを凝視していた。自分でも、なぜこんな行動をとってしまったのかわからない。
本気でセレスを取り戻したいなら、もっと理知的で周到な根回しをしなければいけないのに……自分らしくもない。
「リヒ……ト……?」
戸惑いながらも俺の名を呼ぶセレスの声は、少し震えていた。
「セレス……会いたかった。本当に会いたかったんだ。さあ、帰ろう。帰って、また契約を結び直そう。ああ、今のマスターには俺から話をつけておくから心配はいらないぞ。本当は、お前だって俺のそばにいたほうが安心できるはずなんだ。そうだろう? ……そうだろうっ!? セレス!」
「……痛っ……! 痛いよ、リヒト……! お願い! やめて! ねえ、やめてよ……!」
同意を求めながら、強引にセレスの腕を掴むと、彼女は痛みを訴え顔を歪めた。
「いい加減にしろ! リヒト!」
突然怒号が響いたかと思うと、ネイトが俺とセレスの間に割って入り、俺達を引き剥がした。
「セレスが帰りたいと思っている!? そんなわけないだろう! 君は、自分のしたことの重大さをわかっているのか!? 少しは、セレスの立場になって考えてみろ!」
「…………黙れ」
セレスと引き剥がされた瞬間、俺の中で完全に理性が崩壊した。
「お前に何がわかる!? いつもそうだ! いつだって、お前は俺から大切なものを奪っていく! 親友のふりをしながら、内心俺のことを『実の姉に恋慕する異常者』だと見下し、優越感を抱いていたくせに……! 偉そうな物言いをするな! お前こそ、愛する人を奪われた上、信じていた親友にも裏切られた俺の気持ちなど考えたこともないだろうっ!?」
息を切らしながら思いの丈をぶつけると、ネイトは大きく目を見開き、一呼吸置いてから口を開いた。
「……わかった。どうやら、口で言ってもわからないようだね」
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