くまくまぬいぐるみ会社

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テディベアのスティーブン

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 ある日、クマが来た。
 都心にある僕の店に。
 明るい茶色のふかふかした毛並みにボタンの目、右耳には黄色いリボンのタグがついている。
 身長四十センチほどの彼は、昔ながらのテディベアであった。

 2020年の初夏のことだ。
 僕・篠崎将生しのざきまさおは、都心の繁華街の一隅で骨董品店をやっている。
 元々は祖父母がやっていた、結構由緒正しい店なのだが、祖父母は数年前に隠居してしまった。
 あとを任された僕は、気楽といえば気楽な立場だが、まだ三十歳手前という年齢はこの業界では青二才もいいとこで、同業者達にも目の肥えたお客さん達にもなめられることしきりだ。
 だから、と、いうわけでもないだろうけど。どうも僕は、妙な人から頼られることが多い。
 たまには「ひと」でないものから頼られることも。

「こちらは、テディベアの買い取りもやってますな?」
 小さい体から聞こえてきたのは、僕よりも年上らしい男の人の声だった。
 黒のダスターコートとグレーのソフト帽を着けた、小さな姿。
 それが開店直後の店のドアを入ってきた時、人形の服だけが動いているように見えた。ドアよりずっと小さく軽いように見えるのに、どうやって開けて入ったのか。
 ぎょっとして固まる僕の前まで歩み寄り、彼は帽子を取ってみせた。ボタンの目とタグのついた丸い耳が現れる。
 澄んだ黄色のボタンの目が、じっと、こちらを見ていた。
 僕は、なんとか動揺を隠して答えた。
「買い取り……も、しては、いますが……テディベアは、あまり、扱ったことは」
「ではまず、見積もりをお願いできますかな。私の。
 ああ、申し遅れましたな。私はスティーブン・ダドリー。見ての通りのテディベア。」
 そう言って、短い手でぽんぽんと胸元を叩く。
 姿は確かにテディベア、なのだが、声と動作は落ち着き払っている。はっきり言って偉そう。どうも、子供の玩具という感じはしない。
「見積もり? あなたの?」
「そう、私の。
 シュタイフ社製、ハロッズ販売。一九八〇年製造品。いかがかな?」
「はあ……ではまあ、拝見しますが……」
 AI搭載のロボットだろうか、という考えが頭に浮かんだが、正直あんまりぴんと来なかった。
 だって、ロボットにしては動きも話しぶりも、自然過ぎるのだ(今時は自然なロボットもつくれるのかもしれないけど)。
 何より僕自身が骨董屋で、最新AI技術なんてものより、幽霊とか妖怪とかという「なんだかわからないもの」のほうがよほど馴染みがあるのだ。誰かがいたずらで、店にテディベアロボットを送り込んだ、なんて可能性より、持ち主の恨みが込められた魔性のテディベア、なんてのの方がまだしも……
 と、そこまで考えて、僕はそっと頭を振った。正直、どっちも嫌だ。
 クマは、変わらず無言でこちらを見上げていた。膝をつき、おそるおそる手を伸ばして、確かめながら頭に触れてみる。コートの下の襟元には、緑色のリボンタイが見えた。耳についたタグは確かにシュタイフのものだ。
 クマは足にはフェルト製の布靴を履いていたが、頼んで脱いでもらうと左足の裏に、ハロッズのロゴ刺繍があった。アクリルの毛並みはどこもまだふかふかだが、それなりに年季がはいっていて、いくらかへたっている。
 それと、リボンタイの下、胸元から腹にかけての毛並みに、うっすらと黒っぽい変色があった。何だろう、食べ物か、インクか何かの染み……?
「確かに、ハロッズのシュタイフベアですが、比較的数が出ているタイプのような……あまり、高額にはならないかも。」
 できるだけ、普段の営業トークの通りに、穏やかに話を続けたが、自分でも心臓がバクバク打っているのがわかった。テディベアなら何度か見たことがある。鑑定して買い取りや仲介をしたことも。これまでのベアと何も変わらない……と、思おうとしたけど、普通のテディベアなら、腹や喉に、脈や息遣いがあったりしないんだよ!
「……少し、お待ち頂いて、こちらでも調べてもよろしいですか? 従来の取り扱い事例とか……」
 なんとかクマから離れて気持ちを立て直そうと、僕はそう言って立ち上がった。
「買い手は、つかないかね?」
「つかなくも、ないとは思いますが……あまりコレクター向けではないかも」
「まあ、それも良いか。望まれて引き取られる先があるなら」
 気のせいか。クマは、ため息をついたように見えた。
 ため息つきたいのはこっちなんだけどなあ、とは思ったが。
 なんだか、気楽そうな愛らしい見た目に反して、このクマは何やら訳ありなんじゃ……? とも感じたのだった。
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