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ラブコメは得しない。

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「一体これはどういうことなの?しっかりと説明してもらおうかしら」

 ここは総督からいただいた宿である。というか一軒家、しかも庭付きの王城を中心として対称の位置にある静かで穏やかな優良物件だ。
 その中でも二階にあった寝室に早朝に着くや雪崩れ込んだ次第であったのたがーー
 俺の前には傍若無人の女が立っている。それは暴虐武人を見ているように恐ろしい。

「ですから、金と宿を獲得するための交換条件として俺たちは『聖ヴォルスロット魔法魔術学校』に生徒として紛れ込み、お前は布教活動、俺は武器製造に協力することとなった」

 踵を返したい圧力に口元がひきつるのを避けられない。この女の眼力はどうなってんだよ。

「だから……どうして国と冒険者が協力するという協定が私の同意もなしに決定しているのかってことを聞いているのよ!」

 ふむ。確かにその通りなんだよなぁ。
 でも問題はないだろう。無料で知識を得られる上に、宿も貰っているんだ。むしろ好待遇だ。

「まあ、その辺のところは流れだな。雰囲気、ムードだよ」

 気がつくと部屋にトントントントンッという音が響いていた。表情はあくまで冷静に、アリスはお怒りを表現している。
 バレていないつもりかも知れないが、その貧乏ゆすり丸聞こえですから。

「……あなたねぇ、もしそれで総督が何かを企んでいたらどうするのよ?」
「そうなったらどうしようもないだろうな」

 もしそうなったら、深い森に隠遁しよう。どうせ冒険者だし、そうしたら自由だし、それはそれで悪くない。
 俺は椅子に座ったまま、窓から外を眺めた。まだ見慣れない西洋の建物は見ているだけで癒される。美のセンスが意外にも俺にはあるのかも知れない。
 しかしパッと立ち上がった誰かさんのせいで視界は180度シャットされた。

「……真面目に答えて。こんな大きな協定をどうして結んだの」

 そうだなぁ。現状の打破とか……?複数人の人柄に共感を覚えたとか……?まぁそんなもんか。
 というかそもそも、

「あのさ、最初に質問なんだがこの協定って大きいのか?」

 金と仕事の交換条件って、ただの仕事だろ。言い換えるなら昨日の会話は王都に就職希望の面接だ。そう言い間違われてもおかしくないレベルの会話しかしていないような気がするが。

「大きいわよ。国と協定を結ぶ冒険者なんて、国に利益を与えることのできる賢者レベルの冒険者のみ。あなたにそれを言わしめる能力スキルがあって?」

 ない。王の間をでて、周囲にアリスしかいない状況だし、本当に今更なのだが当て付けのない不安感が湧いてきた。
 外出先でチャリ鍵をなくした時くらいに血の気が引いた。味わいたくない恐怖感。

「さぁ話を戻してもいいかしら。それでどうして了承を示したの?」
「それは武器は返してもらえるし、金と知識を得られるのなら武器を作るくらい良いかなって思うだろ……。お前に金銭の意識はあまりないのかも知れないが、金の権力は恐ろしいんだぞ。俺の前の世界では金を持つものは法を破ることをもやる気になれば可能で、その者の金は絶対になくならない仕組みが社会に浸透していた。武力ではどうにもならないこともある。その権力を持つ方法の一つである金だが、俺たちには一銭もない。この意味がわかるか?」

 質問を質問で返す。これぞ相手の流れを自分ペースに持ち込む会話術。
 屁理屈ではない。金が生み出した社会のルールの産物。したがって、俺は悪くない。

「分かったけど、遺憾だわ。あなたに納得してしまっている私も気に入らないし、何よりなぜ私があなたと同じ家に住まなければならないのよ」

 子供か……!子供なんだな……!
 端正な顔立ちで、身長160強で美脚という抜群のスタイル、なんといっても程よく膨らんだ胸。このモデルの才能を他の女子に分担してやりたい。
 家が同じといっても部屋は別にすればいいのだから問題ないだろうに。
 それに俺が何かするとでも思っているのか。自惚れるなよ、そんなことはこちらからお断りだ。

「一応聞いておくが、なぜ嫌なんだ」
「身の危険を感じるわ」

 ……もうほんと永眠させてやりたい、この女。

「森の野宿でも何も起こっていないのに何かが起こるとお前は本心で考えているのか。どんな妄想脳だよ。小説でも書いて世の乙女たちに共感を求めてみろよ」
「それは無理ね。私の本は売れないと思うわよ。だって私って、こういう街の人たちとは異なる価値観を持っているから」

 それは知っていた。知りたくはなかったが……。それが半ば俺がアリスを真から恨めない理由の一つにもなっているからな。

「っていうか、そもそもお前の方が強いんだからそんなことはできないだろ」
「デリカシーに欠けた男ってこういう奴のことを言うのね。学んだわ、私だってか弱いのよ」

 言葉は心の裏返しの言い換えで、逆のことを言っているのではないでしょうか。

「……まぁ、戦闘を考えず体の強度で言えばそうかもな……。お前、華奢だし」

 まだ朝のはずなのだが、夕日が昇ってきた。
 椅子に座る俺、の前に立つアリス。目元には夜露で濡れたのか水滴が光っている。
 真面目な議論も何かなければ終わらない。それがこの女との関係である。
 無言、その先に夢だった。
 秒速一メートルくらいの平手打ちをくらい失神。右頬の痛みとともに椅子から転げ落ちた。力を抜いていたから思い切り。
 アリス自身も戸惑っただろうな。これも作戦の一つ、罪悪感を利用して人を利用することだと知らずに。
 とりあえずそういうことにしておこう。そっちの方が聞こえがいい。
 昨夜中おぶっていた俺をビンタとは“恩を仇で返す”とはこのことだ。

「……ぐふっ……」

 意識朦朧、全身打撲。
 現実にラブコメはいらない。
 
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