ハードボイルド探偵・篤藩次郎(淳ちゃん)

黒猫

文字の大きさ
23 / 63
Vol.2『裸のボディガード』

ボディガード、走り出す

しおりを挟む
 十二月に入ると、やたらと世間は「師走だ師走」と騒ぎ出す。まったくもって、馬鹿馬鹿しい。事物の終わりを静かに見届け、年の明けるのを厳かに待ち受けるのが本筋だろう。年末商戦やらクリスマスなんやらへの需要を煽る、大いなるプロパガンダだ。俺の商売には、全くもって関係無い。そうだな、この俺が最も忙しくなるのは……確定申告の二月だ。今じゃあない。
 ところで俺は今、走っている。誰かを追ってる訳ではない。俺は足が遅いからな。そして、誰かの師匠になった覚えも無い。ただ、走っている。それはなぜか――
「おじさん! こんばんは!」
「ああ、どうも。また出たな。こんばんは」
 家(事務所)を出て夜の高円寺の街を抜け、《高円寺憩いの森公園》へ向かい、その外縁を三周ばかり巡る。これで大体五、六キロ、三十分ばかりのジョギングコースだ。俺はヘタレだから、途中で休憩も入れる。手頃なベンチに腰掛け、馴染みのラッキーストライクを取り出し、火を点ける。公園の申し訳程度の灯りでは、煙はすぐに、暗闇に同化していく。肺と心臓にはちとアレだが、俺はこんなひとときも悪くないと感じていた。ただし、長居はできない。風邪を引く。このランニングウェアは冬向けではあるんだが、防寒性がいまいちなんだ。
「――おじさん呼ばわりはやめてくれって、言ったはずなんだがな。というか、何度も言っている」
「うん、何度も聞いてる。けどね、他に何かいい呼び方、ある? お兄さん、じゃあなんか変だし、名前教えてくれないし」
 朝、走ってみたら同じように走ってる人間が多くて辟易した。だから夜にした。それでも時間帯によっては人はいるんだが、試行を繰り返して、俺はなんとか俺だけの時間を確保できるタイミングを手に入れた。なのに、ここにきてとんだお邪魔虫が入ってくるようになった。
「探偵には守秘義務があるからな」
「へえ! おじさん、探偵なんだ! 僕、探偵って、小説とか漫画とかの世界だけの存在だと思ってた!」
「しまった!」
 初めはこの休憩タイムの時だった。孤独に浸っていた俺の隣にそいつはいきなり腰掛け、人懐っこく話し掛けてきた。それは、いかにも声変わりしたばかりの甘々な美少年ボイスだった。
「……でも、守秘義務の使い方間違ってると思うんだけど。本当に探偵なの?」
「うるさい。言葉の綾だ。それよりお前はどうなんだ。子供が外をうろつく時間じゃあないぞ」
「子供って!」
「中学生か? 補導されても知らんぞ?」
 そいつも、いまいち垢抜けないジャージ姿で走りに来ていた。が、せいぜい公園を二周止まり、だいたいは一周で終えていた。まだまだ発達途上の華奢な体つきだ。そして顔つきもまた、男と呼ぶには発展途上の中性顔だ。世間一般じゃ、美少年というんだろうな。その筋のお姉さんがたが見たなら、きっと放っておかないような。
「う、うん……中三だけど……」
「そうか。不審者に襲われんようにな」
「僕は男だよ! おじさんの方こそ、不審者だって通報されそうだ!」
「し、失礼な!」
「だってその格好」
「それは言うんじゃない……」
 俺の格好はといえば、無駄にカラフルな蛍光色のタイツが目を引く、それでもアウターも十分にド派手な、ちょっと控えめの志茂田景樹だ。由紀奈にランニングウェアを見繕ってくれと頼んだら、届いたのがこれだった。明るい時間帯に走るのを避けたのは、これも理由のひとつだ。だが、文句は言えない。これなら夜道でも、車に轢かれる心配が無い。
「――あいつなりの配慮なんだ」
「あいつって?」
「おっと、それは置いといてだな、そんな痩せっぽちだと女に間違われるぞ」
「ぐっ……だ、だからこうして走りに来てるんじゃないか! 体を鍛えるために!」
「なるほどな、なら、よし、走るぞ。男のお喋りはみっともない」
「わ、待って!」
 たばこ用にわざわざ用意したちっこいポーチに携帯灰皿をしまい、俺は走り出した。
「お前は何て言うんだ? 何て名前なんだ?」
「あ、みき……幹彦! 立原たちはら幹彦みきひこだよ!」
「そうか、幹彦な」
 俺に遅れて、慌てた様子でついてくる。
「おじさんの名前も教えてよ!」
「秘密だ。師匠と呼べ」
「なんで師匠! じゃあ師匠は、なんで走ってるの!?」
 核心を突いた問いに、俺は少々驚いた。まあ、自分の名前は伏せたんだから、それくらいは教えてやるか……仕方ない……。
「だ、ダイエット……の、ためだ……」
 俺はあつし藩次郎はんじろう。ハードボイルド私立探偵だ。



しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~

菱沼あゆ
キャラ文芸
 突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。  洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。  天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。  洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。  中華後宮ラブコメディ。

吊るされた少年は惨めな絶頂を繰り返す

五月雨時雨
BL
ブログに掲載した短編です。

月弥総合病院

僕君☾☾
キャラ文芸
月弥総合病院。極度の病院嫌いや完治が難しい疾患、診察、検査などの医療行為を拒否したり中々治療が進められない子を治療していく。 また、ここは凄腕の医師達が集まる病院。特にその中の計5人が圧倒的に遥か上回る実力を持ち、「白鳥」と呼ばれている。 (小児科のストーリー)医療に全然詳しく無いのでそれっぽく書いてます...!!

とある男の包〇治療体験記

moz34
エッセイ・ノンフィクション
手術の体験記

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

処理中です...