地獄

四ノ瀬 了

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霧中

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 会社を無駄欠勤し、私はS県I市にある舞阪の別荘におりました。舞阪は未だ隣の部屋で眠っています。倉庫から連れ出した時既に意識が朦朧としてた彼に鎮静剤を打たせ、完全に彼が眠りの底に落ちている間に運び、彼の穢れた身体を奇麗に洗い、私の手で出来る範囲での手当てを行い、彼の寝室に寝かせておきました。

 使用していない間に部屋に埃でも溜まって居れば掃除でもして気を紛らわすことが出来たでしょうが、抜け目が無く金がある彼は、不在時に別荘を手入れする管理人を雇っていたらしいのです。管理人と聞いて一線を退いた中年夫婦を予想するかもしれませんが、もしかすれば、私や舞阪よりも若そうな青年が、管理人として雇われていました。彼は来栖護くるす まもると名乗りました。

 来栖は、我々が夜明け前頃に到着するなり、コテージの中から懐中電灯を片手に、一番最初に車から降りた私の元にすっ飛んできました。彼は、私のことを舞阪と思ったのか、到着が遅いから何度も電話差し上げた、とまくしたて、息を切らしていましたが、私が圧し黙ったままでいると、私の顔を懐中電灯で照らし、ハッとした顔をして、眩し気に細めた私から光を逸らし、微笑みました。

「すみません、あなた、蜂谷さんですね。申し遅れました。」
「……。何故、私の名前を?」
「舞阪さんから事前に伺っておりました。特徴も聞いていたので、一目でわかりました。貴方のような方はそうたくさんいらっしゃらない。」

 それから、来栖は一通り自分の身分を語り、舞阪から蜂谷と共に3日程別荘を訪れる予定だから準備をしておくように仰せつかっており、予定日に何の連絡も無く来ないことなど今まで無かった為、大変に心配していたが、気を利かせて果歩に敢えて連絡せず、舞阪にだけ定期的に電話をいれていた、と言いました。そこまで言って彼は、3台の、不自然なバン車を懐中電灯で照らした。彼は特に顔色を変えることも無く、懐中電灯を下げ、私に向き直りました。

「長旅お疲れ様です、ところで、舞阪さんは中に?お荷物は?」
「ええ、一番前の車に。飲みすぎて酩酊しているので私が運びます。荷物も、他の連中が運びますから、風呂の用意をお願いできますか。」

 来栖はわかりましたと踵を返し、コテージの方へ戻っていきました。中から光が煌々と漏れ出します。私は、深く眠っている舞阪を抱き上げ、男達に荷物を持たせ、コテージの方の中へと入りました。来栖が玄関に居て、私が抱き上げている男を見てようやく安どの表情を見せました。中を案内されながら、荷物をリビングへ、舞阪をベッドルームへ運びました。来栖に、舞阪の代わりにコテージの全体を細かく案内させ、鍵を受け取りました。

「私はここの裏手にある少し離れた管理人小屋にいますから、何かあれば直接でも電話でもお呼びつけください。」

 来栖が去ってから、金を払って男達を解散させました。バンが一台だけ残されています。

 荷台から沖弟を降ろしました。手足を縛られ口を閉ざされていましたが、意識は存外はっきりとして未だ殺気だって、血走ったぎらぎらした潤んだ瞳が、私を見上げていました。私はそれを見ていても、何も感じません、寧ろ、白々とした気分になり、しばらくの間、腕を車の上部にかけ、わざと身体をゆさゆさ揺らし、車を揺らし、沖が痛むらしい身体を車の荷台の壁にぶつけて呻いている、その情けの無い姿態を見おろしていましたが、段々とそれにも飽きてきて、彼を掬い上げ、抱きかかえました。暴れる度、二、三度地面にたたきつけ、ぐったりさせて、抱え上げ、一歩一歩ゆっくりとコテージの方へ向かって行きました。



 胸に頭をつけ、頬ずりでもるようにして、蜂谷が傍らに寝ていた。状況を理解しようと考えると、頭が、痛い。飛び起きた俺にはねつけられた拍子に、蜂谷は錠半紙をベッドの上に起こし、筋骨隆々とした上半身を朝陽に照らしていた。

「どうなってる、夢か、これは。」
「……、……。」
 蜂谷は淫靡な笑みを浮かべしばらく黙って俺の方を見ていたが、ふふ、と口に出して笑い、ベッドに手を付いて、俺に迫った。

「舞阪さん、夢じゃありません。状況が呑み込めなくて、当然です。身体が痛みます?かかりつけ医がいるなら、呼びます。それより状況の説明が先の方が、いい?どちらがいいです。」
 
 俺は顔を覆い、思い出せる範囲で、思い出せることを思い出し、苦笑した。
 顔を覆ったまま「ああ、医者もいる、が、先に、状況を、知りたい。」と彼に言った。

「そうでしょう、舞坂さん、私はあの日、待ち合わせの場所に行く途中、貴方が、車で拉致される現場を丁度目撃したんです。突然のことです、私は、車の番号を頭に叩きこみながら、走り、タクシーを拾い、追えるところまで、車を追いました。車は埠頭の方へ向かい、倉庫の立ち並ぶエリアへ入っていきました。流石にそこまでくると、もう車も少なくなる。怪しまれるでしょう、だから、そこで運転手に多めの金を握らせ、降りることにして、埠頭を歩き回り、貴方を探しました。一時間近く埠頭、廃工場、倉庫などの周りを探し、さっき見たのと同じ番号の車を見つけました。使われていないだろう倉庫の横に。舞阪さんには、職業敵がとてもおおいはずだ。それから、この前のようなクラブに出入りしている内、裏社会の人間に目をつけられたのかもしれない、そう思いました。とすると、いきなり警察に連絡するのは得策とは言えない。蛇の道は蛇。私は私のできる範囲で、金さえ払えば何でもする後腐れの無い男達を雇い、貴方を奪還してくれるように頼み、自分は外で待っていました。本当ならすぐにお助けしたかったのですが、金と男達を集めるのに少し、時間がかかったのです。それで、追手が来るかもわからない、だから、一度できるだけ遠くに行くべきかと、本来来るべきだった貴方の別荘に、貴方を運ぶことにしたんです。」

 舞阪の話は、まぁ、それなりには筋が通っていると言えた。

「首謀者の男も。」
「あ?」
「首謀者の男も、ここに運んでいます。」
「……、……。」
「逃げられないようにして一緒にこっちに連れてきました。生きてます。」

 俺は、財布はあるかとあたりを見回し、察した蜂谷が持ってきた。中から速水医師の名刺を取り出し、呼んでくれるように頼んだ。日中の勤務を終えて、夜には到着するという。身体が未だ、だるく、とても蜂谷の相手をしてられないし、そんな心境でもない。しばらくひとりにしてくれ、とだけ蜂谷に言うと彼は笑顔のまま素直に出ていった。
速水がやってきたのを蜂谷が案内する。往診の間、蜂谷に入ってこないよう釘を刺しておいた。彼はやはり素直に部屋から姿を消した。

 速水に手短に事情を話し、身体を見せた。

「これは酷い、縫った方が治りは早いが、どうする?」
「……そうしてくれるか。頼む。お願いします。」
「わかった、少し痛むけど、我慢しなさい。」

 施術の間、速水は気を紛らわすように最近見た野鳥について話をしていたが、俺が眉を顰め口をきつく閉じたまま何も反応しないのを見て、軽くため息をついた。施術が終わる。

「誰にやられたかは、首謀者はわかってるんですか。」
「うん。」
「……、それは、私に言えること?医者には守秘義務がありますからね、それに君は私となじみが深い。本来は警察に通報義務があることでも、聞かなかったことにくらいできます。」
「速水先生が悦びそうな相手だよ。沖だよ!!!沖が、来たんだよ!!!」
「……。」

 目の前で速水の表情が硬くなるのを見て、俺は声を上げて笑った。

「あはははっ、おかしい……っ、なんておかしい顔をするんだ、先生っ、俺がついに狂ったと思ったね、いや最初から狂ってるんだけどな。でも違うんだ、沖は沖でも、全然似ていない、弟の方さ、復讐しに来たんだ、俺のところに。あははあはは……!!、なんだ?面白くないの?面白いだろ、ねぇ、先生、聞いてるゥ……?」
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