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9 ご令息は優良物件
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あの夜のお茶会から、オーランドは積極的に母親の看護に関わってくるようになった。
夫人に触れることが許される男手があるのは大変助かる。髪を洗う時に浴室に運ぶのだが、力のあるオーランドが抱き抱えて運ぶと夫人の身体への負担も少ないし、夫人も嬉しそうだ。
サブリナは夫人の様子とオーランドの協力を得たことから、次の段階に進めそうだと考えていた。
数日後に屋敷に戻った公爵も夫人の様子に驚き、妻の掌に口づけを落としたまま、しばらく動かなかった。
しばらく二人きりにしたほうが良いと思い、部屋を出ようとした時に、彼の背中が震えていたのが見えたから、恐らく公爵も嬉しさで泣いていたのだろう、と思う。
その後、すぐに公爵は息子に言ったのだ。
しばらく騎士団の仕事を軽くし、サブリナ達に協力するように、と。
幸いにも隣国との小競り合いも、我が国の優勢で状況が落ち着いているらしい。オーランドに否はなく、何かにつけて、サブリナと一緒に行動するようになった。
「それで、あのボロい短靴の代わりに帰ってきたのが、それなんですよね」
シャルが面白そうな顔をしながら言うと、サブリナはちょっと気まずそうに、そう、と肯定した。
あの時、オーランドに拾われてしまったサブリナの短靴は結局戻って来なかった。
困ってしまい、エイブスに言って返してもらおうとしたところ、優秀な執事が持ってきたのが、今履いているこれだ。
「いいですよねー。どう見ても上等な靴じゃないですか。履きやすそうです」
柔らかい鹿革で作られたレースアップの靴。
まるで誂えたかのように、すぐに足に馴染んで歩きやすい。
お礼をすぐに言ったところ、彼は無表情だったが「サイズは大丈夫だったか?」と尋ねた。
ぴったりで、とても歩きやすいと伝えたところ、そうか、とふいに目元を緩めて笑んだのだ。
サブリナは顔を赤らめた。シャルはますます楽しそうにニヤニヤする。揶揄うのは楽しいのだろう。
「もういっそ、言われた通りに呼んだらいいんじゃないですか?」
サブリナは驚いて飛び上がった。
「ダメに決まってるじゃない!!公爵卿よ!宰相公爵家の嫡男なんだから不敬だわ!!」
「でも、本人が許可してますよね?」
胡乱げに言われて、サブリナは押し黙った。
・・・そうなのだ・・・あのお茶会から一つ困った問題が起きている。
ウィテカー公爵卿が「自分のことを名前で呼ぶように」と言ったのだ。
最初、何を言われているのか分からず「は?」と言ったバカな自分を呪いたい!すぐに「そんなことはできません」と答えるべきだったのだ。
以来、オーランドはサブリナが「公爵卿」と言うたびに「オーリーと呼ぶように」と返されて、サブリナが押し黙る、という三文芝居のようなやり取りが続いている。
無理に決まっている、当たり前だ。
しかも「オーランド卿」もしくは「オーランド様」ならまだしも愛称なんて。
なので、サブリナはなるべく名前を呼ばない方法を考える羽目になっている。
サブリナは溜息を吐いた。
「恐ろしくって無理無理。絶対に無理!この国どころか、周辺諸国も含めて適齢期の貴族令嬢全員を敵に回すことになるわ」
確かに・・・とシャルもしみじみと同意した。
嫁ぎ遅れどころか、結婚自体が自分の人生から消えていたサブリナはすっかり忘れていたが、ウィテカー公爵卿を取り巻く貴族社会の結婚事情はおどろおどろしい。
食事や休憩の際に、この屋敷の侍女や使用人達が話す「オーランド坊っちゃま」の結婚事情は大変だ。
それはそうだろう。
王族に連なる血筋で、王太子の従兄弟。筆頭公爵家の嫡男で次期宰相候補。現在は近衛騎士団に所属している文武両道を兼ね備えた優秀なお方と評判高い。
見た目も申し分のない結婚適齢期の美丈夫ともなれば、令嬢達もその親も鼻息荒く色めき立つだろう。
この国どころか近隣諸国と合わせてみても、超が付くほどの優良物件だ。
あちこちの王族や貴族達が、ウィテカー筆頭公爵家と縁続きになるために、あの手この手を使っているらしい。
夜会はオーランド狙いの魑魅魍魎達で溢れ返るそうだ。恐ろしや。
そんな彼の縁談が進まないのは、母親の病を理由にことごとく断り続けているからだそう。
宰相自身は彼をどこかの国の王女と政略結婚させたいのでは、と推測されている。貴族なんて政略結婚は当たり前。まぁ、現実的にあり得る話だ。
そんな注目されまくっている男性を、どうして愛称呼びなどできるだろう。そんなことが、貴族の誰かに漏れたら・・・
「絶対、葡萄酒は頭から掛けられると思う」
「それで済めば・・・刺されるかもしれませんね」
同意しつつ、さらにレベルの高い嫌なことを言うシャルをサブリナは眉根を寄せて睨んだ。
・・・関わるとろくなことにならない、使用人としての距離と節度は絶対に保つ!サブリナはそう決意をしていた。
貴族の厄介ごとに巻き込まれるのはたくさん、そう思いながら。
夫人に触れることが許される男手があるのは大変助かる。髪を洗う時に浴室に運ぶのだが、力のあるオーランドが抱き抱えて運ぶと夫人の身体への負担も少ないし、夫人も嬉しそうだ。
サブリナは夫人の様子とオーランドの協力を得たことから、次の段階に進めそうだと考えていた。
数日後に屋敷に戻った公爵も夫人の様子に驚き、妻の掌に口づけを落としたまま、しばらく動かなかった。
しばらく二人きりにしたほうが良いと思い、部屋を出ようとした時に、彼の背中が震えていたのが見えたから、恐らく公爵も嬉しさで泣いていたのだろう、と思う。
その後、すぐに公爵は息子に言ったのだ。
しばらく騎士団の仕事を軽くし、サブリナ達に協力するように、と。
幸いにも隣国との小競り合いも、我が国の優勢で状況が落ち着いているらしい。オーランドに否はなく、何かにつけて、サブリナと一緒に行動するようになった。
「それで、あのボロい短靴の代わりに帰ってきたのが、それなんですよね」
シャルが面白そうな顔をしながら言うと、サブリナはちょっと気まずそうに、そう、と肯定した。
あの時、オーランドに拾われてしまったサブリナの短靴は結局戻って来なかった。
困ってしまい、エイブスに言って返してもらおうとしたところ、優秀な執事が持ってきたのが、今履いているこれだ。
「いいですよねー。どう見ても上等な靴じゃないですか。履きやすそうです」
柔らかい鹿革で作られたレースアップの靴。
まるで誂えたかのように、すぐに足に馴染んで歩きやすい。
お礼をすぐに言ったところ、彼は無表情だったが「サイズは大丈夫だったか?」と尋ねた。
ぴったりで、とても歩きやすいと伝えたところ、そうか、とふいに目元を緩めて笑んだのだ。
サブリナは顔を赤らめた。シャルはますます楽しそうにニヤニヤする。揶揄うのは楽しいのだろう。
「もういっそ、言われた通りに呼んだらいいんじゃないですか?」
サブリナは驚いて飛び上がった。
「ダメに決まってるじゃない!!公爵卿よ!宰相公爵家の嫡男なんだから不敬だわ!!」
「でも、本人が許可してますよね?」
胡乱げに言われて、サブリナは押し黙った。
・・・そうなのだ・・・あのお茶会から一つ困った問題が起きている。
ウィテカー公爵卿が「自分のことを名前で呼ぶように」と言ったのだ。
最初、何を言われているのか分からず「は?」と言ったバカな自分を呪いたい!すぐに「そんなことはできません」と答えるべきだったのだ。
以来、オーランドはサブリナが「公爵卿」と言うたびに「オーリーと呼ぶように」と返されて、サブリナが押し黙る、という三文芝居のようなやり取りが続いている。
無理に決まっている、当たり前だ。
しかも「オーランド卿」もしくは「オーランド様」ならまだしも愛称なんて。
なので、サブリナはなるべく名前を呼ばない方法を考える羽目になっている。
サブリナは溜息を吐いた。
「恐ろしくって無理無理。絶対に無理!この国どころか、周辺諸国も含めて適齢期の貴族令嬢全員を敵に回すことになるわ」
確かに・・・とシャルもしみじみと同意した。
嫁ぎ遅れどころか、結婚自体が自分の人生から消えていたサブリナはすっかり忘れていたが、ウィテカー公爵卿を取り巻く貴族社会の結婚事情はおどろおどろしい。
食事や休憩の際に、この屋敷の侍女や使用人達が話す「オーランド坊っちゃま」の結婚事情は大変だ。
それはそうだろう。
王族に連なる血筋で、王太子の従兄弟。筆頭公爵家の嫡男で次期宰相候補。現在は近衛騎士団に所属している文武両道を兼ね備えた優秀なお方と評判高い。
見た目も申し分のない結婚適齢期の美丈夫ともなれば、令嬢達もその親も鼻息荒く色めき立つだろう。
この国どころか近隣諸国と合わせてみても、超が付くほどの優良物件だ。
あちこちの王族や貴族達が、ウィテカー筆頭公爵家と縁続きになるために、あの手この手を使っているらしい。
夜会はオーランド狙いの魑魅魍魎達で溢れ返るそうだ。恐ろしや。
そんな彼の縁談が進まないのは、母親の病を理由にことごとく断り続けているからだそう。
宰相自身は彼をどこかの国の王女と政略結婚させたいのでは、と推測されている。貴族なんて政略結婚は当たり前。まぁ、現実的にあり得る話だ。
そんな注目されまくっている男性を、どうして愛称呼びなどできるだろう。そんなことが、貴族の誰かに漏れたら・・・
「絶対、葡萄酒は頭から掛けられると思う」
「それで済めば・・・刺されるかもしれませんね」
同意しつつ、さらにレベルの高い嫌なことを言うシャルをサブリナは眉根を寄せて睨んだ。
・・・関わるとろくなことにならない、使用人としての距離と節度は絶対に保つ!サブリナはそう決意をしていた。
貴族の厄介ごとに巻き込まれるのはたくさん、そう思いながら。
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