地獄

四ノ瀬 了

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歪曲、否認

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 舞阪さんは、私とで3日ほど旅行に行く予定になっていましたから、彼の会社に彼が不在であることは、会社の面々もそれから果歩さんも、承知していました。私は私で、確かに小旅行をします。それは家と埠頭を往復するだけの旅行です。だから、会社には平常通り出勤しますし、はじめから休暇の申請も出しておりませんでした。

 昼休みに、することもないので、生きる、承認欲求のためだけにやっているSNSを開き掛けたのですが、その時、舞坂さんから昨日の夜、待ち合わせの前の時間にメッセージが一通来ていたことに気が付いたのです。私は友も定期的に連絡を取るような親族も持ち合わせていませんから、メッセージツールは、ほとんど出会い系相手の糞アカウントの名前が連なっているだけなのです。ただ、ここ最近はいつも一番上に舞阪さんがある率が高い、とはいえ、常に一番上にいるわけでもありません。メッセージを開くと、画像が添付されていました。

 それは、普段の煌びやかを装う彼に珍しい、海辺にたたずむ閑静な別荘の写真でした。写真だけを見ても、なんとも、爽やかな潮風、さざ波の音が聞こえてきそうではないですか。

 虚無な勤務を終え、本格的に自殺をしたいなという思いや具体的考えと共に、私は、電車に乗りました。虚無な勤務、虚無の為に生きて何が人間なんでしょう。私は、人として生きて、人として死にたい、そう思うと、まだだ、と思うのです。どうです、愚かでしょう。私のことを愚かだとお思いでしょうね。普段、舞阪さんから、人として扱われないことで、気持ちがよくなって、唯一、生きていると思えているというのに。どうしたらいい。どうしたらいい。どうしたらいい。掴んだ吊皮がぬるぬるに汗ばんで穢してしまいました。次使う人に申し訳ない気持ちなり「すみませんすみません」とつい口に出てしまっていましたが、誰も、何も言って来ません。ただ、怪訝な目が向けられ、距離をとりたくても満員でとれない肉たちが、機嫌悪そうに少しだけ動きました。ようやく、電車から吐き出されて、家へ着き、自殺オア外出、自殺オア外出、自殺オアDIE……と呟きながらも、なんとか汗ばんだ身体で、眩暈を起こしながらも、着替えを終えた私は、再び電車に飛び乗ります。逆方向に向かう電車はすいています。好いている電車の中に座って目を閉じていると、少しずつですが、気分が落ち着いてきたような気がします。

 埠頭は嫌な潮の香りで満ちていて、誰も居ません。ぽつぽつと広い感覚で錆びた街灯がともっています。例の小屋の周りは一層薄暗く、中に人が居るとは到底思えませんが、小屋の影にひとり、大柄の男が立っていて、私を確認し、携帯で何か確認すると、その身を扉のわきへと移動させ、中へ私を通したのです。

 小屋の中は、悪臭に満ちていました。沖は、血走った眼をして、部屋の一番奥に、粗末な椅子の上に、座って、舞坂さんと向き合うような形です。私は例の如く昨日と同じように彼にバレないような覆面と服装と香りと共に、小屋の中に入ったのですが、ちょうど舞阪さんが、赤みがかった裸電球の下で、こちらに背を向け、手首を縛られた手を小汚い床について、かがみ、震え力んでいました。置かれた大きな容器に向かって異物(主にそれは白い)の混ざった大便を、喘ぎ喘ぎ、排泄を、なさっていたのですね。わたしは覆面の下で、ぁぁぁぁぁぁぁぁ、とため息をついてしまいました。顔が火照って熱いです。私は、す、と、小屋の中でも特に影になっている部分に移動し、壁にもたれ、異常を他の人間に勘づかれぬようにしながら、腕を組んで、じっと彼を見ていました。腹を下したのでしょう。当たり前のことです。開発も拡張もされていない排泄孔をむりやりこじあけられ、出し入れされた上、1ℓとまでは言わないものの、複数の男の精液を中に放出されろくに手入れもされていないまま劣悪な環境下で放置されたんでしょうからね。ああ、彼の顔が俯き加減になり、見えないのが残念ですが(おそらく沖のいる位置からなら見えたでしょうが、彼の側に居るのは彼一人で、他の男達は、私と同じように入り口側の壁の方に立っていましたからね。沖が、自分だけそこに座っている理由が、私にはわかります。独占したいのでしょう、彼を。)、影になった部分から、光に照らされる部分にかけ、彼の身体が紅くなって、鳥肌までたたせて、汗ばんでいるのが見えます。排泄が終わりました。誰も動かないので、私は彼の方につかつかと近づいて行って、容器を手に、小屋を出ました。見張りの男が、あからさまに顔を歪めるのを横目に、舞坂さんの残滓が入った桶を持って、再び埠頭に出て、中身を海に捨てました。その時、あり得ない匂いを嗅ぎました。それは、白檀、線香の匂いです。沖兄、沖宗一郎の墓を参った時を思い出しました。あの日、私が、舞阪の代わりに、白檀の線香を選んだのです。

「ああ、来ているんですか。来なくていいのに……。」

 私は虚空に向かって、話しかけました。風がごうごうと音を立てましたが、これはここに来た時からずっと泣き吹いている海風で、沖兄の声だとはとても思えません。潮の匂いで一瞬の白檀の香りもいつの間にか消えていました。埠頭をしばらくさまようと水道が見えたので、そこで、桶を洗い、再び小屋に戻りました。

 私の身体からは何故か舞阪の糞尿の臭いに混じって、まだ、白檀の香りがしていました。沖は、舞阪に今のところ未だ、取り返しがつくレベルの拷問を舞阪の肉体と精神に繰り返していましたが、そろそろ、引き返せない段階へ進みかねないな、と思いました。私は手首の目立つ位置に、普段付けていない深紅のG-Shockを嵌めていました。私はその日、舞阪を犯す行為に加わりませんで、最初、排泄の世話をした時からずっと、彼や彼の周りを奇麗に拭いたり、掃除したりしていました。彼の身体を触っていたわかったことですが、昨日彼の中が柔らかい、と思ったのは、あり得なことだと悟りました。つまり、私があまりにも、あまりにも硬く大きくダイヤモンド鋼のようになって勃起していたからで、開発されている訳も無いバリタチの雄穴が柔らかいはずがないのです。無理やりこじあけられて血に濡れた筋の裂傷し、切れた温かい臓物の中に私の鋼鉄が槍の用に突き刺さったから、柔らかい、と、錯覚しただけだったのです。私は思わず覆面の下で笑いました。

 鋼鉄の扉が勢いよく開き、ここに居るのにも負けず劣らず屈強な男達がなだれ込んできました。乱闘の末、なだれ込んだ側が勝ち、沖はつかまり、私の方を鬼のような形相で睨んでいました。それもそうです、私だけは、乱闘に参加していないからです。舞阪はもうほとんど意識が無い状態でしたので、そのまま手の空いている男に、沖とは別にして、運ばせました。本来私たちが泊まる予定だった場所へと、向かうのです。私は埠頭に立ち、マスクを剥ぎとり、深紅のG-Shockと一緒に海の方へ、放り投げました。

 沖弟は、この件を実行するにあたり、かなりの金をかきあつめる必要があったはずでした。私は、沖弟に返済能力がないこと、最初から返すアテもないことも、予感していました。復讐者には、後も先もありませんからね。私には今まで働いた分の預金がいくらかありました。舞阪さんの個人資産に比べればカスに過ぎないはした金ですが、元より、使わない金です。沖が買った男達、それから更に別の男達に、沖が払うの額の倍額を積むくらいの余裕、そして、沖に返済する気、能力が無いことを、沖の依頼した男達に納得させるくらいの話術はありました。だから、沖には乱闘のように見えたでしょうが、結局両方とも私が買っていたので、どちらが勝とうと、結果は同じだったのです。ただ、沖と舞阪の前でまるで救出劇が起きたように見せた、それだけです。
 
 こうして、舞坂さんの身体も、沖の身体も、今において、完全に私の物になったのです。
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