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金運がない 前編

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 裏路地に入り、狭く細い道を進んでいくと、突き当たりに『武器処~ゲイル~』という看板がかかっていた。
 木製のくたびれたドアが石造りの壁に立て付けられている。落ち葉が溜まり、蜘蛛の巣が張っている。

「あのさアリス、何でまた表の武器屋ではなく、こんな裏路地の武器屋を訪れているんだ?」

 アリスは沈んだ表情で、悲しさをアーピルしてくる。
 本人の前で本心をひけらかせないでもらいたい。

「表の武器屋は国が定めた正規の武器しか販売していないの。それに対して裏の武器屋はこの国では認証していない武器もあるからよ。正規の武器なんて見飽きたわ」

 彼女は両手を広げて首を振った。
 アリスとしては正規の武器でいいだろうと思う俺を嘲っているらしい。
 どうやら生粋の武器マニアであることは間違いないようだ。面倒だが適当な相槌を俺は打つ。

「そうか。それは分かったが、それって軽く犯罪だよな。尾ひれを捕まれないようにしなければ」
「サイズ、あなたってどうしようもないチキンね。こんなか弱い女の子を薄暗い路地裏に残して帰るつもり?」

 俺を強制連行する気でしかいないらしいアリスは凄絶な笑顔でそう言った。
 ……やはりこんな奴はヒロインじゃないや。
 少しでも自分の行きたいところが却下になりそうになった瞬間、高速で拒否権のない要望を押し付けてくる奴がヒロインのわけがない。

「そんなわけないだろ。野宿するなら別に、断る理由はないしな」
「……そう」

 彼女らしからぬ間の抜けたポカンとした顔をする。
 何も驚くことはないだろう。もし犯罪で逮捕されそうになっても、そこは成り行きと言葉次第でどうとでもなるし、少しだけだが異世界の武具店というのに興味がある。人工知能ってどんな仕組みか気になるくらいのことだよ。

「あなたなら、もう少し抵抗すると思ったのだけど」

 もう冷静さを取り戻し、どの感情にも属さない表情で端的に質問される。
 こいつの感情の切り返し能力は見習いたいと思う。こういう奴を一貫した奴だというのだろう。

「まあここで言い返しても疲れるだけだしな。それに、武器屋に興味がないわけでもない」
「だったら渋る必要なんてどこにもなかったじゃない。それこそ時間の無駄だったんじゃない?」

 子供ではないのだから自分の純粋な希望を言うのは気恥ずかしいだろ。
 これが近年、日本では問題視されていた判官贔屓の日本人気質ってやつなんだろうが……。

「じゃ、じゃあ入るぞ」

 木製の立て付けの悪いドアは押し開けると、軋みを上げた。これをレトロ風の「いらっしゃいませ」ということにしてやろう。

「いらっしゃい!!」

 中からは深みのある渋い声が返って来た。あとデカい。

「片手剣に、両手剣、槍、盾……。鎧も数もそれなりで魔道具も取り扱っているのね……」

 裏路地の武器屋で美少女と男二人……。
 もはや犯罪性しか感じられないわけだが、アリスの放つ雰囲気は何故だかそんな甘いものはなく、研ぎ澄まされた刃物のようだから問題ないだろう。
 むしろ俺が危機感を覚える。気を抜けば敵と俺を見間違われそうだ。定番イベントはどこへ行ったんだよ。これじゃ大損不得じゃねぇかよ。
 俺はその迫力と雰囲気に負けて戦々恐々としつつ、冷や汗を滝のように流しつつ、武器屋を見回しお怒りの訳を探す。

「この武器屋って他と何か違うのか?」
「いないわ」

 違いないわ、の略らしい。
 だとすれば何にむしゃくしゃするのだろうか。かなり疑問である。
 自分で始めたクイズではあるが、はっきり言ってノーヒント。
 そういう時の対処法だが、それはその場の流れを見る。人間観察のそのまた上をいくセンシティブな哲学であり、リアリズムに忠実な方法、空間観察だによりそれは可能となる。

「坊主と嬢ちゃん、お二人は何をお求めだい?」

 俺はとりあえず手を振って、アリスを指す。

「ここの店に弓矢はないの?」

 申し訳なさそうな顔をして頭を掻く筋骨隆々の親父の姿を珍しく興味深げにアリスは凝視する。

「ああ……その、悪いな嬢ちゃん。弓矢はねぇんだ。何しろ商売にならんからな……。あれは臆病者が使う武器って社会的に呼ばれているだろう?だから好き好んで弓矢を選ぶ奴はいなんだ」

 ここに来ての新事実。
 アリスはひどく納得がいかなそうに武器屋の親父に問い返す。

「あなたもその考えには賛成なの?」
「何を言ってやがる。俺が弓を嫌いなわけがねぇだろう。武器屋をやってる奴らはどちらかと言えば好きなんだぜ。あの独特の滑らな形は作るのも面白い」

 その期待通りの回答に彼女は満足したらしい。
 「私もそう思うわ」と言って、自分の弓を店のカウンターの上にそっと置いた。

「あなたのことは信頼できそうね。この武器のメンテナンスをすることは可能かしら」
「おう!任せとけ!……それで嬢ちゃん、そこの坊主はいいのか?」

 武器屋の親父は俺が一人黙って直剣とか、盾とかを見てまわっていたのを気の毒に思ってくれたのだ、と思う。
 優しいなぁ、親父。良い人だなぁ、親父。ほんと……余計なことしてくれたな!
 そんなことを言ってはそこの女の楽しみになってしまうに違いないのだ。加えて俺は暇などしていなかった。
 『影』に頼んで自分の作った武器がどのレベルのものか査定していたのだ。結果、俺の剣は超高スペックな代物であるものが分かった。時々表示されるディスクトップにはこう表示されていた。

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灼熱の黒刃しゃくねつのくろやいば・片手剣

補正スキル:反射神経系強化・魔法付与・ダメージ軽減・重量変化・形状変化

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 使ったことのないスキルもある未知の武器らしい。
 俺は境遇が三割増悪かっただけのようだ。実際は俺はチートキャラだったということだ。俺には『武器創造』というスキルがある。
 決めた!俺、武器屋として生きていこう……。

「あれは放っておいて大丈夫よ」
「本当か?気のせいか神に召されたみたいな顔してるぜ」

 この武器屋の親父は見かけによらず良い人みたいだ。そこの二人を足して二で割ったらちょうど良くなるのに。

「それではゲイルさん、頼みました」
「おう!まかせとけ!」

 いつの間にか名前まで聞き出していたとは驚きだ。
 この女にそれほどの会話術があるなんて。
 若干の気落ちをしつつ、俺とアリスは店を出ようとする。
 そんな時、背後から難解な事件に頭を悩ましているような、なんともパッとしない声が聞こえて来た。

「……坊主!ちょっと……その武器を見せてもらっても?」
「ええ……良いですけど」

 俺は背中に下げていた鞘の中から剣を取り出し、そのままの状態で直接手渡しした。
 確かに高スペックかも知れんが聖武器というのも国の騎士たちは全員使うものらしいし、良い武器だが呼び止めるまでのものなのか。

「これは……。坊主、この剣はどこで買った?」
「創った。俺のスキルの中にも『武器創造』ってスキルがあったから創ってみたんだ」

 数々の武器たちも聞き耳を立てるようにその場は静まり返った。
 アリスもドアのところから再度カウンターへと戻り、親父は驚嘆の形相となっている。

「素材は何でできている」
「噴火口に落ちていた溶岩だ」
「プロメテウス噴火口か!?」

 親父は前のめりで俺を興味深そうに眺めてやめない。正直うっとうしい。

「そこがどこかは知らないが、ジャクの森の中にある噴火口だ」

 「そうか」と小声で思案げに座り込むと、ズカズカと店の中に入って行ってしまった。
 俺が口を挟もうとすると、アリスにキリッと睨まれ大損不得というのが現実味を増して来た。
 ここの武器屋に来て俺は損しかしていない。
 というより、俺はこの世界に来てから損しかしていない気がするのは気のせいだろうか。
 そろそろ俺にも褒美があっても良いと思うのだがな……。
 窓の外に目をやると日の光が傾いてきていた。確定した野宿に気を引き締めなければなるまい。
 そういうわけで帰らせていただこう。この交渉はまた今度いつかということで。

「アリスさん、とりあえず今回はここまででお開きということでーー」

 俺の真っ当かつ、正しい言葉の数々が理不尽極まりない垂幕によって打ち切られた。

 少々お待ちください

 あの親父は魔女なのか!?


 


 
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