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38 最後の時
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ナディア妃殿下の宿下りが終わり、日常が戻ると同時に夫人の灯火は翳りを帯び始めた。
断続的な痛みは胸の腫瘤だけにとどまらず、身体の中からも出始め、とうとう痛み止めはより強いクサノオウがローリング医術師の指示で投薬されるようになり、これをきっかけに、夫人は寝台でうつらうつらと寝て過ごすことが増えた。
腹水がたまり始め、呼吸も浅くなってくると定期的に診察をするローリング医術師の表情も厳しく、サブリナへは痛みと苦しさを緩和することに重点を置いた指示が出た。痛みと呼吸の苦しさを極力取り除き、倦怠感や嘔吐なども抑えつつ、日々を静かに過ごす。
気分の良い日は車椅子で居間に出たり、使用人達と話して過ごしたりするが、客の来訪は断るようになった。
手指の関節が強ばりながらも、夫人はなるべく好きな刺繍や編み物を数分でも楽しみ、サブリナに伝え漏れがないようにと、公爵家の様々なことを話す毎日。
夫の宰相も余程のことがない限りは、仕事をオーランドへ任せているらしく毎日帰宅し、夜を夫人と穏やかに過ごしていた。
夫人の教えを書き留めた紙はゆうに200枚を超えて、サブリナはそれを公爵家の歴史や祭事、社交やしきたり、屋敷管理や領地経営、取引先に御用達の商人との関わり方などに分けて丁寧に清書した。その中には厳しく指導してもらったウィテカー公爵家の紋章の刺繍の仕方も入っている。
それらを見返すにつれて、自分の想いがあろうとも、どんなに夫人が望み、王太子妃殿下が応援してくれようとも、やはり自分は最上位貴族の嫁には相応しくないのだと強く思ってしまう。
それは諦めでも絶望でもない・・・この国では当然の常識に他ならない。
自分はそれで良いのだと・・・サブリナは表紙に「ウィテカー公爵夫人の忘備録」と書き足すと、その文字を指でなぞった。
夫人の公爵家の愛情や想いが未来のオーランドの妻へと引き継がれるように願いながら。
「夢を見ていたの・・・」
熱が下がらない日が続き、水に浸した手巾で額を拭いていると夫人がふっと目を覚ましそう言った。
「どんな夢でございますか?」
寝汗を優しく拭い、半身を起こすのを手伝うと、匙で冷やした果実水を口に運ぶ。
それをゆっくり嚥下しながら、熱に浮かされたような潤んだ目でサブリナを見ると、口を少女のように綻ばせた。
「旦那様と出会った頃から、オーリーやナディを授かったころだったわ・・・」
「それはお懐かしいですね」
夫人が女として一番幸せだと感じていた時期を思い出していたのだろう、とサブリナは思った。強い鎮静薬草のクサノオウを使うと、患者は皆、過去の夢を見ることが多い。内容を聞くと人生を謳歌していた頃のことが多いのだ。
「神様が私の人生を振り返させてくださったのね。旦那様とダンスをしたり、お祭りをお忍びで見物したり・・・オーリーが生まれた時の喜び・・・ナディが池に落ちてびっくりした夏の日・・・」
ふふっと薄く笑いながら、こほこほと苦しそうに咳き込んだから、サブリナは静かに夫人の背を摩ると寝台にそっと横たわらせる。
「オーリーは剣術や乗馬は好きだけど・・・ダンスや勉強は嫌いで、ナディはオーリーにくっついて木登りして・・・旦那様は大笑いしたの・・・」
取り止めもなく、話す夫人の手を握りながら「妃殿下が木登りなんて」と笑って声をかけると、夫人は眼を瞑りえぇと幸せそうに小さく頷いた。そして急にサブリナがびっくりするようなことを口にした。
「オーリーとブリーの子はどんなに愛らしいかしら・・・きっと2人に似て元気いっぱいなやんちゃかおてんばね・・・」
「お義母様・・・」
孫に囲まれているところを想像しているのだろう、ふふふと楽しそうな笑みをわずかに浮かべると、すぅとまた眠りに落ちていく。
今まで夫人はサブリナのことを慮ってオーランドとの子供のことを口にすることはなかった。自分も公爵家の跡取り・・・王族の一員を産むというプレッシャーに晒されていたからだろう。優しい彼女は大切な息子の嫁にそんなストレスを与えることはしなかった。
だが、本音では当然オーランドの子供を見たいに決まっている。
その寝顔を見つめながらサブリナは込み上げそうになる嗚咽を押し殺し彼女の手を額に押し当てた。
自分は孫を彼女に見せることなど出来ない・・・彼女を騙し続けているのだから・・・だからと言っていまさら本当のことを告げるつもりもない。後ろめたさも欺く罪も全てを自分は飲み込むと決めた。
いよいよだ・・・サブリナは暗澹とした思いで、ただ夫人の冷たい手を握りしめていた。
胸の腫瘤が皮膚を突き破らんばからりに、赤黒く大きくなると共に、夫人は全身を襲う痛みにのたうち回るようになった。
シャルが交代するというのも受け付けず、サブリナは昼夜つきっきりで夫人の看護を続けるが、もはや痛みも腹水も貧血も抑えることが出来なくない。
彼女の苦痛を取り除く方法はローリング医術師に委ねられた。
屋敷全体が重苦しさに包まれたその日、サブリナは久しぶりに帰宅したオーランドを見た。
多忙を極める彼の顔は一層シャープさが増し、漆黒の瞳は険しさに満ちている。
彼は父親とローリング医術師と一緒に、母の寝室に入り小一時間ほど出てこなかったが、サブリナには中で何が行われているか分かっていたから、ただただ暗い気持ちで使用人達とともに外で控えていた。
寝室から出てきた宰相は、そこに待っていた使用人達をぐるりと見回すと、執事長のエイブスにとても静かな声でただ一言命じた。
「司祭様を呼べ」
エイブスは黙って頭を下げ、手配のためにそこから離れると他の使用人からは啜り泣きが漏れた。
宰相はその後は一言も発さず、また夫人の寝室へと入り、使用人達もそれに倣っておのおのの場へと戻っていく。
残ったローリング医術師とオーランドは同時にサブリナを見た。
「先生・・・」
中で交わされた会話は看護人である自分には簡単に想像がつく。サブリナは目尻に滲む涙を堪えながらローリング医術師を見ると彼は重々しく頷いた。
「赦しの秘跡《告解》のあとから、ケシ《あへん》を使う。夫人が望まれた」
決定的な言葉に、慣れていることとはいえ心の衝撃は強くサブリナは一瞬眼を閉じ、そして頭を僅かに下げた。
「私は一旦戻って、薬師と準備をしてくる」
「かしこまりました」
淡々と告げられた言葉は重い。
とうとうこの日が来たのだと、サブリナの胸は悲しみに震えた。
ケシは強力な鎮静薬だが、意識はほぼ混濁をし起きたりすることはできなくなる。旅立つ瞬間までの苦痛を極力取り除くために使う末期の薬だ。夫人に残された時間は僅かだ。
ローリング医術師が立ち去り、オーランドと二人廊下に取り残される。彼は青褪めたまま虚空を見つめている。
夫人が彼に何を言ったのかは分からない。だがうちに秘めた深い悲しみが伝わってきて、思わずサブリナは彼の腕に手をかけた。
「・・・オーランド様・・・」
ハッとしたように彼は虚だった瞳に色を取り戻すと、サブリナを見下ろした。
途端、辛そうに顔を歪め自分の腕にかけられたサブリナの手を掴むと、あっと思う間もなく壁に背を押し付けるようにして抱き込める。
広く逞しい胸に久しぶりに抱きしめられて、でも悲しみだけが全身を覆い尽くしていく。
「オーランド様・・・」
躊躇いながら男らしい背に手を回して、彼の名を呼ぶと肩口に埋められたオーランドの頭が微かに揺れた。
「・・・っつ!」
耳元に響くくぐもぐった低い嗚咽。深い慟哭がサブリナの身体にも一緒に響いてきて、いくばくかの慰めをもって背を摩ることしか出来ない。
「・・・・・母上は悔いはない・・・と」
「・・・」
「・・・神のもとへ帰る時が来たと・・・っつ!!」
耳元に熱い雫が伝うのを感じて、サブリナも彼の胸の中で眼を閉じると、ギュッと彼を抱きしめ返す。
夫人の覚悟の前に出来ることはない。今は夫人の代わりで良い。ただオーランドを抱きしめていたかった。
赦しの秘跡を終え、夫人はケシを投薬された。痛みから解放された夫人は、しばらくの間意識が混濁しながらも頑張っていたのだろう。
サブリナは夫人の口が渇かないよう、こまめに手巾に果実水や薬草茶を浸したものを口の中に含ませていたが、夫人はそれを徐々に受け付けなくなっていった。
告解から4日経ったその日、珍しく宰相もオーランドも二人揃って早い時間に屋敷に帰ってきた。夫人はその日を待っていたのか。
帰宅後、二人は夫人に付き添っていたが就寝のために部屋に戻った後・・・日付けが変わりった深夜、穏やかな表情ながらも喘ぐような下顎呼吸へと変わったことを確認したサブリナはローリング医術師を呼んだ。彼はその様子確認すると、すぐに宰相とオーランドをふたたび呼び寄せた。
宰相は夫人の枕元に座り、彼女の手を握りしめるとその額に口づける。
「ディアラ・・・愛してる」
オーランドも寝台脇に跪き夫人の手に顔を押し付けながら悲痛に叫ぶ。
「母上っ!!・・・今日までありがとうございましたっ!!」
二人の声が耳に届いたのか、夫人の眦からつっと雫が零れ落ち、宰相の指がそれを拭う。
夫は彼女の唇にそっとキスを落とすと静かに囁いた。
「来世でまた逢おう・・・愛しい我が妻よ」
命の灯火が消える瞬間は儚い。
宰相の言葉に夫人が幸せそうに微笑んだようにサブリナには見えた。
彼女はそれまでの喘ぐようなはくはくとした呼吸から、小さくすぅと息を吐き出すと、静かに息をすることをやめ、オーランドが握りしめていた手から力ががくりと抜けた。
「っつ!!」
「母上っ!!」
二人の男が慟哭するのを見つめながら、サブリナの瞳からも涙がこぼれ落ちる。
ローリング医術師が旅立ちの言葉を述べる声と嗚咽が寝室に響き、サブリナは静かに眼を閉じた。
断続的な痛みは胸の腫瘤だけにとどまらず、身体の中からも出始め、とうとう痛み止めはより強いクサノオウがローリング医術師の指示で投薬されるようになり、これをきっかけに、夫人は寝台でうつらうつらと寝て過ごすことが増えた。
腹水がたまり始め、呼吸も浅くなってくると定期的に診察をするローリング医術師の表情も厳しく、サブリナへは痛みと苦しさを緩和することに重点を置いた指示が出た。痛みと呼吸の苦しさを極力取り除き、倦怠感や嘔吐なども抑えつつ、日々を静かに過ごす。
気分の良い日は車椅子で居間に出たり、使用人達と話して過ごしたりするが、客の来訪は断るようになった。
手指の関節が強ばりながらも、夫人はなるべく好きな刺繍や編み物を数分でも楽しみ、サブリナに伝え漏れがないようにと、公爵家の様々なことを話す毎日。
夫の宰相も余程のことがない限りは、仕事をオーランドへ任せているらしく毎日帰宅し、夜を夫人と穏やかに過ごしていた。
夫人の教えを書き留めた紙はゆうに200枚を超えて、サブリナはそれを公爵家の歴史や祭事、社交やしきたり、屋敷管理や領地経営、取引先に御用達の商人との関わり方などに分けて丁寧に清書した。その中には厳しく指導してもらったウィテカー公爵家の紋章の刺繍の仕方も入っている。
それらを見返すにつれて、自分の想いがあろうとも、どんなに夫人が望み、王太子妃殿下が応援してくれようとも、やはり自分は最上位貴族の嫁には相応しくないのだと強く思ってしまう。
それは諦めでも絶望でもない・・・この国では当然の常識に他ならない。
自分はそれで良いのだと・・・サブリナは表紙に「ウィテカー公爵夫人の忘備録」と書き足すと、その文字を指でなぞった。
夫人の公爵家の愛情や想いが未来のオーランドの妻へと引き継がれるように願いながら。
「夢を見ていたの・・・」
熱が下がらない日が続き、水に浸した手巾で額を拭いていると夫人がふっと目を覚ましそう言った。
「どんな夢でございますか?」
寝汗を優しく拭い、半身を起こすのを手伝うと、匙で冷やした果実水を口に運ぶ。
それをゆっくり嚥下しながら、熱に浮かされたような潤んだ目でサブリナを見ると、口を少女のように綻ばせた。
「旦那様と出会った頃から、オーリーやナディを授かったころだったわ・・・」
「それはお懐かしいですね」
夫人が女として一番幸せだと感じていた時期を思い出していたのだろう、とサブリナは思った。強い鎮静薬草のクサノオウを使うと、患者は皆、過去の夢を見ることが多い。内容を聞くと人生を謳歌していた頃のことが多いのだ。
「神様が私の人生を振り返させてくださったのね。旦那様とダンスをしたり、お祭りをお忍びで見物したり・・・オーリーが生まれた時の喜び・・・ナディが池に落ちてびっくりした夏の日・・・」
ふふっと薄く笑いながら、こほこほと苦しそうに咳き込んだから、サブリナは静かに夫人の背を摩ると寝台にそっと横たわらせる。
「オーリーは剣術や乗馬は好きだけど・・・ダンスや勉強は嫌いで、ナディはオーリーにくっついて木登りして・・・旦那様は大笑いしたの・・・」
取り止めもなく、話す夫人の手を握りながら「妃殿下が木登りなんて」と笑って声をかけると、夫人は眼を瞑りえぇと幸せそうに小さく頷いた。そして急にサブリナがびっくりするようなことを口にした。
「オーリーとブリーの子はどんなに愛らしいかしら・・・きっと2人に似て元気いっぱいなやんちゃかおてんばね・・・」
「お義母様・・・」
孫に囲まれているところを想像しているのだろう、ふふふと楽しそうな笑みをわずかに浮かべると、すぅとまた眠りに落ちていく。
今まで夫人はサブリナのことを慮ってオーランドとの子供のことを口にすることはなかった。自分も公爵家の跡取り・・・王族の一員を産むというプレッシャーに晒されていたからだろう。優しい彼女は大切な息子の嫁にそんなストレスを与えることはしなかった。
だが、本音では当然オーランドの子供を見たいに決まっている。
その寝顔を見つめながらサブリナは込み上げそうになる嗚咽を押し殺し彼女の手を額に押し当てた。
自分は孫を彼女に見せることなど出来ない・・・彼女を騙し続けているのだから・・・だからと言っていまさら本当のことを告げるつもりもない。後ろめたさも欺く罪も全てを自分は飲み込むと決めた。
いよいよだ・・・サブリナは暗澹とした思いで、ただ夫人の冷たい手を握りしめていた。
胸の腫瘤が皮膚を突き破らんばからりに、赤黒く大きくなると共に、夫人は全身を襲う痛みにのたうち回るようになった。
シャルが交代するというのも受け付けず、サブリナは昼夜つきっきりで夫人の看護を続けるが、もはや痛みも腹水も貧血も抑えることが出来なくない。
彼女の苦痛を取り除く方法はローリング医術師に委ねられた。
屋敷全体が重苦しさに包まれたその日、サブリナは久しぶりに帰宅したオーランドを見た。
多忙を極める彼の顔は一層シャープさが増し、漆黒の瞳は険しさに満ちている。
彼は父親とローリング医術師と一緒に、母の寝室に入り小一時間ほど出てこなかったが、サブリナには中で何が行われているか分かっていたから、ただただ暗い気持ちで使用人達とともに外で控えていた。
寝室から出てきた宰相は、そこに待っていた使用人達をぐるりと見回すと、執事長のエイブスにとても静かな声でただ一言命じた。
「司祭様を呼べ」
エイブスは黙って頭を下げ、手配のためにそこから離れると他の使用人からは啜り泣きが漏れた。
宰相はその後は一言も発さず、また夫人の寝室へと入り、使用人達もそれに倣っておのおのの場へと戻っていく。
残ったローリング医術師とオーランドは同時にサブリナを見た。
「先生・・・」
中で交わされた会話は看護人である自分には簡単に想像がつく。サブリナは目尻に滲む涙を堪えながらローリング医術師を見ると彼は重々しく頷いた。
「赦しの秘跡《告解》のあとから、ケシ《あへん》を使う。夫人が望まれた」
決定的な言葉に、慣れていることとはいえ心の衝撃は強くサブリナは一瞬眼を閉じ、そして頭を僅かに下げた。
「私は一旦戻って、薬師と準備をしてくる」
「かしこまりました」
淡々と告げられた言葉は重い。
とうとうこの日が来たのだと、サブリナの胸は悲しみに震えた。
ケシは強力な鎮静薬だが、意識はほぼ混濁をし起きたりすることはできなくなる。旅立つ瞬間までの苦痛を極力取り除くために使う末期の薬だ。夫人に残された時間は僅かだ。
ローリング医術師が立ち去り、オーランドと二人廊下に取り残される。彼は青褪めたまま虚空を見つめている。
夫人が彼に何を言ったのかは分からない。だがうちに秘めた深い悲しみが伝わってきて、思わずサブリナは彼の腕に手をかけた。
「・・・オーランド様・・・」
ハッとしたように彼は虚だった瞳に色を取り戻すと、サブリナを見下ろした。
途端、辛そうに顔を歪め自分の腕にかけられたサブリナの手を掴むと、あっと思う間もなく壁に背を押し付けるようにして抱き込める。
広く逞しい胸に久しぶりに抱きしめられて、でも悲しみだけが全身を覆い尽くしていく。
「オーランド様・・・」
躊躇いながら男らしい背に手を回して、彼の名を呼ぶと肩口に埋められたオーランドの頭が微かに揺れた。
「・・・っつ!」
耳元に響くくぐもぐった低い嗚咽。深い慟哭がサブリナの身体にも一緒に響いてきて、いくばくかの慰めをもって背を摩ることしか出来ない。
「・・・・・母上は悔いはない・・・と」
「・・・」
「・・・神のもとへ帰る時が来たと・・・っつ!!」
耳元に熱い雫が伝うのを感じて、サブリナも彼の胸の中で眼を閉じると、ギュッと彼を抱きしめ返す。
夫人の覚悟の前に出来ることはない。今は夫人の代わりで良い。ただオーランドを抱きしめていたかった。
赦しの秘跡を終え、夫人はケシを投薬された。痛みから解放された夫人は、しばらくの間意識が混濁しながらも頑張っていたのだろう。
サブリナは夫人の口が渇かないよう、こまめに手巾に果実水や薬草茶を浸したものを口の中に含ませていたが、夫人はそれを徐々に受け付けなくなっていった。
告解から4日経ったその日、珍しく宰相もオーランドも二人揃って早い時間に屋敷に帰ってきた。夫人はその日を待っていたのか。
帰宅後、二人は夫人に付き添っていたが就寝のために部屋に戻った後・・・日付けが変わりった深夜、穏やかな表情ながらも喘ぐような下顎呼吸へと変わったことを確認したサブリナはローリング医術師を呼んだ。彼はその様子確認すると、すぐに宰相とオーランドをふたたび呼び寄せた。
宰相は夫人の枕元に座り、彼女の手を握りしめるとその額に口づける。
「ディアラ・・・愛してる」
オーランドも寝台脇に跪き夫人の手に顔を押し付けながら悲痛に叫ぶ。
「母上っ!!・・・今日までありがとうございましたっ!!」
二人の声が耳に届いたのか、夫人の眦からつっと雫が零れ落ち、宰相の指がそれを拭う。
夫は彼女の唇にそっとキスを落とすと静かに囁いた。
「来世でまた逢おう・・・愛しい我が妻よ」
命の灯火が消える瞬間は儚い。
宰相の言葉に夫人が幸せそうに微笑んだようにサブリナには見えた。
彼女はそれまでの喘ぐようなはくはくとした呼吸から、小さくすぅと息を吐き出すと、静かに息をすることをやめ、オーランドが握りしめていた手から力ががくりと抜けた。
「っつ!!」
「母上っ!!」
二人の男が慟哭するのを見つめながら、サブリナの瞳からも涙がこぼれ落ちる。
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