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Vol.3『なりそこないのサンタクロース』
サンタクロースが振られた理由
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そんなさ、少女漫画のヒロインみたいなさ、本当にあんのか、って。夜中ひとりで、昔の恋人の写真見つめるとかさ。あるんだね。一拍おいてグッときて、ちょっとうるっとした。降矢さん。今もたぶん一生懸命がんばってる降矢さん。よかったね。
って、そんなあたしの感傷は今はどうでもいいんだ。ひとまず、ちゃんと話したい。窓越しじゃ、イヴちゃんの声聴こえないし、あたしもあんまりここで喚いてらんない。なのでどうにかしないといけない。
「イヴちゃん! ちょっとスマホだけでいーから、中に入れてくんない?」
窓枠を指差したり手を合わせてお願いのジェスチャーしたりしてアピールした。イヴちゃんはすぐに察してくれた。よかった。少し窓を開けて、淳ちゃんからスマホだけ受け取る。
「淳ちゃんはそこで待っててー。デバイスのマイク入れとくから、何かあったら言って」
『フォフォフォ……』
悲しそうな笑いだ。デバイスにあたしの声も入るようにはしてるけど、イヴちゃんの声は聴こえないだろうね。ちょっとかわいそうだけど、部屋に誰か家の人が入ってきたらまずいし。
「あ、じゃあ、机の上にでも置いてくれれば……」
イヴちゃん、受け取ったはいいけど、どうしたもんかと持て余した様子だったから。ってか、あたしもちょっと酔ってきたし。乗り物酔いとも違うね、なんて言えばいいんだろ。
『これで……いいかな?』
「あ、はいはい! 大丈夫です、おっけー!」
イヴちゃん、声もかわいいー! かわいいっていうか、癒しだね。全然張ってる感じじゃなくてスッと耳に入ってきて、落ち着き成分多め。落ち着きすぎて逆にドキドキするくらいだ。
『……あなたは、誰なの?』
「あっ、そーだ。いきなりごめんなさい、こんな押し掛けて。あたし、唄野由紀奈って言います。野方女学院に通ってます。一年。あーあと、美術部です」
『美術部……』
あえてそう言ってみた。やっぱり反応した。
「んで! 降矢さんなんだけど!」
言うと、またイヴちゃんはこくっと頷く。目が真剣な感じになった。この子、目の表情がすごい豊かだ。あっ、あたし、年上の人相手に「この子」とか言って。
「今ね、降矢さん、美術部にコーチしに来てくれてんの。あの人すっごいよね、さすがプロ、って感じする」
『…………』
ちょっとだけ明るい目の色になった。
「イヴちゃんのこと、聞いた。降矢さん、会いたがってる」
『…………』
すぐ暗くなった。
「イヴちゃんもまだ、降矢さんのこと、好きなんだね?」
『…………』
そして、すごい悲しそうな目になった。
「ね、イヴちゃん。なんで? なんでそんな悲しいの? そんな悲しい目、するの? あたしはね、すっごい嬉しかったんだよ? イヴちゃんが降矢さんの写真まだ持ってて、んでそーやって見てんの見てさ。イヴちゃん、降矢さんのこと嫌いになったわけじゃなかったし、それに、忘れてもいなかった。そーだよね?」
頷く。でもイヴちゃん、泣きそうな顔になってる。
「降矢さんもそーなんだよ? 降矢さんも、イヴちゃんのこと忘れてないし、嫌いにもなってなんかいない。ずーっと、イヴちゃんのこと――」
『私……! あの人に、ひどいことを! ひどいことを、しちゃったから……!』
あたしの言うのを遮って、イヴちゃんが叫ぶように言葉を吐き出した。静かな叫びだった。悲しくて、綺麗な声だった。とにかく悲しいんだって気持ちが、画面越しでもすごい伝わってきた。あたしもちょっとだけもらい泣きしそうになったし、淳ちゃんが鼻をすする音がした。窓の外でも聴こえてんだ、イヴちゃんの声。犬かよ。
イヴちゃんは、ゆっくりと、喋ってくれた。一年前のこと。取り乱したふうだったのはさっきの一瞬だけで、あとは落ち着いてるふうだった。自分を抑えながら喋ってたってことで、本当に落ち着いてるってわけじゃなくて。
『クリスマスに合わせて、父が帰国したんです。二十三日に……そこで、日本にいなかった半年足らずの間に、私が……すごく、乱れた生活をするようになっていたのを知られてしまって……』
「乱れた生活って、イヴちゃん」
『私、すごく、夢中になってしまっていて……一緒にいられる時間が、すごく心地よくて……歯止めが効かなくなって』
ずるずる明け方まで飲んで、そのままイヴちゃんのアパートに行くパターンだったって。お互い、学校も絵描き業もサボって。
「そーいや降矢さん、イヴちゃんのこと実際なんも知らなかった。隠してたの?」
『隠すつもりは無かったのですが、訊かれもしませんでした。……私があまり家の事は言いたくないと思っていたのが、伝わってたんだと思います』
「家のこと言いたくない、って……でも、今は、これからは、ちゃんと言わなきゃだよ? あと、なんで突然いなくなったのか、も。結局、お父さんに連れ戻されたってことでいーの?」
『半分は……』
ここまで、しょってた重荷をちょっとずつ降ろしてきて、強張ってた顔がちょっとずつ柔らかくなってきてたっぽかったのが、ここで急に曇った。
「半分? どーいうこと? もう半分はイヴちゃんの意思?」
『はい……』
「なんで? 降矢さんのこと好きだったんでしょ? 好きだったのに、なんで何も言わないで消えちゃったわけ? それで降矢さん――」
『怖かったんです……』
「え?」
『あの人……お金が無いのに、それでも飲みに行くのをやめなくて……私もわかっていたのに、彼を止められなくて……』
「えー。なんでお金無いのに行くの。それがわからん」
『それは……彼、どうしても――』
『見栄だろうな』
急に淳ちゃんの声が入ってきた。
「見栄?」
淳ちゃんに訊き返したつもりだったけど、イヴちゃんが頷いた。
「そーなの、そーいうもんなの」
『金持ちが生活レベルを下げられないで浪費するのと一緒だ。貧乏人は貧乏人で、レベルを下げるのは上げるよりも抵抗を伴う』
「そりゃ、上げるのはむしろウッキウキでしょ」
『安定するのならな』
「あー、降矢さんは不安定なのに上げちゃったパターンなわけだ。ってか、淳ちゃん、ちょっと黙っててくんない? ごめんね? ややこしくなっちゃって」
最後のはイヴちゃんに言ったつもりだったけど、そのイヴちゃんは窓のほうを見て頷いてる。大丈夫っぽいな。
『待ってくれ。ひとつ言い忘れてた』
「なんだよ」
まったく。イヴちゃんが見てた窓の方向を指差しながら答えた。
『前に言った降矢のツケの話だがな、その店が潰れる前にちゃんと払ったらしい。バー巡り・夜の部の調査の時に上がった情報だ』
「忘れんなって」
『フォフォフォ。すまん。ちなみに降矢は、今年に入って半年ほど松屋でアルバイトをしていたらしい。金はそれで工面したんだろう』
「重要情報じゃん。淳ちゃんもお世話になってたかもじゃん。って、淳ちゃんの飯の話してどーする。待って待って。黙ってて。イヴちゃんごめんね!」
『うん……?』
「話戻すよ。それでイヴちゃんは、飲みに行きたい降矢さんを止めらんなくて、先行き不安で怖くなっちゃった、とかそんな感じなのかな?」
『…………』
イヴちゃんは、ゆっくり、おずおずと、頷いた。
「自分も降矢さんもこのままじゃだめだ、みたいな。彼を止める最終手段? って思ったんだよね、きっと。そーだよね?」
『でも私……逃げたようなものだから』
「そんで今のこの軟禁生活? お父さんそんな怒ったの」
『それはもう……』
「あー、そっちの話はいーや、そのせいで連絡も取れなかったんだよね、つまり?」
『…………ひどいことをしたと、思ってて』
なんかすごい自分が悪いみたいなこと言ってるけど、違うよね。えー、なんだろ、もっと他にできたことあったんじゃないかとか思っちゃってんのかな。
「イヴちゃん。降矢さんさ、イヴちゃんいなくなってから、飲みに行くのはやめたみたいだよ」
『そうなの……?』
「うん。降矢さんね、飲み行くのやめて、バイトして、飲み屋のツケ払ったんだって。それはイヴちゃんのおかげって言っていーんじゃないかな? あーその、ツケもそーだけど、降矢さんを止められた、ってことだよ。」
『…………良かった、のかな』
イヴちゃんは一度顔を上げて、また伏せた。曇ってる。
「よかったよ、よかったよかった! あたしはそー思うよ、イヴちゃん! じゃなかったら本当に破滅してたんじゃないかな。おーこわ。つっても、イヴちゃん、つらかったよね。苦しかったよね? 何にも言えずじまいでいたんだし、なおさらさ。うん、わかるんだ、あたしも降矢さん見てたから。脱け殻状態の降矢さん。イヴちゃんも同じだったんだろーな、って。……そう、降矢さん、絵、描けなくなってたから。イヴちゃん、降矢さんの絵も好きだったんでしょ? だよね? 降矢さんももちろんそれ知ってたよね。だけど、いや、だから、ってのもあると思う。描けなくなってた。それくらいつらくて、それと同じくらい、イヴちゃんもつらい。わーイヴちゃん! わかるよ、わかる!」
ごめんね、イヴちゃん。ずっとこらえてたけど、絵の話になったら、顔を両手で覆って泣き出した。
あ、そうだ! と思って、あたしはスマホの画面に、こないだ降矢さんちに行った時の写真を出した。イヴちゃんの肖像画そのものじゃなくて、それに取り組んでる降矢さんの後ろ姿を、ちょっと引きで撮ったやつ。
「イヴちゃん、これ。見て。今ね、降矢さん、頑張ってんだよ。だからさ……だから……大丈夫だよ」
何が大丈夫かわかんないけど。でも大丈夫だよ、イヴちゃん。
今すぐにでも降矢さんとこ連れていきたい。そう思った。でもそしたらまたお父さん怒るだけだよね。ごめんね? イヴちゃん。どうしたらいいか、あたしちょっと考えるから。
って、そんなあたしの感傷は今はどうでもいいんだ。ひとまず、ちゃんと話したい。窓越しじゃ、イヴちゃんの声聴こえないし、あたしもあんまりここで喚いてらんない。なのでどうにかしないといけない。
「イヴちゃん! ちょっとスマホだけでいーから、中に入れてくんない?」
窓枠を指差したり手を合わせてお願いのジェスチャーしたりしてアピールした。イヴちゃんはすぐに察してくれた。よかった。少し窓を開けて、淳ちゃんからスマホだけ受け取る。
「淳ちゃんはそこで待っててー。デバイスのマイク入れとくから、何かあったら言って」
『フォフォフォ……』
悲しそうな笑いだ。デバイスにあたしの声も入るようにはしてるけど、イヴちゃんの声は聴こえないだろうね。ちょっとかわいそうだけど、部屋に誰か家の人が入ってきたらまずいし。
「あ、じゃあ、机の上にでも置いてくれれば……」
イヴちゃん、受け取ったはいいけど、どうしたもんかと持て余した様子だったから。ってか、あたしもちょっと酔ってきたし。乗り物酔いとも違うね、なんて言えばいいんだろ。
『これで……いいかな?』
「あ、はいはい! 大丈夫です、おっけー!」
イヴちゃん、声もかわいいー! かわいいっていうか、癒しだね。全然張ってる感じじゃなくてスッと耳に入ってきて、落ち着き成分多め。落ち着きすぎて逆にドキドキするくらいだ。
『……あなたは、誰なの?』
「あっ、そーだ。いきなりごめんなさい、こんな押し掛けて。あたし、唄野由紀奈って言います。野方女学院に通ってます。一年。あーあと、美術部です」
『美術部……』
あえてそう言ってみた。やっぱり反応した。
「んで! 降矢さんなんだけど!」
言うと、またイヴちゃんはこくっと頷く。目が真剣な感じになった。この子、目の表情がすごい豊かだ。あっ、あたし、年上の人相手に「この子」とか言って。
「今ね、降矢さん、美術部にコーチしに来てくれてんの。あの人すっごいよね、さすがプロ、って感じする」
『…………』
ちょっとだけ明るい目の色になった。
「イヴちゃんのこと、聞いた。降矢さん、会いたがってる」
『…………』
すぐ暗くなった。
「イヴちゃんもまだ、降矢さんのこと、好きなんだね?」
『…………』
そして、すごい悲しそうな目になった。
「ね、イヴちゃん。なんで? なんでそんな悲しいの? そんな悲しい目、するの? あたしはね、すっごい嬉しかったんだよ? イヴちゃんが降矢さんの写真まだ持ってて、んでそーやって見てんの見てさ。イヴちゃん、降矢さんのこと嫌いになったわけじゃなかったし、それに、忘れてもいなかった。そーだよね?」
頷く。でもイヴちゃん、泣きそうな顔になってる。
「降矢さんもそーなんだよ? 降矢さんも、イヴちゃんのこと忘れてないし、嫌いにもなってなんかいない。ずーっと、イヴちゃんのこと――」
『私……! あの人に、ひどいことを! ひどいことを、しちゃったから……!』
あたしの言うのを遮って、イヴちゃんが叫ぶように言葉を吐き出した。静かな叫びだった。悲しくて、綺麗な声だった。とにかく悲しいんだって気持ちが、画面越しでもすごい伝わってきた。あたしもちょっとだけもらい泣きしそうになったし、淳ちゃんが鼻をすする音がした。窓の外でも聴こえてんだ、イヴちゃんの声。犬かよ。
イヴちゃんは、ゆっくりと、喋ってくれた。一年前のこと。取り乱したふうだったのはさっきの一瞬だけで、あとは落ち着いてるふうだった。自分を抑えながら喋ってたってことで、本当に落ち着いてるってわけじゃなくて。
『クリスマスに合わせて、父が帰国したんです。二十三日に……そこで、日本にいなかった半年足らずの間に、私が……すごく、乱れた生活をするようになっていたのを知られてしまって……』
「乱れた生活って、イヴちゃん」
『私、すごく、夢中になってしまっていて……一緒にいられる時間が、すごく心地よくて……歯止めが効かなくなって』
ずるずる明け方まで飲んで、そのままイヴちゃんのアパートに行くパターンだったって。お互い、学校も絵描き業もサボって。
「そーいや降矢さん、イヴちゃんのこと実際なんも知らなかった。隠してたの?」
『隠すつもりは無かったのですが、訊かれもしませんでした。……私があまり家の事は言いたくないと思っていたのが、伝わってたんだと思います』
「家のこと言いたくない、って……でも、今は、これからは、ちゃんと言わなきゃだよ? あと、なんで突然いなくなったのか、も。結局、お父さんに連れ戻されたってことでいーの?」
『半分は……』
ここまで、しょってた重荷をちょっとずつ降ろしてきて、強張ってた顔がちょっとずつ柔らかくなってきてたっぽかったのが、ここで急に曇った。
「半分? どーいうこと? もう半分はイヴちゃんの意思?」
『はい……』
「なんで? 降矢さんのこと好きだったんでしょ? 好きだったのに、なんで何も言わないで消えちゃったわけ? それで降矢さん――」
『怖かったんです……』
「え?」
『あの人……お金が無いのに、それでも飲みに行くのをやめなくて……私もわかっていたのに、彼を止められなくて……』
「えー。なんでお金無いのに行くの。それがわからん」
『それは……彼、どうしても――』
『見栄だろうな』
急に淳ちゃんの声が入ってきた。
「見栄?」
淳ちゃんに訊き返したつもりだったけど、イヴちゃんが頷いた。
「そーなの、そーいうもんなの」
『金持ちが生活レベルを下げられないで浪費するのと一緒だ。貧乏人は貧乏人で、レベルを下げるのは上げるよりも抵抗を伴う』
「そりゃ、上げるのはむしろウッキウキでしょ」
『安定するのならな』
「あー、降矢さんは不安定なのに上げちゃったパターンなわけだ。ってか、淳ちゃん、ちょっと黙っててくんない? ごめんね? ややこしくなっちゃって」
最後のはイヴちゃんに言ったつもりだったけど、そのイヴちゃんは窓のほうを見て頷いてる。大丈夫っぽいな。
『待ってくれ。ひとつ言い忘れてた』
「なんだよ」
まったく。イヴちゃんが見てた窓の方向を指差しながら答えた。
『前に言った降矢のツケの話だがな、その店が潰れる前にちゃんと払ったらしい。バー巡り・夜の部の調査の時に上がった情報だ』
「忘れんなって」
『フォフォフォ。すまん。ちなみに降矢は、今年に入って半年ほど松屋でアルバイトをしていたらしい。金はそれで工面したんだろう』
「重要情報じゃん。淳ちゃんもお世話になってたかもじゃん。って、淳ちゃんの飯の話してどーする。待って待って。黙ってて。イヴちゃんごめんね!」
『うん……?』
「話戻すよ。それでイヴちゃんは、飲みに行きたい降矢さんを止めらんなくて、先行き不安で怖くなっちゃった、とかそんな感じなのかな?」
『…………』
イヴちゃんは、ゆっくり、おずおずと、頷いた。
「自分も降矢さんもこのままじゃだめだ、みたいな。彼を止める最終手段? って思ったんだよね、きっと。そーだよね?」
『でも私……逃げたようなものだから』
「そんで今のこの軟禁生活? お父さんそんな怒ったの」
『それはもう……』
「あー、そっちの話はいーや、そのせいで連絡も取れなかったんだよね、つまり?」
『…………ひどいことをしたと、思ってて』
なんかすごい自分が悪いみたいなこと言ってるけど、違うよね。えー、なんだろ、もっと他にできたことあったんじゃないかとか思っちゃってんのかな。
「イヴちゃん。降矢さんさ、イヴちゃんいなくなってから、飲みに行くのはやめたみたいだよ」
『そうなの……?』
「うん。降矢さんね、飲み行くのやめて、バイトして、飲み屋のツケ払ったんだって。それはイヴちゃんのおかげって言っていーんじゃないかな? あーその、ツケもそーだけど、降矢さんを止められた、ってことだよ。」
『…………良かった、のかな』
イヴちゃんは一度顔を上げて、また伏せた。曇ってる。
「よかったよ、よかったよかった! あたしはそー思うよ、イヴちゃん! じゃなかったら本当に破滅してたんじゃないかな。おーこわ。つっても、イヴちゃん、つらかったよね。苦しかったよね? 何にも言えずじまいでいたんだし、なおさらさ。うん、わかるんだ、あたしも降矢さん見てたから。脱け殻状態の降矢さん。イヴちゃんも同じだったんだろーな、って。……そう、降矢さん、絵、描けなくなってたから。イヴちゃん、降矢さんの絵も好きだったんでしょ? だよね? 降矢さんももちろんそれ知ってたよね。だけど、いや、だから、ってのもあると思う。描けなくなってた。それくらいつらくて、それと同じくらい、イヴちゃんもつらい。わーイヴちゃん! わかるよ、わかる!」
ごめんね、イヴちゃん。ずっとこらえてたけど、絵の話になったら、顔を両手で覆って泣き出した。
あ、そうだ! と思って、あたしはスマホの画面に、こないだ降矢さんちに行った時の写真を出した。イヴちゃんの肖像画そのものじゃなくて、それに取り組んでる降矢さんの後ろ姿を、ちょっと引きで撮ったやつ。
「イヴちゃん、これ。見て。今ね、降矢さん、頑張ってんだよ。だからさ……だから……大丈夫だよ」
何が大丈夫かわかんないけど。でも大丈夫だよ、イヴちゃん。
今すぐにでも降矢さんとこ連れていきたい。そう思った。でもそしたらまたお父さん怒るだけだよね。ごめんね? イヴちゃん。どうしたらいいか、あたしちょっと考えるから。
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