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金運がない 後編

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「その件、私が引き取らせていただこう」

 背後から威厳のある深い声がした。
 監視兵はしばらくボーッとしていたが、我に帰るや「はっ!」と言ってその男の下に跪いた。
 金の刺繍の入った銀地のローブを羽織り、半月形のメガネをかけ、腰には刀ではなくコブだらけの杖がさしてある奇妙な格好をした老人が立っていた。
 服装は個人的意見であり、精神の自由の保証であるから、決してその姿に酷評をつけるつもりもないし、もしそうだったとしても悪いことはない。

「アーガスト総督、彼らは故郷を持たぬ冒険者でありますが、よろしいのですか?」

 兵は顔を下げたまま、自分の最高地位の上司に無礼がないかの確認をしていた。
 この世界では、アリスの夢からそれなりの想像はしていたが家柄を追求することが社会として常識らしい。
 兵士の当たり障りのない単調な報告は自分はその考えに中立の考えです、という考えを遠回しかつ直接的に示していた。やはり好きだ、こいつ。

「気にすることはない。事件と家柄は無関係じゃ。それにわしは身分という概念はあまり好かん。身分がいいのと、実力ありきの者であれば迷いなく後者を選ぶ。だから安心すると良い。……この価値観はひとまず内緒じゃぞ」

 他人との秘密の共有、及び共感はコミュニケーションを円滑に進める方法の一つなのだろう。さすがは一国の王である。
 王という存在に理不尽であるとか、強欲であるとか、傲慢であるとか、そんな説明しか王についての項目を知らなかった俺からすればこれもまた事件だった。

「ところで話を引き受けるというのはどういうことなのでしょうか」
「それは城のワシの部屋に来てもらってから話そうかの」

 総督は腰から杖を引き抜いた。杖を乾杯グラス持つように高々と持ち上げ、俺たちに眼鏡の上から視線を送ってくる。
 どうやら、「近くに寄りなさい」ということらしい。

「初めてでは少々痛いかも知れんが気をつけるのじゃぞ。娘さんが眠っておってよかったかもしれんの」

 意味深な言葉が国長の口から飛び出したのは、一過性のジョークであるとして受け流すこととしよう。

「それじゃあ三つ数えるからの。その間に心の準備をしておいてくれ」

 三つ……!?それで心の準備をしろというのは無理があるでしょうに。

「三つ、二つ」

 見た目はいかにも大老師。そう呼ばれていても誰も驚かないかっこいいじいさんなのだが……。

「それでは行くぞ!」
 
 カウントダウンは?もしかしてカウントアップのつもりだったの?三、言ったからいいみたいな!?
 俺たちは疑問を言う前にものすごい耳鳴りとGがかかった後、視界ゼロという特殊魔法をかけられた。
 暗闇の外からは愉快そうな鼻歌がフンフンッと聞こえている。しばらく視界と格闘していると突然、鼻歌が止み老師が、こちらに近づいてきていることが解った。
 
「着いたぞ、目を開けてみなさい」

 わけのわからぬままの俺は、突然差し込む明かりに目を瞬かせながら、西洋風の街並みが突然変異をしたのかと思われるさらに豪華な建物の中にいた。
 鉄製の扉、玉座、窓ガラス、壁、防衛線、兵士の鎧、分野にこだわらずすべてのものが均等に意匠が凝られていた。俺は一度目を瞑り、三秒後目を開けると玉座の前に立っていたのである。
 大理石のような壁の脇には左右等しく騎士たちが整列していた。今更ではあるが、俺って異世界にいるんだなぁと思わされた。
 これは読めない……!
 脈略がないことで日本語がおかしくなっていることはご了承していただきたいのだが。事前回避とか、フラグ回収とかと言っていたが、前振りを四捨五入した物語は読めない。これこそ感動シーンに共通する既成事実である。
 稀なことに今回“感動”なんてワードはどこを探してもなさそうだがな。

「ここは『サンライズ連合国』における総督室、通称“王の間”じゃ。とはいえ、王は肩書上ワシなのでくつろぎつつ話を聞いてくれ」

 ここはお言葉に甘えるとしよう。快い申し出には遠慮をしないほうが本来正しいことだと思う。話の裏を読むところはここではない。

「分かった。ところで話というのはなんなのでしょう」
「まず、確認なのだがこの君の剣は君が使ったということで間違い無いな?」
「ない。それは間違いなく俺の作った剣で、噴火口で拾った溶岩を素材としている」

 俺は何か間違ったことを言っただろうか。
 王の間の脇がざわざわとし出した。こんなのを見たのは、サッカー部の佐藤が女子にデリカシーのないことを教室のど真ん中で声高らかに語ったとき以来だぜ。
 なぜ名前を覚えているかって。それは心の底からドン引きしたからだよ……。そして嫌いだったからだよ。

「うん。嘘はついていないようじゃな。すまない、ワシは君を試させてもらった。この部屋で嘘をついたものはこの部屋で声を失うのじゃ」

 なんて怖いことしてくれるんだよ。言葉の抜け穴で間違ったことを言っていたらどうなっていたんだよ。
 これまた脈略のないことが話された。

「ワシは君らを信用することにした。……今から言うことで気を悪くしたらすぐに言ってくれ。君たちは今、無一文だろう?」
「……そうなんです……。恥ずかしながら宿代もないくらいでして」

 痛いところを直球で質問。うっすら配慮を入れていることで余計に刺さる。

「いや、すまない。偏見や見下しをしたいわけではない。ワシは頼みたいのだ。君たち二人に『聖ヴォルスロット魔法魔術学校』に通っていただきたい」

 ついつい俺は目を細めてしまう。一気に気温が下がったような静けさを感じる。周囲の者も総督の言葉に疑問を持ったことがうかがえる。

「ええと……何?」
「君たち二人に『聖ヴォルスロット魔法魔術学校』に通っていただきたい」

 また先が読めない。
 この総督にはフラグというものを知ってほしい。脈略をつけてほしい。脈拍が早すぎるよ。けれど、興味を持ってしまったことは確かである。

「……その心は?」
「これは交換条件なのじゃが、君には……ええと?」
「サイズだ。彼女はアリスだ」

 グーの拳を作って説明はした。
 何となく気がついたがサイズとアリスって語呂が似ているような、はたまた逆のような不思議な関係を持つな。字を体を表すというが、実際の関係とも一致していることから科学的に証明された定義だと言える。作者にノーベル文学賞を授与したい。

「サイズ、ワシは君には武器を作ってもらいたい。彼女には弓について、“逃げの武器”ではないことを示してもらいたいのじゃ。代わりにワシは君たちに生活費と宿を譲ろう。どうじゃ?引き受けてくれるか?」

 兵士たちの中に知れた顔の奴が手を振っていた。ゲイルである。全く紛らわしいことをしてくれる。

「……私の言う通りでしょう……」

 完璧な開心術を受けたが、それはアリスのただの寝言だった。どこまでもSっ気を発揮するつもりらしい。
 この状況においては申し分ない条件だ。むしろありがたい。だが、あれだけはしておかなくては。

「いいでしょう。だが一つだけこちらからも条件をつけさせていただきたい。俺たちの武器を返してもらえるか」

 王は笑顔で承諾の意を示した。転移魔法なのか足元には群青の眩い輝きを放つ魔法陣が現れ、それは武器へと姿を変えた。
 玉座の後ろにはオレンジに光る、この国の名前にふさわしい朝日が昇っていた。その光の下、俺と王は目で手を取り合った。
 そのとき俺は物思いにふけっていた。アリスの安らかな寝息を無意識的に聴いていたからかも知れない。
 実際の勇者にはいきなりのチートはない。
 突然の大金持ち、出生不明の最強騎士、あんなものは幻想で妄想であることを俺は理解した。だから俺は運を捨てることにする。
 働いたら負けという言葉が日本では流行っていたが俺はそれも捨てる。確かにやり方は重要だ。だが結局、世の中生き抜くには働くしかない。
 俺は新境地で学び、働こうと思う。
 金運はない。だが意義がある。
 結果的理解、謳歌と奔放は似て非なるものである。
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