君の手は心も癒す 〜マザコン騎士は天使に傅く〜

嘉多山瑞菜

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12 エスコートって?

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 車椅子で屋敷の中を移動する夫人を、使用人達が喜色に包まれながら見送る。

 シャルがゆっくりと押していく隣で、母親を見下ろしながらオーランドが守るように隣を歩き、サブリナは後ろに付き従った。

 庭園のテラスでテーブル前に車椅子を停めると夫人は庭を眺めながら、嬉しそうに笑った。

「まぁ、久しぶりで嬉しいわ。とても気持ちの良いお日様と風ね。バラもすっかり満開が近いわ」

 執事長のエイブスが目尻の涙を拭いながら、テーブルに簡単なお茶の支度をしていく。夫人付きの侍女であるナターシャも嬉しそうに焼き立てのタルトやサブレを並べると、夫人の言葉に頷いた。

「本当に、奥様にお庭をご覧になっていただけてようございました」

 サブリナは夫人に羽織らせたショールと膝掛けをしっかり直すとエイブスと顔を見合わせて微笑んだ。

 今日、夫人の様子を屋敷の使用人たちに見せたのには理由がある。だいぶ体調が安定してきた夫人の世話を彼らにも手伝ってもらおうと思っていたからだ。こうすれば、より日常に近くなる。

「まあ、オーリー、もう食べているの、お行儀が悪い」

 ふふふと笑いながら息子の行儀の悪さを咎める母親に、オーランドも笑い返しながら「申し訳ありません、母上」と言うと、下がったところで控えていたサブリナに視線をやり、声を掛けた。

「君も、こちらへ」
 
 サブリナはギョッとすると「とんでもないことでございます」とぶんぶん頭を左右に振って断ったが、公爵夫人が「ブリーも一緒に」と望んだため、断りきれず席に着いた。

 夫人はよほど嬉しいのだろう。当然だ。半年以上ぶり位の庭園でのお茶に違いない。

 サブリナにこの庭をどんな風に手入れをしてきたかや、何にこだわってきたか、お気に入りの薔薇の品種などを、頑張って話してくれる。
声は小さいながらも、呼吸が苦しくなることも減り、長く喋れることに喜びを感じているようでサブリナも嬉しい。

 夫人の話は時に面白くウイットに飛んでいて、わかりやすい。だいぶ調子が戻ってきたのだ。公爵夫人然とした知性と、毅然とした美しさがある、とサブリナは夫人に見惚れた。
そんな母親の様子をオーランドは目を細めて見つめている。

 ひとしきり話をしたところで、夫人は息子に思いもよらないことを命じた。

「オーリー、ブリーに自慢の庭をご案内して差し上げて」

 サブリナはびっくりすると、目を見開いた。

「奥様っ?!」

 招待した貴族令嬢のような扱いに、慌てて動揺しまくるサブリナに夫人は優しい笑みを浮かべると続けた。

「私の側にはシャルとナターシャが居てくれるから大丈夫。ブリーに一番綺麗なこの時期の庭を見てほしいの」
「かしこまりました、母上」

 サブリナが返事をする前より早く、オーランドががたりと立ち上がって、サブリナを見下ろす。

・・・あ・・・サブリナは令息を見上げて、ゴクリと唾を飲み込んだ。彼の射抜くような静かな眼差しに心臓がバクバクなり始める。

 卒倒したほうが良いかもしれない、そんな風に思ったが遅かった。
オーランドはサブリナに向かって手を伸ばし言ったのだ。

「モントクレイユ男爵令嬢、お手をどうぞ」と。





 彼の手を取らないサブリナに焦れたのか、令息は膝に置いたままだったサブリナの腕を掴んだ。椅子から立たせられると、今度は手を取られ庭へと連れ出された。
夫人はクスクス小さく笑いながら、若い二人を見送る。

 サブリナは焦っていた。
手を離して貰いたいが、彼はそのまま柔らかく握ったままでいる。

 自分は令嬢ではない。看護者だ。
こんな風に扱われることは、とうの昔になくなったから動揺してしまうが、まさかせっかく気分良く過ごしている夫人の前で、彼に恥をかかせるわけにもいかないから、と思いつく限りの理由をつけて、なんとか叫ばずに付いていく。

 黙ったまま自分の少し前を歩く令息の後頭部を見て、サブリナは会話のきっかけを掴めないでいた。
こんな風になることはサブリナにとっては珍しい。
彼女は誰とでも気さくに話し、会話を楽しむことができるからだ。

 とにかく取られたままの手は、いい加減、離して貰わないと、と思いつつ、背後をチラリと見れば、大きなトピアリーの陰になり、もう夫人達は見えなくなっている。

 急に二人だけの空間になったことに気がついて、どうしよう、とおろおろしているとオーランドが急に口を開いた。

「今日は靴を履いているんだな」
「?!」

 オーランドのちょっと揶揄いを乗せた言い方に、サブリナの身体は恥ずかしさでカアッと熱くなった。

 足が疲れて浮腫めば靴だって脱ぎ捨てたくなる。あの晩はそうだったのだ。芝と土の感触を感じたかった。だが、そんな言い訳は高位貴族には通用しない。行儀が悪いどころか、はしたないからだ。

 だからサブリナは素直に事実だけを答えた。

「・・・はい、履きやすい靴を頂戴致しましたので・・・」
 
 その答えにオーランドは唐突に立ち止まると、「そうか」と言いいながら、振り返ると、じっと見つめてきた。

 これは不味い・・・何が不味いかわからないが、この距離は雇用主と看護者を逸脱している。

 夫人は悪くない。気分が良くなり、久しぶりに庭に出れば、自然と公爵夫人として、招いたご令嬢をもてなすような振る舞いが出るだろう。

 でもっ!!!!!
 
 いくら母親想いの息子だからって、彼は何もこんなことに乗らなくたって良いのだ。適当にあしらえば良いはずなのに・・・。

 きょろきょろと視線を逸らそうとすると、思いがけないことをオーランドが尋ねる。

「君のことを、名前で呼んでも?」
「え・・・?」

 サブリナはぽかんと、自分をじっと見る令息の顔を見返した。

 これって・・・どうだったっけ?

一瞬、思考回路が止まってしまい、言葉が浮かばないがハッとする。
さっき、彼は自分を「モントクレイユ嬢」と貴族令嬢に対するように呼んだ。

 だが、これは違う。
この関係は雇用主の嫡子と雇用されている人間だ。限りなく使用人に近いであろう。だから自分が彼を名前で呼ぶのが不敬であるのと同じように、彼はサブリナを令嬢として扱うべきではない。
雇用している使用人なのだから、名前で呼べば良い。確認など不要だ。

 夫人は看護者として、自分を既に「ブリー」と愛称で呼んでいる。それは自分がそう言ったからだ。

 だがウィテカー公爵卿から名前で呼ばれるなんて・・・サブリナは視線を落とすと心許ない声で返事をした。

「ウィテカー公爵卿、私の呼び名など・・・どうぞお好きなように」
「・・・そうか」

 なんなんだろう、この会話・・・どれもこれも脈絡がない上に、なぜか神経を削がれる。

 こっそり溜息ともつかない呼吸を一つ吐いて、顔を上げると彼の黒い瞳が、またきつい光を纏って、サブリナをじっと見ている。

 なんか不味い、本当になんか駄目な気がする。もう嫌だ、早く仕事に戻りたい・・・。

 怖れとも泣き言もつかないような気持ちで胸がいっぱいになるのを感じる。
 
 サブリナは鼓動が早鐘のように鳴り響くのを感じて、距離を取ろうと一歩後ずさったが、自分の手を握ったままのオーランドの手に力がこもり、許されない。

「母とまたこの庭を見ることが出来るなんて、思いも寄らなかった」

 サブリナを見つめたまま、また突然オーランドが話し始める。

「短い期間で、君はたくさんの奇跡を見せてくれる・・・」
「いえ・・・奇跡ではなく、奥様の努力の賜《たまもの》で・・・」

 この場をどうしのいだら良いか分からず、なんとか答えようとしたサブリナの言葉は最後までは、続けられなかった。

「・・・ぁっ・・・!!」

 出たのは小さな悲鳴にもならない声だけ。
グイッとオーランドに握られたままの手を引かれ、バランスを崩しかけたところで、力強い腕に腰を支えられる。

 ふわりと清潔な石鹸の香りが鼻を掠めて、頬に彼の体温と逞しい胸板を感じて、サブリナは彼の胸に抱き寄せられているのに気づいた。

 そして・・・

 あっと思う間もなく、サブリナは額にオーランドの唇の熱を感じて・・・。

 何が起きたのか分からず、混乱したまま彼を見上げると、煌めく黒い瞳が濃さを纏って自分を射抜くように見つめている。

 言葉が出ないサブリナの腰から、やっと手を離すと子息が掠れた声で呟いた。

「・・・君に・・・感謝を・・・」
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