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平穏な生活は続かない

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 俺は部屋を別々にし、許可なしの入室を約束してアリスに家を共有にすることを許可してもらった。いわゆるルームメイトというわけだ。
 おかしいなぁ。この部屋を総督からいただいたのは俺の交渉あってのものなはずなんだがな。
 だがこれが暗黙のルールで知られるレディファーストだというのなら文句があることは否めないが妥協することにしよう。

「『聖ヴォルスロット魔法魔術学校』ってどこにあるのかしら。以後通達で知らされていたのは城の前に来るように、ということだけだったけど」

 あの早朝のコントからは三日が経っている。三日間の間は狩ではなく、八百屋で食材を買い、調理して食べ、シャワーを浴び、街中を歩き、帰宅して寝る、を繰り返した否定のしようがないぐうたら生活を送っていた。
 わけだが、どういうわけかアリスの姿を俺は夜しか見かけなかった。

「さぁな。まぁ、来いと言われているわけだから行けばいいんじゃないか。嘘ってことはないだろうし」

 どんなに特殊に見えた場所も三日間もいれば、そこはそれなりに見慣れた街に変わる。そのせいか俺は栄える城下町を歩いても特に心はときめかず、いまいち気が引き締まらなかった。
 俺が三日間、危機感なく過ごしていたからということも大いに理由に反映されるだろうがそれは気にしないことにしよう。

「まぁそうね。ところであなたはこの三日間何をしていたの?家に帰ってきたとき料理があったのは助かったけど、そのほかは?」
「あ、ああ……。ここを歩いたり、物思いに耽ったり、料理について研究したり……かな」
「つまり、一日中のんびり穏やかに過ごしていたのね。隠遁の身でもないのに。あなたには“転生者”に似つかないステータスを上げるとかやることがあるでしょうに」

 アリスは首を振ってため息を吐いている。
 転生してから無休だったんだから休むのも許可してほしいものだ。それと誰かさんを数時間担ぎ続けていて腰を痛めたのも少なからずあるのもお忘れなく許容してほしい。

「まぁ、どうせ今日からは働き詰めなんだからいいだろう?」
「ダメね。習慣付けることが重要なのよ。連日の休暇は人を駄目にするから。そういうわけであの日のあなたより、今のサイズの方が劣っているように見えるわ」

 それはごもっともで……。

「だったらアリスは何をしていたんだ?」
「私?私はいつも通り森に出てレベル上げをしていたわ」

 これは後から知ったことなのだが、門限兵によるとアリスは毎日日の出とともに森へと出ていたらしい。なんという優等生。
 このクールさは真面目さからの自信によるものだと理解した。
 圧倒的人格の差を見せつけられている気分だ。いや、見せつけられている。

「……お前ってほんとにとんでもないのな」
「そんなことないわよ。誰にでもできることを、当たり前にやっているだけよ」

 それが一番難しいことなんだけど、それを分かっていないのがたちが悪い。本当にすげぇからこその問題だ。

 数分後、

「で、着いたんだが誰もいないぞ」

 言う通りにして何もないというのは、なかなかの高待遇だ。
 まあそんなことより、学校ってところが常識の範疇の場所であることを祈るよ。

「そうね……。仕方ないし待つしかないわーー」
「……アリス?どうしたん……。アリス!?」

 突如、アリスの姿が消えた。いましがた世間話をしていたというのに。
 どこへ行った?
 誘拐とかじゃなければいいが……。いや、それはないか、あの防御の固いアリスに限ってしかも今そんなことが起こるまい。
 だったら何だ、とそんなことを考えていると首元を引っ張られるような感覚が走った。

「痛い!痛いって!」

 マジで痛い。逃れようとするほど力が増す。
 何でこんなところで生き地獄の模倣を受けないと行けないんだよ。
 しかも後ろは石垣。できれば思い切り衝突するのは避けたいところだ。

(『影』!突然で悪いが質問だ!これはなんだ?)

《認証、理解不能。ですが、壁から少量の魔力が漏れ出しています。気をつけてください。保護魔法でスキル『人避け』を発動しますか?》

(やってくれ!)

 スキル『人避け』?ということはこれは人によるものなのか?
 そうならスキル『生命活性化』で力づくで振り切れる。

(『影』、ついでにスキル『生命活性化』も発動してくれ)

《了承しました。スキル『生命活性化』を発動》

 身体中に力がみなぎってくる。
 神経も敏感になっているから分かるが、引っ張っているやつの手は細い。これならいける。

「せーの!!」

 俺が唯一使える格闘技、中学時代に習っていた背負い投げで俺は俺は身体を拘束からとき、拘束を投げ飛ばした。
 投げ飛ばしているとき、投げ飛ばしている対象を見て俺は身体を凍らした。投げ飛ばされつつ、厳罰を宣告している氷の眼を俺は見た。

「……っ!痛いのだけど……」
「……すみません。でも壁の中から引っ張られれば誰でも驚くって!」

 よくよく考えてみれば、『影』は『人避け』を発動していないから俺とアリスは離れていない。
 つまり『影』はこの展開を予測していた。
 『生命活性化』だけ発動するんだから本当にたちが悪いのはこのスキルだ。

「……まぁいいわ。じゃあ壁をくぐるわよ。学校はこの中だったわ」

 壁をくぐるのは奇妙な感覚だった。あまりよくない。例えるなら冷水を浴びた感じでゾワッとする。

「おっ!戻ってきたか!それにしてもアリスくんの方は酷い目にあったな。壁の中から見ていたが……クックックッ……見事な投げられ方であったな」

 壁を通ると、他の兵と比べ防御性が高そうなさらにゴツい装備を身につけている男がいた。年齢は四十代後半くらい、口髭をたっぷりと生やした強面の男だ。

「どうも騎士団長。立ち話もなんですし早速説明に移ってください」

 話の変え方があからさますぎるだろ。だが、笑えない。笑ってやりたい。が、キリッとした視線を背後で感じる。
 でもこのときばかりはアリスに味方をするよ。何しろアリスを引っ張ってここに入れたのはこの人だし、そうなった場合アリスが俺に同じことをするのは当然な事の成り行きなのだから。
 いや、普通ではないか。

「君はサイズくん……でいいのかい?私は騎士団長とこの『聖ヴォルスロット魔法魔術学校』の学長を兼任しているアルフェスト・アイザックだ。アイザックと呼んでくれ」
「はい、よろしくお願いします。いきなりですが、ここはなんなんですか?」

 こういうところを俺は前世の世界で知っている。これは“ダンジョン”と呼ばれる類のものだろう。
 ものだよな?いや~、やっぱりこういうのには興奮してしまうぜ。
 何しろ、空はなく黒で覆われた世界。
 宇宙を具現化したような空間だ。視線の先には王城と瓜二つな城があり。その脇には左右に大きな穴が空いている。
 洞窟だよな、きっと。

「ここは古くからある異空間だ。『ヴォルスロット大迷宮』という場所でもある。ここは魔物の発生が定期的に起きる場所であり、通称『ダンジョン』と呼ばれている」

 キター!!ダンジョン!!
 久しぶりの定番イベント!異世界転生物語の定番中の定番。主人公の前にはどういうわけか『ダンジョン』が現れる……。
 まぁ……俺が魔物と対敵しても倒せるとは一概には言えないんですけどね……。
 ……ん?ちょっと待てよ。そんな場所になぜ教育の場所を設けた?

「アイザックさんーー」
「アイザックでいいぞ」
「それでアイザックさん、そんな場所にどうして教育機関を設置しているのです?」
「なかなか強情な奴だな。だが気に入ったから教えてやろう。噂は色々あるんだが、事実はこうだ。街に魔物を出さないようにするために『ダンジョン』を攻略しなければならない。だったら『ダンジョン』の中で戦士を育成して攻略してしまおう、というわけだ」

 その後の話によると、学校の左右に空いている洞窟が『ヴォルスロット大迷宮』らしい。だが、ここにはまだもう一つ『ダンジョン』が隠されているらしい。
 これがこの場所についての話だった。

 結局、俺の平穏は一時に過ぎないらしい。
 人生を謳歌する。そんな夢は叶えることが可能なのだろうか。

 平穏な生活は続かない。

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