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金運がない 中編

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 薄暗くなりランプが点灯した武器屋に俺たちは足止めを食らっていた。
 窓の隙間から差し込む日の光はもうゼロに等しい。俺たちは野宿ではないものの冷気が集中する密閉空間で夜を過ごす羽目になるかも知れない。

「なぁ……アリス。武器屋の親父は今何やってんだろうな」
「さぁね、知らないわよそんなこと」

 垂幕が下されてからゆうに三時間は過ぎている。さすがのアリスでも長時間終わりが見えず、密閉空間で拘束されれば疲れもするそうだ。
 そんな様子の人が隣にいるのだから俺がどうっているかなんて説明はする必要がない。あえて説明しろと言われれば、常温で三十分保管したアイスである。
 もし今、親父が高額で買い取らせて欲しいとか言ってきたとしても嬉しさは半減だ。正直何円でも良い。この空間から出られるのであればいくらでも良いから。早く帰ってきて欲しい。
 ーーいや、違うか。もしかするとそこまで先読みをした結果のこの状況なのか。
 だとすれば、この建物の奥には誰もいない。
 よく考えれば、アリスの弓矢もない。
 まさか……盗賊。その可能性は十分ある。
 最初は良い人として接するという行為は、詐欺業界においての常套句。
 これでもしそうだったら……ついてなさすぎる。
 そして誓うね。アリスのわがままはほどほどに留めるべしと。
 俺は水分をとっていず、ガラガラになった声でアリスに問い掛けた。

「アリス、起きろ。あの親父さんが盗賊だって可能性はないか?」
「そんなわけないわよ。私、昔からあまり良い扱いを受けなかったから下衆の勘ぐりをしようという輩は顔を見て判断できるの。だからないわ」

 アリスはカウンターにもたりかかりながら、軽く手であしらわれる。
 彼女の心中を代弁すると、「疲れているの。頭に響くから静かにして座っていなさい」だろう。
 それとその自信は羨ましいね。こちとら転生者なのに不安しかない身とは大違いだ。

「だったら、この扉の後ろには彼がいるってことだな」
「ええ……その通りよ。だから黙って」

 俺が思うにこれはフラグで、絶対親父はいないだろうよ。
 俺は扉をしっかりと三回ノックして押し開けた。
 扉の向こうは武器を創作するためであろうがあり、鍛治職人の部屋というにはふさわしい部屋だった。
 ただ俺の予想が当たりのようで、部屋の中はすっからかんだった。無論、武器はない。
 
(ハイ!訪れました!ジャクの森編が終了してしまったからと言って新たな災難を主人公に与えるお決まりイベント。こういう時だけ正規なのだから、作者がいたら文句を言ってやりたい……)

《それは不可能ではないかと申告します》

 最も信用できるスキルの『影』ではあるが……すまない。
 人間、否定のしようのない正論を言われると頭にくる生き物だよな。正直、ムカつく。

「アリスさん、大変言い出しづらいのですが彼はいないようでありますよ。その老体に鞭打って動いてくださいな」
「ああ、そうなの……。だと思ったわよ。だから黙って」

 久々の森の外で気が抜けているのだろうか。疲れている今、武器のことなどどうでも良いらしい。
 アリスはこの違法武具店の中で野宿の体勢を取っていた。
 ……ちょっと、警備兵が来たらどうするんだよ。何?これってあれなの?背中に乗せて運んでやる的な女性陣向けの胸キュンイベントなの?
 確かに俺も“いいなぁ”と憧れたことがあるのは相応に認めるが、だが、しかし、でもこれでは俺も疲れてるから全然嬉しないのですが。

「あのーアリスさん?意識はありますでしょうか?できればご自分の足で立って、重力に抵抗して、星を目指して……」

 俺は一体何を言っているのだと赤面する。
 もう疲れすぎて、呂律も頭も回らず意識のない奴に語りかけているし、重症だよ、俺。

(ではでは、そろそろ腹を括って彼女を背負ってここから出るとしましょうか。剣も弓もなければ体だけだしなんとかなるだろ。それでは『影』、警戒は任せた)

《了承、全防衛スキル展開します。ちなみにスキルの戯事なので聞き流していただいて結構ですが、要救護者と搬送者との腕を繋ぐと運べる距離は格段に上がります。それでは》

 危な……!
 スキルの戯事って、めちゃくちゃ重要事項だったじゃない。適当が二重の意味を持つように、戯事も二重の意味を持つんじゃないの。

 俺はアリスを担ぎ上げた。
 彼女の体は軽く華奢だった。あの猛攻を仕掛けている人だとは思えない。その体で俺以上の活躍をしていると考えたら、寝落ちしたのも仕方がないという気がしてくる。
 とにかく俺は入ったドアを蹴り開けて外へ出た。
 そこには百万ドルの夜景とはまた別の路線を極めた美しい夜景が広がっていた。環境破壊のない自然の曇りのない水には神々しい月が映っていた。外には城を中心として均等に並ぶ家から漏れる灯りだけ。数えきれない星が頭上には広がっていた。とても静かで俺はこの景色が好きになった。誰にも干渉されない場所はどこよりも落ち着く。
 耳元を撫でる寝息もその理由かも知れないと一瞬でも思ったことはアリスには秘密だ。

「ちょっと君!こんな時間にこんなところで突っ立って何をしてるの!」

 背後からガチャガチャと小うるさい音が近づいてくる。
 振り向くと、おそらく昼間とは違う警備兵が立っていた。

「ええと……」

 自分の置かれている立場にも関わらず、俺はどういうわけか心の底から落ち着いていた。
 異世界の兵士たちのイメージがあまり強くないからかも知れない、がこの景色が脱帽するほど美しいからということにしておこう。

「普通の武具店かと思い入ってみた店が盗賊の経営だったのか、武器を盗まれまして。たった今気づきどうしましょうか、となっているんだが警備兵としては俺たちはどうすべきなんだ?」

 俺は本当のことを言うべきか迷ったが、言った。
 理由はお馴染み。物語上の奴らは何故だか説明したがらないが、結局最後には厄介ごとに巻き込まれる。いわゆる『巻き込まれ主人公』に俺はなるつもりはない。そんなフラグはオール回避、事前判断を欠かさずべからず、がモットーである。

「君は冒険者か?ちなみにその武具店とはどこのことをいっているんだ?」

 正規の国民でない俺たちを疑っているようだな。
 だが、俺はそんな兵士は好きだ。人を疑う奴は怖がりなのではない、誠実なだけだ、責任を持つ奴だってことだ。
 気づけば打ち解けているような人間は今後何かが起こった時蛇のように罪の針を掻い潜る、責任放棄者だ。
 俺は首をくいっと動かし武具店の方を示した。

「そこの『武器屋~ゲイル~』だよ。俺の武器を見るや待ってくれと言って姿を消した」

 俺はありのままを話している。
 しかし、兵は奇怪なものを見るような目で俺のことを睨みつける。

「それはないよ。そこの武器屋は裏路地にあるものの国の認める優秀な職人のいる店だ。筋骨隆々の男だっただろ」

 向こうの言っていることも事実であり、嘘ではなさそうである。
 奇妙だ、不可解だ、不思議だ。俺は後に続くにつれて単語が簡単になっていく日本語を未だ知らない。

「確かにそうだが、おかしいな。俺たちの話には矛盾が生じる。いい人間でもあり、盗賊にもなってしまう」
「そうだな。であれば、俺はお前を怪しむべきだな。それと個人的ではあるが俺はいい人という言い回しを好かん。いい人ってのは都合の良い人だからな。いい人と盗賊は比較にならんよ。言い方次第では盗賊も仕事だからな」

 鎧で顔は見えないが、この兵のドヤ顔が目に浮かぶ。
 それにこいつとは話が合いそうだ。
 女神、どうしてアリスと会う前にこいつと会わせてくれなかったんだ。
 などとどうにもならないことまで思考が巡る程度に頭が馬鹿になっている俺のところに、新たなる人物が現れたことに俺は気づかない。
 疲れは理性を飛ばす。
 序章三節の頃に訪れる人物を俺は忘れていた。こんな大イベントを忘れていたなんてぬかったぜ……俺……。心の中で涙を流す。
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