堕ちる犬

四ノ瀬 了

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本当に最低だな、お前は。どうしてこの状況でチンポが勃つんだよ。頭がどうかしてるんじゃねぇのか。

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 通された川名の屋敷の入り組んだ廊下の奥、薄暗い場所へ進む程に体感温度が一度ずつ下がっていく。麝香のような甘い香りが闇が深まると共に周囲に重く漂う。
 美里は川名から渡された紙袋を手に下げ、自分の私物を入れた革ポーチを小脇に抱えながら、川名の後について歩いていた。屋敷の全体像を美里は未だに知らなかった。川名との付き合いは短くないが、彼は未だ屋敷の中程までにしか美里をいれたことが無かった。組織の中ではどちらかと言えば彼から信用されているという自負のある美里でさえ、屋敷の半分ほどしか把握できていない。
 彼の後ろをついていくと。音が少しずつ遠くなり、誰もいない廊下だというのにあらゆる方向から視線のような物を感じるようになった。美里はこれが川名の存在の圧、重圧なのだと思った。彼と二人きりの時に感じる圧が更に大きくなって美里の周りを取り巻いて抱かれているようだった。美里でさえそう感じるのだから、他の者はもっと感じるだろう。

「ここにいれてある。」 
 漆黒の重そうな扉の前で川名は足を止めた。
 扉の向こう側に霧野がいるのだと思うと、美里の緊張の糸が自然と少し、ほぐれたのだった。
「お前が来てることは、しばらく気が付かせないでおこうか。その方が面白いだろう。」
「別に、お好きなようになさってください。」
「……。お前の許可もとったことだし、そうさせてもらおう。」  
 川名はそう言って美里にだけ見せるような、人懐こい笑みを浮かべた。

 扉の向こう側で、霧野は、頭を下げて二人を、いや、川名を待っていた。美里を置いて川名が部屋の中心へとカツカツと靴音を立てながら移動し、霧野は目隠しされ、調教と蹂躙が始まるのだった。美里は、抱えていた荷物を床に置き、壁に寄りかかって遠景を眺めるように様子を見ていた。煙草を吸いたい気分だったが、この部屋では吸わないほうが良いだろう。部屋の中で目に見えて目立つ三角木馬の他に、天井に通された梁からは、ロープが中途半端にぶら下がっており、川名はそれを手に取って握り、身体を支えながら足で男の下半身に踏み込む際に加える重さを、重くしたり軽くしたり、強く踏み込んだり、小刻みに踏み込んだりと、調整して、動きやすくしていたのだった。ピアノのペダルを踏みこむのにどことなく似ているなと美里は思った。それで嬌声の入り混じる音を奏でている。

 そういえば川名には音楽の嗜みもあるのだ。見たことは無いがピアノで簡単な曲位は奏でられても特に驚かない。今の霧野は川名専用の楽器なのだ。川名は美里を抜いて霧野との世界を愉しみ始めた。

 美里の頭の中にはいつからか、まったく別の、ひとつの音楽が流れ始めていた。現実逃避のやり方は様々で身に沁みついてよく慣れたものだったが、その中の一つに脳内に音楽が流れ出すことがあった。いつでも同じ音楽で、大変美しい音ではある。美里は自分の左瞼の瞼の下あたりが軽く痙攣し始めているのを感じ、顔を抑えていた。音楽は続く。それは幼少期に母親が口ずさんでいたメロディであり、有名なクラシック音楽でもあった。だから、時折外出先や街中で意図せず耳にすることも度々ありその度、美里はその場を足早に離れる。

 美里が、もういい、と俯きかけた時、川名が椅子に座り、目で美里を呼ぶのだった。
 彼らの方に近づくたび、音楽が大きく、隠している方の顔の痙攣がとまらなくなる。川名の背後に立ってようやく顔の痙攣がとまって、重力に負かせるようにだらんと腕を垂らし、両の瞳で、川名の背とその下にあるモノを見た。
 川名の足もとでまるでノアのようになった目隠しされた馬鹿がじゃれついていた。

 頭の中が猛烈に五月蠅くなってくる。川名が何か言っているが、聞こえず、ぜんぶ、どうでもよくなってくる。
 目隠しを外された霧野のとろんとした赤らんだ瞳を見た瞬間だった。
 ああ、はやく俺の手で殺そう、と思ったのだ。

 ようやく美里と目があった霧野の瞳は、化け物でも見たかのように、見開かれて、一瞬正気の光を取り戻して翻って視線をそらし、また一度視線を美里の表面の方へさまよわせ、気まずそうに視線をおずおずと伏せた。そのシュンとした叱られた犬のような様子に全くそそられないでもなかったが、殺そう殺そうという文言が一定のリズムで美里の中に流れるのは全く濁流の余蘊とまらず新しい音楽になって盛り上がり、虐め方殺し方を考えるだけで、顔面が引きつる代わりに美里の瞳の中に温かく深い、優しさのような極彩色が現われ止まらなくなるのだった。

 音楽はなりやんでいた。美里は視線を霧野の頭から全身に向けなおした。
 この身体。この身体が、その、中身が、誰か別の者の物になるなら、その前に。

 だって、俺が殺したとて、誰にとがめられることも無いのだ。もちろん、川名にさえ、だ。だって、最初に殺すと言い出したのは彼なのだから。だから別に俺が殺したって、文句が一つだって言えるわけもないし、寧ろ俺に、感謝して然りなんじゃないか。二条に多少、いや、かなり嫌な思いをさせ、怒らせるに違いないが、だから何だって言うんだ。怖くない。彼だって公式には、面と向かっては、俺に、何も言えないはずだ。今までもたまにあったように、裏で何か嫌がらせされたとして、川名の目がある以上、殺されるまでのことは無いし、それで、身体を貸せと言われたって別に何も感じない。だってもう、そんなの、霧野を自分でヤレなかった八つ当たりに過ぎないんだからな。寧ろ暴力されても、嫉妬を感じて愉快なくらいだぜ。声を上げて笑っちまうかもしれないな。こんな愚か者のために、自分が身体を張る必要は無い。寧ろ、俺のために身体をはってくれよ、最後くらい。俺の肥やしになれ。

 美里がそのようなことを思っていた時に、ほんの一瞬のことだが、ちょうど、川名の革手袋が、彼の太ももに顔を押し付けている霧野の顔に、まるで撫でるような手つきで触れたのだった。それは一往復して、直ぐに離れた。

「……、……。」

 その時、美里の中に新しい思念が血の吹き出るように勢いよく現れて、心を一瞬でどす黒く染めたのだった。瞳の中に在った優しさは一切掻き消えて、川名によく似た無気力で、何もない虚無が、瞳の奥に溢れた。美里は無意識に手をポケットの中にすべりこませた。指先に硬い物が当たった。

 向こう側に居る馬鹿ではなく、こちらに不用心に背など向けて座っている男を殺すのが一番早い。

 という鋭く怜悧で至極単純な思想。しかし、その思想が浮かびかけたと同時に件の男が、美里の心を見透かしたように振り返り、するりと立ち上がったのだった。そして美里のすぐ横に立って、至近距離から美里を見降して探るように瞳の奥を見た。そして、意味深に微笑みかけたのだった。

「……、……。」
「……、……。」

 美里の唇が、同調するようにいびつな微笑みの形に歪んだ。
 川名から目をそらすこともできず、何も口に出せない。さっきまで思っていたことなどすぐに忘れさせる。心臓を直接つかまれたような胸の痛みと共に美里の思想は再び乱された。川名の唇がゆっくりと開いて美里の頭に囁く。

「どうだ。俺の言った通り、誰が、どう見たって、元気だろ、こいつは。お前の心配なぞ杞憂なんだよ。……。いいぞ、連れて帰って。地下にでも戻しておいてやれ。こいつのためにも、これから色々と準備することがあるからな。」

 美里が口を開きかけたところで、川名の視線が突然下に向いた。

「おい、俺は美里に話しかけてるんだぜ。何勝手なことしてるんだ。いつ前脚を地から離していいと言った。」

 川名は懐からリードを手早く取り出し、霧野の手首に嵌った革手錠の間のリングに通した。そして、リード紐の部分を足で踏みながら再び椅子に腰かけるのだった。リード紐に引っ張られる形で霧野の手が地面に着くと彼の上半身が引っ張られて彼の前に首を差し出し、垂れる形になる。霧野の指がまるで引っ掻くような形で地について、第一関節の先の部分が強く地面に押し付けられて、他の部分は浮いていた。丸くなった大きな霧野の背中は濡れて艶ばみ、汗がつたって流れていた。彼の周囲だけ熱気が漂って、蒸されたいい香りがする。

 川名の足が、リードの上からどかされると、霧野は床の手を、今度はしっかり開いて掌をついて、大きく呼吸する。この生き物は全身で味わうように呼吸している。俯いて丸まった背中が上下して、等間隔に真っすぐ浮き出た脊椎が規則的に蠢いていた。川名はリードを拾い上げて、手の中で弄んでから今度は上に引いた。ピンとリードが張ったが手は地からは離れない。

「立て。中の物を出すなよ。」

 霧野はやはり顔を伏せながら、ゆっくりと首輪一つ付けた姿で、立ち上がった。ちょうど川名の目線の高さで霧野の雄が屹立して紅くなっていた。川名に眺められる時間が伸びる程に、全身を徐々に紅くしていった。束ねられた両手の下に、隠し切れていない雄がぴんぴんとして、美里はそれを冷めた目で見ていたが、奇麗に着飾った川名と美里の二人の前にほとんど裸のまま突っ立って、身体を上気させ、下半身の興奮を抑えきれずにいる霧野を見て、内心では、今、先ほどの乱された心は落ち付いて、今度はほとんど川名と同じ気持ちになってシンクロしているのだった。美里は椅子の背もたれに手を這わせ、霧野の方を仰ぎ見た。霧野の気まずそうな視線と目が合った。

「本当に最低だな、お前は。どうしてこの状況でチンポが勃つんだよ。頭がどうかしてるんじゃねぇのか。」

 美里が笑いを含んだ口調でそう言うと、霧野は濡れた鋭い瞳を美里の方へ向けながら、悔し気に口を開き、鋭い犬歯をきらめかせ、何か言いかけたが口を閉ざし、目を伏せた。川名の手前、何も言えない代わりに呼吸をふぅふぅと荒げ、時々盗み見るように美里を見るのだ。美里は霧野の視線が、床を彷徨う率、川名の方へ向く率、美里の方へ向く率をおおよそ把握し、少しずつ、満足し始めた。
 
 目の前のモノはまさに獣としか言いようのない様子だ。霧野の手首と川名の手元の間でリードがたわんでゆれていた。二人の、四つの視線が霧野の下半身に向かう程、霧野の雄の先端から、たらたらと透明な粘ついた露が零れ出てとまらなくなり、脚が逃げ出したく後退したくなるらしいのを、川名と霧野を結ぶリードがとどめている。リードは常にたわませておかなければいけないものだった。そういう約束。

「俺があんなに脚でしてやったのに、まだ足りないらしいな。どうなんだ?」
「……、……。」

 霧野が川名の問いかけに黙っていると、川名の革手袋に覆われれた黒い小指が霧野のペニスの先端のピアスを引っ張り上げ、もう一度ゆっくりした口調で「ど、う、な、ん、だ、?」とペニスに向かって呟いた。吐息がペニスの先端に触れたようだった。

「十分です、もう、十分……っ゛」

 小指が離れても、霧野の言い分とは反対に雄は一層反り返るばかりか、余計に裏筋にミミズのような青くド太い血管を浮かばせてバキバキになっていった。ァぁ゛っ!!と霧野の喉から、苛立ちを抑えきれない、それでいて絶望的な呻き声が上がって、唾を飲む音と共に消えた。悪戯を誤魔化すような視線が今度は川名の方に向いていた。

「嘘つきが治らんな。さっきまで随分素直だったのに……ああ、美里がいるから見栄でも張りたくなったんだな。」
「ぁ、は、まさか、ちがう、ちがいます………、」
 霧野の口元に苦笑いのような引きつった笑みが浮かんでいた。
「ぜんぜん、そういうわけでは、」

 そして、ついに足が背後へ一歩二歩と後退しかけ、止まり、そのたびボロンボロンと大きな雄が2人の目の前で揺れ、それから霧野は全身を震わせ始めたかと思うとすぐ、ぁ!!!という小さな声と共に身体の中に納まっていたディルドが、にゅぽん!と床に音を立てて堕ち、転がった。全身でがくがくしながら股の間から体液を飛び散らせ、強張った身体がリードをピンとなるまで強く引いて、リードは、川名と霧野の間でぶるぶると引きちぎれんばかりに震えて、川名はリードから手を離した。パッと離されたせいで、霧野はバランスをとるように、腰を軽く落として二三歩とさらに後ろにさがった。リードがだらんと霧野の手首から床に向かって垂れ下がる。川名は、冷めた瞳のままで、緩慢な、億劫な様子で立ち上がって、意識をどこかに飛ばしかけて阿保面している霧野の目の前に立ちはだかると、二三霧野の頬を打ってみせ、ようやく正気の目線になった霧野の目の前で、すばやく床の方を指さし、珍しく苛立った時に命令するような強い口調で言った。

「座れそこに。はやく。」

 霧野の身体は床の方へ縫い付けられるように、下へと下がり、川名が付け足すように「正座して座れよ」と言うのにもおずおずと従った。正座した霧野の横にさっきまで川名の足で弄ばれ、霧野の身体を犯していた濡れ穢れたブツが転がっており、美里から見てもそれは滑稽以外の何物でもなかったし、霧野にとってはもっとそうらしく、そちらを一瞬も観ようとしない。

 川名は再び霧野の手首から伸びているリードを足で引き寄せるようにして踏み、それに引っ張られて霧野の上半身が勢いよく前へと傾き倒れ、正座から四つん這いの姿勢になって二人の足もとに、肩で息をしてながら、這いつくばるのだった。

「何か俺に言うことがあるな?」
 霧野は少し間をあけ、俯いたまま何かぶつぶついっていたが、徐々にはっきりした口調で、言い始めた。
「……。勝手に、川名様の許可なく、中の物を出してしまい、申し訳ございませんでした、……」

 喘ぎ喘ぎ、つっかつっかえいう何とか振り絞るようにそう言った霧野だった。川名の霧野のリードを踏んだ足が、ずずずと音を立てながら川名の手前の方に向かって引き寄せられて、霧野は再び引っ張られるようにして前に前傾しながら、二人の方へ這いよった。川名は霧野の方へ身を乗り出し、まるで子どもに言い聞かせるようなゆっくりした口調で言った。

「何を言ってるんだお前は、正気か?本気で言ってるのか?揶揄ってるつもりか。ああ、もしかして、俺達を悦ばそうと冗談でも言ってるのなら、相変わらず全く面白くないからな。事実はこうだろ。『許可なく勝手に手を地から離して二足で立とうとした上、自分一人裸でいるところを、視姦でもされていると勝手に感じて自分が興奮したことを、美里の前だからといって無為に見栄を張って隠し立てようとして隠し切れず、それを指摘され興奮して発情、指示さえ忘れて、獣の自分は淫欲優先につい淫乱本能から犬性器をぱっくり開いて受け入れ態勢をとってしまい、大変見苦しい痴態をお見せしてしまい、申し訳ございませんでした』くらいでギリギリ及第点だろ。違うか?俺がなにか一つでも間違ったことを言っているなら、細かく、丁寧に、わかりやすく、訂正してくれないかな、わからないし、聞いておきたいから、お前の意見は、どんなものでも。それで、どうだ?……俺の言ってることは正しいか。」

「は…‥」

 い、の形に霧野の口は動いていたが、誰にも全く聞こえなかった。

「美里、反対側に回って犬の下半身の様子がどうなってるか見ろ。」

 美里は椅子の背もたれから手を離し、指示の通りに反対側に回った。

「まだ発情していますね。余計にマンコをひくつかせて、まるで止まってませんよ。」

 美里は脚を霧野の膝にあてて開せた。その太尻から太ももにかけて、紅潮した皮膚の上に刺青が滲み浮いている。川名が、霧野から美里の方へ目を向けた。

「物欲しそうな様子だろ。ここ三日くらい玩具で遊ばせてはやっていたが生で誰かにさせるようなことは無かったからな、ホンモノが欲しくてたまらないんだ、この淫乱雌犬警官は。そうだお前、挿れてやれよ。」

 今度は美里が、霧野から川名の方へ目をやった。まるで探るように霧野越しに川名を見つめた。それは命令だった。拒否権は存在しない。川名の目の前、足元で霧野とセックスしてみせろということ、それが川名が望んでいること、見たいこと。川名の足は未だに霧野のリードを踏んだままだ。霧野の腰が引けそうになるのをふせぎ、地面に縫い留めている。

「……、わかりました。」

 美里は持ってきた荷物、紙袋とポーチを側まで持って来て近くに投げ置き、腰からベルトを引き抜いた。霧野の相変わらずどっしりとした身体は、後ろから見た時触らなくてもその燃えるような熱量が伝わってくる。霧野の熱量のある巨体の向こう側に普段と変わらず冷え冷えとした川名が、重圧を与えるように霧野を見下ろしている。

 美里は霧野の背後に膝をついて、のしかかった。霧野の頭が軽く左右に触れた。美里は霧野の頭を抑えつけながらのしかかり、霧野ではなく、川名の方を仰ぎ見た。川名と目が合った。どうした、早くしろよ、と川名の目が語っている。

 川名の方を見ながら、勃起させて、ずぶずぶと抵抗の全くない温かい肉の沼の中に、硬くなった肉鉾を埋めていく。絡めとられるようになって、美里でさえ声を上げそうになったが、ふ、と息をするだけで耐える。下になっている霧野は、声さえ上げないが、体温が美里の掌の下でみるみる動物のような熱さに上昇していって、食いしばった歯の隙間から息をふんふんと漏らした。
 
 美里は川名の方を見ながら霧野の首元に手をやった。首元の熱と一緒に、黒い首輪の硬さを手に感じ、殆どぴったりと嵌めこまれたその首輪と首の肉の間に、美里は霧野の頭を掴んだまま親指を挿し入れ、締めた。霧野の中のひきしまった熱肉が、きゅっ!きゅっ!と熱源を小刻みに震せながら、ぐぐっと、締って、美里の硬雄を身体の奥底から決して放してなるものかという程の強さで、握る。その度に濡れた音が、霧野の身体の熱芯と美里との肉の接続箇所から、音を立てた。

「ぅ゛う………」

 美里も勢い頭を低く下げ、川名の手前、霧野の淫圧に感じすぎないよう、耐えた。霧野の、ァ゛ぁ…‥という啼声と、じゅ、という滴り音、霧野の舌から涎が垂れた音だった。はぁはぁと、小さく美里の口からも息が上がった。美里からは見えない顔を伏せ、美里のゆっくりとした前後のストロークに耐えている。奥の、いいところにキまる度、巨体がよく揺れて、しなり、美里はそこを執拗に狙い続けた。

「ぁ゛……!ん゛…ぐ……」

 涎の混じった啼き声が下から響いて喘ぎ声の振動が密着した身体にも伝わってきてぞくぞくする。美里の口元は自然とほころんだが、すぐに引き締まった。川名の視線が霧野と美里の双方を見下げているのを感じたからだった。美里は、自分が川名の愉しみの一部に組み込まれていることを全身で如実に感じ取っていった。考えてみれば、いつだってそうだ。美里は眉根をしかめ、顔を伏せ、しばらく霧野を、川名のことを忘れたいと思いながら、抱き続けるがそう思う程に川名の視線を感じ、自分達二人が共に彼の二頭の飼い犬のように感じられ、あの夜に見たノアと自分とさえを重ねた。霧野のことを犬と揶揄できる自分だろうか。鑑賞物にされて。前と、同じなんじゃないか。いや、もっとタチが…‥。

 美里の思考も知らず、美里の手の下で一層淫らな耐え声を出す霧野に、美里は川名の存在など忘れて、深く、もっと激しく乱暴してやりたくなるのだが、気を抑えて、勤めて冷静に、同じ調子で、ずーっと機械のように無心にやり続けた。そうしている内、美里の頭の中に全く新しい怜悧な働きが生まれ始めた。

(いいよ、川名さん、そんなに『自分の飼犬達の交尾』を見たいっていうのなら、見せてやるから。そこで、黙って見てろ。)

 美里は汗ばんだ腕を自分の持ってきたポーチの方へと伸ばし、開いた。そして、紅潮した顔で川名の方を睨み上げながら、川名から渡されていた鍵で、霧野にぴったり嵌められた黒首輪を外し丁寧に床に置いた。川名は顔色一つ変えないし、何も言わない。代わりにポーチの中から、美里は一つの物を取り出した。川名は一瞬だけ軽く目を見開いて美里の方を眺めていたが、何も言わない。また同じ視線、軽い愉快さの伴った視線で美里を見下げていた。

 それは、紅く染色した革で作られたハーフチョークだった。首輪の半分が革、半分が鎖の折りたたまれた形でできて、鎖にとりつけられたリングを引っ張ると、鎖の分だけ、首が締る仕組み。美里は背後から霧野の首に赤首輪をとりつけ、リングに指を引っ掻け後ろに軽く引いた。鎖の擦れ軋む音と共に、霧野の首が絞められ、ゆるめられ、その度中の灼熱マグマがが波のようにうねって、大きな腰が媚びるようにゆれ、中にミミズの千匹でもいるように、美里の雄を歓迎して、絡みつき、頭が馬のように下がったり上がったりした。

「お前にぴったりの代物だろ、え?、ほら……また、」
 チャリチャリチャリ、ギ、ギ……と鎖がしなる。
「また……、こっちが締るとお前の中もよくなるな、どうしてかなァ!?……。今日はゆっくりしてやるからよ、その間に考えてみろよォ……。」
 
 言葉責めと共に首が締って、悪態の一つも付けない霧野の頭が下がりかけるのを首輪を掴んで持ち上げる。

 霧野の発情に引っ張られ、美里の血は滾り、先刻までの不快がみるみる遠く霞んでいく。美里が首輪のリングを弄るのと反対側の手で霧野の雄を探り当て、勢いよく掴むとそれは鋼鉄並みに硬い。美里の手では到底収まらない大きくなった敏感な淫乱尻尾。そこに心臓がもう一つあるように美里の手の中で強く早く脈打って正しい発射先を永遠に失った肉のゴミ、淫欲の塊は、美里の手の中でどんどん熱く、大きく、成り果ててゆく。

 喘ぐ霧野の口から、鎖が緩んだ瞬間瞬間に、……たい、と何か切迫した要求するような声、と、腰がねだるように勝手に揺れて、美里の肉鉾を刺激し、美里は一層呻き越しの奥の高まりを、川名の方を見ることによって、抑えた、まさか霧野なんかより先に達してはいけないのだ。

 美里の手の中に犬の尻尾が腰の揺れと共にごしごしと擦りつけられ始めていた。強烈な獣臭が漂い始める。美里の瞳の中に何か挑戦的な気配が経ち現われて、川名の方を、普段しないような目でじーっと見ながら、腰を一定の速さでねちねちと動かして川名の方を見ながら霧野を責め続けた。川名の表情は一切変わらない。

 川名に、靴底で手首を地に縫い留められ前に引っ張られながら、美里に、背後から突かれながら首を絞められる霧野。霧野は、低い唸り声を上げながら、前後からの引かれる拘束と穿たれる拘束で不自由な身体を、精一杯のけ反って震わせ、水泳の最中のように喘いだ。霧野は首を上げ、川名の方を見た。

 その時、川名と、霧野と美里の視線がちょうどあわさった。美里が強く首輪のリングを上に引っ張り合げ、霧野の頭がさらに上を向いて、そのまま、美里は霧野の尻尾を勢い扱いた。その時鎖で絞められつまった霧野の桃色の性器喉の奥から、野太い声が上がり、濃い、大量の、雄鮭のような白濁液が美里の手の中に吹き出した。それは火傷するような強烈な熱さであり、美里の薄い掌の中に到底収まらぬ重さ。溢れた分の濃く臭い液がだくだくと音を立て、地に、重ったらしく、ぬと、ぬと、と、こぼれていく。すさまじい雄臭が辺り一面に漂って美里の軽い汗の匂いなど瞬で掻き消され部屋中が異臭に塗れたと錯覚する程である。

 絶頂震え虚脱する霧野に合わせて美里はリングから指をスッと引き抜いて、自らの雄も、射精に至っていなかったが、目的を果たしたため、元のように収め、普段の様にはしゃぶらせることもせずに、呼吸と共に衣服を丁寧に整えた。美里は、身なりを整え終えると、川名の足もとでうずくまって跳ねている霧野のすぐ横に、自分も並んで正座して座った。

 そして、俯いてふらふらしている霧野の頭を掴んだ。霧野の身体がまた美里の手の中でビクンと跳ね、美里の心の中に一瞬の穏やかさが訪れて、霧野の頭を自らの手で川名の前に下げさせながら、自分も川名に向かって頭を下げた。

「お見苦しい物をお見せしました。お粗末様でした。」

 美里は頭を下げながら、横目で同じ頭の高さにある霧野を横目で見た。上気してまだ定まらぬ視線が床の上をさまよい、涎の透明な線が唇の端から垂れ、涎の先端の珠が地に到着しようとしていた。

「……。」

 美里は、彼の後頭部を掴んでいる手の人差し指を軽く緩め、軽くその腹で髪の束の隙間をす、す、と撫でた。すると、吐息と共に、霧野の赤らんだ目元がゆっくりと更に細くなって、眉根がひそめられた。その喉奥から、官能的な絞り出されたような小さな声が出たのが、すぐ横で頭を下げている美里の耳にだけ、よく聴こえる。霧野は美里に無理やり頭を下げさせられている間、決してこちらに目を向けようとしないでいたのが、その目が、ほんの一瞬だけ、美里の方を向いて、同時に鎖のこすれる音が、鈴の音のように小さく鳴った。
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