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Vol.3『なりそこないのサンタクロース』
サンタクロースのなりそこない
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降矢さんの家は、自宅兼アトリエだった。洋風の二階建てで、かなり古くて小ぢんまりしてた。野方女学院から高円寺の駅に向かうあたしの通学路からは、ちょっと外れた川沿いにあった。広くない敷地は枯れかけの草がボーボーで、道路側から見える窓は、鎧戸まで全部閉められてた。暗くないのかなって思ったけど、中に入ってみたらそうでもなかった。川に面してるほうの窓は全部開いてたからだ。
って言っても、始めからどうぞーって家の中に入れてくれたわけじゃもちろんなくて、始めまず、すっごいびっくりされた。そりゃそうだ。あたしがそこに着いた時、ちょうど降矢さん、家から出てくるとこだった。タイミングが良かったっていうか悪かったっていうか、あたしの顔見て、あからさまにギクッとした。失礼な。
「ど、どうして?」
まー、あたしにとってはいいタイミングでしかなかったけど。もうちょっとでも遅かったら逃してたし、早く着いてインターホン押したら、逆に居留守使われた可能性もあったし。
「おおーびっくりした。でもちょーどよかった。降矢さんこんちは。これ、昨日忘れたっしょ」
「あ、はい……」
「どっか出かけるとこでした?」
「いや、その……」
「もしかして、これ取りに事務所来るつもりだった?」
「…………」
「ごめんね、こっちから来ちゃった。勝手に住所調べて。はい、どーぞ」
例のクタクタ紙袋を、降矢さんに渡した。
「アドベントカレンダー。だよね、それ」
「ええ……」
「二十四日のとこ以外、全部開いてるやつ。二十四日のとこだけ、まだ開いてないやつ」
「……!」
「今日はまだ二十四日じゃないけどねー。そのカレンダーって、去年のとか? そうなんでしょ? だよねー。すごいっしょ、この推理」
降矢さんは、あたしの名推理にまたびっくりした様子で頷いてた。
「これでもあたしねー、私立探偵の助手だからね? わかんの。降矢さん、去年のクリスマスになんかあったんだよね? よかったらさ、話、聞かせてくんない? 何があったのか。だって、それで悩んでるんでしょ?」
あたしがそう喋ってる間に、降矢さんはまた悲しそうな顔に戻り、そして今度は、今にも泣き出しそうに表情を歪めた。
そんなわけで、家の中に入れてもらった。降矢さんは、ひとりでここに住んでるらしい。いやま、あたしみたいなか弱いJKが一人暮らしの男の人の家に上がるとか、普通ありえないけどさ。危ないよね。危機感足りてないよね。とは思ったんだけどね。でもこの人すごい弱っちいし、あの時の淳ちゃんみたいにすごい弱ってたし、だから大丈夫かな、って思った。っていうか、どうしても気になった。この人に、いったい何があったのか。
一階は生活のためのスペースで、あんまりきれいとは言えない状態だったから、二階に通された。階段上がってみたら、全部、まるまるアトリエだった。大きいのから小さいのまで、キャンバスがいっぱい、棚にしまってあったり壁に立てかけられてたりした。イーゼルも何台かあったけど、絵は架けられてなかった。アトリエ全体が、ちょっと埃っぽかった。
「なんか、ずっとここ使ってない感じする」
降矢さんは否定しなかった。あたしに壁際のカウチに座るよう勧め、自分は木でできた丸椅子に腰掛けた。日は差し込んで明るかったけど、暖房は無くて寒かったから、コートは着たままだった。
「……これ、このカレンダー、去年、二人で毎日開けていってたんです」
「二人?」
「そう、二人で……彼女と、僕とで……」
降矢さんは、ぽつぽつと話し出した。
降矢さんがその人と出会ったのは、去年の夏の終わりくらいだったらしい。その時よく行ってたバーで飲んでたら、その子が、友達と一緒に店に入ってきて。その日は特に何も無かったんだけど、何日か後で、今度はその子、ひとりでまた店に来た。
「名前は?」
「雪永舞依……『イヴ』と、呼んでました」
友達にそう呼ばれてたらしい。んで、大人どうしだとよくある話らしいんだけど、初めからお互い、なんとなく惹かれ合ってたんだって。
「僕は、普段、飲んでても飲んでなくてもそんなに喋らないほうなんですけど――」
「あーわかる。てかまんまじゃん」
「イヴもそれは僕と一緒で、初めの時も、騒いでたのは彼女の友達だけで」
「じゃー何か、イヴちゃんは降矢さんともっと話したくて、また店に来たってか」
そんなこんなで、仲良しになったらしい。大人の仲良し、な。
当時、降矢さんは、描いた絵がけっこー売れてて、てか、個展をやったらそれで売れ出すようになって、けっこーブイブイ言わせてたらしい。どう見てもブイブイってキャラじゃないけど、ま、つまり、羽振りが良かったってこと。毎晩飲み歩いてて、イヴちゃんもだいたい一緒にいるようになって、この家にもイヴちゃんは入り浸ってたとか。って言うとなんだか遊び人みたいだけど?
「イヴちゃんって、何者?」
「……多分、学生です」
「たぶんって何、たぶんって。ほんとか? ……じゃー歳は? いくつ?」
「え、えーっと……」
「知らないの。知らないんだね。大丈夫? そーいや降矢さんはいくつなの?」
「僕は二十七です」
「ふーん」
そしてアツアツな二人は、アツアツなまま十二月になると、あのアドベントカレンダーを買ってきて、クリスマスに向けて毎日ひとつずつ、開けてった。
だけど、二十四日、クリスマスイヴの日に、イヴちゃんはいなくなった。
『24』の窓を開けないまま、降矢さんの前から、姿を消した。
って言っても、始めからどうぞーって家の中に入れてくれたわけじゃもちろんなくて、始めまず、すっごいびっくりされた。そりゃそうだ。あたしがそこに着いた時、ちょうど降矢さん、家から出てくるとこだった。タイミングが良かったっていうか悪かったっていうか、あたしの顔見て、あからさまにギクッとした。失礼な。
「ど、どうして?」
まー、あたしにとってはいいタイミングでしかなかったけど。もうちょっとでも遅かったら逃してたし、早く着いてインターホン押したら、逆に居留守使われた可能性もあったし。
「おおーびっくりした。でもちょーどよかった。降矢さんこんちは。これ、昨日忘れたっしょ」
「あ、はい……」
「どっか出かけるとこでした?」
「いや、その……」
「もしかして、これ取りに事務所来るつもりだった?」
「…………」
「ごめんね、こっちから来ちゃった。勝手に住所調べて。はい、どーぞ」
例のクタクタ紙袋を、降矢さんに渡した。
「アドベントカレンダー。だよね、それ」
「ええ……」
「二十四日のとこ以外、全部開いてるやつ。二十四日のとこだけ、まだ開いてないやつ」
「……!」
「今日はまだ二十四日じゃないけどねー。そのカレンダーって、去年のとか? そうなんでしょ? だよねー。すごいっしょ、この推理」
降矢さんは、あたしの名推理にまたびっくりした様子で頷いてた。
「これでもあたしねー、私立探偵の助手だからね? わかんの。降矢さん、去年のクリスマスになんかあったんだよね? よかったらさ、話、聞かせてくんない? 何があったのか。だって、それで悩んでるんでしょ?」
あたしがそう喋ってる間に、降矢さんはまた悲しそうな顔に戻り、そして今度は、今にも泣き出しそうに表情を歪めた。
そんなわけで、家の中に入れてもらった。降矢さんは、ひとりでここに住んでるらしい。いやま、あたしみたいなか弱いJKが一人暮らしの男の人の家に上がるとか、普通ありえないけどさ。危ないよね。危機感足りてないよね。とは思ったんだけどね。でもこの人すごい弱っちいし、あの時の淳ちゃんみたいにすごい弱ってたし、だから大丈夫かな、って思った。っていうか、どうしても気になった。この人に、いったい何があったのか。
一階は生活のためのスペースで、あんまりきれいとは言えない状態だったから、二階に通された。階段上がってみたら、全部、まるまるアトリエだった。大きいのから小さいのまで、キャンバスがいっぱい、棚にしまってあったり壁に立てかけられてたりした。イーゼルも何台かあったけど、絵は架けられてなかった。アトリエ全体が、ちょっと埃っぽかった。
「なんか、ずっとここ使ってない感じする」
降矢さんは否定しなかった。あたしに壁際のカウチに座るよう勧め、自分は木でできた丸椅子に腰掛けた。日は差し込んで明るかったけど、暖房は無くて寒かったから、コートは着たままだった。
「……これ、このカレンダー、去年、二人で毎日開けていってたんです」
「二人?」
「そう、二人で……彼女と、僕とで……」
降矢さんは、ぽつぽつと話し出した。
降矢さんがその人と出会ったのは、去年の夏の終わりくらいだったらしい。その時よく行ってたバーで飲んでたら、その子が、友達と一緒に店に入ってきて。その日は特に何も無かったんだけど、何日か後で、今度はその子、ひとりでまた店に来た。
「名前は?」
「雪永舞依……『イヴ』と、呼んでました」
友達にそう呼ばれてたらしい。んで、大人どうしだとよくある話らしいんだけど、初めからお互い、なんとなく惹かれ合ってたんだって。
「僕は、普段、飲んでても飲んでなくてもそんなに喋らないほうなんですけど――」
「あーわかる。てかまんまじゃん」
「イヴもそれは僕と一緒で、初めの時も、騒いでたのは彼女の友達だけで」
「じゃー何か、イヴちゃんは降矢さんともっと話したくて、また店に来たってか」
そんなこんなで、仲良しになったらしい。大人の仲良し、な。
当時、降矢さんは、描いた絵がけっこー売れてて、てか、個展をやったらそれで売れ出すようになって、けっこーブイブイ言わせてたらしい。どう見てもブイブイってキャラじゃないけど、ま、つまり、羽振りが良かったってこと。毎晩飲み歩いてて、イヴちゃんもだいたい一緒にいるようになって、この家にもイヴちゃんは入り浸ってたとか。って言うとなんだか遊び人みたいだけど?
「イヴちゃんって、何者?」
「……多分、学生です」
「たぶんって何、たぶんって。ほんとか? ……じゃー歳は? いくつ?」
「え、えーっと……」
「知らないの。知らないんだね。大丈夫? そーいや降矢さんはいくつなの?」
「僕は二十七です」
「ふーん」
そしてアツアツな二人は、アツアツなまま十二月になると、あのアドベントカレンダーを買ってきて、クリスマスに向けて毎日ひとつずつ、開けてった。
だけど、二十四日、クリスマスイヴの日に、イヴちゃんはいなくなった。
『24』の窓を開けないまま、降矢さんの前から、姿を消した。
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