堕ちる犬

四ノ瀬 了

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プライドで、男で、稼ぐ仕事ですから。それを、突き崩してやる。双方にとってこれ以上の刺激的なことはありませんね。

「随分ぐっすりと寝入っていたようだけど流石に起きた?気分はいかがかな?」
「……」

 美里の口からは、言葉より先に呻き声が出ていた。こんなにも舌がもつれるのは、股間節部分が熱を持ちどくどくと脈打ちながら激痛を与えてくるからだった。全身痛むが、特に股関節の熱と痛みは純情ではなく、気を抜けば再び意識を手放してしまいそうだった。腕を後ろ手に縄で絞られ、胡坐をかかされた状態で絞られ、首に縄を通され前傾させられ、胡坐をかかされた脚の方へと、強制的に頭を下げさせられる。

 その姿が海老のように見えることから、海老責めと言われる古典緊縛の拷問である。下半身を胡坐をかかされた状態で縛られ、そのまま頭を下へ下へと調整されながら下げさせられ続け、縄で留められていく。

 痛みを認識した途端脂汗がぶわっと全身から浮き出るのがわかった。歯が奥でガチガチ言い始めた。呼吸で肺がふくらむだけで、刺激になって意識が飛びそうである。身体、頭を指一本で押されるだけで、瞳があらぬ方向を向きかけるのを、ぐぅ、と腹に力を入れ、元に戻す。視界には、自分の黒いボクサーパンツと白靴下があった。他は寝ている間に脱がされたらしかった。全てを脱がさないあたりに、二条の妙な気の使い方、言い方を変えれば変態性を感じられる。汗のつたうので余計に己の肉体が敏感に、感じる。二条の責めの手が再び動く。大きく抱かれるようだ。

「おや、まだ絞れる。筋が柔らかい。雌の肉に近いからかな。」

 ぱら、ぱら、と、二条が弄ぶ縄が音を立てて畳にぶつかって、堕ちた。美里の狭い視界の端に写る縄の端と縄束の数々。窓が空いているのか爽やかな風が夜露の湿り気と共に空間を吹き抜けていった。場所は、川名の家の奥の間だろうと推測できた。

「……、…‥。」

 呼吸が浅くなってきていた。緊張してる。まずいなと思って意識的に深く息を吸い込むのだが、吐いた途端弛緩し、股関節が股が裂けるかというほど痛く、こたえる。また一段階頭を低く下げられた。小さく舌打ちした。聞こえたらしく背中を上からぐいと踏まれ、体重がかかってなくても、大きな足面積を感じ、痛いことはもちろんだが、想像だけで、身体ががくがく激しくうち震えてしまう。ぁ、ぁ…‥。血の通いのバランスがおかしく、白い皮膚がまだらに紅く染まり、乳首がピンと硬くなっていた。二条が離れ、視界に縄の端を持った手だけが見えた。ぽつ、ぽつ、と汗が畳の上に落ちる量が増える度、深い畳の匂いが、薫った。ずいぶん時間が間延びして感じられるが、まだ意識を取り戻してから5分も経っていないのではないだろうか。

「今、何時……?」

 おもむろに頭を直接わし掴まれ下げさせられると、関節が引き延ばされるのと、縄が食い込んで、大きく開いた口から涎がぼとぼと垂れた。その後、歯が、勝手にがちがちいって、噛み合わない。さっきまで暑かったのに、今度は寒気が身体を襲う。大事な血管が圧迫され、血が通ってないからだ。拷問される理由はある。が、こういうのって、尋問しながらやるんじゃねぇの、普通はよ、と言ってやりたくても、今声を出したら全て悲鳴になってしまう。

「へぇ。こいつはたまげたね。ここまで頭下げさせると普通の男ならもっと身体が硬いから、数秒経たずに泣き入れ始めるはずなんだけど。見上げた根性。」

 再び重圧。小さく声が出たが、それだけで堪える。

「それともただ単にあまりの痛さにもう、声が出ないのか?まぁ、間宮なんかにやってやると10秒もたずぎゃんぎゃん泣いてうるせぇってのに、お前はよく耐えてる方だ。今回の事ではっきりしてきたが、お前は正直言ってかなり責めがいがある。まぁお前が前職で何してたか俺は詳しく知らねぇし知りたくもねぇけど、いびりたくもなるだろうよ。もし俺がお前をどこまでも自由にしていいって話なら今まで気に喰わなかったし興味も無かったお前のことを少しくらい好きになるかもしれないね。そう、その気に喰わない原型が、見るに堪えられない物になっていくほどにな。つらいだろう、一秒でも早く頭を上げたいのだろう。な?一寸謝ってみろよ、そしたらやめてやるかもよ。」

「……、……」

「10,9,8ィ……」

「……、……」

「2,1……」
「アンタに、アンタに謝る義理なんか、無い、しかも、やめてやるかもよなんて、信用、できねぇですよ、」

「その通り。お前が無為に俺に謝るようなら誠意がないってことだから、もっとその縄を狭めて、もっと頭を下げさせてやるところだったよ。代わりに、時間稼ぎにオチも無い酒の席にもつまらん無意な話をしてやるよ。貴重な休憩時間だと思ってありがたく受け取りな。ずいぶん昔、債務者の関係者の中に、面がよく、周囲からもおだてられ、その気になってそれで稼ごうとしたらしく、人生も上手くいきかけて来てた男がいたんだな。それを誇りにしているようなところもあったから、それなりに芸の道に自分を見出しかけてたよ、役者かモデルかそういう仕事だったはずだ。忘れたけど。そういう男を俺がどうにでもしていいってなったから、どうしたと思う?そう、そいつの一番大事な物、生きたまま顔を削ってやった。少しずつな。やすりってあるだろ、学校の図工なんかで使わなかった?あれさ。面の皮なんか命とは全然関係ないから、いくら削っても、死ぬはずもないんだよ。ただ顔を削る。少しずつ。顎、頬、耳、頭まで、薄皮の皮膚がある場所はごりごりごりごりと、彫刻するように。血と肉片と肉片の絡みついた頭髪が床に落ちたよ、美容院の髪みたいなもんだったな。それにしてはちょっと色がビビット過ぎたけどな。止めろ止めろと叫んでいたから言われた通り途中でやめてあげて鏡を見せた、それを繰り返す内、笑いだし、ついに、発狂したよ。最終的には目の前で人体模型みたいなもんが自分の身体と同じ動きをするんだもんな、あはは!状況への理解が追い付かず、神経が拒否したんだな。その様子をビデオに撮ってある。そこまではまぁまぁ面白い見物だったけど、全体を通して5段階評価で2.5くらいだな。そこがピークで死ぬまでの経過は大した見どころも無いからな。はい、休憩終わり。忍耐ご苦労様。褒めてやるよ、ほら。」

 弾みをつけるように身体を頭を上からがしがしと撫でられると、みちみち、と関節が捻じ曲げられたように痛んだ。全身の毛穴が開いて、汗が滲み濡れる。脈拍を感じる度、苛立ちと共に下半身に妖しい感覚が走る。喉の奥が血の味が昇って気が遠くなってくる。美里は声を出そうと口を開くが、今、二条に言うべき言葉など、今更、何一つ、うかばないのだった。はぁはぁはぁはぁと遠くの方で犬のような息遣いがして、霧野のことを思い出したが、自分の口から出ていた。霧野!霧野のことを考えると、すーっと不思議と一時的に痛みが引いていくのだった。

 二条の方を何とか目だけでも使って上目づかって見ようとする。一段と熱く焼かれるように痛んでも。痛みは時間経過によって慣れるかと思ったが、反対に倍倍に増えていくように感じる。重い。また、身体が震え始めていた。感覚がわからなくなり、呼吸が浅くなって怖い。過呼吸の手前。怖くなっては駄目。こういう時にパニックを起こすと余計に駄目。ただ、沈黙。熱っぽい物、二条の手が、美里の血流の悪くなりつつあり、だらりと垂れた青白い手を優しく握ったのたっだ。眼圧がおかしい。頭というか眼の奥が異常に、痛い。目がかすむのはこのせいでもあるのか。

「そろそろ神経に麻痺が出はじめておかしくない頃だな。こんなに必死になって深~く頭下げてるんだからさ、見に来てやりゃあいいのに。冷たいねぇ組長も。可哀そうだから写真だけでも送っておいてやるよ。」

「……、……、……、」

「おや、既読だけついたな。まだ反省が足りないってことかな。大分誠意を感じさせられる画を作ったはずだが。」

 二条がそう言って小さく笑って、何かを手にして戻ってきた。彼は大きく欠伸してそれを軽く振った。おそらく組長の持ち物のケインである。

「はぁ~あ~、自分でやりゃあいいのに……俺だって暇じゃないんだヨ。」

 今、そんなもので嬲られたらたまったものではない。命乞いするか?いや、できない。

 美里の剥き出しの丸まった細い背に腿に瑞瑞しい皮膚に蚯蚓腫れが走った。模様が浮き上がる度、珠のような汗が浮き、皮膚の上を真珠のように跳ね堕ちるが、殆ど声は出ていない。時折、喘ぐように息を吸い込む音が聞こえる。一打ちされる度気を失いそうな程だ、だが、耐える、耐えないと気が済まない、音、痛み、音、痛み、音が鳴るだけで、気が付くと全身が鳥肌だって、見えないどこかから来る痛み。気がずーっと遠くなって、視界がかすむ、倒れたくても、倒れられない。頬が濡れる、二条が覗きこんで来て、笑っている。苛立ち。痛みや怖いので泣いているのではない、苦しさの生理現象で出るのだ。涼しい顔で、笑って見せると同じ位置に打擲が飛ぶ。痛かった。痛かったという表現では足りない位に。痛みに溺れて、呼吸の仕方も、忘れて、思考が、何も、考えられなって、逆に、良かった……。いい……。

 別に、こんな肉体的な痛みは、心の痛みに比べれば全然、どうでもいい。心が痛くなることは、複雑で、もっと苛々する。ばらばらになっていないのにばらばらになっていくような矛盾した気持ち悪さが、心が痛いっていうことだ。そして、それがわかるってことは、人間に近づいたって、ことだ。それにくらべたら、こんな身体は、何一つできない、成し得ない弱い身体は、どうでもいい、どうなってもいいんだ。しかし、また、痛みが極致を越えると、くすぐったいような気持ちよさが同時に、起こってくるのは、いただけない。いつからか下着が蒸れ、濡れていた。脳が防衛を起こしている。このまま気を失ったらどうなる、どうにも……、再び身体の上を大きな温かい手が、這う感触。その度、気持ちが悪いのと気持ちがいいので、病にでもかかったかのように身体ががくがく震えつづけ、また、股間が蒸れた。もう頭が脚に接着するのではないかと言う程まで下げられ、すいませんすいません、と普通の人間なら何も悪くなくても謝りたくなるだろうと思った。しかし、謝ったところで、どうにもならないし、川名ならまだしも、二条になんか、謝る気もこれっぽっちもしないのだ。理性より先に身体が根を上げて、気が付くと視界がまた、ブラックアウトしていくのだった。闇。

 次目覚めた時も、痛みで目覚めるのだったが、さっきとは違う痛みだった。先ほどとは逆に身体を引き延ばされている。今は右片脚だけは辛うじて床についているが、今度は逆海老の状態で縄で絞られ、和室の梁から、吊られているのだった。吊られて身体が浮いた時の刺激で再び目が覚めたのだ。先ほどまでの海老責めの痛みも全然引いておらず、股関節が熱を持って痛くて仕方がない。1週間は痛むだろう。筋が切れたかもしれない。無理やり可動域を拡げられたような物。これが人形だったら足が根元からもげている。

「ああ~、良かったぜ。眼がさめなかったらどうしようかと思ってた。」

 二条の語りには、高揚感もあったがどちらかと言えばかなり事務的であった。この状況は二条の趣味と言うよりも仕事の範疇にすぎないのだ。川名に言われ、遊び半分仕事半分でやっていること。美里の喉の奥からくぐもった声が出ていた、それは、二条には苦しさから出る呻きに聞えたかもしれないが、笑いだった。二条もその気が付いたか一瞬だけ手を止めたが、ただそれだけで、再び縄を、手を、動かし続けるのだった。笑ったことで、先ほどの話では無いが、狂ったのかと思われ幻滅されたのかもしれない。それならばこっちの都合に良い。二条の興味を失わせろ。そうすれば早く終わる。終わるんだから。まさか二条なんかの手で気持ちよくなんかなったらおしまいだ。

 何故笑ったのかと言えば、川名を怒らせてやったという事実が、今になって、すこぶる面白くなったのだった。もし「寂しいのか」と問われたことが、彼の気に障ったのかと思うと、かなり愉快だった。あの川名が、俺如きがいなくなったことで内心動揺していたのかと思うと、気持ちがいいのだ。いい……。この代償、今の仕打ちをもってしても、もっと困らせてやりたいとさえ、思った。どだい、この仕打ちがきつければきついほど、川名の苛立ちを感じて、イイのだから……。

 ただ、こうして愉快愉快と心で思っていても、すぐに痛みが身を蝕んでたまらなくなって、考えている余裕などまた、なくなってきてしまった。こういう時、助かりたい、と思うべきだろうが、今は、痛みを与えられれば与えられるほどに、川名の苛立ちを感じてしまい、愉快なのもあり、食いしばった口の端から泡を吹きながら、やはり、何も考えられれなくなっても、少しの笑いがでる。笑うことで誤魔化されることもある。辛い時に笑ってみると誤魔化されることもあるだろう。表情筋の効能について、以前似鳥から教わったことがある。辛い時、苛立つ時こそ、笑ってみろと、それにつられて脳が錯覚を起こすはずだから、と。それから、屑共の相手をするのに多少の慣れと面白さを感じるようになった。それが脳の錯覚にすぎなくとも、自分の核の部分を壊すよりマシの防御策だった。

「ねぇ……怒ってた?あの人。」

 つい、辛うじてそう口に出すと同時に、痴呆のように涎がだらだら垂れていった。そして、縄が身体の関節、局部を虐めた。悲鳴を上げる代わりに身もだえた。すると蜘蛛が蝶を絡めとるように、縄が余計に肉や節に食い込んで全身が焼ける、その時、脳に何か突き刺されたような感じになり、同時に腹に衝撃、おそらく二条から軽く鳩尾を膝蹴りされただけなのだが、お゛え゛!と、嘔吐くような声と共に、胃液がせりあがって、吐いた。目の前で光が弾けた。一度目を閉じ、呼吸を整え、ゆっくり目を見開いて、睨んだ。二条は無表情に、黙っている。すると、また口角があがってきて、笑い交じりに「聞いてんだろ、っ!、おい!!なぁ、川名さんっ、怒ってた、かよ?」ともう一度聞いていた。なんだか自分の声が別の場所に備え付けられたスピーカーから反響しているように聞こえて、不思議。

 二条の手が止まり、少しの間があった。そして「威勢のいい小僧だな。さぁ。知らないね。第一それをお前に伝えることで俺に何かメリットがあるのか?」とそっけない、ぞんざいな回答。声に力も何もない。興味も無いという反応。詳しい理由は何も聞かされていないのかもしれない。ただ単に懲罰の延長としてやれと命令されているだけかもしれなかった。それもそうだ。そうだ、言ってやろうかな、といういたずら心さえ覚えた。つまり、組長に自分がいなくなったら寂しいかどうか聞いて怒らせたということを。そんなつまらない質問が彼を怒らせたという事実が二条にどういう影響を与えるのか、試してみようかな。あははは。が、そんな機会は与えられなかった。さっきまでより明らかに二条の手が荒っぽくなり、こちらの様子など全く配慮しなくなったからである。息が上がっていく。
 
 愛も無い縄の交錯が増えていく。苦しく、右の親指がぎりぎり畳につくかどうか、で、助かりたくて、その脚でバランスをとろうとすると、逆に畳の上で上滑り、つんのめって、勢いよく身体が宙に浮いて、関節に自分の全体重が、かかり、背骨を逆方向に捻じ曲げられる厚賀かかり、地獄である。細身の美里の身体のその皮膚全体が、ほんのりと赤く、染まりつつあり、先ほどまで受けていた縄目と打擲痕が蛇のように身体に巻き付いていた。
 
 美里は頭を下げ、全身の力を抜いて、身体を任せるままにした。逆効果を狙って足を一本だけ自由にしてある。なんていやらしいのだろう。二条が軽く手で美里の身体を押すと、そのまま身体がくるくると回転して絶叫しそうになる。ぎしぎし、と音を立てて縄が食い込み、見ている分には地味だが、受けている分にはちょっとした刺激でもう、針で掌を貫通させられたようなものなのだ。つい、悲鳴を上げかけるのをまた歯をくいばっていじらしく耐えていた。別に、もう、耐えなくてもいいだろう、同じだろ、と思ったが、心の底から、二条を悦ばせるのが嫌だったのだった。

 耐えるは耐えるで、二条の心をくすぐるものがあったらしい。気が付くと彼の姿が視界から消え、そのまま部屋から出ていった。このまま放置は勘弁してほしい、死ぬかもしれないだろ、わかってるくせに、と思って縄に身を任せていたところに、霞む視界の中、二条が、誰か人を伴って、戻ってきたのだ。眼だけで上目づかってその方向を見た。最初川名がようやくおでましかなと思って心躍らせたが、その人影は、川名にしては、随分華奢すぎた。影がすぐ目の前にやってくる。何とか頭をあげ、見上げると、それが和装姿の澪だとわかった。熱が伝わる程すぐ近くに彼が立ちはだかっていた。どうしてここに。川名に招かれたのだろうか。その時二条が喜色ばんだ声を出した。

「ほら、そこの縄に、ぶら下がって差し上げなさい。悦びますから。」

 な、一体、何を言ってるんだろう、澪だって、何言ってるか、わからないだろう、だって……と思っている内、澪の腕が徐に伸び、美里の吊られている縄を掴み、美里の身体に階段でも上るように脚をかけ足を浮かせ、ぶら下がったのだった。縄が大きく軋むと同時に、ぶちっ、ぶちっ、と何か大事な物が切れるような音を、錯覚かもしれないが、聞いた。形容できない地獄のような痛さで、逆に声が出ない。美里の体重だけで吊られた居たところに、澪の体重がくわわり、おおよそ倍の重さが、縄目にくわわるのだった、乗った勢いあまって、ギシギシ音を鳴らしながら、ゆっくり回転する。美里は俯いてた頭をむりやりあげて血走った目で二条を探した。無邪気な笑い声が聞こえる、すぐ近くで、それは澪の声である。

「そろそろ降りてあげてください。死にます。少し間をあけてやらないといけません。」

 澪が畳に飛び降りても、縄で縫い留められた中で全身が跳ね止まらず、その度、光がかがやき、射精のような感覚に陥るのが永遠に続く。特に自由になっている足のせいで、バランスがおかしくなり、自分の身体が跳ねる度、”絶頂しそうな程の”痛みを感じた。もうなにがなんだかよくわからない中、二条や澪が居るのも忘れたようになって美里は悶えていた。鳴いていたかもしれない。股間がびしょびしょになって、下着をつらぬかんばかりに勃っていたのだった。エンドルフィンである。ランナーズハイ、苦行僧の修行の果、人間の身体が極限を感じた時、脳が快楽物質を出す。身体が、上昇していくような心地よさを覚え、身体の穴という穴から出てはいけない物が出ていき、肉体を、畳を濡らす。肉体の上に珠のように浮き上がった液の飛沫。自分の肉体の中へ内へと溺れていく、感覚。

 しばらくの間、残された遠心力で宙づりのまま身体がゆっくり回り続け、三半規管がおかしくなるのはもちろん、少し動くだけで苦しいってのに、回る度、縄からさらに締められるような気がして、痛みと脳の快楽で気を失いそうになり、部屋の隅に立てかけられた鏡の中の自分の顔も、目も真っ赤になって、最早、面白いという嘲りの笑みなど浮かべていない。ようやく少しずつ、自我が、そして、呼吸が戻ってくる。二条が近づいてくると、自由になっていた脚を抱え上げて、反対の脚と同じように逆海老の形に吊り上げ、完全に身体が宙に浮いた。「そろそろいいでしょう。」と二条が言った。やめろ、と口を開いてみるが、声が全然出てない。澪がじゃれつくように勢いよく縄に飛びつき、絶叫の代わりに歯を食いしばっていた。口の中から血の味がし、手足の感覚がだんだんとなくなってくると、また、ほわほわとした、イケナイ高揚感が生まれてきて、一瞬映った自分の顔は笑って口から泡と血をだらだらとたらしていた。さっきよりバランスのとれた肉体、背の上に澪は腰かけて無邪気に笑っていた。美里は朦朧とした状態で澪に下手に出てみることにした。

「……澪様……、そろそろ、降りて、いただけませんか、お願い……、お願い、します、」

 澪は意外にも美里の言うことに逆らわず飛び降りた。そして今度はすぐ近くで屈みこみ、下から覗くようにして息も絶え絶えの美里をことを真っすぐ見た。彼はそれを見ても最初現れた時から全く表情変えず、涼し気に微笑んで、問いかけてくるのだった。

「ねぇ、お前、何したの?何でこんなことになってんの?教えてくれよ。」

 美里には澪の声がほとんど聞こえていなかった。とにかく、今、彼の顔に汗でも涎でも垂らしたらコトだ。「……、そこにおられると、汚れます、離れて下さい…‥」なんだか自分の声が自分の声のように聞こえず遠くからやはりスピーカーが鳴っているような変な感じで、おかしい。澪は動かないで無邪気な表情のままだった。そのまま、失禁していた、また気が遠くなる。生暖かい汁が、気持ち悪い。二条が呆れた調子で何か言っていたが、澪がそれを軽く制して居た、でも、よく、聞こえないし、どうでもいい。澪は特に気にしない様子で一歩に二歩と後ずさって美里が澪の質問に答えないことがわかると、今度は澪は二条の方を振り返り「何したの?」と聞くのだった。

「私からはお答えできません。気になるなら、後からでも組長にうかがってみるとよろしい。どちらにせよ組にとって不利益なことをしたわけですよ。だから今こいつは何されたって文句が言えませんよ。」
 
 やはり二条はどこか事務的である。美里は回らない頭なりに考えていた。二条の本質について。実はこっちのほうが芯を喰っているのではないかと。仕事においても、彼は淡々とカモを言いくるめるのが上手かったのだった。霧野にも似て。霧野のことを思うと全身を蝕む痛みと熱さの意味合いが、変わっていく。
 
「へぇ、そうなんだ。それは良くないね。それで?このまま殺すの?でも、それは嫌だなァ。殺す位だったら俺にくれよ。大事にするからさ。」

 澪は犬猫をねだる子供と変わらない言い様をして、息を切らす美里の方をにこやかに見るのだった。

「そうですか。私からも組長にそう伝えておきます。そういえば、以前組長がさしあげたらしい猫は元気ですか。」

「ええ?なんだっけ。それ。ああ、思い出しだ、アレか。なつかしいな、めっちゃ前じゃん、全然なつかないから、少し乱暴にしたら、駄目になったんだよ。難しいよね……生きてる物って。」

「そうですね。何事も、加減を、ラインを、見誤らないことで双方長く、そして豊かに愉しめるものです。ところで澪様はこの男から奉仕を受けたことがおありで?」

「奉仕?ああ、遊んでもらったことはあるよ。あれは、愉しかったなぁ。」
 
 澪は同意を求めるように美里の方に向きなおって笑っていた。美里が笑い返せるはずもなかった。

「このまま奉仕させてやることもできます。どうします?本人もその気ですよ。な、そうだろ?」
「……、……。」

 何も考えたくなかったし、このような上位存在が出て来たからには、今は何も考えないことが正しい気がした。もう、しばらく、想像の中で遊んで居よう。

「おい、答えろよ。」
「……はい。おっしゃる通りです。」

 と、勝手に口がそう言いはしたものの後から腹が立ってきた。「い……」、嫌です、と言え。言え!
 その時、川名の視線を感じて身体が硬直した。どこにいるはずもないのに。澪が口を開いた。

「前から思ってたんだけど、極道っていうのは、そういうもんなのかな?やっぱり多いか。普通より。男が男を凌辱するってことが、まかり通りやすい。」

 澪は視界の端に美里を置いたまま二条の方を真っすぐ見た。薄暗がりの中で二条は随分涼しい顔、いうなれば、仕事の顔をしていた。美里の意識は殆ど朦朧としてただ吊られるままになって、一人時間間隔がおかしくなってきていた。二人が会話しているのを黙って聞いている。

「それはそうですね。一般的な水準からしたら多いでしょうし実際統計で数字が出ていますよ。これは独り言だと思っていただければいいんですが、ウチに限って言えばもう少し高いかもしれないですね。結局のところ金銭的制裁より肉体的制裁、特に性的な制裁は精神的にもかなり効果的な制裁方法でもありますからね。考えてごらんなさい、ヤクザに身を落とすような私のような人間の屑に残されているものが、一体何なのかってことをね。それは、人一倍強い、プライドですよ。プライドで、男で、稼ぐ仕事ですから。それを、突き崩してやる。双方にとってこれ以上の刺激的なことはありませんね。そう、組織の統一にも効果あり。単に我々は効率を重視しているだけの事なのです。」

「効率ぅ?は、効率だってぇ?またまたァ、俺をガキだと思って誤魔化すなよ、二条。効率でいえば、指や金だったら一瞬で決着がつく話じゃないか。やらせる側はただ、待ってるだけで良いんだから。でも、性的な制裁を加えるってなったら、根本から話が違うぜ。やらせる側にそれ相応の準備がいるし、労力も、時間だってかかるだろ。今目の前で行われているこれを見てもわかる。ははは、何が効率だ。つまりさ、どう考えたって単純に愉しんでるだろ、ヤル側がよ。気が悪い。そういう異常な精神性からも危険視されてるんだって。お前らのとこは。」

「危険視しているのは忍様側の中でも特にふぬけた連中にすぎません。我々が利を出し過ぎていることを脅威に思って所詮そのような些末事にくちばしを突っ込む程度のつまらん事しかおできにならないのです。ああ、くだらない。くだらないね。そのくらいの簡単なこと、澪様ならわかってらっしゃっていると思っていましたが、私の、かいかぶりすぎでしたかね。」

「言うね。俺はただ、心配してるだけだよ。もし忍兄が本気で川名さんを潰す気になったら流石に俺や爺様だってかばいきれないもの。」

「かばうゥ?心配ィ?随分と弱気な言い方をなさる。らしくない。どうされたのですか。正直歯がゆいのでしょう、傍から見ていても今のやり方は。そうなったらただ、戦争です、戦争すればいいだけです。簡単だ。そのためにはより組織をより先鋭化しなければいけない。不要な駒はそくざに切って捨て、必要な駒は時間をかけてもいいから、じっくり育てる。そして彼はリスクをとってでも、成長株を買いたがるところがあるのです。その点については私がとめても意地でも聞かないんだから、困りものですよ。澪様からも言っておいてくれませんかね。」

「……。なぁ、さっきから高校生の俺に、一体何聞かせてるんだ?知るわけねぇだろ、そんなの。大体、」

「嘘ですね。本当は知っているはずだ、私よりも、ずっとね。先代から一番目をかけられて教育されているのは貴方なのですから。組長も貴方には大いに期待しています。」

「期待?この家にこだわる必要はないって一番俺に言ってくれるのは川名さんなんだぜ。」

「その先にこそ、自由があっても?私には貴方に説法する権利はありませんけどね、貴方は今この狭い家の中で煮え湯を飲まされているから、この場からとっとと逃げ出したいと思っておられる、いや、まんまと思わされているだけなのですよ。本当は力がおありになるのに。けれどね、外の世界は、もっと非情で残酷ですよ。ここの権力を使えばあらかたのことができます、新しいことも始めやすい。しかし、ゼロからの出発では訳が違うし、貴方の場合いくら頭が回ろうが、基本マイナスからの出発になりますよ。だって、国が、貴方の存在を許さないから。でも、ここでならば上り詰めれば詰める程、何もかもが自由が効きます。貴方に今まで嫌な思いをさせてきた人間全てを自由にできるのですよ、魅力的でしょう。……で、どうします?遊んで、いかれますか?これも、今の貴方にだからこそ許されている、特権の内の、一つなのですよ。」
感想 302

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