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第1章 土方歳三、北の大地へ
第1話
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1868年、慶応4年5月のある日、榎本武揚の目は閉じられており、顔面には表情が全く浮かんでいないようにしか見えなかった。
目の前の男、勝海舟の熱弁に聞き入っているのか、それとも無視しているのか、それさえも傍からは分かりかねる程の無表情を、榎本は装っていた。
榎本の目の前の男、勝海舟は懸命に熱弁をふるっていた。
「開陽と甲鉄、両方を引き渡したら、最早、幕府海軍が薩長に対抗できなくなると、お前さんがいうのは分かる。
そして、薩長が絶対に約束を守るのか保証ができないのではないか、開陽と甲鉄は幕府海軍の切り札であり、これを幕府海軍が保持していれば、約束を薩長が破っても対応できる、とお前さんがいうのも分かる。
だがな、実際問題として、開陽と甲鉄を引き渡さないと、慶喜公の命は無いんだ。
水戸へ向かおうとした慶喜公の身柄を、薩長は抑えてしまっているんだ。
速やかに幕府海軍が開陽と甲鉄を引き渡さないのは、慶喜公の密命を受けているからだ、慶喜公が謹慎したのは形だけで、まだまだ戦う気なのだ、と薩長の過激派は息巻いて主張していて、慶喜公の身柄を抑えてしまっている。
これ以上、開陽と甲鉄を保持し続けたら、薩長の過激派をますます勢いづけてしまう。
それに甲鉄と開陽の存在のおかげで、幕臣の蝦夷地植民の嘆願については、ある程度は受け入れてもいい、と確約を薩長から俺は天皇陛下の勅命という形で得ることが出来た。
ここまで懸命に頑張ったんだ。
ここいらが潮時だ、とそろそろ思ってくれないか」
榎本は勝の話を聞きつつ、甲鉄がここまで来た経緯をふと思い起こしていた。
甲鉄を何とか自分達は購入できたのだが、その交渉に当たった部下が、甲鉄をここまで運んできたアメリカ人から聞いた話だ、として自分に語ったのだった。
「この船、甲鉄は、何でもアメリカが南北2つに分かれて争った際に、南部側がフランスの造船所に秘密裡に発注した軍艦2隻の片割れだそうです。
フランスの造船所は中立法違反覚悟で、こっそり建造してくれたそうですが、結局、フランス政府にばれてしまって、造船所はデンマークとプロイセンに1隻ずつ売り込んだとか。
そうしたら、今度はプロイセンとデンマークが戦争をして、プロイセンが勝った。
勝ったプロイセンはちゃんと買ってくれたそうですが、デンマークは敗戦で軍艦を買うお金が無い、ということで購入を拒否されたそうです。
フランスの造船所も元を取らないといけないので、また南部に密売したとか。
そして、南部の近くにまで運んだところで、南部が北部に降伏したので、北部が買うことになり、更にうちに転売することにしたそうです。
何とも流転を極めた船ですな。
この甲鉄という船は」
戦争をそろそろ止める潮時が来たのかもしれんな。
榎本はあらためて、そう想った。
甲鉄がこれ以上戦争に翻弄されるのを望むとは、自分には思えない。
軍艦に心があるわけはないが、甲鉄に心があったら、そろそろ安住の地を得て、寛ぎたいと言うのではないか。
会津や越後等々から、我々の来援を乞う連絡は来ているが、我々は幕府、徳川家のために本来はあるのだ。
幕臣の生活を維持し、慶喜公の命を護るためにも、ここらで矛を収めるべきか。
勝海舟の説得を聞いた榎本は、苦渋の末に、幕府艦隊全てを率いた上での薩長への投降はやむを得ないことだ、という判断に傾かざるを得なかった。
榎本は、1868年、慶応4年5月末に、勝海舟の懸命の説得を受け入れて降伏し、甲鉄と開陽以下の幕府海軍全ての艦艇を薩長に引き渡すことに終に同意した。
これは、この後の歴史の流れに、榎本自身は、全く意識していなかったのだが、多大な影響を与えることになる。
目の前の男、勝海舟の熱弁に聞き入っているのか、それとも無視しているのか、それさえも傍からは分かりかねる程の無表情を、榎本は装っていた。
榎本の目の前の男、勝海舟は懸命に熱弁をふるっていた。
「開陽と甲鉄、両方を引き渡したら、最早、幕府海軍が薩長に対抗できなくなると、お前さんがいうのは分かる。
そして、薩長が絶対に約束を守るのか保証ができないのではないか、開陽と甲鉄は幕府海軍の切り札であり、これを幕府海軍が保持していれば、約束を薩長が破っても対応できる、とお前さんがいうのも分かる。
だがな、実際問題として、開陽と甲鉄を引き渡さないと、慶喜公の命は無いんだ。
水戸へ向かおうとした慶喜公の身柄を、薩長は抑えてしまっているんだ。
速やかに幕府海軍が開陽と甲鉄を引き渡さないのは、慶喜公の密命を受けているからだ、慶喜公が謹慎したのは形だけで、まだまだ戦う気なのだ、と薩長の過激派は息巻いて主張していて、慶喜公の身柄を抑えてしまっている。
これ以上、開陽と甲鉄を保持し続けたら、薩長の過激派をますます勢いづけてしまう。
それに甲鉄と開陽の存在のおかげで、幕臣の蝦夷地植民の嘆願については、ある程度は受け入れてもいい、と確約を薩長から俺は天皇陛下の勅命という形で得ることが出来た。
ここまで懸命に頑張ったんだ。
ここいらが潮時だ、とそろそろ思ってくれないか」
榎本は勝の話を聞きつつ、甲鉄がここまで来た経緯をふと思い起こしていた。
甲鉄を何とか自分達は購入できたのだが、その交渉に当たった部下が、甲鉄をここまで運んできたアメリカ人から聞いた話だ、として自分に語ったのだった。
「この船、甲鉄は、何でもアメリカが南北2つに分かれて争った際に、南部側がフランスの造船所に秘密裡に発注した軍艦2隻の片割れだそうです。
フランスの造船所は中立法違反覚悟で、こっそり建造してくれたそうですが、結局、フランス政府にばれてしまって、造船所はデンマークとプロイセンに1隻ずつ売り込んだとか。
そうしたら、今度はプロイセンとデンマークが戦争をして、プロイセンが勝った。
勝ったプロイセンはちゃんと買ってくれたそうですが、デンマークは敗戦で軍艦を買うお金が無い、ということで購入を拒否されたそうです。
フランスの造船所も元を取らないといけないので、また南部に密売したとか。
そして、南部の近くにまで運んだところで、南部が北部に降伏したので、北部が買うことになり、更にうちに転売することにしたそうです。
何とも流転を極めた船ですな。
この甲鉄という船は」
戦争をそろそろ止める潮時が来たのかもしれんな。
榎本はあらためて、そう想った。
甲鉄がこれ以上戦争に翻弄されるのを望むとは、自分には思えない。
軍艦に心があるわけはないが、甲鉄に心があったら、そろそろ安住の地を得て、寛ぎたいと言うのではないか。
会津や越後等々から、我々の来援を乞う連絡は来ているが、我々は幕府、徳川家のために本来はあるのだ。
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勝海舟の説得を聞いた榎本は、苦渋の末に、幕府艦隊全てを率いた上での薩長への投降はやむを得ないことだ、という判断に傾かざるを得なかった。
榎本は、1868年、慶応4年5月末に、勝海舟の懸命の説得を受け入れて降伏し、甲鉄と開陽以下の幕府海軍全ての艦艇を薩長に引き渡すことに終に同意した。
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